上 下
45 / 350

第44話 桃色の鬼

しおりを挟む


 *

「ぐふッ……まだだ……まだ私は倒れる事は無い……」

「ふむ、まだ立ち上がりますかな?」
「当たり前だ! この世界に守るべき幼女がいる限り私が倒れることはない!」

 剣を支えにしながらクシェラは立ち上がる。

 だが、クシェラの身体はもう限界だ。

 クシェラは〝千撃せんげき〟にとはいえ、身体のあちらこちらに確実なダメージがある。顎にも一発喰らっていて、脳震盪を起こしており、立つ事もやっとだ。

 相手はアーデルハイト王国の執事長。二つ名は〝千撃せんげき〟──レベルは90を越える古強者ふるつわものだ。

 そして、勝負の行方は圧倒的であった。

 ──クシェラの完敗だ。

 力、スピード、技、経験、魔力、魔法、レベルの全てがクシェラよりも遥かに〝千撃〟が上回っていた。

 でも、クシェラは立ち上がる。

「はて、おかしいですな? もう2回程、意識を狩り取ったつもりでしたが?」

「ふん……幼女のいる世界で、意識を失うなど笑止千万! そんな無駄な時間を過ごすつもりは無い!」

「何か強い決意を感じますが、そろそろ決着を付けさせて貰いますぞ?」

「まあ、待て。これを見ろッ!」

 クシェラは胸ポケットからある物を取り出す。

「ただのポーションに見えますな?」

「──愚か者めッ! これはただのポーションでは無い! 我が孤児院にいる幼女の皆に貰った、大切なポーションだ! これがあれば、まだ私は貴様とだって戦える。私は一人では無いのだ! この世界に守るべき幼女がいる限り、私は永久に不滅だ!」

「……70年という年月を生きて来ましたが、貴殿のようなお方は初めて見ましたぞ? ならば、私も少し本気で参りましょう。引くのでしたら今でございますが……どうなされますかな?」

 〝千撃〟は今までに無い殺気を込める。

 その瞬間、辺りの空気が変わるような、ゾクッとする感覚をクシェラは感じる。

 ──でも、クシェラは下がらない。

 この世界に守るべき幼女がいる限り……
 クシェラの頭に撤退と言う文字は無い!!

「言った筈だ! 幼女は永久に不滅だとな!」

 と、その時──

 そう改めて宣言するクシェラの上空から、クシェラの聞きなれた女性の声が聞こえてきた。

「《走れ・水の波・数多の龍》──〝水龍の波ドラコ・ウーダ〟」

 ──ドバン! ズドン!

 魔法で作られた二匹の水の龍がクシェラを襲う。

 そして、この攻撃は上空からのであった。

「ぐふぁ!」

 既に、千撃との戦いで意識が朦朧としていたクシェラは、この攻撃をまともに喰らってしまう。

 ──シュタ……と、

 この攻撃の放った張本人が地面に降りてくる。

「き、貴様ッ! 何故だッ!?」

 クシェラはその人物を睨むが、そんな事はお構い無しに、その奇襲を仕掛けた女性は口を開く。

「すまない、私の愚兄ぐけいが迷惑をかけたな!」

 と、奇襲を仕掛けた犯人こと──クシェリ・ドラグライトは〝千撃〟に向け謝罪する。

「──愚兄と申されますと、ご兄弟ですかな?」
「ああ、不本意ながらこれは双子の兄だ。──ん? まだ息があったのか? 喰らえ! トドメだ!!」

 魔力を込めた踵落としを、クシェリはクシェラの鳩尾みぞおちへ容赦無く叩き込む!

「ゴファッ!! き、貴様、な、何をする……」
「く、まだ息があるか。仕方ない《響け──》」

 と、クシェリは魔法の詠唱を始めるが……

「待ちなされ、お嬢さん。トドメは必要ないですぞ」

 それを〝千撃〟により止められる。

「ん? そうか? 別に私は構わんが?」
「失礼……本当にご兄弟ですかな?」

「残念ながらな。それにこれは、私が責任を持って回収する──後、貴様に伝言だ『ちゃんとギルドに送るから心配すんな』だそうだぞ?」

「その伝言はの彼からですかな?」

「他に誰がいる? それとお姫様も元気そうだったぞ? 誘拐だなんてはなはだしい」

「……かも、知れませんな? ですが、私は立場上、お嬢様を保護しなければなりませんので、先を急がせてもらいますぞ?」

「勝手にしろ。場所は言えんが、追う者の足止めをする約束はしていない」

「……? ちなみに、そちらのご兄弟を倒す事は、お約束されていたのですかな?」

「いいや。私は基本、この愚兄が騒いでいたら止めるようにしている。やかましいからな?」

 そう、あっけらかんな態度で言うクシェリに、
「さ、左様でございますか……では、失礼致します」
 と、これまでは優雅に話していた言葉を少し詰まらせながら〝千撃せんげき〟は、音も無くその場を去る。



「──へぇ、あれが吸血鬼か?」

 先程、いきなり上空から魔法をぶっ放して来た、桃色の長めな髪をサイドテールにした女を観察する。

(〝桃色の鬼ロサラルフ〟……これもシスティアが少し話していた奴だな──それとコイツはアリスが言うには〝妖怪世話焼き爺〟よりも実力が上らしい)

「何故、まずなのですか? フィップは、レベルは90越えのウチの国のなのですッ!」

 いつの間にか、両手で〝リッチ熊のぬいぐるみ〟を持っているアリスは、少し慌てている様子だ。

「おい、そこのスイセン服の男? 早速だが、お嬢を返して貰うぞ? あたしはまだ眠いんだ……早く帰りたい」

 そういうと桃色吸血鬼は、一瞬で間を詰めて、

 ──ビュンッ!!

 と、ごっつい大鎌を縦に振りかざしてくる。

 俺は、アリスを片手で抱え、──バン! と、バックステップで後ろに下がり、その攻撃を避ける。

 ──ドガンッ!!!!
 
 桃色吸血鬼の大鎌が、俺が今さっきまで居た場所の地面を、粉々に割る。

「お、避けたな?」

 すると、直ぐに桃色吸血鬼は、ドンッ! と、地面を蹴り、大鎌を持ち直して、追撃してくる。

「そりゃ避けるだろ? てか、最初の魔法……アリスもいたんだぞ、躊躇無く打ってきたよな?」

 ──キンッ! ガキン! キン!

 俺は〝月夜〟で──桃色吸血鬼の攻撃を捌きながら、問いかける。

「何を言うかと思えば、そんな事か? ──お前、あの程度の魔法でどうにかなるような奴じゃないだろ? こないだのヒュドラの〝変異種ヴァルタリス〟を倒したってのはお前だな?」

 ニヤリと桃色吸血鬼は交戦的な笑みを浮かべる。

「な、お前がそうだったのですか!?」

 と、驚くのは、熊ぬいぐるみのリッチを両手に抱えた状態で、更に俺に抱えられてるアリスだ。

 さっき、チラッとクシェリも言ってたんだがな? アリスはその話しはよく聞いてなかったみたいだ。

「……」
 と、無言の俺に……
「沈黙はなりだぞ? 少年ッ! ──まあ、吹っ飛びなッ! ──〝爆鎌ブラスト〟!」

 ──ッ!?

 ドカァーンッ!!!!

 桃色吸血鬼が大鎌を横薙ぎに振るい、それに合わせて、発動して来た魔法により、俺はアリスを抱えたまま吹っ飛ばされる! 

「──たくッ、服が破れちまうじゃねぇか!? 寝間着以外は、これしか着るもん無いんだぞッ!」

 魔力を込め、俺はアリスを守るようにしながら、受け身を取るが……思いのほか、後方へと吹っ飛ばされる。

「まったくなのです。アイツは減給なのです!」

 俺に抱えられたまま、ぷんすこ怒るアリスも、どうやらゴスロリ服が、切れたり、汚れるのはお気に召さないらしい。

「まだまだ本気じゃねぇな? 少し遊ぼうぜ?」
 
 好戦的な笑みのまま『遊ぼうぜ?』と言いながら、桃色吸血鬼が──パチンッ! と軽く指を鳴らすと……

「──ッ!?」

 上空、正面、左右の、あちらこちらに──まあ、如何いかにも『魔法を撃ちますが、何か?』と言わんばかりの、沢山のが俺とアリスを取り囲んでいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

勇者に幼馴染で婚約者の彼女を寝取られたら、勇者のパーティーが仲間になった。~ただの村人だった青年は、魔術師、聖女、剣聖を仲間にして旅に出る~

霜月雹花
ファンタジー
田舎で住む少年ロイドには、幼馴染で婚約者のルネが居た。しかし、いつもの様に農作業をしていると、ルネから呼び出しを受けて付いて行くとルネの両親と勇者が居て、ルネは勇者と一緒になると告げられた。村人達もルネが勇者と一緒になれば村が有名になると思い上がり、ロイドを村から追い出した。。  ロイドはそんなルネや村人達の行動に心が折れ、村から近い湖で一人泣いていると、勇者の仲間である3人の女性がロイドの所へとやって来て、ロイドに向かって「一緒に旅に出ないか」と持ち掛けられた。  これは、勇者に幼馴染で婚約者を寝取られた少年が、勇者の仲間から誘われ、時に人助けをしたり、時に冒険をする。そんなお話である

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

「お前のような役立たずは不要だ」と追放された三男の前世は世界最強の賢者でした~今世ではダラダラ生きたいのでスローライフを送ります~

平山和人
ファンタジー
主人公のアベルは転生者だ。一度目の人生は剣聖、二度目は賢者として活躍していた。 三度目の人生はのんびり過ごしたいため、アベルは今までの人生で得たスキルを封印し、貴族として生きることにした。 そして、15歳の誕生日でスキル鑑定によって何のスキルも持ってないためアベルは追放されることになった。 アベルは追放された土地でスローライフを楽しもうとするが、そこは凶悪な魔物が跋扈する魔境であった。 襲い掛かってくる魔物を討伐したことでアベルの実力が明らかになると、領民たちはアベルを救世主と崇め、貴族たちはアベルを取り戻そうと追いかけてくる。 果たしてアベルは夢であるスローライフを送ることが出来るのだろうか。

婚約破棄されたので暗殺される前に国を出ます。

なつめ猫
ファンタジー
公爵家令嬢のアリーシャは、我儘で傲慢な妹のアンネに婚約者であるカイル王太子を寝取られ学院卒業パーティの席で婚約破棄されてしまう。 そして失意の内に王都を去ったアリーシャは行方不明になってしまう。 そんなアリーシャをラッセル王国は、総力を挙げて捜索するが何の成果も得られずに頓挫してしまうのであった。 彼女――、アリーシャには王国の重鎮しか知らない才能があった。 それは、世界でも稀な大魔導士と、世界で唯一の聖女としての力が備わっていた事であった。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

王女に婚約破棄され実家の公爵家からは追放同然に辺境に追いやられたけれど、農業スキルで幸せに暮らしています。

克全
ファンタジー
ゆるふわの設定。戦術系スキルを得られなかったロディーは、王太女との婚約を破棄されただけでなく公爵家からも追放されてしまった。だが転生者であったロディーはいざという時に備えて着々と準備を整えていた。魔獣が何時現れてもおかしくない、とても危険な辺境に追いやられたロディーであったが、農民スキルをと前世の知識を使って無双していくのであった。

『特別』を願った僕の転生先は放置された第7皇子!?

mio
ファンタジー
 特別になることを望む『平凡』な大学生・弥登陽斗はある日突然亡くなる。  神様に『特別』になりたい願いを叶えてやると言われ、生まれ変わった先は異世界の第7皇子!? しかも母親はなんだかさびれた離宮に追いやられているし、騎士団に入っている兄はなかなか会うことができない。それでも穏やかな日々。 そんな生活も母の死を境に変わっていく。なぜか絡んでくる異母兄弟をあしらいつつ、兄の元で剣に魔法に、いろいろと学んでいくことに。兄と兄の部下との新たな日常に、以前とはまた違った幸せを感じていた。 日常を壊し、強制的に終わらせたとある不幸が起こるまでは。    神様、一つ言わせてください。僕が言っていた特別はこういうことではないと思うんですけど!?  他サイトでも投稿しております。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

処理中です...