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第51話 卒業生

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 ──大都市エルクステン
          ギルド・受付前──

 ギルドの受付にて、複数の男女がギルドに対して猛抗議をしていた。種族は〝人間ヒューマン〟や〝エルフ〟や〝亜人〟と様々だが、その集団の平均的な年齢は若い。
 その全員が10代半ば程、13~18歳ぐらいだ。

「一体どういう事ですか! 説明してください! クシェラさんが王女様のだ何てあり得ません!」

 この集団の中では、歳が上の方であろう──人間ヒューマンの少女が、ギルドの受付にいる女性職員に向かい、説明を要求する。

「少し落ち着いてください。まだ、正確な情報は分かってないんです。それに、今ギルドでは〝魔王信仰〟の件も、あれこれございまして……すいません。一先ひとまず、少しお待ちいただけませんか?」

 対応しているギルドの受付嬢の女性職員も、正直な所……あまり今の状況が整理できておらず、あたふたしている。

「オイ、お前達! 何をしているッ!」

 そんな騒ぎを聞き付けた、近くにいた騎士隊の隊の者数名が現れ、周りを囲む。

「私達は〝兄〟であり〝育て親〟でもあり、そして何より私達の〝家族〟であるクシェラさんへの、あらぬ疑いに対し抗議に来ただけです!」

 臆する事無く、真剣な眼差しで、先程の人間ヒューマンの少女が口を開く。

 それに続き、周りの少年や少女達も──

「そうです!」
「クシェラさんや、クシェリさんは、身寄りの無い俺達を拾って育ててくれたんだ!」
「あの人がいなきゃ、私達はとっくに死んでます!」

 それぞれ、自身の思いを伝える。

「──おやおや、賑やかですね、どうなされましたか?」

 そんな騒ぎを聞き付けてか、それとも偶然か……

 クイッと片手で眼鏡を直しながら、落ち着いた口調で話す、男性にしては、少し長めの灰色の髪の男性が近づいてくる。

「ぎ、ギルドマスター!?」

 少し慌てながらも、騎士達は直ぐ様姿勢を正す。先程の受付嬢の女性職員も、立ち上がり、慌てながらもしっかり頭を下げる。

「──ッ……」

 このギルドのトップである、ギルドマスターのロキが出てきた事に、抗議をしていた少女達も、少なからず驚いた様子で言葉が詰まる。

 だが、それでも勇気を振り搾り、先程から先頭を切って抗議をしていた──人間ヒューマンの少女が口を開く。

「わ、私達はクシェラさんが〝王女様の誘拐〟なんて、バカげた噂に抗議をしに来た者です。ギルドマスター、どういう事か説明して貰えませんか? あの人はそんな事をする方ではありません!」

 ここで、あたふたとする訳にはいかないと思い、その人間ヒューマンの少女は、力強く己の意思を伝える。

「あはは。何かと思えば……それは本当にバカげた噂ですね。どうぞ、ご安心ください──そもそも〝王女様の誘拐〟と言うのが間違いなんですよ?」

 少しピリついた空気の中。そんな事は全く気にせず、ロキは少しおどけた様子で、両手を軽くひらひらと振り『大丈夫ですよ』と、少女達を落ち着かせる。

「ほ、本当ですか……?」

 あっさり否定されキョトンとする少女達。

「ええ。王女様が〝行方不明〟と言うのは事実でしたが、特に事件性はありませんよ。誘拐についても──心配ゆえにか、慌てた騎士の者達の憶測が飛び回ったのでしょう。〝アーデルハイト王国〟のアリス王女は、今は無事に〝桃色の鬼ロサラルフ〟殿と一緒にいるみたいですよ? ……おや、こちらは、噂をすればですね?」

 と、ロキの言葉に少女達が後ろを振り返ると……

「──お、お前達、みんな揃ってどうしたんだ?」

 ボロボロの姿で──〝双子の妹〟のクシェリに、肩を借りながら歩いてくるクシェラの姿があった。

「く、クシェラさん! それにクシェリさんも! というか、ボロボロじゃないですか!?」

 そんな二人を見て、慌てて駆け寄る少女。

「ん、サラか? それにお前達も久しいな。元気だったか? 後、この〝愚兄ぐけい〟への心配は無用だぞ?」

 サラと呼ばれた──先程から先陣を切り、抗議をしていた少女の心配を他所よそに、クシェリはロキ以上のマイペースさで淡々と話す。

「クシェラさん、本当に大丈夫なんですか!? あ、それとクシェリお姉さんもご無沙汰してます……!」

「ああ、心配はかけまい。それに、この怪我の半分はコイツのせいだからな? オイ、聞いているのか、この愚妹ぐまいが!」

 と、クシェリを指をさすクシェラ。

「ん? 私は今、立派に育ってくれた〝卒業生〟達と話していて、忙しいかったからよく聞いていなかったが? どうした、何かあったか?」

 相変わらずマイペースのクシェリは、卒業生と呼ばれた、その〝男女の集団〟と親しげに話している。

「くッ、この……熟女め……」

 そう呟くと、ギロリとクシェラを睨み、

「……何か言ったか? 中高年?」

 と、クシェリがクシェラに向け殺気を放つ。

「何だ貴様、耳まで悪くなってきたのか? 仕方無いな。耳にポーションでも流し込んでやろうか?」

 バチバチとした視線の二人の喧嘩が始まる。

 それを見ていた周りの少年少女達は……

「またですか……」
「仲良くしてくださいよ」
「でも、いつも通りで良かったね!」

 と、ホッとした様子で話している。

「ポーションが必要なのはクシェラさんの方です」

 クシェラとクシェリの喧嘩は慣れているのか、サラはいつもの事のように、二人の間に割り込み、ポケットからポーションを取り出し、クシェラに渡す。

「おぉ、すまないな。サラ」

 礼を言うと、クシェラはサラからポーションを受け取り、それを一気に飲み干す。

 ──そして、その一連の流れを微笑ましそうに黙って見ていたロキが口を開く。

「こんにちは、クシェラさん、クシェリさん。アリス王女様はどんなご様子でしたか?」

「おぉ、ギルマスでは無いか! あの〝尊き幼女のお姫様〟なら、我が兄弟が保護しておったぞ? あやつに任せて置けば、何も心配には及ぶまい!」

 グッと親指を立てながら、白い歯をニッと見せ爽やかな笑顔で、クシェラは返事を返す。

「ん? 私の事では無いからな? それに、愚兄……お前はいつからユキマサと兄弟になったんだ?」

 すかさず、自分の事では無いとクシェリは否定する。

「ふん! 私と同じこころざしを持つ者を、兄弟と呼ぶことが、そんなに不思議か?」

 すると周りからは……

「え、同じ志って、その人もロリコンなのか!?」
「ユキマサって名前……確か例のヒュドラ殺しの?」
「私はその人は〝黒い変態〟って聞いたわよ」
「俺は噂で〝黒い女たらし〟って聞いたぞ」
「黒いロリコン女誑し……その人、本当に大丈夫?」

 そんな、声が上がっている。

「あはは。大人気ですね! ご心配なさらずとも、ユキマサさんはフォルタニアさんからも、お墨付きを貰ってますからご安心ください」

「ん、そういえばギルマス? その副マスの姿が今日は見えんが、休みか?」
「ええ、フォルタニアさんは今日はお休みですよ。何でも、と会うとの事で、珍しく興奮した様子でしたよ」

「ほう、それは珍しい。意外に隅に置けんな?」

 本当に意外や意外だったのか、クシェリは少しばかり目を見開いて、驚いた表情を見せる。

「元々、フォルタニアさんは隅に置けませんよ」

 ロキは、いつもの胡散臭い笑みを浮かべる。

「それと皆さん。此度はこちらの情報ミスで、不快な勘違いをさせてしまい、申し訳ありませんでした」

「い、いえ、私達こそ、失礼を申し訳ありません!」

 謝るロキに、慌てた様子でバッ! と、サラは深々と頭を下げ、それに続き、周りの他の者達も、次々と頭を下げて「「「すいませんでした!」」」と謝る。

「ど、どういうことだ?」
「……」

 その様子にクシェラは首を傾げ、クシェリは黙ってその様子を見ている。

「確か〝卒業生〟と呼ばれていましたか? 差し当たり、彼や彼女らは──貴殿方の運営する、の卒業生の方々でしょうか?」

「「ああ、この子達は私の孤児院で13歳を迎えて、立派に」」

「ロリを──」
「ショタを──」

「「卒業して、新たな旅立ちを迎えた、私達の大切な家族だ!」」

「息ピッタリですね。この子達はクシェラさんがと言う、独り歩きした噂を聞いて、ギルドに抗議を申しに来られたのですよ?」
「そ、そうだったのか。心配をかけたみたいだな……」

 やっと状況を飲み込んだ様子のクシェラ。

「ええ、立派な子達ですよ」
「そうだろう! まあ、まだ一人前には少し遠いかもだが、それでも私達が育てた自慢の子達なのは変わらん!」

「偉そうだな、愚兄? それに貴様、こないだから、サラに孤児院の子の世話や家事を手伝って貰っていただろう? ココットから聞いているぞ?」

 腕を組み、クシェリがクシェラを睨み付ける。

「あ、あのクシェリさん……そ、それはですね……実は……お恥ずかしながら……私がその時……お金が余り無くてですね。その……次のお給料日まで……ごはんを食べさせて貰いに帰った時の事だと思います……」

 顔を真っ赤にしたサラが、ゆっくりと手をあげながら、恐る恐ると恥ずかしそうに話す。

「む、なんだ、そうだったか? それなら別に良い。よくある事だ──まったく、この愚兄が育児をサボり、サラに家事を押し付けてるのかと思ったぞ?」

「ふふ、愚妹ぐまいよ、貴様では無いのだ。私が幼女達の世話というを、いくらサラとは言え、他の者に押し付けるわけが無いだろう!」
 
「私もそんな事をするわけが無いだろう? 〝千撃せんげき〟との手合わせで頭でも打ったか?」

「あ、あの……すいません……私のせいで……」

「何を謝ることがある? 金が無いでも、腹がへったでも、暇だからでも、魔王に追われているでも、理由は何でもいい。困ったことがあればいつでも帰ってくるがいい──孤児院うちは、もうお前達の家なのだからな? 遠慮は無用だ!」

 白い歯を見せてクシェラは笑う。

 それを見てクシェリも

「そうだな、愚兄も億に一度ぐらいは良い事を言う」

 と、クシェラの発言に対し、珍しく笑みを溢す。

「は、はいっ、ありがとうございます!」

 その言葉に、凄く嬉しそうな様子でサラは笑う。

「──身寄りの無い子供達は本来なら、それなりの資産や権力がある私共わたしどもギルドや、この都市の領主等が、率先して保護を行わねばならない事です。それが申し訳ない事に、現状では行き届いておりません。ギルドを代表し、お二人には改めて感謝を伝えさせてください。本当にありがとうございます!」

 ロキは、クシェラとクシェリに頭を下げる。

 いつも胡散臭そうな表情と、フォルタニアにまで、よく言われるロキだが──
 この時、ロキは珍しく本気で困った顔をしていた。

 だが、頭を下げていた事もあってか……
 その、本気で困ったロキの表情に気付いた者は、この場には1人もいなかった。
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