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本編

イラっとした

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 セドリックの姿が見えなくなると、ルーカスはぶすっとした顔をした。

「お前にはファーストコンタクトで絵を見せたのに、どうして俺の時は逃げるんだ? どちらも同じ初対面なのに」
「え!? 初対面!?」
「会話したのは、今のが初めてだ」

 お互いに意識していたが、直接接触したことはなかった。
 セドリックは子爵家、ルーカスは公爵家。身分の高いルーカスが近づかなければ、セドリックから話しかけてくることはない。
 ルーカスは異母兄の情報を調べさせていたが、声をかけたのは今日が初めてだった。

「初対面であの距離感。……弱みを握ろうとしているように感じたんでしょうね」

 ミシェルは残念な子を見る目で、傍らに立つ男を見た。
 積極性の有無だけで、ルーカスの対人能力は弟のミハイルといい勝負かもしれない。

「でも上手いんだろ。隠す必要があるか?」
「身内に創作物を見せるのって勇気がいるんですよ。ルーカス様も小説を書いてたのなら、そういうデリケートな気持ちわかるんじゃないですか?」

 セドリックが彼女に絵を見せたのは、彼女が他人だからだ。
 絵を描く身内がいる、というのも大きいだろう。

「そういうことか。俺も以前は、顔も名前も知らない奴らに読まれるのは平気――というか、もっと読んでくれと思ってたが、リア友と家族には本出してることしか言ってなかったな」

「まさか、知り合いに読まれると困るような話を……?」
「おい、勘違いするなよ。俺の専門は異世界ファンタジーだ」
「意外です」

 ミシェルの考える異世界ファンタジーとは、作り込んだ世界観による壮大な物語だ。
 目の前にいるのは、魔法とか冒険とか鼻で笑いそうな男だが、もしかして内面はロマンチストなのだろうか。

「たしかこの世界は異世界ミステリーでしたっけ。あれ? それって、異世界にする必要あります?」

「バッカお前。下手に現実世界とか史実に手を出してみろ。何を書くにもちゃんと調べなきゃいけないだろ。異世界なら適当でいいんだよ。全部『そういう世界ですから』で済ませられるから、俺は異世界モノ一筋なんだ」

「安定のクソ野郎ですね」

 男子に囲まれて生活しているので、淑女なら一生口にしないような言葉がポンポン出てくるミシェル。
 祖母が見たら、涙を流して亡き娘に詫びるだろう。

「歴史警察があれこれ言いがかりつけてきても『はー? これ架空の世界ですが。マジモンの中世の話持ち出すなんて、頭大丈夫ですかぁ?』、『後宮で皇帝がヒロインにしか手を出さないのはおかしいだって? これ中国じゃないですぅ。雰囲気中華な架空の国ですぅ~』って返せるだろ」

「なんか腹立ちます」

「ちなみに『表現が砕けすぎ』とか『日本の諺とか現代語通じるって設定ガバガバ』って言われたら『これ転生者視点の一人称小説ですから!』って返してやるんだよ。ハハハ!」

「無性に殺意わきました。殴っていいですか」
「いいわけないだろ」

 身を守るようにルーカスが、さっと距離をとった。

「今の話で気になったんですが、この世界の主人公とやらも転生者なんですか?」
「これは違うな。俺は前世の知識がストーリーに影響を与える場合だけ、主人公を転生者にしているから、この小説の登場人物に転生者はいない」
「じゃあルーカス様が転生者なのはおかしいですね」

 ミシェルはルーカスの設定を否定してみせたが「ああ、イレギュラーな事態だ。つまりジャンルが悪役転生ものに変化したんだろう」と平然と返された。

(ジャンルってなんだよ)

「特定の国や時代をモデルにすると、設定の作成に時間をとられる。そこにリソースを割くことでクオリティが上がるタイプの作品じゃないから、この世界はちょい近代に足を突っ込んだヨーロッパもどきだ」
「ナーロッパ……?」
「おい。やっぱお前、記憶持ちだろ」
「違いますって。僕は公子のお仲間じゃありません」

 ミシェルを軽く睨むと、ルーカスは話を再開した。

「つまり舞台である学院以外は俺の手を離れている。原作者ならこの世界のことを何でも知っているはずだ、と思うのは大間違いだからな」
「ああ、そういう予防線ですか」

 この世界の創造主であるなら、万物に通じていなければおかしい。
 ミシェルはまたしても、矛盾を潰す為にルーカスが言い訳していると考えた。

「どういう意味だ?」
「いえ、なんでも。とにかくお兄様の趣味に興味を示すのはいいですが、踏み込むには親密度が足りないので根気よくいきましょう」

 この時までミシェルは、ルーカスの話をまともに取り合っていなかった。
 所々彼の言動に引っかかりは感じたが、深く考えずに流していた。
 もちろん彼が前世で書いたという小説にも興味が無く、その内容をちゃんと把握しようとはしなかった。
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