184 / 201
第4章
34 キアとロイ
しおりを挟む------------------------------------------------
遠くから自分の名前を呼ばれているように聞こえた。
山々に跳ね返りながらこちらに近づいて来る。かと思えば、突如としてぷつんと消えた。
「なんだったんだ…」
シャドウは薪割りを終え、棚に運ぶ最中に足を止めた。不思議な現象に頭を捻る。
「気のせいか」
手が止まっているとナユタの妻から厳しい視線が飛んでくるのを内心ヒヤヒヤしていた。そっちの方が心配だ。
「どうかしましたか?シャドウさん」
「いや。なんでもない」
ほらなとシャドウは冷や汗をかいた。夫婦の娘に声をかけたこと+怖がらせたことについて、さっきからずっと睨まれ続けていた。
「あの子は私たちの娘ではないけれどね」
シャドウの視線に気がついたのか、ナノハはキアについて語り出した。
「違うのか」
「ええ。森で倒れていたのをうちの人が見つけたの。どこから来たのか自分が誰なのかわからないし、身寄りもないというから、うちで住み込みで働いてもらっているの」
よく働いてくれて助かっているわと朗らかに微笑む。
「…記憶がない?」
シャドウはぴくりと眉を上げた。
「ええ。自分のことはさっぱりと。何も覚えてなかったわ」
「つまり、それは、何も記憶がないという…あれか?」
「そう言ってるじゃない」
シャドウはしどろもどろにナノハの言葉を繰り返す。自分でも何を言っているか混乱しかけた。
「記憶はないけれど、日常生活に支障はないのよ。礼儀も所作もきれいよ。身の回りのこともよく目がいくし、子守りも得意よ。ちょっと気弱なところもあるけど、素直で真面目な子よ。血は繋がってなくても大事な娘なの。だから、気軽にちょっかい出したら怒るわよ」
ナノハは肉付きの良い二の腕をぐっと前に突き出す。
「だから、そんな気はないと…」
しつこいなとシャドウはナノハから目を逸らし、隠れるように木の影に入った。シャドウは頭の中を整理する。
夫婦が大事にしている娘。記憶がなく身寄りもない。雪より幼い。容姿は似ていない。当てはまるものはない。
だが、まったくの別人とも言い難い。
そう疑問を投げかけたあいつ…。
シャドウは森の奥に視線を巡らせた。
追手から逃げる手段として「別人に姿を変える」と助言してきたあの男を。今一度、確認しておきたい。
シャドウは森の奥へと歩き出した。背後からナノハの声がしたが聞こえないフリをした。
シャドウと入れ違いにキアが戻って来た。ロイに抱えられたままだった。
「まあまあ!どうしたのその格好は!?」
ナノハは目をまん丸に見開き、驚きを隠せなかった。キアは背中を泥だらけに染め上げていた。頭にも枯葉や泥。ムジの家に行っただけでどうしてこうなるのだろうか。
「ごめんなさい。気が抜けてて」
「違うだろう。ディルが飛びかかったんだ」
服は自分の不注意で汚したのだと弁明するキアを横目に、ロイは口を挟む。
「突然のことで支えられなかった。オレもそばにいたのに間に合わなかった」
すまないと頭を下げるロイに、キアはちがうよと腕を引いた。
「ええと、つまり。ディルさんが飛びついてキアが転んじゃったというわけね。それじゃあ仕方ないわよ」
ナノハはアハハと笑い声をあげてキアとロイの気遣いを一蹴した。
「洗ってらっしゃい」
服は洗っておくからとロイも一緒にと洗い場に通された。
簡易的に作れた水道の蛇口をひねると澄んだ水が出て来た。季節に合わせて今はお湯だ。二人は壁を隔てて会話をする。
「ディルさん怒られないかしら」
「ディルの心配より自分を気遣えよ」
「だって」
飛びついたことで傷が開いたりでもしたらアンジェが黙ってないだろう。服を汚した件でも怒られたら、さすがに同情をしてしまう。
「それだけディルさんにとって嬉しいことがあったのに、私のせいで水を差したくないよ」
泥は洗えば落ちる。ナノハの注意は優しいから私にダメージはない。
勝ち誇る顔を見せるキアにロイは指先で水を弾いた。
「わっ」
弾かれた水が目に入った。
「キアのせいじゃないだろうが。間違えるなよ」
相手に良かれと思ってした気遣いが、逆に重荷になることもある。
「キアに庇われたと知ったら、ディルだって黙ってないさ。大したことじゃないなら素直に認めた方が早い」
「…余計なことだった?」
「ナノハは怒ってなかっただろう」
心配するなとロイはキアの頭を撫でる。
「…そうだね」
ナノハはいつも優しい。怒られた記憶はほとんどない。
蛇口を止めて髪の毛から滴る水をタオルに包んだ。
「よく乾かせよ」「風邪ひくなよ」「首の後ろもちゃんと拭けよ」
ロイは体を振って水気を飛ばした。キアには大きめのタオルを被せた。日頃から子ども達の世話をしているからか手際がいい。
「それに、ディルはああ見えて成人してるぞ」
「えっ!そうなの?」
行動や仕草などがかわいらしい少年のようだと思っていた。
「態度は子どもっぽいがキアより上じゃないか」
ロイは耳に入った水滴を片足飛びをして掻き出した。
「また、夜にな」
「よる?」
「ムジのところで食事会だと。聞いてないか?」
「聞いてないよ」
「ハッ。婆さんのことと買い出しの話だけで忘れたのかもな」
ロイは呆れた声を上げた。
「そうかもね」
ムジらしい。話題が多すぎて話した気になっているのかもしれない。
「今、村にいる、婆さんを助けたっていう人も招待したって話だぞ」
「えっ…」
「そいつはつまり、ディルが探していた人でもあるんだろう?」
「…そうなんだ」
キアは彼の人を思い出す。
「あの人がディルさんの探している人…」
ディルの喜ぶ姿を想像する。あのぐるぐる尻尾が忘れられない。はちきれんばかりに左右に揺れる尻尾が下を向かないようにしなければならない。初対面から失礼な態度をとってしまったことを後悔し始めた。
0
お気に入りに追加
51
あなたにおすすめの小説
移転した俺は欲しい物が思えば手に入る能力でスローライフするという計画を立てる
みなと劉
ファンタジー
「世界広しといえども転移そうそう池にポチャンと落ちるのは俺くらいなもんよ!」
濡れた身体を池から出してこれからどうしようと思い
「あー、薪があればな」
と思ったら
薪が出てきた。
「はい?……火があればな」
薪に火がついた。
「うわ!?」
どういうことだ?
どうやら俺の能力は欲しいと思った事や願ったことが叶う能力の様だった。
これはいいと思い俺はこの能力を使ってスローライフを送る計画を立てるのであった。
転生幼女。神獣と王子と、最強のおじさん傭兵団の中で生きる。
餡子・ロ・モティ
ファンタジー
ご連絡!
4巻発売にともない、7/27~28に177話までがレンタル版に切り替え予定です。
無料のWEB版はそれまでにお読みいただければと思います。
日程に余裕なく申し訳ありませんm(__)m
※おかげさまで小説版4巻もまもなく発売(7月末ごろ)! ありがとうございますm(__)m
※コミカライズも絶賛連載中! よろしくどうぞ<(_ _)>
~~~ ~~ ~~~
織宮優乃は、目が覚めると異世界にいた。
なぜか身体は幼女になっているけれど、何気なく出会った神獣には溺愛され、保護してくれた筋肉紳士なおじさん達も親切で気の良い人々だった。
優乃は流れでおじさんたちの部隊で生活することになる。
しかしそのおじさん達、実は複数の国家から騎士爵を賜るような凄腕で。
それどころか、表向きはただの傭兵団の一部隊のはずなのに、実は裏で各国の王室とも直接繋がっているような最強の特殊傭兵部隊だった。
彼らの隊には大国の一級王子たちまでもが御忍びで参加している始末。
おじさん、王子、神獣たち、周囲の人々に溺愛されながらも、波乱万丈な冒険とちょっとおかしな日常を平常心で生きぬいてゆく女性の物語。
【完結】そんなに怖いなら近付かないで下さいませ! と口にした後、隣国の王子様に執着されまして
Rohdea
恋愛
────この自慢の髪が凶器のようで怖いですって!? それなら、近付かないで下さいませ!!
幼い頃から自分は王太子妃になるとばかり信じて生きてきた
凶器のような縦ロールが特徴の侯爵令嬢のミュゼット。
(別名ドリル令嬢)
しかし、婚約者に選ばれたのは昔からライバル視していた別の令嬢!
悔しさにその令嬢に絡んでみるも空振りばかり……
何故か自分と同じ様に王太子妃の座を狙うピンク頭の男爵令嬢といがみ合う毎日を経て分かった事は、
王太子殿下は婚約者を溺愛していて、自分の入る余地はどこにも無いという事だけだった。
そして、ピンク頭が何やら処分を受けて目の前から去った後、
自分に残ったのは、凶器と称されるこの縦ロール頭だけ。
そんな傷心のドリル令嬢、ミュゼットの前に現れたのはなんと……
留学生の隣国の王子様!?
でも、何故か構ってくるこの王子、どうも自国に“ゆるふわ頭”の婚約者がいる様子……?
今度はドリル令嬢 VS ゆるふわ令嬢の戦いが勃発──!?
※そんなに~シリーズ(勝手に命名)の3作目になります。
リクエストがありました、
『そんなに好きならもっと早く言って下さい! 今更、遅いです! と口にした後、婚約者から逃げてみまして』
に出てきて縦ロールを振り回していたドリル令嬢、ミュゼットの話です。
2022.3.3 タグ追加
異世界ゆるり紀行 ~子育てしながら冒険者します~
水無月 静琉
ファンタジー
神様のミスによって命を落とし、転生した茅野巧。様々なスキルを授かり異世界に送られると、そこは魔物が蠢く危険な森の中だった。タクミはその森で双子と思しき幼い男女の子供を発見し、アレン、エレナと名づけて保護する。格闘術で魔物を楽々倒す二人に驚きながらも、街に辿り着いたタクミは生計を立てるために冒険者ギルドに登録。アレンとエレナの成長を見守りながらの、のんびり冒険者生活がスタート!
***この度アルファポリス様から書籍化しました! 詳しくは近況ボードにて!
【二章開始】『事務員はいらない』と実家からも騎士団からも追放された書記は『命名』で生み出した最強家族とのんびり暮らしたい
斑目 ごたく
ファンタジー
「この騎士団に、事務員はいらない。ユーリ、お前はクビだ」リグリア王国最強の騎士団と呼ばれた黒葬騎士団。そこで自らのスキル「書記」を生かして事務仕事に勤しんでいたユーリは、そう言われ騎士団を追放される。
さらに彼は「四大貴族」と呼ばれるほどの名門貴族であった実家からも勘当されたのだった。
失意のまま乗合馬車に飛び乗ったユーリが辿り着いたのは、最果ての街キッパゲルラ。
彼はそこで自らのスキル「書記」を生かすことで、無自覚なまま成功を手にする。
そして彼のスキル「書記」には、新たな能力「命名」が目覚めていた。
彼はその能力「命名」で二人の獣耳美少女、「ネロ」と「プティ」を生み出す。
そして彼女達が見つけ出した伝説の聖剣「エクスカリバー」を「命名」したユーリはその三人の家族と共に賑やかに暮らしていく。
やがて事務員としての仕事欲しさから領主に雇われた彼は、大好きな事務仕事に全力に勤しんでいた。それがとんでもない騒動を巻き起こすとは知らずに。
これは事務仕事が大好きな余りそのチートスキルで無自覚に無双するユーリと、彼が生み出した最強の家族が世界を「書き換えて」いく物語。
火・木・土曜日20:10、定期更新中。
この作品は「小説家になろう」様にも投稿されています。
傍若無人な姉の代わりに働かされていた妹、辺境領地に左遷されたと思ったら待っていたのは王子様でした!? ~無自覚天才錬金術師の辺境街づくり~
日之影ソラ
恋愛
【新作連載スタート!!】
https://ncode.syosetu.com/n1741iq/
https://www.alphapolis.co.jp/novel/516811515/430858199
【小説家になろうで先行公開中】
https://ncode.syosetu.com/n0091ip/
働かずパーティーに参加したり、男と遊んでばかりいる姉の代わりに宮廷で錬金術師として働き続けていた妹のルミナ。両親も、姉も、婚約者すら頼れない。一人で孤独に耐えながら、日夜働いていた彼女に対して、婚約者から突然の婚約破棄と、辺境への転属を告げられる。
地位も婚約者も失ってさぞ悲しむと期待した彼らが見たのは、あっさりと受け入れて荷造りを始めるルミナの姿で……?
条件付きチート『吸収』でのんびり冒険者ライフ!
ヒビキ タクト
ファンタジー
旧題:異世界転生 ~条件付きスキル・スキル吸収を駆使し、冒険者から成り上がれ~
平凡な人生にガンと宣告された男が異世界に転生する。異世界神により特典(条件付きスキルと便利なスキル)をもらい異世界アダムスに転生し、子爵家の三男が冒険者となり成り上がるお話。 スキルや魔法を駆使し、奴隷や従魔と一緒に楽しく過ごしていく。そこには困難も…。 従魔ハクのモフモフは見所。週に4~5話は更新していきたいと思いますので、是非楽しく読んでいただければ幸いです♪ 異世界小説を沢山読んできた中で自分だったらこうしたいと言う作品にしております。
異能力者の異世界冒険譚 〜能力は一人一つまでのはず…え?魔法使い?〜
空の小説マン
ファンタジー
異能力を持つ主人公「二階堂達」は、敵能力者の攻撃を受けて異世界へ飛ばされてしまう。
自身を異世界へ飛ばした敵と再び対峙する為、元の世界へと帰るべく奮闘する二階堂の異世界冒険譚が今、始まる。
異世界転生x異能力バトルを掛け合わせた新感覚ファンタジー小説、ここに見参!!
(本作品は小説になろう様にも投稿させてもらっています)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる