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第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣

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「とにかく、エラとわたくしで行ってまいります。王城へは日帰りできる距離なのですよね? お義父様」
「ああ、行きは早めに出発するとして、お茶会だから、夜会と違って帰りもそう遅い時間にはならないだろう。しかしだな……」

 いまだ渋ろうとする父親にリーゼロッテは畳みかけるように続けた。

「でしたら、馬車の中でわたくししっかり眠りますわ。眠り薬の量を調節して、着く頃に目覚めるようにすれば、行き帰りの道中は安心です」

 何やら物騒な発言だが、これには理由があった。歩く破壊神のようなリーゼロッテだが、眠っている間は、きれいさっぱり何事もおきなくなる。

 これは経験則であったが、子供のころ馬車で移動すると、リーゼロッテが目覚めているときは、馬車に物がぶつかったり、虫が飛び込んできたり、脱輪したり、いろいろとトラブルが起こったが、リーゼロッテが眠ってしまうと、不思議なくらい道中が平和になったものだ。日常でも、リーゼロッテが眠っている間は、一切何事も起きることはない。

「だが、食事はどうするんだい? 窮屈なドレスではそれほど食べられないだろうし、王妃様の前でリーゼロッテの可愛いお腹の虫が鳴ったりしやしないか心配だよ」
「王妃様にご挨拶が済んだら、体調がすぐれないことを理由に、すぐおいとまするようにいたします。そうすれば、角も立たないでしょう? 実際に具合が悪くなるでしょうし……」

 お腹の虫は令嬢の誇りにかけて鳴らさないようにいたします、とリーゼロッテはつけ加えた。
 具合が悪くなる、の一言に、リーゼロッテ以外の一同が渋面になる。

 リーゼロッテは、日常生活でも午前中は比較的体調がいい。午後になるにしたがって、体が重くなりトラブルの回数も増えるのだ。

 リーゼロッテ自身は、体調が悪いというより、体が重くなると感じている。風邪をひいたときのような体調不良ではない。重い荷物を背負わされたような、物理的に重いという感覚である。


(例えていうなら、ド〇ゴンボールの精神と時の部屋ね。重力何倍、みたいな)

 午前中はなんとなく寝不足で、午後は重労働を課せられ、それを食べ物で補っている。リーゼロッテにとってはそんな感覚だった。それに、昔から夢をよく見るリーゼロッテは、いくら寝ても寝た気がしない毎日を送っていた。

「日にちがありませんし、わたくしはさっそく準備にとりかかりますわ」

 リーゼロッテがゆっくりとした動作で立ち上がると、横に座っていたルカも立ち上がり、ついと手を差し伸べた。

「義姉上、お部屋までお送りいたします」

 ルカの小さな手を取り、リーゼロッテ微笑んだ。
「ありがとう、ルカ」

 ルカは慣れた手つきでリーゼロッテをエスコートしていく。

 そんな二人の姿は、伯爵家では見慣れた風景だった。小さな騎士と可愛い姫君を見送ったあと、フーゴは悲しそうにため息をついた。

「もうすぐリーゼも十五歳か。ずっとこんな日が続けばいいものを……」

 リーゼロッテが十五歳になったら、いつでも婚姻は可能になる。公爵家が望めば、リーゼロッテをすぐにでも手放さなくてはならないのだ。王家が決めた公爵家との婚姻を、下位の伯爵である自分がどうこうできようはずもなかった。

 クリスタはそっと夫の手を取ると、にっこりと微笑んだ。

「例えお嫁に行ったとしても、リーゼはずっとわたくしたちの大切な娘ですわ」
「ああ、そうだな」

 もともと公爵家の姫だったリーゼロッテを、何の後ろ盾もない一介の伯爵家がまかされたのだ。これほど名誉なことはない。

 リーゼロッテに関しては、王家からは余計なことは詮索しないよう言い含められていた。リーゼロッテが背負う運命がいかほどの物なのか、フーゴには推し量るすべはない。

 フーゴとクリスタは結婚して八年間子宝に恵まれなかった。ふたりがあきらめかけていた頃、リーゼロッテの養子縁組の話が王家からやってきた。フーゴはおおいに戸惑ったが、クリスタは純粋に喜んでいたようだ。

 三歳のリーゼロッテは天使のように愛らしい少女だった。よく転ぶ子供だったが、聞き分けがよく、沈みがちだった領地の屋敷が、リーゼロッテの存在で随分と明るくなったのを覚えている。
 間もなく、クリスタの懐妊がわかり翌年ルカが誕生した。ふたりはリーゼロッテが幸せを運んでくれたと思っている。

 本当の娘だと思って今まで大事に育ててきた。ただただ、フーゴは、父として、リーゼロッテの幸せを願わずにはいられなかったのである。
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