上 下
90 / 284

第89話 ミリア・ハイルデートはミリアである10

しおりを挟む

 
 ──その日の午後。
 トアを含む〝魔王信仰〟に殺された5人の冒険者の葬儀が、街の小さな教会でり行われた。

 ミリアは、もう二度と会う事も、もできないと思っていた、ひつぎに入った父親トアの姿を見ると、また涙が止まらなかった。

 その後の事は、泣いていてよく覚えてない。

 ずっと泣いて気づくと、お父さんの遺骨を持って、お母さんとお家に帰ってきていた。

 そして、家のすぐ隣にお墓を作る事になった。
 
 お墓はお母さんが、ウチの森にあった大きめの石や岩を、掘ったり、切ったりして直ぐに作ってくれた。

 これで本当の本当にお別れだ。

 お母さんが作ったお墓にお父さんの遺骨を納める。
 
 お墓の周りには、沢山の物が供えられている。

 家の森でお母さんや私やタケシが取って来た花。

 お団子屋のあばちゃん達がくれたお供え物と花。

 お父さんの冒険者仲間の人がくれたお酒や花。

 そのほとんどが、お花だったけど、お父さんのお墓の周りは、お父さんが無くなってしまった悲しさとは裏腹に、明るく綺麗に色んな物で埋め尽くされていた。

「ミリア、それって?」

 ミトリは、ミリアが家の中から、両手で抱えて持ってきたお鍋を見ると、少し驚いた視線を向ける。

「うん、晩御飯。やっと食べれるね」

 ミリアが持ってきたのは、今朝の朝食で食べたがらなかったであった。

 このシチューは昨日の晩御飯のメニューで、トアが仕事から帰ってきたら、いつも通りに皆で食べる予定だった料理だ。
 そして、シチューはトアの大好物の料理だ。

「そうね。ミリア、私も手伝うわ」

 ミトリはミリアが何をしたいかが分かると、優しい目でミリアを見つめながら、ミリアを手伝う。

 ミリアは温め直したシチューの鍋と一緒に、3人分の食器も持ってきており、お冷やまで準備万端だ。

『──父親が帰ってきたら家族の皆でごはん!』

 ミリアの中では、これが普段の光景だ。

 だから、朝食ではシチューに手をつけなかった。
 これは、お父さんが帰ってきたら、家族皆で食べる物だから。

 これは、お父さんとお母さんと私の3人で食べる為に作った物だから、どうしても、私は、このシチューだけは、このの時間に最後に皆で食べたかった。

 生きてではなかったけど……
 今、お父さんは家に帰ってきた。

 なら、もう食べてもいいだろう。

 ──晩御飯の時間だ。

 でも、まだ外は明るい。

 夕暮れよりも少し前ぐらいだろうか?
 時間的には、おやつの時間帯だ。

 それに相変わらず、外の天気は曇っている。

 晩御飯には早すぎる? 
 ううん、今回はむしろ遅すぎるぐらいだ。

 だって、これは昨日の晩御飯なのだから。
 お父さんの大遅刻だ。

 お父さんが仕事から帰ってきた。
 だから、今から晩御飯にする。

「今日はお父さんの大好きなシチューだよ」

 昨日、街で買って来た、お肉とお野菜と、湖で取れた、お魚と物々交換した、牛乳やバターやお塩で味付けして、じっくり煮込んだんだ。

 お母さんと私の自信作だよ。

 今のミリアに墓前の作法なんて関係無い。
 ここは私達のおうちだ。

 父親が帰ってきた。だからごはんにする。
 いつも通りの、ただそれだけの話だ。

「お父さん、お帰りなさい。ごはんにするよ!」

 お父さん、お母さん、私と三人分のシチューが行き渡ると、手を合わせ「いただきます」をする。

 私の人生で最後のシチューを私は口に運ぶ。

 私は、今後シチューという料理を食べない。
 このシチューを最後の思い出にしたいからだ。

 このシチューは、家族3人で食べる本当の本当に最後のごはんだ。寂しくて、辛くて、悲しくて、どんなに頼んでも、涙が止まってくれないけど、これで本当に本当のお父さんと一緒の……家族で最後の食事だ。
だからミリアは、このシチューを噛み締めるように、ゆっくりと、目に、舌に、鼻に、頭に、身体に、そして心に、大切な思いを焼き付けるように食べる。

 同じくミリアの隣の墓前にミトリも腰を下ろし、涙をポロポロと溢しながらシチューを食す。

 無言で、夢中で、二人はシチューを平らげる。

 この時ばかりはミトリも、太るだとか太らないだとか、そんな事は一切考えず、普段のミトリの食事量では考えられない量のシチューを少しばかり時間をかけながらも、綺麗に平らげる。

 同じく、ミリアもシチューを綺麗に平らげる。

 これで鍋は空っぽだ。
 後はお供えしたお父さんの分だけ。

 ごはんを食べてる最中なのに、また泣いてしまった。
 でも、この時はお母さんも一緒に泣いていた。
 
 その後、ごちそうさまをした後に──
 目を閉じて、もう一度お父さんに手を合わせる。

 その後、後片付けを終えて、お母さんと家の中に戻ろうとする頃に……これで何度目だろう、本当にお別れなんだと考えると、足が止まってしまう。

 時刻は夕方ぐらいで、空は日が沈み始めている。

 すると、その時──

 ずっと朝から曇りだった、空の雲の切れ目から、
 綺麗な一筋ひとすじの光が夕焼けと共に顔を出す。

「ここら辺では珍しいわね。あれは光芒こうぼうって言う自然現象なのよ」
「光芒? 何かさっきのシチューの色みたい」

 始めてみる綺麗な空にミリアは素の感想を呟く。

「ふふ。そうね、確かにあの光の色はさっきのシチューの色に似てるわね? なら、トアが私達に『ご馳走様』って、伝えに来てるのかもしれないわね?」

 この時、トアが亡くなってから初めてミトリが笑った。綺麗な光芒光射す空を『シチューみたい』という、年相応の子供の発想豊かな感想が妙なツボに入ったのだ。

 ミトリの返事に「ほんと!」っと嬉しそうに反応するミリアを見て、ミトリは最後にまた笑いをこぼし、ミリアを抱き上げると、その吸い込まれるように綺麗な空を、しばしながめてから、家の中へと入るのだった。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら

みおな
恋愛
 子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。 公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。  クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。  クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。 「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」 「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」 「ファンティーヌが」 「ファンティーヌが」  だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。 「私のことはお気になさらず」

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

西谷夫妻の新婚事情~元教え子は元担任教師に溺愛される~

雪宮凛
恋愛
結婚し、西谷明人の姓を名乗り始めて三か月。舞香は今日も、新妻としての役目を果たそうと必死になる。 元高校の担任教師×元不良女子高生の、とある新婚生活の一幕。 ※ムーンライトノベルズ様にも、同じ作品を転載しています。

追放幼女の領地開拓記~シナリオ開始前に追放された悪役令嬢が民のためにやりたい放題した結果がこちらです~

一色孝太郎
ファンタジー
【小説家になろう日間1位!】 悪役令嬢オリヴィア。それはスマホ向け乙女ゲーム「魔法学園のイケメン王子様」のラスボスにして冥界の神をその身に降臨させ、アンデッドを操って世界を滅ぼそうとした屍(かばね)の女王。そんなオリヴィアに転生したのは生まれついての重い病気でずっと入院生活を送り、必死に生きたものの天国へと旅立った高校生の少女だった。念願の「健康で丈夫な体」に生まれ変わった彼女だったが、黒目黒髪という自分自身ではどうしようもないことで父親に疎まれ、八歳のときに魔の森の中にある見放された開拓村へと追放されてしまう。だが彼女はへこたれず、領民たちのために闇の神聖魔法を駆使してスケルトンを作り、領地を発展させていく。そんな彼女のスケルトンは産業革命とも称されるようになり、その評判は内外に轟いていく。だが、一方で彼女を追放した実家は徐々にその評判を落とし……? 小説家になろう様にて日間ハイファンタジーランキング1位! 更新予定:毎日二回(12:00、18:00) ※本作品は他サイトでも連載中です。

異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽
ファンタジー
※書籍化しました(2巻発売中です) アリア・エランダル辺境伯令嬢(十才)は家族に疎まれ、使用人以下の暮らしに追いやられていた。 高熱を出して粗末な部屋で寝込んでいた時、唐突に思い出す。 自分が異世界に転生した、元日本人OLであったことを。 魂の管理人から授かったスキルを使い、思い入れも全くない、むしろ憎しみしか覚えない実家を出奔することを固く心に誓った。 この最強の『無限収納EX』スキルを使って、元々は私のものだった財産を根こそぎ奪ってやる! 外見だけは可憐な少女は逞しく異世界をサバイバルする。

【完結】身売りした妖精姫は氷血公爵に溺愛される

鈴木かなえ
恋愛
第17回恋愛小説大賞にエントリーしています。 レティシア・マークスは、『妖精姫』と呼ばれる社交界随一の美少女だが、実際は亡くなった前妻の子として家族からは虐げられていて、過去に起きたある出来事により男嫌いになってしまっていた。 社交界デビューしたレティシアは、家族から逃げるために条件にあう男を必死で探していた。 そんな時に目についたのが、女嫌いで有名な『氷血公爵』ことテオドール・エデルマン公爵だった。 レティシアは、自分自身と生まれた時から一緒にいるメイドと護衛を救うため、テオドールに決死の覚悟で取引をもちかける。 R18シーンがある場合、サブタイトルに※がつけてあります。 ムーンライトで公開してあるものを、少しずつ改稿しながら投稿していきます。

聖ロマニス帝国物語

桜枝 頌
恋愛
 北大陸にある聖ロマニス帝国と、南大陸にあるヴェルタ王国は、歴史上何度も戦争をしていた。  激戦地となるのは決まって二つの大陸を繋ぐような地形で存在するフロリジア公国。この公国は北の聖ロマニス帝国に帰属している。  現代、フロリジア公国は爵位と国の継承問題で揺れている。前公妃の娘で第一公女ジュエリアは継承順位第一位ではなく第二位。継承順位第一位は後妻であるセルマ公妃の娘で、ジュエリアの妹のミア公女になっていた。  ミアの婚約者はヴェルタ王国の王族、ジュエリア公女の婚約者は帝国近衛士官のシベリウス。公室の現状に、国民の誰もが近い将来戦争が再び起こることを覚悟した。  そしてなぜか完全な政略結婚で決められたはずのシベリウスが、初対面からジュエリアを溺愛し執着している……。 ※タイトル一部削除変更しました🙇🏻‍♀️

もしも○○だったら~らぶえっちシリーズ

中村 心響
恋愛
もしもシリーズと題しまして、オリジナル作品の二次創作。ファンサービスで書いた"もしも、あのキャラとこのキャラがこうだったら~"など、本編では有り得ない夢の妄想短編ストーリーの総集編となっております。 ※ 作品 「男装バレてイケメンに~」 「灼熱の砂丘」 「イケメンはずんどうぽっちゃり…」 こちらの作品を先にお読みください。 各、作品のファン様へ。 こちらの作品は、ノリと悪ふざけで作者が書き散らした、らぶえっちだらけの物語りとなっております。 故に、本作品のイメージが崩れた!とか。 あのキャラにこんなことさせないで!とか。 その他諸々の苦情は一切受け付けておりません。(。ᵕᴗᵕ。)

処理中です...