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第3章

10 予想外

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 「おいおい。なんだってこんなに…」
 半ば祭はもう終わったかのような心持ちでいた村人達は、森の中からやってきた大勢の客を前にしてぽかんと口を開けたまま固まってしまった。
 先ほどのムジとキアのようだ。まさかの事態に気持ちが追いつかない。
 「こんな日でも来てやったぞ!雨に濡れた花も風情があるってもんだなあいや!」
 雨除けローブのフードを外した中年男性が陽気に叫んだ。酒を飲んでいるようで、顔を赤らめては語尾はしっちゃかめっちゃかだ。
 「ねえ!雨に濡れて体が冷えた!足湯に入りたいわ!!」
 半袖半丈の軽装備の若い女性は、両腕で体を抑えながら叫んだ。
 「街の喧騒から離れたくて来たの。ゆっくりさせてね」
 読みたい本がたくさんあるのと長身痩躯の女性はボソボソと呟いた。他にも老若男女がわらわらと集まり、足元を泥だらけにしていた。
 客の気持ちは三者三様。雨だろうがなんだろうがお構いなしだ。
 どうなっているんだ?
 ムジとキアは顔を見合わせて小首を傾げる。
 「…ええい!お客様にああも言われちゃ断る訳にはいかねえ!!みんな!お客様を案内しろ!お前も早くナユタを手伝いに行け」
 「は、はい!」
 ムジは仕事モードに切り替えて、シャキシャキと動き出した。他の従業員たちにも声をかけて、皆追随した。
 キアも早足で水の宿に向かった。
 「ナユタさーん!お客様です!!」
 キアは宿に続く坂を駆け足で上った。
 霧状の雨が行かせまいと顔めがけて降って来る。
 軽やかに感じるがこれが一番厄介な雨だ。油断をするとあっという間に全身がびしょびしょになる。
 もうすでにずぶ濡れの状態だが、それを更に上回る水分量がキアを包み込む。
 泥が跳ねて雨除けのローブや足に飛び散った。冷たくグチャリとした嫌な感触を直に受けて、背中がゾクッとなった。
 お客様を案内する前に着替えが先だな。泥跳ねは早く洗わなきゃ。洗濯が大変だ。
 キアは頭の中で色々と考えていた。宿に着いてからのシュミレーションだ。
 まず着替え。そして洗濯。洗剤をつけ置きしてる間に、お客様を案内する。温かいお茶かスープを出す。
 雨に濡れた人もいるから、体を拭くものも用意。体が冷えてるから毛布も出す。足湯を希望する人もいたから桶の用意も必要だ。物置にいくつあるだろう。足湯のオイルは他にも種類があるのかな。いくつあるだろう。ララカスカスだけかな。ナノハさんに聞きたい。ああ、でも今は具合が悪いんだった!無理をさせてはいけない。
 「うぅ、役立たずだ」
 人に聞かないと何の用意もできない。
 「私が出来ることって何だ?」
 口に出てた。頭の中だけじゃキャパオーバーだ。整理しきれない。
 「…あのこ、どこに行っちゃったんだろう…」
 キアはふと、足を止めて振り返った。暴風雨の中でも微かながらあの犬の気配がした。
 ムジが現れてからは、とんとして姿を見せないが、気配だけは感じる。
 迷い犬かと思ったら言葉を使う獣人だったなんて驚きだ。
 あのこはどこから来て、どこに行くのだろう。
 何か(誰か)を探しているようだった。それは見つかったのかな。
 私のことを何か言っていたっけ。
 よく聞こえなかった。
 「…あのこの探しているものが早く見つかるといいな」
 ごめんね。今はこれだけしか言えない。
 今はあのこの心配より、いきなり溢れ出てきたお客様を優先しなくては!
 こんな雨の日に来てくれたお客様にはたくさんおもてなしをしなきゃ。うれしい悲鳴というのはこういうことなのかな。
 キアは水の宿にやっとたどり着いた。
 開口一番にナユタの慌てふためく様子を予想していたため、勝手口の前でローブを脱いだ。ピッタリと体に張り付いていて、簡単には外れなかった。
 雨を含んだローブを絞ると、ジャーと溢れ落ちた。次いで、髪の毛からも。
 こっそりとドアを開けて洗面所に向かい、濡れた服を着替えた。薮の中で転んだ時についた草木や蔓が潰れてぐしゃぐしゃになっていた。
 簡単に体を拭いて着替え、すぐに出た。洗濯は後回しだ。
 「ナユタさん。お客様がたくさんいらっしゃいました!」
 この時点で、招かれざる客とは誰も思っていなかった。
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