上 下
86 / 352

第85話 ミリア・ハイルデートはミリアである6

しおりを挟む


 *

「あの方々への供物はこれだけか?」

 結界の中に潜んでいる、この場の〝魔王信仰〟の中ではリーダー格の男が部下に低い声で問いかける。

 その視線の先には、バケツぐらいの大きさの、蓋の付いたつぼがある。その中には、ここ数日で集められた人類のが無造作に詰め込められている。

 普通の人間ならば、この光景を見ただけでも、吐き気をもよおし、嘔吐おうとする者も少なくは無いだろう。

「……」

 苛立つその男の問いかけに対し、周りの者達は黙り込んでいる。

なげかわしい……」

 そして、その男はおもむろに部下の首を掴み持ち上げる。

「ゴフッ……」

 捕まれた部下の男は息の詰まった声を漏らす。

 ──ザクリッ!

 リーダー格の男は、掴み上げた部下の男の左胸に剣を刺し、何の迷いも無く、部下の

「無いよりはマシと言った所か」

 リーダー格の男は、抜き取った部下の心臓を手に持つと、その心臓を足元の壺の中へ投げ込む。

「あ……ありがたき……幸せ……これで……俺も……あの方々の……尊き……一部となれる……」

 心臓を抜き取られた部下の男は、最後にそんな言葉を残し、恍惚こうこつの表情を浮かべながらその場に倒れる。

 と、その時だ。


 ────ガッシャーン!!!!


 次の瞬間〝魔王信仰〟の者達の隠れていた結界が割れ、その中にが猛烈な勢いで突っ込んで来る!

「あ? 俺の結界を見つけて破ったのかッ!? 偶然か? いや、待て。だと? オイオイ、まさか〝ルスサルペの湖〟のの〝変異種ヴァルタリス〟か!」

 リーダー格の男は結界が見つかり、破壊された事に驚愕の顔を浮かべるが、直ぐにその視線をタケシへと向けると、薄汚い笑みを浮かべる。

「あひゃひゃひゃひゃッ! これは良い! あの方々への供物には最適だ! ──は、明日、街と共に攻め落とすつもりだったが、バラけてくれたなら好都合だ! 手間が省けたぞッ!」

 リーダー格の男は、鴨がネギでも背負しょってきたのを見るかのように、嬉しそうに下卑た笑い声を上げる。

「──これ以上、私を怒らせないでくれるかしら?」

 リーダー格の男の横には、いつの間にか、低く冷たい声で話す、が立っていた。

「はぁ?」

 リーダー格の男は、現れたその女性を睨む。

「あひゃッ! お前、何処から沸いたんだ? てかよ、オイ、女! いいもん持ってんじゃねぇかよぉ! 今日は最後の最後で、の方から次々と狩られに来てくれるなぁ! あーあ。さっきの、無いよりマシの心臓は余分だったかぁ?」
「トアのはどこ?」

 どこまでも淡々とミトリは告げる。

「あ? トア? 何だそれ? いいから、お前とその竜は、ちょっとこっちに来いって言ってんだよ!」

 リーダー格の男がミトリに手を伸ばそうとする。

 だが、その手がミトリに触れる事は無かった。

「──はッ!?」

 リーダー格の男はミトリに手を伸ばそうとした、その手に力が入らない。そんな今まで感じた事の無い感覚を感じ、自身の腕を見ると……

 伸ばした筈の腕が、肩から指先まで、全てついていた。

「会話もできないみたいね。そもそも、貴方達の言ってる事は、私にはよく理解できないわ」

 ミトリはリーダー格の男の足元に会った、壺の蓋を取ると、一瞬、顔をしかめながら、その中にあったの一つを、ゆっくりとすくいあげる。

「こんな……こんな奴等に……トアは殺されたの? ……ミリアと私の大切な家族を奪ったって言うの……」

 ミトリのその言葉には怒りが満ちていた。

 嘆き、悲しみ、怒り、そして、絶望……
 そんな気持ちでミトリは頭が真っ白になる。

「この……糞アマがッ! お前ら!! 殺せッ!!」

 その声と共にリーダー格の男は、凍った腕をと判断してみずからその腕を、もう片方の腕で魔力を込めた剣を持ち、おのれもミトリに飛びかかるが……

 ──バアァァァァァァァァァンッ!!

 だが、次の瞬間、タケシが〝魔王信仰〟に向けて、魔力を使ったを浴びせ、向かって来た〝魔王信仰〟の者達を一斉いっせいほうむる。

 タケシだって怒っている、怒っているのだ。

 会うと、朝には必ず「おはよう」と言ってくれるトアが、帰ってくると『ただいま』と声をかけてくれるトアが、たまに『お裾分けだよ』と大漁の時に魚を持って来てくれるトアが、タケシは大好きだったのだ。

「ガアァァァァァァァァァ!!」

 タケシは怒りのままに叫ぶ。ミトリを、ミリアを悲しませ、そしてトアを殺したに向かって。

「タケシ、気持ちは分かるけど、私の分も残しておいてくれる? まあ、こんなゴミをいくら片付けた所で、私の気は晴れないし、トアが帰って来たりもしないのだけど……」

 そんなミトリの言葉を理解してか「ガウ……」っと、タケシは小さく返事を返して、少しだけ後ろに下がり、ミトリのに回る。

 そんな中、まだ生きて動いている人影があった。

 片手を失った、この〝魔王信仰〟の中ではリーダー格の男だ。それ以外の者は、先程の怒ったタケシので消し飛んだか、体のは多少なりとも残っていても、その全員がしている。

「ひゃひゃひゃひゃ! 何がどうなってる!」

 リーダー格の男は、こんな状況でも染みた声で笑っている。何故、笑っているかはミトリには分からない、分かりたくもなかった。

 ヒュン、ヒュン、ヒュン、ズドンッ!

 リーダー格の男は、ミトリの一切の容赦の無い魔法による攻撃で、体に蜂の巣のような無数の穴が空く。

 それでも、尚、まだ笑みを浮かべて倒れる、この男にミトリは嫌悪感を通り越し、もはや恐怖を覚えた。

 そして、この男はもっと早く気づくべきだった。

 だが、何百年と生きて来たタケシの強さを。
 おのれとミトリとのを。

 それを見抜けなかった時点で、既にこの勝負の行方は決まっていた。
 ただ、それだけの事だが、それは勝敗を大きく左右する、致命的なミスだ。

 分かりやすく言ってしまえば、このリーダー格の男のレベルは53。
 他の〝魔王信仰〟の者は強い者でも40以下だ。

 ──それに対するミトリのレベルは91である。

 勿論、レベルが全てでは無いが、リーダー格の男が、一瞬たりとも気を抜いていい相手では無かった。

「ふざけないで……何で、何で、こんな奴等にトアが殺されなきゃいけなかったのよ! 何で、ミリアと私はこんな奴等のせいで、悲しまなきゃいけないのよ!」

 その頃には、リーダー格の男の体は、ミトリの魔法攻撃で、既にこの世から跡形も無く消し飛んでいた。

「トア……トア……ごめんね……守れなくて……」

 ミトリはトアの心臓の入った壺を抱きしめながら、その場で膝を突き、涙を流していた。

 そんな言葉をタケシだけが黙って聞いている。

 帰ったら……トアの死を、まだ直接、として聞いていない、ミリアに、この事を伝えなければならない。

(あの子は、どんな顔をするだろう……)

 を、ミリアもさせなければならない。

 そう思うだけで、身がかれる思いだ。

 その時……

「──誰ッ……!?」

 この場所に1人の男性が現れる。

 だが〝魔王信仰〟の者ではない。

 それだけはで分かる。

 その人物は、灰色の髪に知的に眼鏡をかけた、男性にしては少し長めの髪、見た目は30代前後だろうか?

 そして、男性は両手を上にげながら、ゆっくりと近づいて来ると……

「失礼します。まず、私は貴方の敵ではありません。名は──ロキ・ラピスラズリと申します。僭越せんえつながら〝大都市エルクステン〟のギルドにて、ギルドマスターを勤めさせて貰っている者です──」

 と、胡散臭い表情で自己紹介をしてくるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

異世界転移「スキル無!」~授かったユニークスキルは「なし」ではなく触れたモノを「無」に帰す最強スキルだったようです~

夢・風魔
ファンタジー
林間学校の最中に召喚(誘拐?)された鈴村翔は「スキルが無い役立たずはいらない」と金髪縦ロール女に言われ、その場に取り残された。 しかしそのスキル鑑定は間違っていた。スキルが無いのではなく、転移特典で授かったのは『無』というスキルだったのだ。 とにかく生き残るために行動を起こした翔は、モンスターに襲われていた双子のエルフ姉妹を助ける。 エルフの里へと案内された翔は、林間学校で用意したキャンプ用品一式を使って彼らの食生活を改革することに。 スキル『無』で時々無双。双子の美少女エルフや木に宿る幼女精霊に囲まれ、翔の異世界生活冒険譚は始まった。 *小説家になろう・カクヨムでも投稿しております(完結済み

拝啓、お父様お母様 勇者パーティをクビになりました。

ちくわ feat. 亜鳳
ファンタジー
弱い、使えないと勇者パーティをクビになった 16歳の少年【カン】 しかし彼は転生者であり、勇者パーティに配属される前は【無冠の帝王】とまで謳われた最強の武・剣道者だ これで魔導まで極めているのだが 王国より勇者の尊厳とレベルが上がるまではその実力を隠せと言われ 渋々それに付き合っていた… だが、勘違いした勇者にパーティを追い出されてしまう この物語はそんな最強の少年【カン】が「もう知るか!王命何かくそ食らえ!!」と実力解放して好き勝手に過ごすだけのストーリーである ※タイトルは思い付かなかったので適当です ※5話【ギルド長との対談】を持って前書きを廃止致しました 以降はあとがきに変更になります ※現在執筆に集中させて頂くべく 必要最低限の感想しか返信できません、ご理解のほどよろしくお願いいたします ※現在書き溜め中、もうしばらくお待ちください

ゆったりおじさんの魔導具作り~召喚に巻き込んどいて王国を救え? 勇者に言えよ!~

ぬこまる
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれ異世界の食堂と道具屋で働くおじさん・ヤマザキは、武装したお姫様ハニィとともに、腐敗する王国の統治をすることとなる。 ゆったり魔導具作り! 悪者をざまぁ!! 可愛い女の子たちとのラブコメ♡ でおくる痛快感動ファンタジー爆誕!! ※表紙・挿絵の画像はAI生成ツールを使用して作成したものです。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~

ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。 コイツは何かがおかしい。 本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。 目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

処理中です...