上 下
72 / 350

第71話 ノック

しおりを挟む


 朝日が眩しい。良い天気だ。

 もしこの場所に種族的に日光が嫌いらしい吸血鬼のフィップがいたとしたら、さぞかし忌々し気な顔で、この澄みきった異世界の空を睨んでいた事だろう。

 で、それはそうとだ。

 今、俺はというと、クシェラの運営する孤児院の玄関の扉の前で──

 ポツーンと、一人立ち尽くしていた。

「……」

 クシェラの孤児院に来て、玄関の扉をノックしようとしたら、ノックをする前にタイミング良く扉が開いて──中から、茶髪のボブカットの俺と同じぐらいの歳の少女が現れた。

 そこまではいいのだが、その少女は俺と目が合うと、目を真ん丸に見開いて、驚愕の表情を浮かべた。

 そして、俺はその少女にクシェラを呼んで貰おうと、その少女に俺が喋りかけるや否や……
 ──パタン! 
 と、俺は自分の名を名乗る間も無く、言葉の途中で無言で扉を閉められてしまい、今に至るのである。

(クレハとの待ち合わせもあるから、時間も無いしな? このまま待ちぼうけてる場合じゃ無いか……)

 そう考えた俺は、次こそは孤児院の玄関の扉をノックする為、手の甲で扉を軽く叩こうとすると……

 ──バーン!! と、またもや扉が開け放たれる。

 そして……

「──敵襲かぁぁぁぁ!!」

 と、血相を変えたクシェラが、剣をたずさえて、孤児院の扉から、ドーンと戦闘体制で飛び出してくる。

「…………」

「ぬ? 兄弟!? 兄弟では無いか! サラが今まで私も見た事の無い顔をして、家の隅っこにうずくまってしまったのでな? 無粋な愚か者でも攻めてきたのかと思ったぞ?」

 俺を見るなり、クシェラは警戒心を大幅に下げる。

「ノック……」
「きょ、兄弟……?」

「ノックぐらいさせろォ──!」

 本日合計三回に渡る扉へのノックの邪魔をされた俺は、我ながら訳の分からない台詞を、別に特定の誰かへと向けた言葉というわけでは無く──この青く澄み渡るに半ば突っ込み気味に叫ぶのだった。

(……あと、俺はお前の兄弟じゃない!)

 *

「──悪い、本当に取り乱した……」

 今、俺は、クシェラの孤児院の中のある椅子に座り、頭を冷やし、絶賛反省中である。

「ははは。気にするで無い! 何も悪い事はしてないのだからな? 逆にマナーがあると言うものだろう?」

 笑って許してくれるクシェラに、今ばかりは本当に感謝する。

「それでどうしたのだ? 兄弟が訪ねてくるとはさすがの私も予想外だったぞ?」

「ああ、昨日の礼と食事を誘いに来た」
「礼と食事の誘い?」

 俺の言葉にクシェラは首を傾げる。

「アリスの件だよ。結果的には助けられた形になるからな。助かったよ、ありがとな──」
「何を言うかと思えば……私があの〝尊き幼女のお姫様〟を私が助けるのは当然の事だ。礼など必要ない。当たり前の事をしたまでなのだからな! それに礼を言うのは私の方だ……私は今回の経験で思い知った。まだまだこんなんでは……私は、いざと言う時に、この尊き幼女達や、巣立って行った卒業生家族達を守れる程の力が無い事をな……」

 家の中を見渡しながら、クシェラは真剣な口調で話すが、珍しくショボくれているようにも見える。

(こりゃ、ジャンの奴……そうとう叩きのめしたな?)

 それはただ単に力業でじ伏せるというわけでは無く──所謂〝越えられない壁〟という形で、現実を突きつけるような精神的に来るような形でだ。

 人によっては、ナイフか何かで刺されるより、よっぽど、こういうやり方の方が効いたりするんだよな……

「だが、私は負けないぞ! 負けるわけにはいかないのだ! この世に守るべき幼女がいる限り──私は永久に不滅だからな!」

 だが、すぐにクシェラは気合いを入れ直す。

 そして、いつもの元気な、やかましいぐらいの大きな声と誇らしげな表情に戻る。

 どうやら俺の心配は徒労とろうだったようだ。

「そうか。かっこいいじゃねぇか? そういう所は素直に尊敬するぜ……ロリコン紳士様?」

 確かに言動は少しあれな部分があるかもしれないが、それでも、俺にはこのクシェラと言う男が眩しいぐらいに輝いて見えた。

「ははは! 誉めるで無い、照れるでは無いか!」

 楽し気に笑うクシェラは本当に嬉しそうだ。

 俺とクシェラがそんな話をしていると……

 先程、玄関の扉を閉めた、茶髪の人間ヒューマンの少女がお茶を煎れて持ってきてくれる。

 でも、この少女の表情や身体はガッチガチに緊張していて、まるで壊れかけのロボットのようにぎこちない動きだ。

 それと何故かこの少女は、さっきは着けてはいなかった筈の、白いカチューシャを頭に着けている。

「お、お、お茶をど、どうぞ……! さ、さ、先程は、たたた大変失礼しました……で、ございます……!」

 ミリアより噛んでるな……言葉もめちゃくちゃだ。

「あ、ああ……気にするな。お茶、いただくよ?」

 そう言いながら、俺はお茶を受けとるが……お茶を渡すこの少女の手はめちゃくちゃ震えている。

「サラ……ど、どうしたのだ? 喋り方が変だぞ……ま、まさか、何処か具合でも悪いのか!」

 サラと呼ばれたこの少女は、普段はこんな様子では無いらしく、この少女の言動に慌てた感じでクシェラが駆け寄る。

「だ、だ、だ、だ、大丈夫です……! 心配しないでください。ほ、本当に何でもないですから! お、お願いしますから……気にしないでください!」

 今度は顔を真っ赤にしながら、すがるような感じで『気にしないでください!』と、涙目でクシェラの心配を制止している。

「し、しかし……」

 戸惑うクシェラは言葉に詰まる。

 ──と、その時……

 とことことことこ。

 そんな感じの効果音がよく似合う足取りと共に、一人の亜人の幼女が現れて、ポンポンとクシェラの手を優しく叩きながら口を開く。
 
「何かね、さっきサラお姉ちゃん『ど、どうしよう……物凄くタイツなんですけど!』って言ってたよ?」

「「──タイツ……?」」

 俺とクシェラの言葉が被る。いや、別に変な意味で反応したんじゃないぞ? 流石に予想外の発言に対して、単純に疑問に思った事を無意識に聞き返してしまっただけだ。

 そして俺はこの〝モフッ子幼女〟には見覚えがある。この前ギルドに、クシェラが忘れたお弁当を届けに来ていた子だ。確か名前はココットだ。

 ──バッ! 

 真っ赤な顔のサラが瞬時にココットの口を塞ぐ。

「ココット、ストップ、ストップ、ストーップ!」

 次に、そのままココットを抱き抱えながら、全力でココットのお口チャックに取りかかる。……だが、口を塞がれたココットはサラへの信頼度が高いのか、特に怯える様子は無く、サラの腕の中で軽くモゴモゴとしているだけだ。

「それに私タイツ何て言って無いから! お願いだから、今は変な誤解を生むようなこと言わないでぇぇぇぇぇ~~!」

 絶叫染みたサラの叫びが孤児院に響き渡る。

「あ、ほら、ココット、甘い飴あげるから! ね? ね!? だから今は良い子に静かにしててね?」

 そしてサラの『飴あげるから!』の言葉に、目をキラキラと輝かせ、尻尾をふりふりと嬉しそうに動かしながら、コクコクと頷くココットはサラの〝飴玉作戦〟に見事に釣られている。

 てか、幼女とはいえ……本当に飴で釣られる奴は初めてみたぞ?
 ──大丈夫なのか、ここの教育は……?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

死霊王は異世界を蹂躙する~転移したあと処刑された俺、アンデッドとなり全てに復讐する~

未来人A
ファンタジー
主人公、田宮シンジは妹のアカネ、弟のアオバと共に異世界に転移した。 待っていたのは皇帝の命令で即刻処刑されるという、理不尽な仕打ち。 シンジはアンデッドを自分の配下にし、従わせることの出来る『死霊王』というスキルを死後開花させる。 アンデッドとなったシンジは自分とアカネ、アオバを殺した帝国へ復讐を誓う。 死霊王のスキルを駆使して徐々に配下を増やし、アンデッドの軍団を作り上げていく。

勇者に幼馴染で婚約者の彼女を寝取られたら、勇者のパーティーが仲間になった。~ただの村人だった青年は、魔術師、聖女、剣聖を仲間にして旅に出る~

霜月雹花
ファンタジー
田舎で住む少年ロイドには、幼馴染で婚約者のルネが居た。しかし、いつもの様に農作業をしていると、ルネから呼び出しを受けて付いて行くとルネの両親と勇者が居て、ルネは勇者と一緒になると告げられた。村人達もルネが勇者と一緒になれば村が有名になると思い上がり、ロイドを村から追い出した。。  ロイドはそんなルネや村人達の行動に心が折れ、村から近い湖で一人泣いていると、勇者の仲間である3人の女性がロイドの所へとやって来て、ロイドに向かって「一緒に旅に出ないか」と持ち掛けられた。  これは、勇者に幼馴染で婚約者を寝取られた少年が、勇者の仲間から誘われ、時に人助けをしたり、時に冒険をする。そんなお話である

「お前のような役立たずは不要だ」と追放された三男の前世は世界最強の賢者でした~今世ではダラダラ生きたいのでスローライフを送ります~

平山和人
ファンタジー
主人公のアベルは転生者だ。一度目の人生は剣聖、二度目は賢者として活躍していた。 三度目の人生はのんびり過ごしたいため、アベルは今までの人生で得たスキルを封印し、貴族として生きることにした。 そして、15歳の誕生日でスキル鑑定によって何のスキルも持ってないためアベルは追放されることになった。 アベルは追放された土地でスローライフを楽しもうとするが、そこは凶悪な魔物が跋扈する魔境であった。 襲い掛かってくる魔物を討伐したことでアベルの実力が明らかになると、領民たちはアベルを救世主と崇め、貴族たちはアベルを取り戻そうと追いかけてくる。 果たしてアベルは夢であるスローライフを送ることが出来るのだろうか。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

ぐ~たら第三王子、牧場でスローライフ始めるってよ

雑木林
ファンタジー
 現代日本で草臥れたサラリーマンをやっていた俺は、過労死した後に何の脈絡もなく異世界転生を果たした。  第二の人生で新たに得た俺の身分は、とある王国の第三王子だ。  この世界では神様が人々に天職を授けると言われており、俺の父親である国王は【軍神】で、長男の第一王子が【剣聖】、それから次男の第二王子が【賢者】という天職を授かっている。  そんなエリートな王族の末席に加わった俺は、当然のように周囲から期待されていたが……しかし、俺が授かった天職は、なんと【牧場主】だった。  畜産業は人類の食文化を支える素晴らしいものだが、王族が従事する仕事としては相応しくない。  斯くして、父親に失望された俺は王城から追放され、辺境の片隅でひっそりとスローライフを始めることになる。

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

異世界転生した俺は平和に暮らしたいと願ったのだが

倉田 フラト
ファンタジー
「異世界に転生か再び地球に転生、  どちらが良い?……ですか。」 「異世界転生で。」  即答。  転生の際に何か能力を上げると提案された彼。強大な力を手に入れ英雄になるのも可能、勇者や英雄、ハーレムなんだって可能だったが、彼は「平和に暮らしたい」と言った。何の力も欲しない彼に神様は『コール』と言った念話の様な能力を授け、彼の願いの通り平和に生活が出来る様に転生をしたのだが……そんな彼の願いとは裏腹に家庭の事情で知らぬ間に最強になり……そんなファンタジー大好きな少年が異世界で平和に暮らして――行けたらいいな。ブラコンの姉をもったり、神様に気に入られたりして今日も一日頑張って生きていく物語です。基本的に主人公は強いです、それよりも姉の方が強いです。難しい話は書けないので書きません。軽い気持ちで呼んでくれたら幸いです。  なろうにも数話遅れてますが投稿しております。 誤字脱字など多いと思うので指摘してくれれば即直します。 自分でも見直しますが、ご協力お願いします。 感想の返信はあまりできませんが、しっかりと目を通してます。

スキル『日常動作』は最強です ゴミスキルとバカにされましたが、実は超万能でした

メイ(旧名:Mei)
ファンタジー
この度、書籍化が決定しました! 1巻 2020年9月20日〜 2巻 2021年10月20日〜 3巻 2022年6月22日〜 これもご愛読くださっている皆様のお蔭です! ありがとうございます! 発売日に関しましては9月下旬頃になります。 題名も多少変わりましたのでここに旧題を書いておきます。 旧題:スキル『日常動作』は最強です~ゴミスキルだと思ったら、実は超万能スキルでした~ なお、書籍の方ではweb版の設定を変更したところもありますので詳しくは設定資料の章をご覧ください(※こちらについては、まだあげていませんので、のちほどあげます)。 ────────────────────────────  主人公レクスは、12歳の誕生日を迎えた。12歳の誕生日を迎えた子供は適正検査を受けることになっていた。ステータスとは、自分の一生を左右するほど大切であり、それによって将来がほとんど決められてしまうのだ。  とうとうレクスの順番が来て、適正検査を受けたが、ステータスは子供の中で一番最弱、職業は無職、スキルは『日常動作』たった一つのみ。挙げ句、レクスははした金を持たされ、村から追放されてしまう。  これは、貧弱と蔑まれた少年が最強へと成り上がる物語。 ※カクヨム、なろうでも投稿しています。

処理中です...