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第87話 ミリア・ハイルデートはミリアである8

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 『1時間以内には帰って来るわ』
 お母さんと約束した1時間が凄く長く感じる。

 身体がガチガチに固まって動かない。
 嫌な汗も出てきた。

 お母さんに会いたい。

 ……お父さんに会いたい。

 早くお家に帰って、皆で晩御飯を食べたい。

 そして、私の中で合ってしまった最悪の辻褄シナリオが頭をよぎる。

 お願い……当たらないで……

(お父さん、……)

 ──ぎゅッ

 私の手をおばちゃんが包むように握ってくれる。

「ごめんね、ミリアちゃん。ごめんね……」

 何の話だろう……?
 おばちゃんが謝りながら更に強く私の手を握る。

「おばちゃん……何で謝るの……?」
「私が何もしてあげられなかったからだよ。私や私の主人は、トアちゃんやミトリちゃんには返しきれない恩があるの……」

 私の質問におばちゃんは、その場に膝を突いて、まるで、懺悔ざんげでもするかのように話し始める。

 そしてお店の奥からは、このお団子屋の店主さんおじちゃんが、何も言わず、こちらを悲しそうに見ている。

 この店のお団子は全部おじちゃんが作ってる。
 でも、私はお団子屋のおじちゃんとは、2、3回ほど、軽く話した事がある程度だ。

 だけど、お店を出る時に目が会うと『気を付けて帰るんだよ。いつもありがとうね』と、毎回笑って、小さく手を振ってくれる。優しいおじちゃんだ。

「私と主人はね。昔、トアちゃんとミトリちゃんに命を救って貰ったことがあるの……」
「お父さんとお母さんに?」

 ミリアはこれは初耳らしく少し驚いた顔をする。

「街の外の山で魔物に襲われてね。主人は瀕死、私も大怪我をして……あの時ばかりは死を覚悟したわ」

 おばちゃんの手が少し震える。

「そんな時に駆け付けてくれたのがトアちゃんなの。魔物を倒して、私と主人の2人を抱えて街まで連れてきてくれたの、そして、私達の怪我を魔法で治してくれたのがミトリちゃんよ。私達にとっては2人は命の恩人なのよ。ミリアちゃんの両親は立派で、優しくて、カッコいい──それこそ、私達の英雄ヒーローなんだよ」

 何だろう。何だか、お母さんやお父さんの事をこうして誉められると、凄く嬉しくなる。

「うん……私も知ってるよ。お父さんもお母さんも凄く立派で、優しくて、カッコいいんだって」

 だけど、おばちゃんはこのタイミングで、何でこの話を私にしてくれたのだろう? 

 私を励ましてくれてるのは分かる。
 でも、それとは別の何かを伝えようとしてくれてる気がする。

 と、その時。私が待っていた声が聞こえる。

「──ミリア、ただいま。待たせちゃってごめんね」
「お母さんッ!」

 ミトリの声を聞くと、ミリアは、飛び付くようにミトリに思いっきり抱き付く。

「ごめんね。待たせちゃったわね?」
「ううん。私も今来た所だよ」

 ひしっと抱き付き、まるで、デートを待ち合わせた恋人のような事を言うミリアを、ミトリは『一体こんな台詞を何処で覚えたのだろう?』と思いながらも、温かい娘のぬくもりに少し心が和らぐのを感じる。

「ミトリちゃん、終わったのかい……?」
「ええ。おばさん、ミリアを見ててくれて本当にありがとう」

「お礼を言われるような事はしてないよ。ミトリちゃん、何か他に私にできる事があれば、いつでも言っておくれ」
「ええ、ありがとう。でも、ごめんなさい。今日はここで失礼するわね」

 私達は頷くおばちゃんに見送られて店を出る。

「お母さん、何処に行くの?」
「さっきの広場よ。大丈夫、お母さんも一緒だから」

 ミリアはこくりと頷く事しかできなかった。

 広場に着くと、まだ人だかりができている。
 その中心に、私はお母さんに抱っこされたままの状態で向かう。

「──ミリア。お父さんはわ」

 ミトリは単刀直入にミリアに告げる。

「…………」

 何となく気づいていた。

 できれば、ハズレて欲しかった。

「もう……お父さんには……会えないってこと?」
「そうよ」

「お父さんは……何で……何で死んじゃったの……」
「この街を守ってくれたのよ」

 嘘は言って無い。トア達が足止めしなければ、もっと被害が出ていた可能性が高い。

 そして、ミトリは〝魔王信仰〟の件についてはミリアに伝えなかった。

 これだけは伝えるのは止めよう。
 そうミトリは固く自分の中で決めていた。

 あの狂った危険性は後々に教えるが、トアが〝魔王信仰〟に殺されたという事に関しては、今は絶対に伝えるべきでは無い。

 既にトアの心臓は、にミトリが戻して、回復魔法を使い、遺体の傷跡も修復してある。

 他に取り戻してきた、トアの冒険者仲間の心臓も、ミリアを迎えに行く前に、同じ処置をほどこしてある。
 
「……そっか……そっか……ふぇ……グス……」

 ミトリに抱っこされた状態のミリアは、ミトリの胸に顔をうずめると、だんだんと涙声になっていき、そして最後は叫び声へと変わって行く。

 我慢しようとしたが、どうしても無理だった。

 うわぁぁぁぁぁ!! と、ミリアは泣き叫んだ。
 嫌だ嫌だと、声と涙が止まってくれない。

「お父さんっ! お父さんっ!!」

 ミトリは初めてミリアのこんな大きな声を聞いた。

 目からは大粒の涙がこれでもかと溢れ落ちる。

 その後も、ミリアは何時間も泣き続けた。

 そんなミリアをミトリは抱き締め、ミリアが泣き止むまで、ずっと「ごめんね」「ごめんね」と謝る事しかできない自分が、情けなくて、情けなくて、どうしようもなかった。
 
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