上 下
45 / 64

第45話 睦言2(*)

しおりを挟む
「ごめんなさい、わたし……」
「いや、いいんだ。アメリを責める気はない。すべては些細な誤解が生んだことだ。結果、聖剣も格段にパワーアップしたことだしな」

 やさしく笑みを漏らしたロランだったが、その瞳はどこか遠くを見つめていた。
 噛みしめるように言葉が続けられていく。

「アメリがいなくなってからは、勇者として試されているような日々だった。聖剣も持たず、それでもお前は戦えるのかと……」
「ロラン……」
「俺は弱い自分に負けたくなかった。聖剣の乙女にふさわしい勇者になりたいと。魔物傷が増えていく中、その思いだけが俺を支えてくれていたんだ」

 後ろから耳元で囁かれ、アメリの瞳に涙がせり上がった。

「わたしも……勇者にふさわしい乙女になりたい……」
「もう、十分なってる」

 苦しいくらいに抱かれる。

「俺にはアメリ、君しかいないんだ。この数か月、本当にそう思い知らされた」
「ロラ……ぁあんっ!?」

 いきなりロランが乳首をつまみ上げてきた。胸を揉みしだきながら、同時に耳裏に舌を這わされる。
 なんだか感動の流れを一気に台無しにされた気分だ。
 ゾクゾクした快感から逃れたくて、アメリは必死に身をよじった。

「あっ、ひゃっ、ロラン、わたし、もう体力とか限界で……!」

 動きがエスカレートしていくロランの腕を、ぺちぺち叩く。
 このまま流されてしまっては、この部屋からいつ出られるか分からなくなってしまう。それこそロランの思う壺だ。

「なら次はこれだ。アメリに癒しの風を!」

 ロランが言うなり、アメリの体が白い光に包まれた。
 すっと疲労感が抜けていく。これはいつもサラがかけてくれていた回復魔法だ。

「ロランって、回復魔法も使えたんですか……?」

 癒しの白魔法はどれも上級魔法だと聞いていた。
 魔法の素養があったとしても、習得するには厳しい修業が必要らしい。

「アメリを探し回っている間、サラから伝授してもらった」
「どうしてわざわざ……?」

 何かあったらサラに頼めばいい話だ。
 それに習得したところで、ロランの魔物傷は白魔法では治せない。

「アメリが万が一どこかで怪我をしていたら……そう思ったら、いても立ってもいられなかったんだ」
「え?」
「俺が回復魔法を使えたら、君を見つけたときにすぐさま治療することができるだろう? だから死に物狂いで習得したんだ」

 ロランのその言葉に、アメリは一瞬感動しかかった。
 だが追いつめられた裏路地で、無体を働かれたことをすぐに思い出す。

「それにしてはロラン、あのときわたしに酷いことしましたよね?」
「酷い? 俺は君に何かしたか?」
「何かって……道端でいきなり服破いたりとかしてきたじゃないですか! 怪我の確認とかまったくされませんでしたっ」

 しらを切ろうとするロランに、アメリの頬がぷっと膨らんだ。

「それは俺を見たとたん、アメリが全速力で逃げたからだ。あれだけ走れるんだ。怪我してないのは一目瞭然だろう」

 不服そうに反論される。
 殊勝に謝ってくるのだとばかり思っていたアメリは、さらに大きく頬を膨らませた。

「だってロラン、髭だらけで浮浪者かと思ったんですもん!」
「俺だと分かったあとも君は逃げようとした」
「それは髭が刺さって痛かったから……!」

 息まいて、ふたりでにらみ合った。
 しばしの沈黙の後、根負けしたのはロランの方だった。

「いや、そうだな……すまない、俺が悪かった。アメリが消えた数か月間、寝ても覚めても君のことばかり考えていたんだ。怪我もそうだし、どこかで寒さに震えていないだろうかとか、ひもじい思いをしていないかだとか……今この瞬間、誰かに襲われたりしていたら……はたまた俺のことなど忘れてほかの男としっぽりよろしくやっていたとしたら……」

 ロランの声がどんどん低くなっていく。
 この自分が見知らぬ男性とホイホイ深い仲になれるはずもない。
 アメリの性格をよく知っているだろうに、ロランの妄想の逞しさに半ば呆れてしまう。

「とにかくそんなことが頭を巡ってだな、ずっと気が狂いそうだったんだ。そこをようやく見つけた君に逃げられて……」

 それであんな暴挙に出たと言うのか。だとしても、同意もなしにいきなりアレはあり得ない。
 何しろ再会直後に路地裏で半裸にされて、立ったままいきなり突っ込まれたのだ。いくらロランでも、許せないという思いがアメリの心にしこりを作る。
 無言で唇を噛みしめていると、ロランは審判を待つ罪人のように沈痛な顔をして押し黙った。

「……ロランの気持ちは分かりました。突然いなくなったわたしにも非がありますし」

 アメリは肩から力を抜いた。仕方ないと言った感じで息をつく。
 すると途端にロランの表情がぱっと明るくなった。

「でも、正直わたし傷つきました」

 嘘偽りない気持ちを伝えるのは、アメリにとってかなり勇気がいった。
 だが言いたいことを内に秘めた状態で、このことを有耶無耶に終わらせてはいけない気がする。ロランとは、こじらせたまま終わってしまった父親との関係のようにはなりたくなかった。
 まっすぐに見つめると、ロランは捨てられた子犬みたいにものすごく不安そうな顔に逆戻りした。

「あんなふうに無理やりとか外でとか、わたし二度と嫌です。そのことは分かってくれますか?」
「ああ……あんなことは二度としないと誓う。あのときの俺は本当にどうかしていたんだ……アメリ、こんな俺をどうか赦してくれ」

 懇願してくるロランが、今度はなんだか飼い主に叱られた大型犬のように思えてくる。
 しゅんとうなだれた耳としっぽの幻影まで見えてきそうだ。

「ロランって……案外、馬鹿なんですね」

 自分相手にこんなに必死になるだなんて。
 いもしない男に嫉妬して。その上勝手に暴走したりして。
 魔王を倒せるほど強いのに、それでいてなんて可愛いひとなんだろう。

 そう思うとどうしようなく愛おしさがこみ上げてきた。
 ふふと笑みを漏らしたアメリだったが、その愛しいロランは途轍とてつもなくショックを受けた顔になっている。

「あ、いえ、違うんです! 馬鹿っていうより、子供っぽい? じゃなくて単純っていうかむしろ幼稚で微笑ましいというか……」

 慌てて言い換えてみるが、どれも大したフォローになっていない。

「馬鹿で子供で単純で幼稚……そうか、俺に対するアメリの評価はそんななんだな……」
「あああ! だから違うんですってばっ」
「いいんだ……馬鹿で子供で単純で幼稚で、その上浮浪者に見間違ってしまうような俺は、これからもっと努力していつかアメリに立派な男として認めてもらうんだ……」

 落ち込むロランをなだめるために、結局アメリはこのあとロランとしっぽりずっぽりする羽目に陥った。
 疲れては回復魔法をかけられて、まぐあいはエンドレスの勢いとなった。
 途中からは調子づいたロランに翻弄されて、窓のない宿から出られたのはそれから数日後のことだ。

 ロランに白魔法を伝授したサラに、ちょっぴり恨みを抱いてしまうアメリだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

腹黒王子は、食べ頃を待っている

月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈 
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

【R18】殿下!そこは舐めてイイところじゃありません! 〜悪役令嬢に転生したけど元潔癖症の王子に溺愛されてます〜

茅野ガク
恋愛
予想外に起きたイベントでなんとか王太子を救おうとしたら、彼に執着されることになった悪役令嬢の話。 ☆他サイトにも投稿しています

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

処理中です...