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第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣

第27話 夏の終わり

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 ジークハルトは遥か上空から、王都ビエルサールを見下ろしていた。
 レンガ造りの建物が並ぶ王都の街並みは、曇り空の下では色味が少なくどことなく味気なく感じられる。統一感があるといえば風情もあるが、殺風景と言えばそれまでだった。

(ここは昔から変わらない) 

 雨の訪れを知らせる湿った風が、王都の上空を吹き抜けていく。しかしその風がこの髪を揺らすことはない。

 顔を上げると街並みの向こうに、薄く煙る中そびえたつ王城の影が目に入った。

(公爵領を出ると、ここまでが限界か……)

 今日はジークヴァルトの登城の日だ。それに伴いジークハルトも王城へとついて来ていた。いや、ついて来ざる得なかったという方が正しいだろう。

 最大限離れてみたものの、気を抜くとジークヴァルトの元に引っ張られそうになる。そんな強制力に支配される中、それでもここまで自由に動けるようになった。
 少しずつ植え付けられた不信感が、ジークヴァルトとの距離を広げていった。しかしまだまだ足りないようだ。

 ジークヴァルトの誕生によって、数百年もの間できもしなかったことができるようになっている。これは偶然なのか、それとも必然か。

 守護者となってどれだけの時を過ごしただろう。彼らの生きざまをただ見つめ、龍の思惑を感じながらも、の願いを叶えるためだけに、自分は守護者としてあり続けた。

 しかし、ここ数十年の龍の動きは今までになく不可解だ。
 昔に比べて龍から降りる託宣の数が減ってきている。
 平和を保つ道筋を示すための託宣は、最初の頃は事細かに降りていた。時代の移ろいと共にその数は徐々に減ってはきていたが、龍もこなれてきたのだろうと思っていた。

 だが、ここ百年は激減と言ってもいいほどの数だ。しかもあれほど明確に出されていた託宣が、今では分かりにくいものになり果てている。託宣を受けた者たちの右往左往は、見ていてそれなりに楽しめるのだが。

 ――龍の血が薄くなってきている

 それはもう疑いようがない。龍の直系ともいえる王族は、ここ数代赤毛の王が続いていた。初代王の面影は、もはや欠片も見いだせないほどだ。

 始まりの出来事などなかったかのように、ただ時だけが過ぎていく。
 託宣が違えられたことなど、今まで一度たりとてない。龍がそれを許してこなかったのだから。
 それなのに、続く不可解な託宣。まるで託宣者を惑わすかのように。

 それだけ、龍の力が弱くなっているのか。それすらも龍の思惑か。答えの出ない問答を、ジークハルトはここ最近胸の内で繰り返していた。

(本当にその時が近づいているのなら……)

 悠久の時を経てきたこの身で、今さらいても仕方がない。そうは思うが、芽生えたこの衝動を抑えることなど、ジークハルトにはもはやできはしなかった。

 秋の匂いをまとう風は、次第に雨粒を含み始めている。鈍色にびいろの空を見上げて、ジークハルトはじっとその時に想いをせた。

 この国の短い夏が、もう終わろうとしている――
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