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僕は静かに部屋を出た
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それからの五日間をどう過ごしたのか、あんまり憶えてない。コウちゃんが迎えに来て撮影に向かってるから『ああ、今日は土曜日か』ってくらいの感覚。
コウちゃんが急にコンビニに寄るって言って、店内に一人で入ってすぐに戻ってきた。手にはレジ横で淹れるコーヒー。
「コンビニってくくり抜きにしてもここのコーヒーが好きだろ?
今日は癒し系の撮影だけど、それでももうちょっと明るくできるか?」
そうだ。仕事なんだからちゃんとしないと。
「できる。ごめん」
「謝るなよ」
それから少し間をおいて声も変わった。
「『離れないでね』ってかわいく抱きついた玄樹はどこに行ったんだ?
僕は驚いて窓の外を見回す。
「ここ外だよ?」
「死角になってるから大丈夫だよ。
で、かわいい俺の玄樹はどこに行ったんだ?」
コウちゃんは普段、僕のことを『うちの子』って言う。子供扱いしないでって言っても笑うだけで直してくれないのに、こういう時に使うなんて。
「ずるい」
コウちゃんは優しく笑ってエンジンを掛けた。
コウちゃんが治してくれるまで暗い顔してたなんて全然気付かれないで、順調に撮影は進んだ。
無事に終わったタイミングでコウちゃんよりも若干小柄な人がドアから入ってきた。斜め後ろにはボディーガードですかってガタイなのに実は秘書の人。スカウトされてからの採用面接で会ったきりだ。二人とも30歳なんだけど、常に明るいオーラを発してる副社長は歳より若く、真面目さが滲み出て副社長の世話が染みついている秘書さんは歳より大人に見える。
副社長が来るのはみんなも知らなかったみたいで全員驚いてる。それでも副社長の人柄と方針が撮影スタッフにまで伝わっていて、慌てたり緊張したりっていう感じは無い。この会社はどこまでもアットホーム。
「みんなお疲れさまー」
笑顔で大きな声で言った後で、副社長は誰かを探すようにフロア内を見回した。
「あれ、ポチは?」
「タマです」
席を外していたタマさんが社長と秘書さんの後ろから戻ってきて、ぎこちなくつっこんだ。
入社したばかりの頃、カニちゃんは『エビちゃん』と呼ばれていたらしい。コウちゃんは春野って苗字なのに『あきの』。
わざと間違えてつっこませて、発言するのに慣れさせてるんだって。副社長にはっきり意見を言えるようになると間違えずに呼んでくれる。
僕は社員じゃないし未成年だからか間違えられない。「玄樹ー、元気ー?」と言ってくるだけ。
それから社長はカメラマンのヨコさんに手を振った。
「ヨコー、昨日振りー!」
そんな感じで一通りみんなと話したあとで、副社長は僕たちを見た。
「んじゃあカニタマと春雨はちょっと来て」
はるさめ?
この呼び方は社内でも使われていなかったみたいで、みんな一瞬考えた。秘書さんが僕を見て、副社長が出ていったドアを開けたままで促す。
あ、コウちゃんの苗字が春野で僕が雨松だから?
控室みたいな部屋に六人だけ。社長は変わらない空気で話し始めた。
「イメージキャラクターってずっと一年契約だったんだけどさ、今回めちゃくちゃ好評なんだよ。それでもう一年続けようかって思うんだけど、どうかな?
現場の意見と、来年度は受験生になる本人の意見を直接聞かせてくれる?」
最初に見つめられたカニちゃんは即答した。
「もちろん受験生の意見が最重要ですが、続けさせていただけるなら受験も含めたサポートをする用意があります。
三日いただければ撮影と勉強の予定を書面で提出できます」
副社長はカニちゃんに笑顔で頷いてから僕を見た。
「どう?」
「……気持ちとしては続けたいです。でも……」
両親は僕が生まれた時から仲が悪くて、今はお互いに別々の恋人と暮らしている。僕が大人になるまで離婚してはいけないと祖父さんに言われているから離婚はしてない。
『大人になるまで』というのは20歳になるか学生じゃなくなるか。つまり大学に行ったら僕が22歳になるまで離婚できない。だから両親は国立大学でなければ行かせないという条件を付けた。失敗してくれれば僕が20歳になった時点で離婚できる。
両親に離婚してほしくないって気持ちはこれっぽっちも無い。二人とも僕が10歳の時からそれぞれ恋人との家で暮らしていて、必要な時しか家に来なかった。
大学に行きたいのは、大学に行かないなら祖父さんの会社で働かなければいけないから。二十歳を過ぎたら自分の判断で転職してもいいって言われてるけど、二年間さえ一緒にいるのが我慢できないような頑固な人。短大や専門っていう選択肢が無い以上、絶対に国立大に合格しなければいけない。
この仕事はコウちゃんと一緒にいられるってことを抜きにしても続けたいと本気で思ってるけど。
こんなドロドロな家庭事情、どう話したらいいんだろう。
副社長はコウちゃんを見た。
「コーキ言える?」
「……はい。だいぶ込み入った話ですが」
「じゃあ玄樹送ったらウチな」
副社長は秘書さんを見た。
「水曜の予定は?」
「九時から九時半まで空いています」
「じゃあカニちゃん、副社長室に持ってきて」
「はい。九時十分頃に伺います」
副社長は最初と変わらない空気のまま秘書さんと部屋を出て行った。
コウちゃんが急にコンビニに寄るって言って、店内に一人で入ってすぐに戻ってきた。手にはレジ横で淹れるコーヒー。
「コンビニってくくり抜きにしてもここのコーヒーが好きだろ?
今日は癒し系の撮影だけど、それでももうちょっと明るくできるか?」
そうだ。仕事なんだからちゃんとしないと。
「できる。ごめん」
「謝るなよ」
それから少し間をおいて声も変わった。
「『離れないでね』ってかわいく抱きついた玄樹はどこに行ったんだ?
僕は驚いて窓の外を見回す。
「ここ外だよ?」
「死角になってるから大丈夫だよ。
で、かわいい俺の玄樹はどこに行ったんだ?」
コウちゃんは普段、僕のことを『うちの子』って言う。子供扱いしないでって言っても笑うだけで直してくれないのに、こういう時に使うなんて。
「ずるい」
コウちゃんは優しく笑ってエンジンを掛けた。
コウちゃんが治してくれるまで暗い顔してたなんて全然気付かれないで、順調に撮影は進んだ。
無事に終わったタイミングでコウちゃんよりも若干小柄な人がドアから入ってきた。斜め後ろにはボディーガードですかってガタイなのに実は秘書の人。スカウトされてからの採用面接で会ったきりだ。二人とも30歳なんだけど、常に明るいオーラを発してる副社長は歳より若く、真面目さが滲み出て副社長の世話が染みついている秘書さんは歳より大人に見える。
副社長が来るのはみんなも知らなかったみたいで全員驚いてる。それでも副社長の人柄と方針が撮影スタッフにまで伝わっていて、慌てたり緊張したりっていう感じは無い。この会社はどこまでもアットホーム。
「みんなお疲れさまー」
笑顔で大きな声で言った後で、副社長は誰かを探すようにフロア内を見回した。
「あれ、ポチは?」
「タマです」
席を外していたタマさんが社長と秘書さんの後ろから戻ってきて、ぎこちなくつっこんだ。
入社したばかりの頃、カニちゃんは『エビちゃん』と呼ばれていたらしい。コウちゃんは春野って苗字なのに『あきの』。
わざと間違えてつっこませて、発言するのに慣れさせてるんだって。副社長にはっきり意見を言えるようになると間違えずに呼んでくれる。
僕は社員じゃないし未成年だからか間違えられない。「玄樹ー、元気ー?」と言ってくるだけ。
それから社長はカメラマンのヨコさんに手を振った。
「ヨコー、昨日振りー!」
そんな感じで一通りみんなと話したあとで、副社長は僕たちを見た。
「んじゃあカニタマと春雨はちょっと来て」
はるさめ?
この呼び方は社内でも使われていなかったみたいで、みんな一瞬考えた。秘書さんが僕を見て、副社長が出ていったドアを開けたままで促す。
あ、コウちゃんの苗字が春野で僕が雨松だから?
控室みたいな部屋に六人だけ。社長は変わらない空気で話し始めた。
「イメージキャラクターってずっと一年契約だったんだけどさ、今回めちゃくちゃ好評なんだよ。それでもう一年続けようかって思うんだけど、どうかな?
現場の意見と、来年度は受験生になる本人の意見を直接聞かせてくれる?」
最初に見つめられたカニちゃんは即答した。
「もちろん受験生の意見が最重要ですが、続けさせていただけるなら受験も含めたサポートをする用意があります。
三日いただければ撮影と勉強の予定を書面で提出できます」
副社長はカニちゃんに笑顔で頷いてから僕を見た。
「どう?」
「……気持ちとしては続けたいです。でも……」
両親は僕が生まれた時から仲が悪くて、今はお互いに別々の恋人と暮らしている。僕が大人になるまで離婚してはいけないと祖父さんに言われているから離婚はしてない。
『大人になるまで』というのは20歳になるか学生じゃなくなるか。つまり大学に行ったら僕が22歳になるまで離婚できない。だから両親は国立大学でなければ行かせないという条件を付けた。失敗してくれれば僕が20歳になった時点で離婚できる。
両親に離婚してほしくないって気持ちはこれっぽっちも無い。二人とも僕が10歳の時からそれぞれ恋人との家で暮らしていて、必要な時しか家に来なかった。
大学に行きたいのは、大学に行かないなら祖父さんの会社で働かなければいけないから。二十歳を過ぎたら自分の判断で転職してもいいって言われてるけど、二年間さえ一緒にいるのが我慢できないような頑固な人。短大や専門っていう選択肢が無い以上、絶対に国立大に合格しなければいけない。
この仕事はコウちゃんと一緒にいられるってことを抜きにしても続けたいと本気で思ってるけど。
こんなドロドロな家庭事情、どう話したらいいんだろう。
副社長はコウちゃんを見た。
「コーキ言える?」
「……はい。だいぶ込み入った話ですが」
「じゃあ玄樹送ったらウチな」
副社長は秘書さんを見た。
「水曜の予定は?」
「九時から九時半まで空いています」
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「はい。九時十分頃に伺います」
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