僕は傷つかないから

ritkun

文字の大きさ
上 下
30 / 41
僕は知らないことばかり

しおりを挟む


 遠くから聞こえる子供の声で目を開ける。
 外が明るい。コウちゃんがいない。甘い香り。

 ダイニングに行くとテーブルに紙のコースターに乗った小皿がたくさん並んでた。小皿にはクッキーともパイとも微妙に違うようなのが数枚ずつ乗っている。

 キッチンへの扉を開けるとコウちゃんが洗い物をしていた。
「おはよう。試食?」
「おはよう。そう。まだ試作段階だから後で普通におやつにしような」

 薄い生地だし良い香りだしもうお昼だし。
「平気。今食べたい」

 試食なら一種類食べる度にお水を飲んだりメモをとったりするけど、試作ならそこまでかしこまったものじゃない。
 順番に食べていくつもりで一番端のお皿から一枚食べた。



 なんだろう?不思議な感覚。
 味は普通に美味しい。食感も軽くて美味しい。
 それとは別の問題で本当に「不思議な感覚」としか言いようが無い。

 何かを確かめるみたいにどんどん順番に口に運んでいって、5個目で止まった。一個目はレモン、これはオレンジの香りがする。
「これ、食べたことある……!」

 コウちゃんが5個目の小皿の下からコースターを抜いて裏返した。どんなアレンジをしたのか書いてある。
「オレンジジュースか」
「なに?これなに!?」

 なんでかドキドキしてる僕に対して、コウちゃんは落ち着いている。
「名前かあ。地域によって全然呼び方が違うんだよ。フラッペとかキアッキエレとかスフラッポレとか」

 イタリア語っぽい音。
 僕が10歳の頃には家にいることが殆どなくなってた母さん。お菓子を作ってくれたことがあったってこと?

 なんでコウちゃんが急にそれを作ってくれたんだろう。
「でもどうして急に?」
「昨日クリスマスブーツを見て引っ掛かるって言ってただろ?
 俺もなんか引っ掛かってて、寝起きに思い出したんだよ。イタリアでは一月六日にもブーツに入ったお菓子を貰うって。
 玄樹げんきも貰ったことがあるなら、他にもイタリアっぽいことしてたんじゃないかと思って作ってみた」

 言い出した僕本人が忘れてたのに気に掛けてくれてたんだ。普通に言うだけじゃ足りなくって抱きつく。
「ありがとう。母さんとの思い出なんて一個も無いと思ってた」
「きっとさ、昨日持って帰ってくる時の俺みたいに変な目で見られてやめちゃったんじゃないか?」
 そうかもしれない。すれ違う人っていうより、親戚がそういうことをしそうな人たちだ。

 僕もコウちゃんがいなかったらどうなってたか分からない。
「ありがとう。いつも僕を守ってくれて、救ってくれて」
「大げさだな」
「ううん。コウちゃんは凄い人だよ」
「そんなことないよ。ヨコだけじゃなくてカニやタマ、持田さんにまで嫉妬してた普通の奴だ」

 意外っていうか心当たりが無さ過ぎて、抱きついてた腕を離してコウちゃんの顔を見る。
「なんで?」
 コウちゃんはゆとりのある笑顔。
「だろ?俺はその程度の奴だよ」

 ヨコさんはしょうがないとして、勉強を教えて貰ってたカニちゃん以外の理由が分からない。
 しかも嫉妬してたなんてことを、なんでそんなにゆったり言えるの?

 この数日で凄く大人になった気がしてたけど、やっぱりまだまだだったね。
 僕は知らないことばかり。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

短編まとめ

あるのーる
BL
大体10000字前後で完結する話のまとめです。こちらは比較的明るめな話をまとめています。 基本的には1タイトル(題名付き傾向~(完)の付いた話まで)で区切られていますが、同じ系統で別の話があったり続きがあったりもします。その為更新順と並び順が違う場合やあまりに話数が増えたら別作品にまとめなおす可能性があります。よろしくお願いします。

美形な兄に執着されているので拉致後に監禁調教されました

パイ生地製作委員会
BL
玩具緊縛拘束大好き執着美形兄貴攻め×不幸体質でひたすら可哀想な弟受け

突然現れた自称聖女によって、私の人生が狂わされ、婚約破棄され、追放処分されたと思っていましたが、今世だけではなかったようです

珠宮さくら
恋愛
デュドネという国に生まれたフェリシア・アルマニャックは、公爵家の長女であり、かつて世界を救ったとされる異世界から召喚された聖女の直系の子孫だが、彼女の生まれ育った国では、聖女のことをよく思っていない人たちばかりとなっていて、フェリシア自身も誰にそう教わったわけでもないのに聖女を毛嫌いしていた。 だが、彼女の幼なじみは頑なに聖女を信じていて悪く思うことすら、自分の側にいる時はしないでくれと言う子息で、病弱な彼の側にいる時だけは、その約束をフェリシアは守り続けた。 そんな彼が、隣国に行ってしまうことになり、フェリシアの心の拠り所は、婚約者だけとなったのだが、そこに自称聖女が現れたことでおかしなことになっていくとは思いもしなかった。

ツイノベ倉庫〜1000文字程度の短編集

兎騎かなで
BL
ツイッターで流したツイノベを置いておく場所です。 ほとんどハッピーエンド、ごく稀にメリバ。 オメガバース、ファンタジー、現代、SF風など節操なく書いてます。 ♡ ついてる話は♡ 喘ぎです。

クソ雑魚新人ウエイターを調教しよう

十鳥ゆげ
BL
カフェ「ピアニッシモ」の新人アルバイト・大津少年は、どんくさく、これまで様々なミスをしてきた。 一度はアイスコーヒーを常連さんの頭からぶちまけたこともある。 今ようやく言えるようになったのは「いらっしゃいませー、お好きな席にどうぞー」のみ。 そんな中、常連の柳さん、他ならぬ、大津が頭からアイスコーヒーをぶちまけた常連客がやってくる。 以前大津と柳さんは映画談義で盛り上がったので、二人でオールで映画鑑賞をしようと誘われる。 マスターの許可も取り、「合意の誘拐」として柳さんの部屋について行く大津くんであったが……?

ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?

望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。 ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。 転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを―― そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。 その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。 ――そして、セイフィーラは見てしまった。 目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を―― ※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。 ※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)

Bacato

noiz
BL
側近×ギャングヘッド !完全リバです! 地球篇から続くシリーズ最終作、スラム篇。 本編+番外編構成 過度のグロ描写はありませんが、ギャングなのでバイオレンス寄りです。性描写、反社会的描写が強めですがこれを推奨するものではありません! 英語だったら多分だいたいFuckで会話してる感じです。 7/26 これでシリーズ全完結です。 読んで頂いた方、お付き合い本当にありがとうございました。 またいつか!

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

処理中です...