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第4章

11 おしゃべりな亡霊

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 ランプに火が灯され、室内が明るくなった。声の主とシャドウの影が大きく壁に伸びた。二人分重なり合った影に、シャドウは襲いかかられそうな気分になり、グッと息を飲んだ。
 「中まで人が入って来るのは久しぶりだなあ。よく入り口がわかったね」
 大抵は外観だけ見て引き返してしまうんですと男は笑った。
 物腰柔らかに、かつ矢継ぎ早にシャドウに声をかける。
 「体が濡れてますね。拭く物をあげましょう」
 「寒くないですか。風邪を引くといけないから着替えたほうがいい」
 「お腹は空いてないですか」
 「お茶を飲みませんか」
 「摘みたてのロンギボンで作ったジャムもありますよ」
 「殻付きの木の実もありますよ」
 「塩が入ったパンもありますよ」
 「野菜の入ったシチューもありますよ」
 「眠くないですか。奥にベッドがありますよ」
 「体が濡れてお疲れでしょう。朝まで休むといいですよ」
 「寒いなら足湯も用意しますよ」
 突如、延々と喋り出す自動音声ガイドのような男を目の当たりにして、シャドウは驚きと若干の恐怖を感じ、声を挟めずにいた。
 年の功は自分と同じくらいか。背丈も同じくらいか。体は痩せている。薄い灰色の上下に若草色のベスト。針金のような眼鏡。
 ランプの明かりでは色彩までははっきりしないが、浅黒い肌。黒い髪。額にはなんと書かれているかわからない文字の羅列と何かの紋様。
 まばたきをしない瞳は何を映しているのか。
 シャドウは恐怖に打ちひしがれながらも男を観察していた。
 柔らかな声音でも、顔つきまでは読めない。視点がずれているような気にもなる。
 どこを見ているのか。
 これは人間か?それとも人形か?
 生気を感じないから亡霊か?
 シャドウは固まったまま動けずにいた。
 くすっと笑い声がした。
 「ふふふ。やだなあ。早く突っ込んでくれないと。私だけしゃべっていておかしな人みたいじゃないか」
 予想通りに良い固まり具合になったシャドウを見て男は吹き出した。
 「な、ん」
 虚をつかれてシャドウは一言めを発するのを噛んでしまった。
 人形のような顔つきから一転。
 にこやかに笑みを浮かべて話しかけてくる男にシャドウはようやく緊張が解けた。ドッと疲れが出て尻餅をついた。肩で息をし嫌な汗が噴き出た。
 「……な、何者だ」
 汗を拭うことも手つかずに、思っているままを口に出した。緊張は解けても警戒は解けない。みだりに動くことにも抵抗がある。
 「ふふふ。驚かせてごめんね。私はサディカ。久しぶりのお客様で私も緊張してしまった。拭くものをあげるから着替えてください。お茶にしましょう。それからたくさんお話しをしましょう」
 シャドウの警戒心を目の当たりにしても男はにこにことしていた。
 シャドウはいまいち男を信用できずにいたが、濡れた服は着替えたかったので言葉通りに従うことにした。
 立ち上がる時に手のひらがざらついた。シャドウの手の跡が床に残されていた。
 本棚や机の上はきれいでもところどころには埃が積もっていた。
 草木に侵食された外観とは似ても似つかない。中身はまだきれいなほうだ。
 内と外とのギャップに頭が混乱してきた。
 ここは本当にラボなのか。
 そして、あれは誰だ。
 ナユタはオレをどうする気だったのか。
 オレとあの男を出くわせようと何か企んでいたのだろうか。
 シャドウは悩み出した。ハゼルよりは信頼できると思っていたナユタにまで疑念を感じるようになってしまった。
 別の部屋で男に用意された服に袖を通した。肌触りの良い服だが、サイズは合わなかった。袖と裾は幅も丈も足りない。細身用の服だったようで、筋肉質のシャドウには合わなかった。
 着替えるのは断念し、濡れた服や髪の毛からは水気を絞り、下着姿だけになった。さすがにこの姿のまま人前には出られないので、使わなかった布を腰に巻いた。衝立の上に服を乗せた。水滴がポタポタと落ちる。絞っても絞ってもまだまだ落ちる。あのまま外にいたら風邪をひいていたかもしれない。ここに入れたのは偶然かもしれないが、助かったのだ。
 ナユタやあの男の企みがあるにせよ、ないにせよ。
 「無礼を欠いた。すまない」
 シャドウは深々と頭を下げた。おのれの態度を反省した。
 「構いませんよ。ここに来る人は変な人ばかりだから慣れてます。やっぱり服はサイズが合いませんか」
 サディカは湯気の立ったシチュー皿を机に置き、代わりに膝掛けをシャドウの肩に掛けた。若草色の膝掛けは手編みだった。
 「さあ。座って」
 シャドウは言葉通りに席についた。
 「さあ。召し上がれ」
 シャドウは言葉通りに匙で掬ってシチューを食べた。ミルクで煮込まれたシチューは、野菜が煮崩れてほとんど形がない。その分味わいが滲み出る。
 「お味はどうかな」
 「うまい。温かいから冷えた体にも助かる」
 「それはよかった。母の自慢の料理なんだ」
 「母…」
 シャドウは匙を持つ手を止めた。他の人がいる気配は一向にしない。
 「空に近いところに住んでいるから天気がわかるんだよ。こういう雨が降る日は冷えるだろうからって。私は食べられないから、あなたが食べてくれてうれしいよ」
 湯気の向こう側に見える男は優しい顔つきをしていた。
 「私は朝まではいられないから、聞きたいことがあれば何でも答えるよ」
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