上 下
147 / 201
第3章

19 無限ループ

しおりを挟む

-----------------------------------------------

 他人ひとより優位に立つことはそんなに悪いことだろうか。
 育った環境が違えば境遇も違う。獣人が迫害されていた時代でもほぼ無傷でいられたことが今になって重荷に感じる。
 「…それはディルさんに悪いと思うから?」
 自分が不幸だとは思わない。他の獣人に比べたらかなりマシな方だ。
 でも、幸せだったとは言えない。…とは口にしてはいけない。
 母親と暮らしていた。生まれてきた息子に、尻尾が付いていて、さぞ驚いたことだろう。
 父親の姿はなかった。死んだのか別れたのかは定かではない。兄弟はいない。
 母はオレをみんなから隠していた。人の目に晒されないよう家の中でも一番奥の部屋に閉じこもっていた。隠れるように暮らしていた。少しでも他人の視線や噂を感じたら引越した。何ヵ所も転々とした。だから故郷という場所はない。
 育てられたというよりは、監視下に置かれていた。噂が立ったら周囲にバレて捕まってしまう。だから何も喋るなと、声を出すなときつく言われていた。
 母が仕事の時は外に出られないように扉には鍵がかけられていた。
 食事は用意されていたが、いつも質素なものばかりだった。ボソボソのパンに具のないスープ。洋服はいつも同じ。薄地の長袖と長ズボン。裾が擦り切れ、ほつれたり、穴が空いたりした。尻尾の穴を空けたら嫌な顔をされた。
 隠れて暮すにはお金がかかるという。だから母は毎日働きに出ていた。今思えば、金のためというよりは、オレと一緒にいたくなかったのかもしれない。
 何故隠れて暮らさなければならないのか。この時はまだ理解ができなかった。
 母以外の人間を見たことがなかった。
 そのせいなのか、自分が他者とは違うのだと気がつくのが遅れた。獣人は隠れて暮らさなければならない理由も、だいぶ遅れて知ることになる。
 「ロイはいい子だから、お母さんの気持ちがわかるよね」
 これは母の口癖だ。
 オレの口を塞ぎに来る言葉だ。これを聞くと何も言い出せなくなってしまう。
 何かを知るための情報も、何かを得ようとする手立ても、すべて母の一言でかき消される。
 外の様子も、世間の常識も、世界の情勢もすべてシャットアウトされ、母を軸に物事が展開していった。
 母がオレを必死に隠す理由はなんだと問い詰めたことがある。
 「獣人」だからよとやんわり告げられた。その意味を知らずに、外に出たいと我儘を言った日には、烈火の如く怒り散らされた。
 「獣人」を隠したい気持ちなら、今なら痛いほどわかる。
 ただ、幼かったあの頃は、窮屈で仕方がなかった。二人だけの仲を引き裂かれないよう守られていると勘違いしていた時期もあった。
 そうではないと知ったのはいつだったか。母の愛情はどこまでが本心で、どこからが偽心なのかわからなかった。
 母の気持ちに気付くのには、だいぶ時間がかかった。「獣人」など、手放してしまえばいいのに。実際に子どもを捨てる親もたくさんいた。
 にもかかわらず、母はオレが成人するまで一緒に暮らしていた。
 「獣人」の子どもでも育てなければならないと母なりの矜持があったのだろうか。今となっては確かめる術はないが。
 母の気持ちには、本当は知っていたのに気付かないフリをした。オレに向けた優しさ、慈しむ心が、すべて嘘ではないと信じたいからだ。
 母から離れた後は、どうしていいかわからなかった。野良として生きていくにはとうがたっていたし、今さら、王城に捕まるのだって御免だ。城がどんな場所かは噂で聞いていた。一度入ったら二度と出られないと言われている。他の獣人が酷い目に遭っているのに、オレは知らないフリをしてやり過ごした。
 処分されるのを知って、自ら赴くヤツがどこにいるというんだ。
 なのに、
 「…自分が情けなくて腹が立つよ」
 身の上話を語る気などさらさらなかったが、誰かに聞いてもらいたくなった。
 子ども達が昼寝をしている間に、交代に来たキアに話してしまった。自分が如何に狡猾で心の狭いヤツだと。
 自分より酷い目に遭った人を前にすると焦燥感が滲み出てくる。自分が如何に安寧の場所にいたか思い知らされる。
 「…悪いことをしてるとは思わないよ。ディルさんの怪我はロイさんのせいじゃないでしょう」
 「ひとくちに違うとは言い切れない。責任の一端は感じる」
 「そんなことはないよ」
 キアは困り顔をしていた。事情が事情だけに、どこまで聞いていていいかわからなかったのだ。
 「それに、ロイさんを狡猾だなんて思ったことないよ。悪い言葉で自分自身を追い込まないで…」
 自分を貶めて弱者に成り代わろうとしている。
 ああ、馬鹿だな。口を告げば告ぐだけボロが出る。
 「最低だ」
 ロイは頭を抱えた。
 「ロイさん…」
 「悪かったな。変な話を聞かせて。忘れてくれ。子ども達のこと頼むな」
 ロイはムジにも用事を頼まれていた。子ども達の昼寝のタイミングでキアと交代をするつもりでいた。
 ロイはちらりとディルが寝ている方を見た。声をかける素振りを見せたが、何も言わずに出て行ってしまった。
 「…ロイさん」
 キアも居た堪れず、何と声をかけてあげればいいかわからず黙ってしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

移転した俺は欲しい物が思えば手に入る能力でスローライフするという計画を立てる

みなと劉
ファンタジー
「世界広しといえども転移そうそう池にポチャンと落ちるのは俺くらいなもんよ!」 濡れた身体を池から出してこれからどうしようと思い 「あー、薪があればな」 と思ったら 薪が出てきた。 「はい?……火があればな」 薪に火がついた。 「うわ!?」 どういうことだ? どうやら俺の能力は欲しいと思った事や願ったことが叶う能力の様だった。 これはいいと思い俺はこの能力を使ってスローライフを送る計画を立てるのであった。

転生幼女。神獣と王子と、最強のおじさん傭兵団の中で生きる。

餡子・ロ・モティ
ファンタジー
ご連絡!  4巻発売にともない、7/27~28に177話までがレンタル版に切り替え予定です。  無料のWEB版はそれまでにお読みいただければと思います。  日程に余裕なく申し訳ありませんm(__)m ※おかげさまで小説版4巻もまもなく発売(7月末ごろ)! ありがとうございますm(__)m ※コミカライズも絶賛連載中! よろしくどうぞ<(_ _)> ~~~ ~~ ~~~  織宮優乃は、目が覚めると異世界にいた。  なぜか身体は幼女になっているけれど、何気なく出会った神獣には溺愛され、保護してくれた筋肉紳士なおじさん達も親切で気の良い人々だった。  優乃は流れでおじさんたちの部隊で生活することになる。  しかしそのおじさん達、実は複数の国家から騎士爵を賜るような凄腕で。  それどころか、表向きはただの傭兵団の一部隊のはずなのに、実は裏で各国の王室とも直接繋がっているような最強の特殊傭兵部隊だった。  彼らの隊には大国の一級王子たちまでもが御忍びで参加している始末。  おじさん、王子、神獣たち、周囲の人々に溺愛されながらも、波乱万丈な冒険とちょっとおかしな日常を平常心で生きぬいてゆく女性の物語。

【完結】そんなに怖いなら近付かないで下さいませ! と口にした後、隣国の王子様に執着されまして

Rohdea
恋愛
────この自慢の髪が凶器のようで怖いですって!? それなら、近付かないで下さいませ!! 幼い頃から自分は王太子妃になるとばかり信じて生きてきた 凶器のような縦ロールが特徴の侯爵令嬢のミュゼット。 (別名ドリル令嬢) しかし、婚約者に選ばれたのは昔からライバル視していた別の令嬢! 悔しさにその令嬢に絡んでみるも空振りばかり…… 何故か自分と同じ様に王太子妃の座を狙うピンク頭の男爵令嬢といがみ合う毎日を経て分かった事は、 王太子殿下は婚約者を溺愛していて、自分の入る余地はどこにも無いという事だけだった。 そして、ピンク頭が何やら処分を受けて目の前から去った後、 自分に残ったのは、凶器と称されるこの縦ロール頭だけ。 そんな傷心のドリル令嬢、ミュゼットの前に現れたのはなんと…… 留学生の隣国の王子様!? でも、何故か構ってくるこの王子、どうも自国に“ゆるふわ頭”の婚約者がいる様子……? 今度はドリル令嬢 VS ゆるふわ令嬢の戦いが勃発──!? ※そんなに~シリーズ(勝手に命名)の3作目になります。 リクエストがありました、 『そんなに好きならもっと早く言って下さい! 今更、遅いです! と口にした後、婚約者から逃げてみまして』 に出てきて縦ロールを振り回していたドリル令嬢、ミュゼットの話です。 2022.3.3 タグ追加

異世界ゆるり紀行 ~子育てしながら冒険者します~

水無月 静琉
ファンタジー
神様のミスによって命を落とし、転生した茅野巧。様々なスキルを授かり異世界に送られると、そこは魔物が蠢く危険な森の中だった。タクミはその森で双子と思しき幼い男女の子供を発見し、アレン、エレナと名づけて保護する。格闘術で魔物を楽々倒す二人に驚きながらも、街に辿り着いたタクミは生計を立てるために冒険者ギルドに登録。アレンとエレナの成長を見守りながらの、のんびり冒険者生活がスタート! ***この度アルファポリス様から書籍化しました! 詳しくは近況ボードにて!

【二章開始】『事務員はいらない』と実家からも騎士団からも追放された書記は『命名』で生み出した最強家族とのんびり暮らしたい

斑目 ごたく
ファンタジー
 「この騎士団に、事務員はいらない。ユーリ、お前はクビだ」リグリア王国最強の騎士団と呼ばれた黒葬騎士団。そこで自らのスキル「書記」を生かして事務仕事に勤しんでいたユーリは、そう言われ騎士団を追放される。  さらに彼は「四大貴族」と呼ばれるほどの名門貴族であった実家からも勘当されたのだった。  失意のまま乗合馬車に飛び乗ったユーリが辿り着いたのは、最果ての街キッパゲルラ。  彼はそこで自らのスキル「書記」を生かすことで、無自覚なまま成功を手にする。  そして彼のスキル「書記」には、新たな能力「命名」が目覚めていた。  彼はその能力「命名」で二人の獣耳美少女、「ネロ」と「プティ」を生み出す。  そして彼女達が見つけ出した伝説の聖剣「エクスカリバー」を「命名」したユーリはその三人の家族と共に賑やかに暮らしていく。    やがて事務員としての仕事欲しさから領主に雇われた彼は、大好きな事務仕事に全力に勤しんでいた。それがとんでもない騒動を巻き起こすとは知らずに。  これは事務仕事が大好きな余りそのチートスキルで無自覚に無双するユーリと、彼が生み出した最強の家族が世界を「書き換えて」いく物語。  火・木・土曜日20:10、定期更新中。  この作品は「小説家になろう」様にも投稿されています。

傍若無人な姉の代わりに働かされていた妹、辺境領地に左遷されたと思ったら待っていたのは王子様でした!? ~無自覚天才錬金術師の辺境街づくり~

日之影ソラ
恋愛
【新作連載スタート!!】 https://ncode.syosetu.com/n1741iq/ https://www.alphapolis.co.jp/novel/516811515/430858199 【小説家になろうで先行公開中】 https://ncode.syosetu.com/n0091ip/ 働かずパーティーに参加したり、男と遊んでばかりいる姉の代わりに宮廷で錬金術師として働き続けていた妹のルミナ。両親も、姉も、婚約者すら頼れない。一人で孤独に耐えながら、日夜働いていた彼女に対して、婚約者から突然の婚約破棄と、辺境への転属を告げられる。 地位も婚約者も失ってさぞ悲しむと期待した彼らが見たのは、あっさりと受け入れて荷造りを始めるルミナの姿で……?

条件付きチート『吸収』でのんびり冒険者ライフ!

ヒビキ タクト
ファンタジー
旧題:異世界転生 ~条件付きスキル・スキル吸収を駆使し、冒険者から成り上がれ~ 平凡な人生にガンと宣告された男が異世界に転生する。異世界神により特典(条件付きスキルと便利なスキル)をもらい異世界アダムスに転生し、子爵家の三男が冒険者となり成り上がるお話。   スキルや魔法を駆使し、奴隷や従魔と一緒に楽しく過ごしていく。そこには困難も…。   従魔ハクのモフモフは見所。週に4~5話は更新していきたいと思いますので、是非楽しく読んでいただければ幸いです♪   異世界小説を沢山読んできた中で自分だったらこうしたいと言う作品にしております。

異能力者の異世界冒険譚 〜能力は一人一つまでのはず…え?魔法使い?〜

空の小説マン
ファンタジー
異能力を持つ主人公「二階堂達」は、敵能力者の攻撃を受けて異世界へ飛ばされてしまう。 自身を異世界へ飛ばした敵と再び対峙する為、元の世界へと帰るべく奮闘する二階堂の異世界冒険譚が今、始まる。 異世界転生x異能力バトルを掛け合わせた新感覚ファンタジー小説、ここに見参!! (本作品は小説になろう様にも投稿させてもらっています)

処理中です...