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第58話 ハイかYESで

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 ギルドに入ると、直ぐに何処からか、音も無く〝アーデルハイト家〟の執事長である〝千撃せんげき〟こと──ジャン・ウィリアムが、相変わらずお手本のような綺麗なお辞儀をしながら現れて、俺達を出迎える。

(昼間のノア程じゃ無いが、こいつもこいつで、中々に神出鬼没だよな……流石、妖怪世話焼き爺だ……)

「──お帰りなさいませ。アリスお嬢様、お出かけはいかがでしたかな?」

 その後ろには先程の〝アーデルハイト王国〟の兵士達が、シャキッと綺麗な隊列で並んでいる。

「ふふん、まあ、中々には楽しかったのです!」

 〝リッチ熊のぬいぐるみ〟を抱き締めながら、何故かドヤ顔で返答をしたアリスは思いのほか、ご満悦な様子だ。

「それはそれは何よりでございます。フィップ先輩も、ユキマサ殿もご苦労様でございます。──そして失礼ですが、そちらの鳩を連れた、給仕服の女性はどちら様ですかな?」

 白い鳩を連れた〝女給仕ウェイトレス〟という、中々レアなファッション(?)のアトラを視界に捕らえたジャンは、心底不思議そうに問いかける。

「こいつは俺の知り合いだ。街でたまたま会ってな? 成り行きで一緒に来た。身元は俺が保証する」

 まあ、今日あったばかりの俺が身元を保証するってのも凄く可笑しな話だが……無いよりマシだろう。

 ──いや、待てよ。よく考えたら……
 この中だと身元が一番怪しいのって俺じゃないか?

「わ、私は、すぐそこの〝料理屋ハラゴシラエ〟で働いています──アトラと言います。こっちは鳩のハトラです!」

 ビシッと礼儀正しい執事長のジャンと、その後ろで隊列を組む、兵士達に少し気圧されてか、いつになく緊張した様子のアトラは、深々と頭を下げる。

 ちなみに、さっきお前が『私の妹になって貰えませんか! し、幸せにしますから!』とか言って『嫌なのです』の一言で玉砕した──そこのアリスちゃん王女様のがずっと偉いからな?

(つーか。一応、れっきとした、一国の王女様にどんな〝告白プロポーズ〟してんだよ……コイツは……)

「それはそれは。失礼、申し遅れました。私は──ジャン・ウィリアムと申します。それにこれは珍しい……そちらは、もしや〝水仙鳩すいせんばと〟ですかな?」

 わりと興味津々な様子で、ジャンはハトラを見ている。

 ──そして気づくと、ざわざわ……と、俺達を中心に辺りが人だかりになって来ており、その中にエメレアとクレハを発見する。

「何で、アトラさんとミリアまで……ユキマサあの馬鹿と一緒にいるのよ!? というか、ミリアがいないと思ってたらいつの間に……?」
「そうだね、可愛い子ばっかだね……」

 それまで俺の後ろに隠れたミリアも、二人に気づいたようで……
 人混みを掻き分け、こちらに向かって来る二人に、嬉しそうに手を振り、二人の元へ駆け寄って行く。

 すると、その時──

 ボフッ……!

 と、俺は誰かに後ろから抱き付かれる。

 ふわり──

 と、甘い花のようなイイ匂いがし、俺の背中には、むにゅりと豊満な胸が押し付けられる感触がある。

 そして俺の耳元で色っぽい声が囁かれる。

「──やっと、見つけたわ……さて、ユキマサ、こないだの返事を聞かせてもらえるかしら?」

「「「「──!?」」」」

 この人物の登場に、フィップもジャンもアリスも素で驚いている。そして、周りの兵士を含め──皆、驚愕な表情はしているが、何故だか……その全員が、その人物を特にする様子はない。

「……久しぶり……ってほどでも無いか……? あー、何だ、元気だったか? ──エルルカ……?」

 俺よりも身長が低いため、少し背伸びをする形で後ろから俺に抱きつき、その色っぽい声を耳元で囁く──人類最高峰の鍛冶師にして〝六魔導士〟の一人〝剣斎けんさい〟エルルカ・アーレヤストに、俺は『元気だったか?』と曖昧に返事をする。

「あら、それはこっちのセリフよ? ヒュドラの〝変異種ヴァルタリス〟に始まり〝呪いの解呪〟だとか〝魔王信仰の禁術者の討伐〟と、色々と聞いてるわよ? ずいぶん活躍してるらしいじゃない?」

 むにゅん……と、更にエルルカは俺の背中に、それはそれは柔らかくて大きな胸を押し付けてくる。

「〝変異種ヴァルタリス〟や〝魔王信仰〟はともかく〝解呪〟についてまで知ってるのか? どこで聞いた?」

 〝解呪〟──恐らくは、昨日の第3騎士隊長のヴィエラの件の事だろう……誰に聞いた?
 あの場にいた奴はかなり限られるぞ?

「──申し訳ありません。お話したのは私です……」

 人だかりから、軽く手を挙げながら現れたのは、このギルドの副ギルドマスターのフォルタニアだ。

「フォルタニアか……なら、問題ねぇよ……」

 ノアの事があってから、俺は何かどっかから情報が漏れてるとか、偵察者でもいるんじゃないかと少し敏感になっている。

 ──ヒュン! パッ!

 ──トントン

 俺は、覚えのある〝魔力〟の感覚を感じた後、不意にエルルカに抱きつかれたままの状態で、誰かに肩を叩かれる。

 ちなみに勿論、肩を叩いたのはエルルカでは無い。エルルカの両手は、先程からずっと──俺を後ろから抱き締めているので……俺の肩を叩ける位置には無い。

 何となく予想はついていたが俺が振り向くと……

「──ユキマサ君? おかえり。後、可愛い女の子がいっぱいだね? それにエルルカさんもいるし……?」

 俺の肩に手を置いたクレハは頬を膨らましムスッとしている……

「あら……クレハ、貴方も元気そうでよかったわ。それと、私はユキマサに告白の返事を聞きに来たの。今回は邪魔しないでもらえるかしら?」

 黒く長い綺麗な髪を揺らしながら、エルルカはクレハに少し挑発的な視線を送る。

「「「「告白!?」」」」

 アリス、フィップ、ジャン、そしてアトラが、揃って声をあげる。兵士達の方はざわついている。

「おい、告白って何だ!? あの〝剣斎けんさい〟が?」
「噂では〝黒い変態〟とか呼ばれてる奴らしいぞ?」
「ギルドから付けられたなら公式名称だぞ?」
「待てお前達。仮にもお嬢様がお気に召した方だ。少なくとも悪人では無い筈だ。それに『告白の返事』では無く『こんにゃくの返事』の聞き間違いかもしれん」

 ……この、好き勝手言いやがって。

 フォローしてくれてるのは、最後に『こんにゃくの可能性』にかけた大穴狙い過ぎの兵士しかいねえじゃねぇかよ! ……って、よくみたらコイツ、昼間に俺に剣向けて来てアリスに怒られた、指揮官みたいなヒゲのおっさん兵士じゃねぇか!

(つーか……『こんにゃくの返事』って何だよ!? 何、冷静な顔で馬鹿なこと言ってんだ!)

「──い、嫌ですっ!」

 ギリッと真剣な目でエルルカを睨むクレハ。

「いい目ね。嫌いじゃないわ……でも、だめよ──それで、ユキマサ、告白の返事は必ず〝ハイ〟か〝YES〟で答えなさい。それ以外の言葉は、私は返事として受け取らないわ……」
「な、なんですか! ズルいです! 却下です!」

「クレハ……人の話は最後まで聞きなさいな? ユキマサ、返事は貴方の気持ちが〝ハイ〟か〝YES〟になった時でいいわ。こればかりは、私も気長に待たせてもらうわ。──今すぐでも、10年、100年後でもいいから必ずだけを聞かせなさい」

 エルルカは相変わらずの色っぽい声と、妖艶な笑みで話して来るが……その妖艶な笑みの中には、少し幼げで、曇りの無い純粋な表情が見える。

 そしてその表情は……まるで、小さな子供が時間を忘れ無邪気に、今のこの時間を最大限に心から楽しんでいるような、充実や満足ともいった様子の表情だ。

「──ッ!?」

 そのエルルカの表情を無意識に、俺は、一瞬だけ、目を離せなくなる。

 昔、誰かが、いつもこんな風に、この表情とよく似た──退をしていた気がした。
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