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第一章
50.
しおりを挟む「フレスカって、何でフレスカの名前が…」
モルガが残した紙切れを見つめ、エドナが呆然と呟く。
その場に居る誰もが予想していなかった名だ。
確かにフレスカは過去に暗殺業なんて物騒な仕事をしていたが、それとマリール達が帰って来ないのと、どう関係があるのだろうか。
フレスカを連れて来たのはエドナだから、もしフレスカが関わっているのだとしたら、自分はみすみす敵を招き入れていた事になる。それどころかマリールに頼んで、薬でフレスカの身体まで治して貰った。そうまでしても引き入れたい程、エドナの集めた情報では、フレスカは優秀で信じるに足る人物だったのだ。それなのに。
エドナは自分のしでかした事に、みるみると顔を青くして強張らせた。
「…フレスカの居場所がわかるか?」
バルドが厳しい表情でエドナに問えば、エドナもはっとしたように我に返った。
「スープストック作る魔道具作るってんで、あれからずっと自分の店に篭ってるよ。今から行くかい?」
「ああ。頼む」
バルドの言葉にエドナが頷いて、エレンに目配せを送る。ホビット達が戻って来ていない今、連絡を取れる者を残した方が良いだろう。エレンもエドナの意思を汲み取り、強く頷いた。
「ホビットさん達が戻ったら、一緒にフレスカさんの店に向かうわ」
「ああ、頼むよ。」
「ああ、それとエドナ。ハウノの事なんだが…」
バルドが今日森で助ける事が出来たハウノの話を端的に説明すれば、途中から段々と目が据わってきていたエドナが、話が終わると同時に地獄の底から響くような掠れた声を出した。
「…バルドの旦那。嬢ちゃんの黄色い薬持ってやしませんか?」
「…ある」
「嬢ちゃんには私から説明して、ちゃんと薬の代金お支払いしますから。ひとつ、譲っちゃくれませんかねぇ?」
エドナの迫力に、バルドも思わず背を反らす。マリールから預かっていた薬瓶から黄色い薬を一粒取り出すと、恐る恐るエドナに手渡した。
エドナは手の平に置かれた黄色い薬をじっと見つめてから、覚悟を決めたようにぎゅっと握り締める。そうしてエレンに振り返ると、今度はエレンに黄色い薬を託す。
「エレン。ハンスのやつに飲ませな。あいつが拒否しても無理矢理飲ませるんだ。…後は頼んだよ」
「お、おばさん!?」
まるでもうハンスと会う事は無いと言わんばかりの言い様に、エレンは焦りを覚えてエドナを見る。するとエドナは目をぎらつかせて、口の両端をめいいっぱい上げて笑みの貌を作っていた。その鬼の面のような貌に、エレンは思わず後退さる。
「ハウノの弔い合戦だ。やられた事の倍は返してやろうじゃないか」
「いや、ハウノは生きてるんだが…」
バルドの言葉はもはやエドナの耳には届いていない。徐に部屋の窓を開け放ち、そこから忽然と姿を消したエドナを、バルドも慌てて追いかける。
「ギーア、俺達が部屋から出たら直ぐに結界石を張ってくれ。食事は…」
「畏まりました。我々の事は御気になさらず、直ぐに行ってください」
「食事なら私が。どうかマリーちゃんとアエラウェ様、…それにエドナおばさんの事、宜しくお願いします」
「ああ。必ず連れ帰る」
エドナのあの貌は自分の命と引き換えにでも敵を討つつもりだ。自暴自棄になったエドナを止めてくれるよう、エレンはバルドに懇願した。
それに頷いてから、バルドも窓から身を乗り出し屋根のへりへと手を掛けた。掴んだ木材をミシリと軋ませて、腕の力だけで軽々と屋根へと上がる。そうしてバルドの姿が見えなくなったと同時に、天井からズシリと重みが加わる音がした。
「…屋根から行く気なんですかね?」
「エドナおばさんは音も立てずに走れるけど、ギルマスさんは…」
あの巨体だから重量も相当だろう。バルドが屋根を歩く度に、屋根瓦のがしゃがしゃと鳴る音がする。部屋に残された三人は、音と共にぱらぱらと埃が落ちてくるのを心配そうに見つめていた。
そんな三人に心配されているバルドが屋根の棟に上がり辺りを見渡せば、エドナはとうに八つ先の家の屋根を走り渡っていた。月明かりの夜とはいえ、暗闇の中ではすぐに見失ってしまう。
バルドはエドナを見失わないよう、慣れない屋根の上を駆け出した。滑る足元に力を入れるものだから、割れた瓦と凹んだ屋根の野地板がバルドの足跡をくっきりと残していく。
どこかの家の屋根が、バルドの重さに耐え切れずに抜けてしまわない事を祈るばかりである。
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