飛龍乗雲エトセトラ

07 アルペジオス

「怒った？　なぁ怒ったのか？」

　口調が変わった。コッチが本性なのか？　ニヤニヤと気色悪い笑みを浮かべている。

「怒ったんでちゅかー？」

　安い挑発だと思うが、俺を本当の息子だと思って育ててくれたあの二人は、もしかしたら救えたかも知れない。そう思うと、体がひとりでに動いていた。

「死ね」

「ふはは！もう死んでるからなぁ！」

　堂々と立ったまま動かない奴の体に拳を叩き込む。

「いっ」

　なんだ？手が猛烈に痛い。くそ、なんて硬さだ。見たところ、ダメージは全く入っていない。次に蹴りを入れようとするも、俺は吹っ飛んでいた。

「ぐはぁっ」

　何が起きた？　ただ一つ分かることは、俺と奴では次元が違うことだ。痛え。痛すぎる。見下ろすと、腹部が無残に抉れている。

「弱すぎる、雑魚じゃねーか。なんで、お前が......双異眼オッドなんだよォっ！！」

　瞬きする間に、拳が目と鼻の先に迫っていた。早い。

　自分の頭が潰れる音が聞こえて、俺は現実に戻った。



「お前の先祖は……」

　夢の魔王ことペトラが憐れむような視線を向けてくる。やめてくれ、悲しくなるから......


「見てたのか？」

「うん。あの少女が終わった後から、だけどね」

　顔を向けた先には、クレアがぼうっと座り込んでいる。

「どうだった？　何かあったのか？」

「あの悪魔、ルシウスに会えて光栄だって言ってたわ」

「うん？まだ会ったことはないはずだが」


『私が一方的に知覚していただけですから』

　知らない、紳士的な声が聞こえる。呪いが移るってこのことか？

『ええ。毎晩、夢の中で私と戦闘訓練をしているだけなのですが、精神を病んで自殺してしまう者が多くて。それも呪いと呼ばれるようになった要因のひとつでしょうかね。因みに私は既に殺されたので死んでいますから、アルペジオスと同じようなものです』


　誰だって病めると思うぞ。

『まぁ、その少女が呪い子と呼ばれていたのは恐らく、私の血が流れる悪魔の子孫だから、ですねぇ』

　そうだったのか。異種族、しかも悪魔という人から避けられる種族と結ばれて生まれた子が、普通の村人たちに忌み嫌われるのは想像に難くない。まぁ俺はたとえクレアが純血の悪魔でも嫌ったりは決してしないが。

「私が悪魔の子孫って聞いて、嫌いになったでしょ？」

　クレアが哀しむかのような微笑を浮かべる。

「そんなことは無い。俺は種族が違うからと言った矮小な考え方は決してしないし、俺自身、人ではない神龍という種族の末裔だしな」


　あのー、とまったりした声。

「私もう寝たい。何か聞きたいこととかある？」

　大きな欠伸をしてペトラが言った。てかもう寝間着姿になってるな。どんだけ眠いんだ、と呆れるが、夢の魔王だったな。可愛らしい幼女の姿してるから忘れそうになる。

「いくつか聞きたいのだが、一体、俺たちに何をした？」

「普段は干渉できない夢を再構築して、もやを取り除いてあげたわ。夢の間の記憶も残してあげたし、あなたたちの先祖とやらの具現化度を高めた。これでいいかしら？　本当に眠いの」

「じゃあ最後に二つ。何故俺にクレアの呪いを移した？　お願いごととは？」

「面白そうだったから。貸しはお預けにしとくわ」

　ペトラは何処からかクマさん人形を取り出して顔を埋めた。立ったまま寝るのか、と思ったら霧散して消えた。


　呪いは結局解けたとは言えない気がするが？いや待て。



　どうやら魔王城に放置されてしまったようだ。