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第85話 ミリア・ハイルデートはミリアである6
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「あの方々への供物はこれだけか?」
結界の中に潜んでいる、この場の〝魔王信仰〟の中ではリーダー格の男が部下に低い声で問いかける。
その視線の先には、バケツぐらいの大きさの、蓋の付いた壺がある。その中には、ここ数日で集められた人類の心臓が無造作に詰め込められている。
普通の人間ならば、この光景を見ただけでも、吐き気を催し、嘔吐する者も少なくは無いだろう。
「……」
苛立つその男の問いかけに対し、周りの者達は黙り込んでいる。
「嘆かわしい……」
そして、その男は徐に部下の首を掴み持ち上げる。
「ゴフッ……」
捕まれた部下の男は息の詰まった声を漏らす。
──ザクリッ!
リーダー格の男は、掴み上げた部下の男の左胸に剣を刺し、何の迷いも無く、部下の心臓を抜き取る。
「無いよりはマシと言った所か」
リーダー格の男は、抜き取った部下の心臓を手に持つと、その心臓を足元の壺の中へ投げ込む。
「あ……ありがたき……幸せ……これで……俺も……あの方々の……尊き……一部となれる……」
心臓を抜き取られた部下の男は、最後にそんな言葉を残し、恍惚の表情を浮かべながらその場に倒れる。
と、その時だ。
────ガッシャーン!!!!
次の瞬間〝魔王信仰〟の者達の隠れていた結界が割れ、その中に青い竜が猛烈な勢いで突っ込んで来る!
「あ? 俺の結界を見つけて破ったのかッ!? 偶然か? いや、待て。青い空竜だと? オイオイ、まさか〝ルスサルペの湖〟の空竜の〝変異種〟か!」
リーダー格の男は結界が見つかり、破壊された事に驚愕の顔を浮かべるが、直ぐにその視線をタケシへと向けると、薄汚い笑みを浮かべる。
「あひゃひゃひゃひゃッ! これは良い! あの方々への供物には最適だ! ──あの湖は、明日、街と共に攻め落とすつもりだったが、バラけてくれたなら好都合だ! 手間が省けたぞッ!」
リーダー格の男は、鴨がネギでも背負ってきたのを見るかのように、嬉しそうに下卑た笑い声を上げる。
「──これ以上、私を怒らせないでくれるかしら?」
リーダー格の男の横には、いつの間にか、低く冷たい声で話す、水色の髪の女性が立っていた。
「はぁ?」
リーダー格の男は、現れたその女性を睨む。
「あひゃッ! お前、何処から沸いたんだ? てかよ、オイ、女! いいもん持ってんじゃねぇかよぉ! 今日は最後の最後で、獲物の方から次々と狩られに来てくれるなぁ! あーあ。さっきの、無いよりマシの心臓は余分だったかぁ?」
「トアの心臓はどこ?」
どこまでも淡々とミトリは告げる。
「あ? トア? 何だそれ? いいから、お前とその竜は、ちょっとこっちに来いって言ってんだよ!」
リーダー格の男がミトリに手を伸ばそうとする。
だが、その手がミトリに触れる事は無かった。
「──はッ!?」
リーダー格の男はミトリに手を伸ばそうとした、その手に力が入らない。そんな今まで感じた事の無い感覚を感じ、自身の腕を見ると……
伸ばした筈の腕が、肩から指先まで、全て凍りついていた。
「会話もできないみたいね。そもそも、貴方達の言ってる事は、私にはよく理解できないわ」
ミトリはリーダー格の男の足元に会った、壺の蓋を取ると、一瞬、顔をしかめながら、その中にあった心臓の一つを、ゆっくりと掬いあげる。
「こんな……こんな奴等に……トアは殺されたの? ……ミリアと私の大切な家族を奪ったって言うの……」
ミトリのその言葉には怒りが満ちていた。
嘆き、悲しみ、怒り、そして、絶望……
そんな気持ちでミトリは頭が真っ白になる。
「この……糞女がッ! お前ら!! 殺せッ!!」
その声と共にリーダー格の男は、凍った腕を邪魔と判断して自らその腕を切り落とし、もう片方の腕で魔力を込めた剣を持ち、己もミトリに飛びかかるが……
──バアァァァァァァァァァンッ!!
だが、次の瞬間、タケシが〝魔王信仰〟に向けて、魔力を使った熱線を浴びせ、向かって来た〝魔王信仰〟の者達を一斉に葬る。
タケシだって怒っている、怒っているのだ。
会うと、朝には必ず「おはよう」と言ってくれるトアが、帰ってくると『ただいま』と声をかけてくれるトアが、たまに『お裾分けだよ』と大漁の時に魚を持って来てくれるトアが、タケシは大好きだったのだ。
「ガアァァァァァァァァァ!!」
タケシは怒りのままに叫ぶ。ミトリを、ミリアを悲しませ、そしてトアを殺した敵に向かって。
「タケシ、気持ちは分かるけど、私の分も残しておいてくれる? まあ、こんなゴミをいくら片付けた所で、私の気は晴れないし、トアが帰って来たりもしないのだけど……」
そんなミトリの言葉を理解してか「ガウ……」っと、タケシは小さく返事を返して、少しだけ後ろに下がり、ミトリの支援に回る。
そんな中、まだ生きて動いている人影があった。
片手を失った、この〝魔王信仰〟の中ではリーダー格の男だ。それ以外の者は、先程の怒ったタケシの熱線で消し飛んだか、体の残骸は多少なりとも残っていても、その全員が絶命している。
「ひゃひゃひゃひゃ! 何がどうなってる!」
リーダー格の男は、こんな状況でも狂気染みた声で笑っている。何故、笑っているかはミトリには分からない、分かりたくもなかった。
ヒュン、ヒュン、ヒュン、ズドンッ!
リーダー格の男は、ミトリの一切の容赦の無い魔法による攻撃で、体に蜂の巣のような無数の穴が空く。
それでも、尚、まだ笑みを浮かべて倒れる、この男にミトリは嫌悪感を通り越し、もはや恐怖を覚えた。
そして、この男はもっと早く気づくべきだった。
動物だが、何百年と生きて来たタケシの強さを。
己とミトリとの実力差を。
それを見抜けなかった時点で、既にこの勝負の行方は決まっていた。
ただ、それだけの事だが、それは勝敗を大きく左右する、致命的なミスだ。
分かりやすく言ってしまえば、このリーダー格の男のレベルは53。
他の〝魔王信仰〟の者は強い者でも40以下だ。
──それに対するミトリのレベルは91である。
勿論、レベルが全てでは無いが、リーダー格の男が、一瞬たりとも気を抜いていい相手では無かった。
「ふざけないで……何で、何で、こんな奴等にトアが殺されなきゃいけなかったのよ! 何で、ミリアと私はこんな奴等のせいで、悲しまなきゃいけないのよ!」
その頃には、リーダー格の男の体は、ミトリの魔法攻撃で、既にこの世から跡形も無く消し飛んでいた。
「トア……トア……ごめんね……守れなくて……」
ミトリはトアの心臓の入った壺を抱きしめながら、その場で膝を突き、涙を流していた。
そんな言葉をタケシだけが黙って聞いている。
帰ったら……夫の死を、まだ直接、言葉として聞いていない、ミリアに、この事を伝えなければならない。
(あの子は、どんな顔をするだろう……)
こんな思いを、娘もさせなければならない。
そう思うだけで、身が裂かれる思いだ。
その時……
「──誰ッ……!?」
この場所に1人の男性が現れる。
だが〝魔王信仰〟の者ではない。
それだけは直感で分かる。
その人物は、灰色の髪に知的に眼鏡をかけた、男性にしては少し長めの髪、見た目は30代前後だろうか?
そして、男性は両手を上に挙げながら、ゆっくりと近づいて来ると……
「失礼します。まず、私は貴方の敵ではありません。名は──ロキ・ラピスラズリと申します。僭越ながら〝大都市エルクステン〟のギルドにて、ギルドマスターを勤めさせて貰っている者です──」
と、胡散臭い表情で自己紹介をしてくるのだった。
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