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第4章
22 夜を待て
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「他人の諍いごとでお前の感情が揺さぶられるのはおもしろくない」
「眉間に皺が寄るのも、顔がふてくさるのもだ」
「悪ガキ共や性悪ババアの処遇など放っておけ」
キハラは続け様に言いたいことをずらずらと並べた。
「キハラの森の中で起きたことよ。負の感情が蔓延するとよくないって言ったじゃない。今、まさにそういう状態なのに、気にならないの?」
負けじとキアも言い返す。珍しい光景だとキハラは低く唸る。
「そんなものまとめてひっくり返してやるわ」
大地を踏み荒らされた足跡も、陰気な感情を撒き散らした村人たちの心の葛藤も、すべてひっくり返してまっさらに均してやる。
「人の心は、思ったことをなかったことになんてできないでしょう?」
確かにそれは無理な話だ。一度でも芽生えた感情は、均しても消えることはない。人の弱みにつけ込んで悪さを起こす輩をたくさん見てきた。ここの村人だってそうだ。人の良いフリをして言葉巧みに近づいては大事な物を根こそぎ奪っていく。愛情も友情も、己れを守る方が大事とくれば重荷にしかならない。
「そんな…」
気落ちするキアに、
「そうそう善人ばかりではない」
キハラはさらに畳み掛ける。
「それは、わかるけれど。だからって、手を上げたあの二人が守られて、シダルさんだけが責められのはおかしいよ」
「吹き出した感情に蓋はできないからな」
いつでも良い人をしていられるわけじゃない。時には他者を攻撃だってする。自分の経験をかさに、同士を集めてさらに攻撃をする。
「シダルさんは意地悪な人だとそれはもうわかっていたことでしょう?なのに、なんで今、みんなで攻撃してくるの?」
「魔が差したんだろ」
「そんなふうに端的に言って!キハラだって困ることでしょう?」
平穏な暮らしが乱されていく。陰気な感情があちこちに充満している。
「お前の方こそ何を言っているか自分でわかっているのか?支離滅裂だぞ」
「う……」
「誰のために怒っているのだ?婆さんのことか?村のことか?オレがどう思うかはこの際関係ないだろうが」
人の内面をうだうだ言っても仕方がない。吹き出した感情には蓋はできない。いっそのこと全部吐き出して、思いの丈をぶちかましてしまえばいい。綺麗事だけを並べても誰も納得しないし、わだかまりは消えやしない。
「…お前はほんと余計なことばかりに気を遣うな」
シダルには幾度ともなく嫌がらせを受けてきた。「異質者」と詰られ、道ののり面から突き落とされたこともある。
「忘れたわけではないだろうが」
やれやれといった顔つきでキハラはキアを見る。
キアは真っ赤に頬を染めていた。かつ、悔しそうに吐き出す。
「忘れはしないけど、この状況がいいものとは決して思えないから!」
ぐうっと歯を食い縛る。目の端に涙が溜まっていた。気を抜くと落ちてきてしまいそうだった。絶対に流すまいと空を睨みつける。
「……夜を待て」
キハラは何か言いたそうな表情を見せるも、ハアと深いため息だけを残し、水中に消えていった。
「ずるい」
なぐさめて欲しかった。気にするなと寄り添って欲しかった。
キアはキハラが消えたあたりの水面をじっと見つめた。
「…ハァ。だめ。だめだなあ」
吹き出した感情のまま話し合ったって、何の解決にはならない。わかってはいたはずなのに止まらなかった。
キアは手のひらの付け根あたりで涙を拭った。ずずっと鼻も鳴らす。
キハラに当たり散らすなんてどうかしてる。
「心配してくれていたのに反論するなんて」
キアは自分のことばかりを考えていたことを猛省した。
「ずるいのは私だ。シダルさんを心配して「良い人」になろうとしている?」
キアは水面に映った自分の姿に問う。正か、誤か。
「…そんなことは、ない」
ケガの傷跡だってまだ残っている。心を詰られたことは今も忘れられない。
シダルのことは、
「好きじゃない。出来れば会いたくない。苦手。話が合わない。横暴。目つきが悪い。声がこわい。仲良くなれない。後ろ姿だけでもびっくりする」
よかった。ちゃんと嫌いだ。苦手な要素が色濃くある。誤魔化していない。
キアはふぅーっと深い息を吐いた。
でも、たまにロイやアンジェと交えて話をしたりもする。苦手だけども対応できないわけでもない。サディカという息子のことはよく知らない。込み入った話のようだから、ナユタやナノハに聞くことはしてない。
でも、
「好き勝手に暴言を吐いていいわけじゃない。だからといって暴力を振るわれていいとは思わない。村の人も傷付いていいわけじゃない」
確かに支離滅裂だ。でも、声に出したら少しだけ気持ちがすっきりした。
「…夜を待つね」
キアはまた水面に視線を落とし、キハラに言われたことを反芻した。
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