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第71話 ノック
しおりを挟む朝日が眩しい。良い天気だ。
もしこの場所に種族的に日光が嫌いらしい吸血鬼のフィップがいたとしたら、さぞかし忌々し気な顔で、この澄みきった異世界の空を睨んでいた事だろう。
で、それはそうとだ。
今、俺はというと、クシェラの運営する孤児院の玄関の扉の前で──
ポツーンと、一人立ち尽くしていた。
「……」
クシェラの孤児院に来て、玄関の扉をノックしようとしたら、ノックをする前にタイミング良く扉が開いて──中から、茶髪のボブカットの俺と同じぐらいの歳の少女が現れた。
そこまではいいのだが、その少女は俺と目が合うと、目を真ん丸に見開いて、驚愕の表情を浮かべた。
そして、俺はその少女にクシェラを呼んで貰おうと、その少女に俺が喋りかけるや否や……
──パタン!
と、俺は自分の名を名乗る間も無く、言葉の途中で無言で扉を閉められてしまい、今に至るのである。
(クレハとの待ち合わせもあるから、時間も無いしな? このまま待ちぼうけてる場合じゃ無いか……)
そう考えた俺は、次こそは孤児院の玄関の扉をノックする為、手の甲で扉を軽く叩こうとすると……
──バーン!! と、またもや扉が開け放たれる。
そして……
「──敵襲かぁぁぁぁ!!」
と、血相を変えたクシェラが、剣を携えて、孤児院の扉から、ドーンと戦闘体制で飛び出してくる。
「…………」
「ぬ? 兄弟!? 兄弟では無いか! サラが今まで私も見た事の無い顔をして、家の隅っこに踞ってしまったのでな? 無粋な愚か者でも攻めてきたのかと思ったぞ?」
俺を見るなり、クシェラは警戒心を大幅に下げる。
「ノック……」
「きょ、兄弟……?」
「ノックぐらいさせろォ──!」
本日合計三回に渡る扉へのノックの邪魔をされた俺は、我ながら訳の分からない台詞を、別に特定の誰かへと向けた言葉というわけでは無く──この青く澄み渡る異世界の空に半ば突っ込み気味に叫ぶのだった。
(……あと、俺はお前の兄弟じゃない!)
*
「──悪い、本当に取り乱した……」
今、俺は、クシェラの孤児院の中のある椅子に座り、頭を冷やし、絶賛反省中である。
「ははは。気にするで無い! 何も悪い事はしてないのだからな? 逆にマナーがあると言うものだろう?」
笑って許してくれるクシェラに、今ばかりは本当に感謝する。
「それでどうしたのだ? 兄弟が訪ねてくるとはさすがの私も予想外だったぞ?」
「ああ、昨日の礼と食事を誘いに来た」
「礼と食事の誘い?」
俺の言葉にクシェラは首を傾げる。
「アリスの件だよ。結果的には助けられた形になるからな。助かったよ、ありがとな──」
「何を言うかと思えば……私があの〝尊き幼女のお姫様〟を私が助けるのは当然の事だ。礼など必要ない。当たり前の事をしたまでなのだからな! それに礼を言うのは私の方だ……私は今回の経験で思い知った。まだまだこんなんでは……私は、いざと言う時に、この尊き幼女達や、巣立って行った卒業生を守れる程の力が無い事をな……」
家の中を見渡しながら、クシェラは真剣な口調で話すが、珍しくショボくれているようにも見える。
(こりゃ、ジャンの奴……そうとう叩きのめしたな?)
それはただ単に力業で捩じ伏せるというわけでは無く──所謂〝越えられない壁〟という形で、現実を突きつけるような精神的に来るような形でだ。
人によっては、ナイフか何かで刺されるより、よっぽど、こういうやり方の方が効いたりするんだよな……
「だが、私は負けないぞ! 負けるわけにはいかないのだ! この世に守るべき幼女がいる限り──私は永久に不滅だからな!」
だが、すぐにクシェラは気合いを入れ直す。
そして、いつもの元気な、やかましいぐらいの大きな声と誇らしげな表情に戻る。
どうやら俺の心配は徒労だったようだ。
「そうか。かっこいいじゃねぇか? そういう所は素直に尊敬するぜ……ロリコン紳士様?」
確かに言動は少しあれな部分があるかもしれないが、それでも、俺にはこのクシェラと言う男が眩しいぐらいに輝いて見えた。
「ははは! 誉めるで無い、照れるでは無いか!」
楽し気に笑うクシェラは本当に嬉しそうだ。
俺とクシェラがそんな話をしていると……
先程、玄関の扉を閉めた、茶髪の人間の少女がお茶を煎れて持ってきてくれる。
でも、この少女の表情や身体はガッチガチに緊張していて、まるで壊れかけのロボットのようにぎこちない動きだ。
それと何故かこの少女は、さっきは着けてはいなかった筈の、白いカチューシャを頭に着けている。
「お、お、お茶をど、どうぞ……! さ、さ、先程は、たたた大変失礼しました……で、ございます……!」
ミリアより噛んでるな……言葉もめちゃくちゃだ。
「あ、ああ……気にするな。お茶、いただくよ?」
そう言いながら、俺はお茶を受けとるが……お茶を渡すこの少女の手はめちゃくちゃ震えている。
「サラ……ど、どうしたのだ? 喋り方が変だぞ……ま、まさか、何処か具合でも悪いのか!」
サラと呼ばれたこの少女は、普段はこんな様子では無いらしく、この少女の言動に慌てた感じでクシェラが駆け寄る。
「だ、だ、だ、だ、大丈夫です……! 心配しないでください。ほ、本当に何でもないですから! お、お願いしますから……気にしないでください!」
今度は顔を真っ赤にしながら、縋るような感じで『気にしないでください!』と、涙目でクシェラの心配を制止している。
「し、しかし……」
戸惑うクシェラは言葉に詰まる。
──と、その時……
とことことことこ。
そんな感じの効果音がよく似合う足取りと共に、一人の亜人の幼女が現れて、ポンポンとクシェラの手を優しく叩きながら口を開く。
「何かね、さっきサラお姉ちゃん『ど、どうしよう……物凄くタイツなんですけど!』って言ってたよ?」
「「──タイツ……?」」
俺とクシェラの言葉が被る。いや、別に変な意味で反応したんじゃないぞ? 流石に予想外の発言に対して、単純に疑問に思った事を無意識に聞き返してしまっただけだ。
そして俺はこの〝モフッ子幼女〟には見覚えがある。この前ギルドに、クシェラが忘れたお弁当を届けに来ていた子だ。確か名前はココットだ。
──バッ!
真っ赤な顔のサラが瞬時にココットの口を塞ぐ。
「ココット、ストップ、ストップ、ストーップ!」
次に、そのままココットを抱き抱えながら、全力でココットのお口チャックに取りかかる。……だが、口を塞がれたココットはサラへの信頼度が高いのか、特に怯える様子は無く、サラの腕の中で軽くモゴモゴとしているだけだ。
「それに私タイツ何て言って無いから! お願いだから、今は変な誤解を生むようなこと言わないでぇぇぇぇぇ~~!」
絶叫染みたサラの叫びが孤児院に響き渡る。
「あ、ほら、ココット、甘い飴あげるから! ね? ね!? だから今は良い子に静かにしててね?」
そしてサラの『飴あげるから!』の言葉に、目をキラキラと輝かせ、尻尾をふりふりと嬉しそうに動かしながら、コクコクと頷くココットはサラの〝飴玉作戦〟に見事に釣られている。
てか、幼女とはいえ……本当に飴で釣られる奴は初めてみたぞ?
──大丈夫なのか、ここの教育は……?
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