一人一殺

鏖(みなごろし)

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九日一殺

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「善人はなかなかいない」
    ~フラナリー・オコナー~

恨み、妬み、嫉み、怒り、恐怖、義務、欲、女、男、快楽、猟奇、
今日も何かの理由で、いや理由がなくても
誰かが誰かを殺している。

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電話がかかってきた。

古い友人で、先週も話したばかりだった。

「どうした?」

「…妻と別れた、子供と一緒に出て行った…、」

突然のことで驚いた。

友人とその妻は大恋愛の末結婚した。

妻の方の両親は結婚に大反対の上、元々、親子の仲が悪く、ほぼ勘当のようなかたちで二人は一緒になった。

結婚して7~8年くらいになる。

女の子が生まれ、小学1年生になったばかりだった。

「何があった?」

「…分からない、突然、別れ話になって、出て行った……」

わたしは二人が付き合い当初から友人の妻とも面識があり、冗談も言えるくらいの仲だ。

友人の一人と言っても差し支えない。

子供も、独り身の自分によくなついてくれてとても可愛いかった。

それで、今のひとことを聞いても、頭に入らず、全く理解できなかった。

わたし自身がそうだったのだから、当の本人はなおさら理解ができないらしく、

「分からない……分からない……分からない……」の一点張り。

わたしは順序だてて友人の話をしっかりと聞いた。

それでもわたしたちは理解ができなった。

しかし、わたしは少し腑に落ちることがあった。

友人は人の言うことをあまり聞かないところがあった。

自分が一番正しいと思い、実際、そういうことを口に出すし、行動を取る。

そういうところが積み重なっての今回の破局、というのなら分からなくもない。

実際、友人の妻から何度も、そういった愚痴を聞かされたものだった。

付き合い当初はノロけに聞こえても、何年かたつと少し殺気だった感じで彼女は話したものだった。

わたしはそんな友人の性格のことでその妻から相談を受けていたことは黙っていたが、友人のその頑なな性格に関してはその場で話した。

「確かに…、お前の言う通りかもな、『言ってもわからないでしょ!』って、別れ際に言われたしな……」

結局、わたしたちは、なし崩し的になって、お互い交わす言葉もなくなり、その日は電話を切った。

わたしは電話の後、友人の妻にLINEを送り、電話をした。

「そうなの、びっくりした?」と友人の妻。

「理由は?」立ち入って良いのかどうか分からなかったが、わたしはいつの間にかそんなことを聞いた。

「ま、夫婦のことだから、ゴメンね」

わたしはそれ以上聞くことは止めた。

もちろん、そんなこと聞いても無駄だとわかっていたからだ。

翌日、わたしは、彼のマンションに行った。

部屋はきれいに片付けられていて、彼女のお気に入りのインテリア、家具、食器、子供のおもちゃや、絵本などがなくなっていた。

「キレイさっぱり、もう、何も無い……」

友人はそう言って、物凄く落胆していた。上っ面な言葉なんてかけられなかった。

それから、半年たった、ある日。

わたしの友人は逮捕された。

妻と子供を殺害し、遺体をバラバラにし、粉砕機で粉々にした後、特殊な容器に入れて、洗面台がある脱衣所の床下収納に冷凍庫を設置してずっとその中に保存していた。と言うことだ。

あの電話があったあの日。

「妻と別れた、子供と一緒に出て行った」と言った友人の言葉のすぐうしろで


「コイツに殺された」

「パパに殺された」


と友人の妻と娘からの声が聞こえた。

翌日、友人のマンションへ行くと

友人が出迎えてくれたそのすぐ後ろで

友人の妻と娘が真っ青な顔をして立っていた。

二人は無言でズッと友人の後ろから指を差していた。

わたしがトイレを借りると行って席を立ち、用をすませて、洗面台に行って手を洗うと、

二人はその床下収納を無言で指差していた。

妻へのLINEも友人がなりすまして送ったものだ。

電話の妻の声も友人が、あらかじめ、そう答えるように妻に対して仕向け録音して用意していたものだ。

わたしがあの時、これ以上、友人の妻と話しても無駄だと思ったのは

目の前に、友人の妻と娘が、立っていて、わたしをジッと見つめ、『ちがう』という感じで首を横に振っていたからだ。

わたしは匿名ですぐに警察に電話をした。

警察がどういう手順で捜査をしていたのかは分からない。

ただ、わたしはわたしの友人のことはよく知っている。

彼は恐ろしいほどの完璧主義者で、潔癖症だ。

翌日彼のマンションに訊ねた時、引っ越して来た当時のようにキレイに片付いていた。

警察もきっと殺害した証拠をみつけることは随分骨の折れる作業だったろう。

彼が逮捕されるまで、

妻と娘は、わたしの目の前にあらわれた。時間も場所も関係なく。

わたしは警察に床下の収納庫を見てほしいとは言えなかった。

いくら匿名で電話を掛けているからといっても、捜査をしていけばわたしを突き止め、わたしになにかしらの聴取をするかもしれない。そしてわたしが関与しているのでは?という疑いが起きることが何よりも怖かったからだ。

『二人が見える』からという理由を警察が理解してくれるとはとうてい思えない。

しかし、

ある夜、寝ていると、わたしは息苦しくてベッドの中で悶えていた。

金縛りの状態で全く動けず、目も開けられない。

何かが上に追い被さり、わたしの首を閉めているかのようで、今にも息がつまり死にそうだった。

何分かすると、スッと体が軽くなり、目が覚める、と誰もいない。

翌日も、そのまた翌日もそんなことがずっとおきた。

わたしは恐ろしくなった。

二人の何かのメッセージなのだろうかとわたしは思った。

わたしは脅迫観念のようにそんな考えに取り憑かれた。

わたしは疲れ切って、会社に有給休暇を申請した。

旅行にでも出て、

旅先から、また匿名で警察に全てを話してみようと思った。

予約していた旅館に着き、温泉に入り、食事も済ませ、

わたしは久しぶりにゆっくりとした。

すこし経って、わたしはまた匿名で警察に電話をした。

警察に床下の件を詳しく話した。警察はそのあたりを詳しく聞きたがったが、とりあえず、伝えることだけ言って、一旦切った。

わたしは少し気持ちが落ち着いて

その日は、寝床に入ると、スッと眠りに入った。

しかし、また、来たのだ。

金縛りの状態で全く動けず、目も開けられない。

何かが上に追い被さり、わたしの首を閉めているかのようで、今にも息がつまり死にそうだった。

すると、

今回は、誰かが、わたしの体を下の方から、持ち上げようとする。

その一方でわたしの首はますます締まって行く。

わたしは何とか目が開けられた。

すると、目の前で物凄い形相のあの母娘おやこがわたしの首を絞めている。

その瞬間、

わたしはドスンと床に落ちた。

気が付くとわたしは自室にいた。

わたしのそばには刑事が数人いた。

わたしは首吊り自殺をしようとしていた。

……………………………………………………

わたしは全てを自白した。

わたしはわたしの友人の妻と娘を殺した。

友人の妻には以前から好意があった。

7年前に、一度だけ、わたしは彼女を酒に酔わせ肉体関係を持った。

彼女は自分にも落ち度があったと深く傷つき、このことは絶対に秘密だと念を押された。

友人と別れたと聞きつけたわたしは彼女の部屋に行き、一緒になってほしいと告げたが、激昂のあげく断られた。

わたしはカッとなって彼女を殺害し、その場にいた娘も殺した。

二人をキャリーケースに詰め、自宅でバラバラにした後、粉砕機で粉砕し、特殊な容器に詰め、脱衣所の床下収納庫に冷凍庫を設置してその中に保管していた。

ほどなくして二人が行方不明になったと捜索願いが出された。

警察は手がかりもないままに慎重に捜査を進め、

ある日、防犯カメラに写っているわたしを見つけた。

わたしは大きなキャリーケースを引きずっていた。

不思議なことに、

そのわたしのうしろを、成人女性と幼い女の子の二人の影が、わたしをずっと指差しながら追いかけていというのだ。

音も録音されていて

女の子の声で

「パパだ」

「パパだ」

「パパがやった」

と聞こえてきたらしい。

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九日一殺、終。
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