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第13話 お泊まり
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すっかり日の落ちた人混みの街に、美しい金髪の長い髪を靡かせた、エルフの少女はいつもより賑やかな街を大急ぎで走っていた。
(大分遅くなっちゃった。ミリア、もう寝てるだろうけど、ちゃんと起きて、ご飯食べてくれるかしら?)
ギルド〝第8騎士隊〟所属──エメレア・エルラルドは、ギルドの食堂で二人分の食事を持ち帰りにして貰うと、同じ隊に所属する、親友でもあり、姉妹のような大切な存在──ミリア・ハイルデートの住むギルド管理の〝ギルド第2女子寮〟に向かっていた。
階は違うが、エメレア自身も同じ〝第2女子寮〟に住んでいる。
ちなみに女子寮は隊別に分けられてる訳では無いので〝女性騎士〟だけでは無く〝ギルドの女性職員〟等も住んでいる。
(それに何で今日に限ってこんなに道が混んでるのよ! それもこれもあの〝黒い変態〟のせいよ!)
エメレアは此処には居ない、昼間のヒュドラの〝変異種〟を倒した〝黒髪の少年〟を思い出し、イライラしながら急いでいると……
(あれ、何かしら? 何かの事件? いえ、もしこの辺りであんな人だかりのできる事件なら、もう〝巡回中の騎士〟や〝憲兵〟が飛んできてるはず)
よく親友のクレハとミリアと行くギルド近くの〝料理屋〟の外に人だかりができており、お店の従業員にも色々とお世話になっている店ということもあるので『何かあったのではないか?』と心配になり、エメレアは急ぐ足を止め、少しばかり様子を見に行くと──
「高級食材の肉がある店ってのはここか!」
「おい、俺が先に並んでんだよ!」
「何だと、俺のが先に並んでたんだよ!」
「俺にも、俺にも肉をくれ!」
店からは何やら騒がしい声が聞こえる。
「ちょ、ちょっと! 皆さん、一列に並んでくださーい! 順番ですから押さないでください! 後、無くなり次第終了です! 恨まないでくださーい!」
その近くには、押し寄せる人並みを何とかまとめようと頑張る、エメレアもよく知った顔のウェイトレス姿の金髪ショートの少女がいるのが見える。
(アトラさんの様子を見るに事件では無いみたいね。何か騒がしいのもいるけど。それにここの店主も女将さんも〝元冒険者〟で、確かレベルも40越えだった筈。そこら辺の冒険者ぐらいなら、簡単に叩き潰せるだろうし心配は無さそうね?)
エメレアは知り合いに危険が無いのを確認すると、そそくさと、当初の目的どおり、ギルド寮のミリアの部屋へと急ぎ走る。
──ギルドとギルド寮はそんなに離れてない為、頑張って走れば数分でエメレアは寮に着いた。
寮に入ると階段を登りミリアの部屋へ直行する。
(ミリア、もう寝てるだろうけど……)
でも、礼儀として控えめなノックをした後に、
「ミリア入るわよー」
と、事前に〝魔力枯渇〟気味のミリアに、後で何か買って持って行くと伝えておいたので、ノックへの返事は無いが、軽く声をかけ部屋に上がらせてもらう。
「お邪魔します」
エメレアがゆっくり部屋に入ると……
「すぅ……すぅ……Zzz……」
べッドで可愛く寝息を立てるミリアを発見する。
あまりにもぐっすり寝ているので起こすのは可哀想かな? ……とも思ったが、ミリアは〝魔力枯渇〟を起こしかけていたので、こまめに〝魔力回復薬〟で魔力を回復し──できれば、ちゃんとした食事も取らねばならないので、エメレアは心を鬼にし、ミリアを起こしにかかる。
〝魔力枯渇〟はその名のとおり、魔力の使いすぎで体内の魔力が枯渇した状態だ。重度になれば長く意識を失ったり、場合によっては死に至ることもある。
回復手段は〝自身の持つ自然の魔力回復能力〟や〝魔力回復薬〟を飲んだり〝魔力回復魔法〟みたいな回復魔法など色々だが──重度になればなるほど、これらの回復効果が効きづらくなるという厄介な性質もあるので、早めの対処が重要だ。
それとこれは使える者は稀だが、自身の魔力を他者に分け与えることができる者に、魔力を分けてもらう事での回復も可能である。
「ミリア、起きなさーい〝魔力回復薬〟とごはん持ってきたわよー!」
ゆさゆさと軽くミリアの身体を揺らすエメレア。
「ん……エメ……れ……ャ……? ……zz……z……」
「あぁ……ミリア頑張って……! それにエメレアよ! ヤじゃないわよ!」
再び夢の中に帰ろうとするミリアをエメレアは必死に引き戻す。
「み~り~あ~。ほら、起きなさーい!」
ぷにぷにッと柔らかい頬っぺたを、人差し指で優しくつつきながら、ミリアを起こしにかかるエメレアは凄く楽しそうな様子である。
ぷにッぷにッ
(まだ起きない……)
ぷにッぷにッぷにッ
(頬っぺた柔らかいわね……)
ぷにッぷにッぷにッぷにッ
(……た、楽しい………私……これ無限にできるわ……)
すると頬っぺたを、エメレアの右手人差し指により軽い襲撃を受けていたミリアは……
「……う……みゅ……zz……ごはん……?」
と、寝ぼけ眼をごしごしと擦りながらゆっくり起き上がる。
エメレアはもう少しミリアの頬っぺたを、ぷにっていたかったのだが……起きてしまっては仕方ない。
……というか、起こしたのは他でも無いエメレア本人なのだが。
「おはようとこんばんは。魔力の調子はどう?」
「こんばんは……まだ、ちょっと、ボーっとするよ」
目をパチパチしながらミリアは答える。
「〝魔力回復薬〟よ。早めに飲みなさい?」
「うん、ありがとう」
やっと、目が覚めてきた様子のミリアが、くぴくぴと〝魔力回復薬〟を飲み始める。
「持って帰れるのは限られちゃったけど、食堂で色々と買ってきたから食べましょ? 食欲はある?」
「うん、少し。いただきます……」
ミリアはもぞもぞとベッドを降りて来る。
そして買ってきた食事を机に並べて、二人で食事を食べ始めると、何だかんだで、しっかり完食のミリアをエメレアは笑顔で眺めながら自分も食事を取り終える。
食事を終え、ミリアの体調を確認したエメレアはそろそろ自室に戻ろうと席を立つ。
「じゃあ、私も自分の部屋に戻るわ〝魔力回復薬〟はここに置いておくから起きたらしっかり飲むのよ?」
「うん、ありがとう。エメレアのお陰で元気出たよ!」
両手をぐっと可愛く握りしめながら微笑むミリア。
エメレアは思わず、衝動的にミリアを抱き締めそうになるが……寸での所で理性を呼び戻し、何とかその衝動を堪える代わりにミリアの頭を撫でる。
「どういたしまして。明日また様子を見に来るわ。ゆっくり休むのよ? じゃあ、お休みなさい──」
と、エメレアは〝魔力枯渇〟を起こしかけてるミリアの家に長居は悪いと考え、本当に名残惜しそうに自室に戻るのだった。
*
街の宿屋がどこもいっぱいで泊まれず……クレハの善意で、クレハの家に泊めてもらう事になった俺は、ギルドから歩いて10分程度の場所にあるクレハの家に案内されていた。
「ここだよ。狭い所だけど遠慮しないで上がって!」
「ああ、ありがとう。お邪魔します」
軽く声をかけながら、俺はクレハの家に入る。
「確か婆さんと2人ぐらしか?」
「うん。ちょっとお婆ちゃんの所に行って来るね」
と、クレハは灯りの点いている端の部屋に入っていくので、俺は取り敢えずその場で待たせてもらう。
(クレハの婆さんには、まだ許可を取ってない筈だが……大丈夫か?)
そんな事を考えていると、クレハの婆さんの部屋からはクレハと婆さんと話す声が微かに聞こえて来る。
「お婆ちゃん、ただいま!」
「クレハ! 大丈夫だったのかい? 凄く心配したよ……!」
本当に心配したのだろう。少し涙ががった声で、ホッとしたという安堵の様子がよく伝わって来る。
「結構危なかったかな? でも、ほら、大丈夫だよ!」
(……素直だな。本当に結構危なかったぞ? つーか、何か盗み聞きみたいな形になっちまったな……)
「後ね。今日、家に1人泊めてもいいかな? ただ、その人は……お、男の子なんだけど……?」
「おやまあ! クレハに恋人ができたのかい?」
婆さんは『おやまあ!』と驚いているが、どうもからかってるのか、そうで無いのかは微妙な返しだ。
「べ、別に、こ、恋人じゃないよ! その今回のヒュドラの件で助けてくれた人でね。マイペースだけど、でも、凄く強くて優しくて温かい人だよ。あ、でも、ちょっと……女誑しかも……!」
随分、好評価だな? 誑し以外。
つーか、誰が誑しだ?
まあ、マイペースは良く言われるが。
「そうかい? でも、クレハがそんなに見込んだ男性なら、あたしも挨拶しないといけないねぇ」
「見込んだと言うか……何と言うか……あ、お婆ちゃん大丈夫? 立てる?」
「大丈夫。まだまだ元気だよ」
すると、クレハと婆さんが部屋から出てくる。
「お邪魔してます」
俺は軽く頭を下げる。
「いえいえ、クレハの祖母です。孫を助けて頂いたようで本当にありがとうございます。それにこんな老いぼれ姿でごめんなさいね? お恥ずかしい……」
白髪でかなり痩せてはいるが、上品な雰囲気で気品のある感じの婆さんが、クレハと一緒に歩いてきて、近くの椅子に腰掛ける。
「い、いやそれは全然良いんだが……」
俺はクレハの婆さんは、怪我か、もしくは何らかの病気なのだろうとは予想はしていたのだが……
とても失礼な言い方になるが、目の前のクレハの婆さんは、何故この状態で生きていれたのか?
そしてゆっくりだが、しっかりと言葉も話す事ができて、生活に支障の無い程度には歩けるという事が不思議なぐらいに衰弱していた。
「クレハの婆さんのそれは病気か?」
「うん……ちょっと重い病気みたいでね? 完治は難しいみたい。魔法で痛覚を麻痺させたり、お薬を飲んだり、毎日〝魔法〟で体のダメージ自体は回復させてるけど……」
(それでも少しずつ弱ってきてるわけか……)
毎日体の中で破壊と再生が繰り返されてるようなものだからな。
クレハの表情を見ると、もう色々と自分の中でも気持ちの整理もつけたのだろう。余命宣告を受けた後の家族の覚悟みたいな物を感じる。
「婆さんのそれは生まれつきか?」
俺は、1つだけ確認する。
「……え? ううん。生まれつきじゃないよ」
そうか。なら、多分いけるか。
「婆さん、ちょっといいか? 失礼するぞ?」
俺は右手を婆さんのデコにあてようとする。
「ええ」
と、小さく頷く婆さんに許可を貰った俺は、クレハの婆さんのデコに、熱を測るかのように手をあてる。
「ユキマサ君……魔法じゃ病気は……」
「大丈夫。悪いようにはしない──」
そして俺はボワッと緑色の光を纏った〝回復魔法〟クレハの婆さんに使う。
回復に少し時間がかかるが、婆さんの顔色は少しずつ良くなってきてる。
俺はそのまま回復魔法を使い続け──
「──よし、終わりだ。お疲れ様」
治療が終わると、俺は婆さんのデコから手を離す。
「あ……あたしゃ……夢でも見てるのかい? 体が凄く楽になったよ」
今までに比べると、まるで別人のように顔色が良くなり声もハッキリし覇気がある。少しゆっくりな喋り方は元々がこんな感じの喋りみたいだ。
「う……嘘……お婆ちゃん本当に治ったの……?」
クレハが目を真ん丸に見開いて驚いている。
「ええ、すっかり昔みたいに体が動くわ。クレハずっと……心配かけてしまってごめんなさいね……」
婆さんはゆっくりと椅子から立ちあがり、クレハの頭を優しく撫でる。
「ほ、本当に……本当……う、嘘じゃないよね……?」
目を見開いたクレハは、噛み締めるように『嘘じゃないんだよね?』と言葉を繰り返し、婆さんに目の前の光景が嘘じゃないのかを、何度も確認している。
「ええ、嘘じゃないわ」
婆さんはゆっくりと頷き、それを肯定する。
「お………」
「……お……お婆ちゃあぁぁん……!!!!」
──ギュッ!! と、クレハは大好きなお婆ちゃんに思いっきり抱きつき、まるで子供のように「うわぁぁんッ……!!」と声を上げて泣いている。
「よかっ……だ……グスッ……よかっ……たよぉ……!!」
泣きじゃくるクレハは鼻声で「よかった……よかった……」と何度も言いながら、顔を涙や鼻水でぐしゃぐしゃにしているが、それでも構わず、大好きなお婆ちゃんに抱きついて、離れようとする気配は一切無い。
「本当に心配かけてしまったわね。ごめんね。クレハ……それに毎日毎日、こんな年寄りの面倒をみてくれて本当にありがとう。あたしゃ、こんなに優しくて可愛くて大好きな孫がいてくれて本当に幸せ者だよ!」
抱きつくクレハを婆さんも優しく抱き締め返す、クレハの婆さんのその目にも涙が浮かんでいる。
その様子を何も言わずに見ていた俺は『よかったな』と、そう心から思いながら──
この二人の姿を黙って見届けるのだった。
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