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第3章 寡黙な公爵と託宣の涙
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(王子殿下はアンネマリーに、すべて包み隠さずお話しされているのね)
先ほどのやり取りで、ふたりの強い絆を垣間見た。ゆるぎない信頼とあふれ出る愛情を目の当たりにして、リーゼロッテはそんなふたりを祝福すると同時にうらやましさも感じていた。
アンネマリーは今までのどの時よりも輝いて見える。自信に満ちているこの姿は、王子を愛し王子もまたアンネマリーを愛しているからなのだ。理想ともいえるふたりを前に、自分自身の立ち位置を思うとやるせない気分になってしまった。
自分はジークヴァルトにいつでも頼りきりだ。大きな力をもっているくせに、それを扱いきらないからと、そんな言い訳ばかりで何もできないでいる。
「それにしても、公爵様のあの完璧なまでの無表情はいつ拝顔しても眼福ですわ。リーゼロッテ様は王妃殿下のお茶会で、公爵様のことを怖がっていらしたけど、ずいぶんと親しくなられたようですわね」
からかうようなヤスミンの言葉に、意識を戻される。アンネマリーも同意するように、その口元に笑みを乗せた。
「そうね。公爵のひと睨みですくんでしまう人間も多いのに、最近のリーゼロッテはどこ吹く風だもの」
「ジークヴァルト様はおやさしい方ですわ。それに表情豊かで、とても分かりやすい性格をしていらっしゃいますし」
「公爵様が表情豊か……?」
ヤスミンだけでなくアンネマリーまで目を丸くしている。
「公爵様とリーゼロッテ様は、いつでも本当に仲睦まじくしていらっしゃいますから。きっとリーゼロッテ様だけにお見せになるお顔もあるのでしょうね」
エラの言葉にリーゼロッテの頬が上気する。あんなに分かりやすいのに、身内以外の人間にはあいかわらずの鉄面皮に見えるのか。
「そんなことを言って、自分は公爵様のすべてを分かった気でいるのかしら? なんておこがましい女なの」
イザベラはリーゼロッテを射殺さんばかりに睨みつけた。絶句した様子のエラに目配せして、気にしないようにと訴える。
「ちょっと! 近づかないでくださる? 不幸がうつるじゃない」
ふいに遠くから言い争いのような声が聞こえた。遠くの円卓を見やると、ひとりの令嬢が数人に言いがかりをつけられている様子だった。しばらくすると、その令嬢ひとりを円卓から追い出し、残った令嬢たちは思い思いにおしゃべりに興じはじめる。ぽつりと残された令嬢は、所在なさげに端の方で佇んでいた。
「あの方は……?」
どこかで見おぼえのある令嬢だ。リーゼロッテが小首をかしげていると、エラもその令嬢を見やりながら少し困った表情をした。
「あの方はクラーラ・へリング子爵令嬢です。白の夜会でリーゼロッテ様の前でお転びになった方でございます」
「あの時の!」
どうりで見たことがある令嬢だと思ったわけだ。深く頷いたリーゼロッテに、エラは声をひそめながら付け加えた。
「クラーラ様にはあるうわさがおありで、ほかのご令嬢たちからあまりよく思われていない様なのです」
「そんな話はわたくしも聞いたことがありますわ。なんでもクラーラ様のそばにいると、不吉なことばかり起こるのだとか。彼女、白の夜会でダンス中に転倒されたでしょう? 妖精姫を巻き添えにしたと、その話に拍車がかかっているようですわ」
「まあ、それはいけませんわね」
ヤスミンの言葉にリーゼロッテは「どうにかならないかしら?」とエラの顔を悲しそうに見上げた。エラにはあの事故は異形の者が原因であると話してある。むしろ彼女は被害者なのだ。真実を知るのに放置するなど、リーゼロッテにはできなかった。
「こちらに呼んでいらっしゃい」
アンネマリーが言うと、控えていた女官がクラーラを円卓まで導いた。新たな椅子が用意され、クラーラはリーゼロッテの横へと座るようにと促される。
「あ、あのっ、王太子妃殿下、今日、じゃなかった、本日はこんないぃえこのような素敵なお茶会にお招きいたたただきまして、まっことありがとうございますっ」
噛み噛みで挨拶をしたクラーラに、イザベラがあからさまな嘲笑を向ける。その笑い声が聞こえなかったふりをして、リーゼロッテはクラーラに微笑みかけた。
「王太子妃殿下のお心遣いですわ。どうぞおかけになってくださいませ」
リーゼロッテの顔を見やると、クラーラは先ほど以上にてんぱった様子でがばりと頭を下げた。
「だ、ダーミッシュ伯爵令嬢様っ! せ、先日は夜会でとんだご無礼を働きましたこと、こころよりお詫び申し上げますっ」
「あれはただの事故ですわ。あなたのせいではございません。もうお顔を上げてくださいませ」
手を引きながら椅子に座らせる。すかさず女官がクラーラの前に紅茶を用意した。
カップがカチカチと小さな音を立てている。リーゼロッテがちらりと見ると、その縁に小さな異形の者がへばりついていた。よく見ると、クラーラのドレスの裾を何匹かの小鬼がぎゅっとその手で掴んでいる。
隣に無知なる者であるエラが座っているからだろう。リーゼロッテの方に寄ってきて、それでも守り石のせいで近づけない様子だ。結局はクラーラのスカートの中に潜り込んでは、伺うようにリーゼロッテの方を覗き込む行為を、小鬼は幾度も繰り返している。
(とても他人事とは思えないわ……)
かつての自分の姿を視たような気がして、リーゼロッテは軽く眩暈を覚えた。
『リーゼロッテ嬢はすごい数の小鬼を背負っていたね』
王城で王子に言われた言葉が蘇る。自分もこうして、異形を日々この身に張り付けていたのだろう。もしかしたらもっと多い数を侍らせていたのかもしれない。
身震いをこらえ、リーゼロッテは自身の髪に刺された簪をその手で引き抜いた。揺らめく青い石がついたそれをクラーラの手に握らせる。そこここにいた小鬼たちがジークヴァルトの波動に驚いて、一目散に逃げ散らばっていく。
「こちらは魔よけのお守りですの。お友達になった証として、受け取ってくださいませんか?」
「え? いいえ、こんな高価なもの頂けません!」
恐れ多いと言った様子で、クラーラはそれをリーゼロッテへの手へと押し戻そうとした。
「それは公爵様から頂いたものなんでしょう? そんな大事なものを簡単に他人に下げ渡すなんて、とんでもなく非常識ね」
イザベラが心底馬鹿にしたように言った。アンネマリーは何も言わずに、その場をただ見守っている。
このままクラーラを放置するのも忍びない。彼女のそばにいると不吉なことが起きるというのなら、それは異形の障りが原因に違いない。だがイザベラの意見はもっともだと感じたリーゼロッテは、どうしたらいいのだろうと悲しそうな顔をした。
「でしたら次にお会いするときまで、そちらをクラーラ様にお預けすると言うのはいかがでしょうか? 魔よけになる物はそれまでに別に用意して差し上げればよろしいかと」
エラには守り石の役割を説明してあった。それをクラーラに手渡す理由を、きちんと理解したのだろう。
「そうね、お貸しするだけならジークヴァルト様も許してくださるかしら」
「もし差し上げたとしても、公爵様ならリーゼロッテ様をお責めになることはないと思います」
隣に座るイザベラから顔をそらして、エラは不満げな口調で言った。先ほどのイザベラの台詞に、ものすごく腹を立てている様子だ。そんなエラをイザベラは親の仇の様に睨みつけた。
「後日、フーゲンベルク家で茶会を開いてみてはどう?」
「お茶会でございますか?」
アンネマリーの言葉に、リーゼロッテはこてんと首を傾けた。
「公爵にはわたくしからも口添えをしておくわ。へリング子爵令嬢を招けば交遊も深まるでしょう?」
「ええっ!? ですが、そんなわたし、じゃなかったわたくし、ダーミッシュ伯爵令嬢様にそこまでしていただくなんて恐れ多くって」
あわあわするクラーラの手を取り、もう一度簪を握らせる。
「リーゼロッテと呼んでくださいませ。せっかくご縁をいただいたのですもの。これからも仲良くしていただけるとうれしいですわ」
「は、はひ……リーゼロッテ様」
リーゼロッテがふんわりと笑うと、クラーラは真っ赤になってこくこくと頷いた。
「その茶会には、もちろんわたくしも呼んでもらえるのよね?」
「え?」
「わたくしとあなたの仲じゃない。ねえ、リーゼロッテ様」
どんな仲だよ! と周囲が胸中で叫んだのと同時に、エラが何かを言いかけた。それを咄嗟に制したリーゼロッテは、イザベラにいつも通りの淑女の笑みを向けた。
「もちろんですわ、イザベラ様」
「まあ、でしたらわたくしも招待していただきたいですわ」
黙って成り行きを観察していたヤスミンの榛色の瞳がきらりと光る。おとなしそうな見た目にそぐわずヤスミンは好奇心が強い令嬢なのだと、リーゼロッテは微笑みつつも改めてそう思った。
「よろこんで招待させていただきますわ」
最終的にはジークヴァルトにお伺いを立てなければならないが、アンネマリーの言葉があればおそらく駄目だとは言わないだろう。公爵家にはマテアスやエーミールなど力ある者はたくさんいる。よその茶会にでかけるよりは、ジークヴァルトも安心するに違いない。
その後もイザベラの暴言に辟易しつつも、アンネマリーの茶会は無事に終わりを告げた。
◇
戻った公爵家の部屋で、リーゼロッテはぼんやりとエラの手つきを眺めていた。三枚のハンカチが、手際よく綺麗にラッピングされていく。
「ねえ、エラ。本当にこれが贈り物で大丈夫かしら?」
もうすぐジークヴァルトの誕生日がやって来る。だいぶ前に完成していた刺繍のハンカチは、ごたごたしていたせいでいまだリーゼロッテの手元に残されていた。それを誕生日のプレゼントにしようと決めたはいいが、今さらながらに不安になってくる。
ジークヴァルトには今までありとあらゆる物を貰ってきた。婚約者として受け入れて当然と周囲には言われるが、そのお返しが手製の刺繍入りのハンカチでは、ジークヴァルトにしてみれば割に合わないのではないだろうか。
「公爵様はきっとおよろこびになられますよ。このエラが保証いたします」
大きく頷きながら、エラは緑のリボンを飾りの花の様に仕上げていった。リーゼロッテの瞳の色によく似た綺麗なリボンに、公爵も満足するに違いない。そう思うとエラの口元はほころんだ。
「……お嬢様、本当にイザベラ様をお茶会にお招きになられるのですか?」
「ええ、そのつもりよ。ジークヴァルト様もブラル伯爵様と懇意になさっているようだし、お呼びしない理由はないでしょう?」
静かに答えるリーゼロッテに、エラは泣きそうな顔をした。やさしすぎるお嬢様を、この身を挺してお守りしよう。そんな思いが溢れてくる。
「エラはいつでもお嬢様の味方です」
「ありがとう、エラ」
完成したラッピングに瞳を細め、リーゼロッテはやわらかく微笑んだ。
【次回予告】
はーい、わたしリーゼロッテ。ジークヴァルト様のお誕生日は驚くほど普通の日の扱いで!? プレゼントを渡したときの反応に困惑するわたし。そんなとき、ジークヴァルト様の遠縁の令嬢がやってきて……。そのツンデレ、最高ですわ!
次回、3章第3話「猫かぶり姫」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!
先ほどのやり取りで、ふたりの強い絆を垣間見た。ゆるぎない信頼とあふれ出る愛情を目の当たりにして、リーゼロッテはそんなふたりを祝福すると同時にうらやましさも感じていた。
アンネマリーは今までのどの時よりも輝いて見える。自信に満ちているこの姿は、王子を愛し王子もまたアンネマリーを愛しているからなのだ。理想ともいえるふたりを前に、自分自身の立ち位置を思うとやるせない気分になってしまった。
自分はジークヴァルトにいつでも頼りきりだ。大きな力をもっているくせに、それを扱いきらないからと、そんな言い訳ばかりで何もできないでいる。
「それにしても、公爵様のあの完璧なまでの無表情はいつ拝顔しても眼福ですわ。リーゼロッテ様は王妃殿下のお茶会で、公爵様のことを怖がっていらしたけど、ずいぶんと親しくなられたようですわね」
からかうようなヤスミンの言葉に、意識を戻される。アンネマリーも同意するように、その口元に笑みを乗せた。
「そうね。公爵のひと睨みですくんでしまう人間も多いのに、最近のリーゼロッテはどこ吹く風だもの」
「ジークヴァルト様はおやさしい方ですわ。それに表情豊かで、とても分かりやすい性格をしていらっしゃいますし」
「公爵様が表情豊か……?」
ヤスミンだけでなくアンネマリーまで目を丸くしている。
「公爵様とリーゼロッテ様は、いつでも本当に仲睦まじくしていらっしゃいますから。きっとリーゼロッテ様だけにお見せになるお顔もあるのでしょうね」
エラの言葉にリーゼロッテの頬が上気する。あんなに分かりやすいのに、身内以外の人間にはあいかわらずの鉄面皮に見えるのか。
「そんなことを言って、自分は公爵様のすべてを分かった気でいるのかしら? なんておこがましい女なの」
イザベラはリーゼロッテを射殺さんばかりに睨みつけた。絶句した様子のエラに目配せして、気にしないようにと訴える。
「ちょっと! 近づかないでくださる? 不幸がうつるじゃない」
ふいに遠くから言い争いのような声が聞こえた。遠くの円卓を見やると、ひとりの令嬢が数人に言いがかりをつけられている様子だった。しばらくすると、その令嬢ひとりを円卓から追い出し、残った令嬢たちは思い思いにおしゃべりに興じはじめる。ぽつりと残された令嬢は、所在なさげに端の方で佇んでいた。
「あの方は……?」
どこかで見おぼえのある令嬢だ。リーゼロッテが小首をかしげていると、エラもその令嬢を見やりながら少し困った表情をした。
「あの方はクラーラ・へリング子爵令嬢です。白の夜会でリーゼロッテ様の前でお転びになった方でございます」
「あの時の!」
どうりで見たことがある令嬢だと思ったわけだ。深く頷いたリーゼロッテに、エラは声をひそめながら付け加えた。
「クラーラ様にはあるうわさがおありで、ほかのご令嬢たちからあまりよく思われていない様なのです」
「そんな話はわたくしも聞いたことがありますわ。なんでもクラーラ様のそばにいると、不吉なことばかり起こるのだとか。彼女、白の夜会でダンス中に転倒されたでしょう? 妖精姫を巻き添えにしたと、その話に拍車がかかっているようですわ」
「まあ、それはいけませんわね」
ヤスミンの言葉にリーゼロッテは「どうにかならないかしら?」とエラの顔を悲しそうに見上げた。エラにはあの事故は異形の者が原因であると話してある。むしろ彼女は被害者なのだ。真実を知るのに放置するなど、リーゼロッテにはできなかった。
「こちらに呼んでいらっしゃい」
アンネマリーが言うと、控えていた女官がクラーラを円卓まで導いた。新たな椅子が用意され、クラーラはリーゼロッテの横へと座るようにと促される。
「あ、あのっ、王太子妃殿下、今日、じゃなかった、本日はこんないぃえこのような素敵なお茶会にお招きいたたただきまして、まっことありがとうございますっ」
噛み噛みで挨拶をしたクラーラに、イザベラがあからさまな嘲笑を向ける。その笑い声が聞こえなかったふりをして、リーゼロッテはクラーラに微笑みかけた。
「王太子妃殿下のお心遣いですわ。どうぞおかけになってくださいませ」
リーゼロッテの顔を見やると、クラーラは先ほど以上にてんぱった様子でがばりと頭を下げた。
「だ、ダーミッシュ伯爵令嬢様っ! せ、先日は夜会でとんだご無礼を働きましたこと、こころよりお詫び申し上げますっ」
「あれはただの事故ですわ。あなたのせいではございません。もうお顔を上げてくださいませ」
手を引きながら椅子に座らせる。すかさず女官がクラーラの前に紅茶を用意した。
カップがカチカチと小さな音を立てている。リーゼロッテがちらりと見ると、その縁に小さな異形の者がへばりついていた。よく見ると、クラーラのドレスの裾を何匹かの小鬼がぎゅっとその手で掴んでいる。
隣に無知なる者であるエラが座っているからだろう。リーゼロッテの方に寄ってきて、それでも守り石のせいで近づけない様子だ。結局はクラーラのスカートの中に潜り込んでは、伺うようにリーゼロッテの方を覗き込む行為を、小鬼は幾度も繰り返している。
(とても他人事とは思えないわ……)
かつての自分の姿を視たような気がして、リーゼロッテは軽く眩暈を覚えた。
『リーゼロッテ嬢はすごい数の小鬼を背負っていたね』
王城で王子に言われた言葉が蘇る。自分もこうして、異形を日々この身に張り付けていたのだろう。もしかしたらもっと多い数を侍らせていたのかもしれない。
身震いをこらえ、リーゼロッテは自身の髪に刺された簪をその手で引き抜いた。揺らめく青い石がついたそれをクラーラの手に握らせる。そこここにいた小鬼たちがジークヴァルトの波動に驚いて、一目散に逃げ散らばっていく。
「こちらは魔よけのお守りですの。お友達になった証として、受け取ってくださいませんか?」
「え? いいえ、こんな高価なもの頂けません!」
恐れ多いと言った様子で、クラーラはそれをリーゼロッテへの手へと押し戻そうとした。
「それは公爵様から頂いたものなんでしょう? そんな大事なものを簡単に他人に下げ渡すなんて、とんでもなく非常識ね」
イザベラが心底馬鹿にしたように言った。アンネマリーは何も言わずに、その場をただ見守っている。
このままクラーラを放置するのも忍びない。彼女のそばにいると不吉なことが起きるというのなら、それは異形の障りが原因に違いない。だがイザベラの意見はもっともだと感じたリーゼロッテは、どうしたらいいのだろうと悲しそうな顔をした。
「でしたら次にお会いするときまで、そちらをクラーラ様にお預けすると言うのはいかがでしょうか? 魔よけになる物はそれまでに別に用意して差し上げればよろしいかと」
エラには守り石の役割を説明してあった。それをクラーラに手渡す理由を、きちんと理解したのだろう。
「そうね、お貸しするだけならジークヴァルト様も許してくださるかしら」
「もし差し上げたとしても、公爵様ならリーゼロッテ様をお責めになることはないと思います」
隣に座るイザベラから顔をそらして、エラは不満げな口調で言った。先ほどのイザベラの台詞に、ものすごく腹を立てている様子だ。そんなエラをイザベラは親の仇の様に睨みつけた。
「後日、フーゲンベルク家で茶会を開いてみてはどう?」
「お茶会でございますか?」
アンネマリーの言葉に、リーゼロッテはこてんと首を傾けた。
「公爵にはわたくしからも口添えをしておくわ。へリング子爵令嬢を招けば交遊も深まるでしょう?」
「ええっ!? ですが、そんなわたし、じゃなかったわたくし、ダーミッシュ伯爵令嬢様にそこまでしていただくなんて恐れ多くって」
あわあわするクラーラの手を取り、もう一度簪を握らせる。
「リーゼロッテと呼んでくださいませ。せっかくご縁をいただいたのですもの。これからも仲良くしていただけるとうれしいですわ」
「は、はひ……リーゼロッテ様」
リーゼロッテがふんわりと笑うと、クラーラは真っ赤になってこくこくと頷いた。
「その茶会には、もちろんわたくしも呼んでもらえるのよね?」
「え?」
「わたくしとあなたの仲じゃない。ねえ、リーゼロッテ様」
どんな仲だよ! と周囲が胸中で叫んだのと同時に、エラが何かを言いかけた。それを咄嗟に制したリーゼロッテは、イザベラにいつも通りの淑女の笑みを向けた。
「もちろんですわ、イザベラ様」
「まあ、でしたらわたくしも招待していただきたいですわ」
黙って成り行きを観察していたヤスミンの榛色の瞳がきらりと光る。おとなしそうな見た目にそぐわずヤスミンは好奇心が強い令嬢なのだと、リーゼロッテは微笑みつつも改めてそう思った。
「よろこんで招待させていただきますわ」
最終的にはジークヴァルトにお伺いを立てなければならないが、アンネマリーの言葉があればおそらく駄目だとは言わないだろう。公爵家にはマテアスやエーミールなど力ある者はたくさんいる。よその茶会にでかけるよりは、ジークヴァルトも安心するに違いない。
その後もイザベラの暴言に辟易しつつも、アンネマリーの茶会は無事に終わりを告げた。
◇
戻った公爵家の部屋で、リーゼロッテはぼんやりとエラの手つきを眺めていた。三枚のハンカチが、手際よく綺麗にラッピングされていく。
「ねえ、エラ。本当にこれが贈り物で大丈夫かしら?」
もうすぐジークヴァルトの誕生日がやって来る。だいぶ前に完成していた刺繍のハンカチは、ごたごたしていたせいでいまだリーゼロッテの手元に残されていた。それを誕生日のプレゼントにしようと決めたはいいが、今さらながらに不安になってくる。
ジークヴァルトには今までありとあらゆる物を貰ってきた。婚約者として受け入れて当然と周囲には言われるが、そのお返しが手製の刺繍入りのハンカチでは、ジークヴァルトにしてみれば割に合わないのではないだろうか。
「公爵様はきっとおよろこびになられますよ。このエラが保証いたします」
大きく頷きながら、エラは緑のリボンを飾りの花の様に仕上げていった。リーゼロッテの瞳の色によく似た綺麗なリボンに、公爵も満足するに違いない。そう思うとエラの口元はほころんだ。
「……お嬢様、本当にイザベラ様をお茶会にお招きになられるのですか?」
「ええ、そのつもりよ。ジークヴァルト様もブラル伯爵様と懇意になさっているようだし、お呼びしない理由はないでしょう?」
静かに答えるリーゼロッテに、エラは泣きそうな顔をした。やさしすぎるお嬢様を、この身を挺してお守りしよう。そんな思いが溢れてくる。
「エラはいつでもお嬢様の味方です」
「ありがとう、エラ」
完成したラッピングに瞳を細め、リーゼロッテはやわらかく微笑んだ。
【次回予告】
はーい、わたしリーゼロッテ。ジークヴァルト様のお誕生日は驚くほど普通の日の扱いで!? プレゼントを渡したときの反応に困惑するわたし。そんなとき、ジークヴァルト様の遠縁の令嬢がやってきて……。そのツンデレ、最高ですわ!
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