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第一章
31.
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「はーい、今週のテーマは主婦の味方。身体に良いメニュー! 今日は薬草が入った草飴と、粉末スープストックでーす!」
いつもは閑散としているメルクの冒険者ギルドに、常ならば決して寄り付かないであろうご婦人方が揃っていた。
エドナとエレン、それにフレスカというミステリアスな美人だか、大変前衛的な髪型のご婦人だ。どう前衛的かと言うと、黒髪の玉ねぎ頭の上に三段お団子の茎が聳え立っている。
「材料は雑草扱いされているローズマリーと、きれいなお水が出せるアエラウェさん、火加減がお上手な私の旦那様、バルドさんでーす!」
「いや、後の二つおかしいだろ。」
「主婦用意できないよ、その二つ。」
「アエラウェさん用意出来るなら大金積むマダム居そうだけどな。」
ツッコミ役のホビット達は昨日も冒険者ギルドに泊まっていた。
そして今朝は依頼も無く、依頼を受けに来る冒険者も居ない。メルクの冒険者ギルドは本格的に閑古鳥になりつつあった。閑古鳥はバルドの胃を啄木鳥のように連打で突きまくっている。
もう食堂付宿泊所にしてしまえば良いのではないだろうかとマリールは思ったが、愛しの旦那様であるバルドが本気で隅っこの壁に向かって膝を抱えそうなので言わないでおいた。
流石気遣いが出来る女。老齢の魂を持つ幼女である。
そんな気遣いの出来る割烹着に三角スカーフを身につけたマリールは、どうしても目の前の玉ねぎ茎付ヘアが気になってチラチラと見てしまっていた。
気遣いとは。
「…フ、フレスカさんの髪型素敵ですね~。」
「あら、そうかしら?」
「はい! 私の居た世界でも似た感じの髪形の方がいらっしゃいましたけど、その方を真似した方が中にスティックキャンデーとかいろんな物を仕込んだりして…」
「あら、暗器仕込んでるのばれちゃったわ。」
「へ?」
「マリール!!」
「フレスカ!」
バルドとエドナが焦った様に叫ぶ。
マリールが聞き慣れない言葉に目が点になっていると、バルドが咄嗟にマリールの腕を引いた。突然腕を引かれてバランスを崩したマリールの頬スレスレを風が走っていく。
その跡をマリールの淡金の髪が数本、ハラリと舞った。
トス、と背後から聞こえる軽い音に恐る恐る振り向けば、マリールの背後にあるバーカウンターの戸棚にナイフが突き刺さっていた。
「あら、『異界の迷い子』っていうから、どんな能力を持っているのかと期待したのに…あんな玩具も防げないの?」
「フレスカ! おまえ何て事を!!」
「怒らないでよ、エドナ。ちゃんと冒険者ギルドの長が間に合う速さで投げたわ。」
「…どういうこと、エドナ。」
悪びれなく言うフレスカに、アエラウェがじわりと殺気を放つ。
エドナが連れて来るのは唯の草飴を拡散協力してくれる者の筈だ。マリールに兇器を放つ者ではあってはならない。
「す、すみません、アエラウェ様…。ちゃんと説明したんですが、嬢ちゃんが『異界の迷い子』だと知った途端に様子がおかしく…。」
「あら、ごめんなさい? 以前お会いした『異界の迷い子』は子供の見た目で凄い手練れだったものだから、つい。」
確かめたくなってしまったらしい。
攻撃を仕掛けられた当の本人であるマリールは、「玉ねぎ頭は鞄代わりって本当だったんだ…!!」と、一頻り興奮していた。
「あら、もっと入ってるわよ? でも今は暗器よりも違う物の方がメインね。」
「じゃあ、フレスカさんも、エドナさんみたいに元冒険者…?」
「ええ。さっきはごめんなさいね? お嬢ちゃん。改めて今日は宜しくお願いするわ。」
「はい! 後でどれだけ収納出来ているのか教えてくださいね!」
「あら、変わってる子ね。」
フレスカの頭に仕込まれている物に、マリールは興味深々らしい。そんなマリールにフレスカはクスリと笑う。そしてマリールの頭を撫でようとして、エドナにその手首を掴まれ止められた。
「駄目だよ、フレスカ。嬢ちゃんは生命力30しかないんだから。」
「30!? 嘘でしょう? 赤子でももっとあるわよ!?」
「いやぁ。」
「いや、マリーちゃん、褒めてないから。」
「あと今、首捻られ様としてたから。」
「ポキっといかれそうになってたから。」
何故か頬を赤くして照れるマリールに、ホビット達の容赦ないツッコミが入る。
どうやらマリールはまた命の危険に晒されていたらしい。
「飲食店の経営者って皆こうなのか…?」
「あら、私は食事処を経営なんてしてないわ。魔道具作ってるの。今日はエドナに魔道具が必要になるからって頼まれたから付いてきたのよ。…ごめんなさい、ちょっと腰掛けて良いかしら?」
「あ、どうぞどうぞ!」
エレンは分からないが、エドナと言いフレスカと言い、揃って凶暴だ。
バルドが呆れるように呟けば、フレスカは自分は違うと言い出した。
では何故ここに来ているのだろうか。
今日は草飴と粉末スープストックを教える会なのに。
フレスカがふらりと傾いだと思うと、テーブルに手をついた。
それを見たマリールが、慌ててフレスカに椅子を勧める。
椅子に腰掛けたフレスカは、青い顔でふぅ、とひとつ息を吐き出した。
立っているのも辛かった様だ。
「ゴルデア国の冒険者じゃないわよね? …どこか悪くして引退を?」
アエラウェもバルドも見た事が無い冒険者だから、引退してからこの国に流れ着いて来たのだろうか。エドナが連れて来たからには信用できる者なのだろうが、隙あればマリールを試そうとするフレスカに、アエラウェは警戒するように眉を顰めた。
「ええ、ちょっと首と背骨を。」
「首と背骨?」
「正直に言いな、フレスカ。そうしたら嬢ちゃんに薬を頼めるかもしれないよ。」
「あ、なるほど。良いですよ~。協力してくださる方ならあげても大丈夫なんですよね?」
「ね?」と、マリールは期待を込めた目でアエラウェを見る。売るだけでなく無料であげるのも駄目っぽい事は理解できたが、自分の作った薬が役立つのはやはり嬉しいらしい。
アエラウェはそんなマリールに、溜息を零した。この調子だとまたいつか謎の理論が出てきてやらかしてくれそうだ。
「…笑わない?」
フレスカは上目遣いにマリール達を見るので、一堂揃って頷いた。
すると少しだけ頬を染めて、気恥ずかしそうにフレスカが口を開く。
「…どこまで暗器が頭に収納出来るか試してたら、首と背骨が耐え切れなかったみたいで、立ってても座ってても辛くなっちゃったのよ…!!」
「馬鹿だ!」
「この人馬鹿だ!」
「アエラウェさん、この人凄く只の馬鹿の人だ!!」
突然マリールに攻撃を仕掛けるフレスカに、バルドもアエラウェもずっと警戒していたのだが、どうやら本当にただ『異界の迷い子』の強さを試したかっただけらしい。二人揃って脱力していた。
「あ~…じゃあ頚椎やっちゃってるのかな? ブラッドパッチ…青のでいけるかな? んじゃ、丁度良いから今作り方教えるついでに作っちゃいましょう!」
マリールは中断していた草飴作りに取り掛かる。起き上がっているのもしんどそうなフレスカには椅子の肘置きに凭れる様に横になってもらって、その目の前のテーブルで見えるように作る事にした。
「はい。まずはここにあります、皆さんお馴染みの雑草、ローズマリーと言う植物です! アエラウェさんの出してくれたお水できれいに洗い、室内に干して乾燥させます。」
そうしてマリールはキッチンカウンターに仕込んでいた背負い鞄を持ってきて、その中にローズマリーを仕舞い込む。内側のポケットのあそこに入れているのだろう。
「そしてこちらが、乾燥したローズマリーになりまーす。」
「うわ、出た!」
「カラッカラじゃん!」
「予め用意してた風に見えるけど!」
「違うのかい?」
エドナが首を傾げる。ホビット達は「しまった!」という顔をして、ワザとらしく口笛を吹くものだから、アエラウェの頬がヒクヒクと引き攣っている。
「あ~…、まあ、説明しすぎて話がなかなか進まないので、また追々で! それでは、乾燥させたローズマリーを枝ごと粉砕しまっす!」
そして再びマリールはローズマリーを背負い鞄に仕舞い、再び取り出したのは、砂のように粉粉になったローズマリーだった。
「こんなに細かくなるのかい!?」
「水分を急激に取ることが出来れば可能ですよ。あ、粉末のスープストックも同じ様に水分だけを飛ばして粉末状にします。たぶん、この為にフレスカさんが呼ばれたんだと思うんですけど…。」
「ええ、そうね。エドナから水分を短期間で取り除く魔道具は作れるかって相談だったわ。」
「…出来そうかい? フレスカ。」
エドナが不安そうにフレスカを見る。フレスカは肘置きに凭れかかり、考え込むように額を手で押さえていた。
「…水分を取り除く。ええ、出来るわ。凍結させればいいのよ。」
「凍結…。」
「あ、なるほど! 水魔法か火魔法か風魔法しか思いつかなかった…! 流石魔道具士さんですね…!!」
フレスカの答えに、マリールは手を叩いて喜んだ。
「え、どゆこと?」
「どうして凍らせると水分取れるの?」
「凍っても溶けたら水でびしょびしょになるじゃん。」
「昇華させるんです。えーと、何か真空状態に出来る入れ物があれば良いんでいけど…。」
「空気入らないようにすればいいの?」
「「俺達出来るよ。」」
土魔法が得意なホビット達は、土さえあれば自在に形を操る事が出来る。室内には流石に土が無いので、冒険者ギルドの中庭で実検することになった。
マリールは皿の上に乾燥させたローズマリーを置き、水を入れた鍋の上に設置する。
「じゃ、まずこのローズマリーを鍋ごと、上部だけ少し開くように囲うように御願いします。」
「ほいよー。」
ラルムが言われた通りに鍋ごと土で囲む。
「それでは、旦那様。この鍋の中の水が沸騰するまで加熱してください。」
「あ、ああ。」
バルドも言われるままに火魔法を起こし、鍋を加熱する。沸騰しだした水がぼこぼこと気泡を出し始めた。
「はい! ではこの周りを少し間を開けて囲ってください。今度は密封で!」
「はいよー。」
今度はサルムが土魔法を操った。完璧に真空状態のドームだ。
「はい! では次はアエラウェさん! 冷たい視線を御願いします!!」
「「「「「は?」」」」」
「え、なんで?」
「…え? だってアエラウェさん、いつも怒ると空気冷たくなるから…氷魔法が使えるのかなって。」
「…ごめんなさい、マリーちゃん…水魔法が使えるのに氷魔法が使えない不甲斐ないエルフで…。」
「使えないの?」と無垢な瞳で小首を傾げて見上げてくるマリールに、アエラウェも使えない事が悪いような気になってきた。マリールが必要なら氷魔法の修行でも何でもしようかと思うが、今この時に役に立てない。
「…あのー、私、氷魔法使えます。」
無言で形を潜めていたエレンが、申し訳なさそうに小さく手を上げる。
「「「まじで!」」」
「はい。食品を長持ちさせるのに氷って必要なので。必要に迫られて覚えたんです。」
「…。」
地味で存在感が薄かったエレンに重大な出番を持っていかれてしまったアエラウェは、レースのハンカチを噛みしめる。殺気で気温を下げられるのならば、氷魔法もきっとすぐに使えるようになるだろう。がんばってほしい。
「ではエレンさん! この土の周りをカッチカチに凍らせてください!」
「わ、わかりました…。」
エレンはアエラウェの悔しそうな視線に怯えながら、言われる通りに土のドームを凍らせた。
「これをまあ、うーん、既に乾燥させてある葉っぱだから、2時間くらい放置すれば多分、水分が取れたものが出てくると思います。多分ですが。」
「に、2時間!?」
「2時間魔法かけっぱなし!?」
「無理無理。魔力欠乏しちゃう!」
「エレン、氷の魔石があるだろう? 魔力に余裕がある時に作り貯めてる。」
「あ…。ええ、あるわエドナ叔母さん。」
エドナに言われて、エレンガ鞄から魔石をいくつも取り出す。2時間凍らせ続けるとなると、なかなかの量が必要だ。
「スープストックを作る際には、一度凍らせてから真空にして、回りを凍らせてください。時間は…液体なので半日以上はかかると思います。」
「「「半日…!」」」
「これは…流石にしんどいねぇ…。」
「氷・火・水・土の魔石が必要になるわね…。」
「風もあれば時間短縮出来るわ。」
マリール達が実検しているのを眺めていたフレスカの発言に、一同が注目する。
フレスカはだるそうに肘掛け椅子で頬杖を付いていた。
「それと、無魔法があれば火と水と土魔法が無くても密封出来る。…魔道具を商品化したら、共同開発者としてこのアイディアの使用料は、どれくらい払えばいい? 」
「出来そうなのかい!?」
「ええ。大型になるから魔道具の価格は大金貨30枚。燃料の魔石は別売り。」
「「「高っ」」」
「いや、そんなもんなんだよ。魔道具ってのは…。」
「アイディアって言っても、フレスカさんが殆ど考えてるじゃないですか。作るのもフレスカさんだし、別にいらないですよ? 私の居た世界では元々あったものですし…。」
「駄目。違う世界にあったとしても、この世界で作成する方法を考えた根本の発案はお嬢ちゃんでしょう? その世界では魔法はあったの?」
「…ないです。」
魔法は無かったけれど、仕組みを考えたのは先人だ。凄く頭の良い人達が何年もかけて努力して、研究と実検を重ねて作り上げたものなのに。魔法で応用を考えたくらいで開発を名乗って良いのだろうか。マリールは納得いかない表情で、困ったように眉を寄せる。
「魔法に置き換えて作り方を考えたのはお嬢ちゃんじゃない。それにね、例えほんの一部だっとしても他人のアイディアを盗んでたら、盗む事しか出来なくなって、自分のアイディアが全く浮かばなくなるの。楽な方法を見つけると努力しなくなるから。だからきちんと対価を支払いたいのよ。お嬢ちゃんは納得出来ないみたいだけど、私の為でもあるんだから、きちんと受け取って。」
「…は、はい…。」
「いいじゃない、マリーちゃん。この国じゃ薬が売れないから、路銀稼げなくて困っていたんでしょう? 3割は貰っても罰は当たらないわ。」
「…や、やだ…! 急にお金持ちになると知らない親戚とかボランティア団体とかから精神病むくらい連絡来るようになっちゃうじゃないですか…!」
「一体何の話だ。」
「小金持ちになると金目当ての亡者共にしゃぶり尽されるってことじゃね?」
「異世界でもあるんだなぁ。」
「俺ちょっと異世界憧れてたけど、考えちゃうな…。」
結局押しに負けて共同開発者としての名前だけは伏せてもらい、魔道具が売れたら1割の報酬を受け取る事で落ち着いた。
それにフレスカとアエラウェは至極不服そうな顔をしていたのだった。
気が合わなそうだったのに、意外と気が合いそうである。
いつもは閑散としているメルクの冒険者ギルドに、常ならば決して寄り付かないであろうご婦人方が揃っていた。
エドナとエレン、それにフレスカというミステリアスな美人だか、大変前衛的な髪型のご婦人だ。どう前衛的かと言うと、黒髪の玉ねぎ頭の上に三段お団子の茎が聳え立っている。
「材料は雑草扱いされているローズマリーと、きれいなお水が出せるアエラウェさん、火加減がお上手な私の旦那様、バルドさんでーす!」
「いや、後の二つおかしいだろ。」
「主婦用意できないよ、その二つ。」
「アエラウェさん用意出来るなら大金積むマダム居そうだけどな。」
ツッコミ役のホビット達は昨日も冒険者ギルドに泊まっていた。
そして今朝は依頼も無く、依頼を受けに来る冒険者も居ない。メルクの冒険者ギルドは本格的に閑古鳥になりつつあった。閑古鳥はバルドの胃を啄木鳥のように連打で突きまくっている。
もう食堂付宿泊所にしてしまえば良いのではないだろうかとマリールは思ったが、愛しの旦那様であるバルドが本気で隅っこの壁に向かって膝を抱えそうなので言わないでおいた。
流石気遣いが出来る女。老齢の魂を持つ幼女である。
そんな気遣いの出来る割烹着に三角スカーフを身につけたマリールは、どうしても目の前の玉ねぎ茎付ヘアが気になってチラチラと見てしまっていた。
気遣いとは。
「…フ、フレスカさんの髪型素敵ですね~。」
「あら、そうかしら?」
「はい! 私の居た世界でも似た感じの髪形の方がいらっしゃいましたけど、その方を真似した方が中にスティックキャンデーとかいろんな物を仕込んだりして…」
「あら、暗器仕込んでるのばれちゃったわ。」
「へ?」
「マリール!!」
「フレスカ!」
バルドとエドナが焦った様に叫ぶ。
マリールが聞き慣れない言葉に目が点になっていると、バルドが咄嗟にマリールの腕を引いた。突然腕を引かれてバランスを崩したマリールの頬スレスレを風が走っていく。
その跡をマリールの淡金の髪が数本、ハラリと舞った。
トス、と背後から聞こえる軽い音に恐る恐る振り向けば、マリールの背後にあるバーカウンターの戸棚にナイフが突き刺さっていた。
「あら、『異界の迷い子』っていうから、どんな能力を持っているのかと期待したのに…あんな玩具も防げないの?」
「フレスカ! おまえ何て事を!!」
「怒らないでよ、エドナ。ちゃんと冒険者ギルドの長が間に合う速さで投げたわ。」
「…どういうこと、エドナ。」
悪びれなく言うフレスカに、アエラウェがじわりと殺気を放つ。
エドナが連れて来るのは唯の草飴を拡散協力してくれる者の筈だ。マリールに兇器を放つ者ではあってはならない。
「す、すみません、アエラウェ様…。ちゃんと説明したんですが、嬢ちゃんが『異界の迷い子』だと知った途端に様子がおかしく…。」
「あら、ごめんなさい? 以前お会いした『異界の迷い子』は子供の見た目で凄い手練れだったものだから、つい。」
確かめたくなってしまったらしい。
攻撃を仕掛けられた当の本人であるマリールは、「玉ねぎ頭は鞄代わりって本当だったんだ…!!」と、一頻り興奮していた。
「あら、もっと入ってるわよ? でも今は暗器よりも違う物の方がメインね。」
「じゃあ、フレスカさんも、エドナさんみたいに元冒険者…?」
「ええ。さっきはごめんなさいね? お嬢ちゃん。改めて今日は宜しくお願いするわ。」
「はい! 後でどれだけ収納出来ているのか教えてくださいね!」
「あら、変わってる子ね。」
フレスカの頭に仕込まれている物に、マリールは興味深々らしい。そんなマリールにフレスカはクスリと笑う。そしてマリールの頭を撫でようとして、エドナにその手首を掴まれ止められた。
「駄目だよ、フレスカ。嬢ちゃんは生命力30しかないんだから。」
「30!? 嘘でしょう? 赤子でももっとあるわよ!?」
「いやぁ。」
「いや、マリーちゃん、褒めてないから。」
「あと今、首捻られ様としてたから。」
「ポキっといかれそうになってたから。」
何故か頬を赤くして照れるマリールに、ホビット達の容赦ないツッコミが入る。
どうやらマリールはまた命の危険に晒されていたらしい。
「飲食店の経営者って皆こうなのか…?」
「あら、私は食事処を経営なんてしてないわ。魔道具作ってるの。今日はエドナに魔道具が必要になるからって頼まれたから付いてきたのよ。…ごめんなさい、ちょっと腰掛けて良いかしら?」
「あ、どうぞどうぞ!」
エレンは分からないが、エドナと言いフレスカと言い、揃って凶暴だ。
バルドが呆れるように呟けば、フレスカは自分は違うと言い出した。
では何故ここに来ているのだろうか。
今日は草飴と粉末スープストックを教える会なのに。
フレスカがふらりと傾いだと思うと、テーブルに手をついた。
それを見たマリールが、慌ててフレスカに椅子を勧める。
椅子に腰掛けたフレスカは、青い顔でふぅ、とひとつ息を吐き出した。
立っているのも辛かった様だ。
「ゴルデア国の冒険者じゃないわよね? …どこか悪くして引退を?」
アエラウェもバルドも見た事が無い冒険者だから、引退してからこの国に流れ着いて来たのだろうか。エドナが連れて来たからには信用できる者なのだろうが、隙あればマリールを試そうとするフレスカに、アエラウェは警戒するように眉を顰めた。
「ええ、ちょっと首と背骨を。」
「首と背骨?」
「正直に言いな、フレスカ。そうしたら嬢ちゃんに薬を頼めるかもしれないよ。」
「あ、なるほど。良いですよ~。協力してくださる方ならあげても大丈夫なんですよね?」
「ね?」と、マリールは期待を込めた目でアエラウェを見る。売るだけでなく無料であげるのも駄目っぽい事は理解できたが、自分の作った薬が役立つのはやはり嬉しいらしい。
アエラウェはそんなマリールに、溜息を零した。この調子だとまたいつか謎の理論が出てきてやらかしてくれそうだ。
「…笑わない?」
フレスカは上目遣いにマリール達を見るので、一堂揃って頷いた。
すると少しだけ頬を染めて、気恥ずかしそうにフレスカが口を開く。
「…どこまで暗器が頭に収納出来るか試してたら、首と背骨が耐え切れなかったみたいで、立ってても座ってても辛くなっちゃったのよ…!!」
「馬鹿だ!」
「この人馬鹿だ!」
「アエラウェさん、この人凄く只の馬鹿の人だ!!」
突然マリールに攻撃を仕掛けるフレスカに、バルドもアエラウェもずっと警戒していたのだが、どうやら本当にただ『異界の迷い子』の強さを試したかっただけらしい。二人揃って脱力していた。
「あ~…じゃあ頚椎やっちゃってるのかな? ブラッドパッチ…青のでいけるかな? んじゃ、丁度良いから今作り方教えるついでに作っちゃいましょう!」
マリールは中断していた草飴作りに取り掛かる。起き上がっているのもしんどそうなフレスカには椅子の肘置きに凭れる様に横になってもらって、その目の前のテーブルで見えるように作る事にした。
「はい。まずはここにあります、皆さんお馴染みの雑草、ローズマリーと言う植物です! アエラウェさんの出してくれたお水できれいに洗い、室内に干して乾燥させます。」
そうしてマリールはキッチンカウンターに仕込んでいた背負い鞄を持ってきて、その中にローズマリーを仕舞い込む。内側のポケットのあそこに入れているのだろう。
「そしてこちらが、乾燥したローズマリーになりまーす。」
「うわ、出た!」
「カラッカラじゃん!」
「予め用意してた風に見えるけど!」
「違うのかい?」
エドナが首を傾げる。ホビット達は「しまった!」という顔をして、ワザとらしく口笛を吹くものだから、アエラウェの頬がヒクヒクと引き攣っている。
「あ~…、まあ、説明しすぎて話がなかなか進まないので、また追々で! それでは、乾燥させたローズマリーを枝ごと粉砕しまっす!」
そして再びマリールはローズマリーを背負い鞄に仕舞い、再び取り出したのは、砂のように粉粉になったローズマリーだった。
「こんなに細かくなるのかい!?」
「水分を急激に取ることが出来れば可能ですよ。あ、粉末のスープストックも同じ様に水分だけを飛ばして粉末状にします。たぶん、この為にフレスカさんが呼ばれたんだと思うんですけど…。」
「ええ、そうね。エドナから水分を短期間で取り除く魔道具は作れるかって相談だったわ。」
「…出来そうかい? フレスカ。」
エドナが不安そうにフレスカを見る。フレスカは肘置きに凭れかかり、考え込むように額を手で押さえていた。
「…水分を取り除く。ええ、出来るわ。凍結させればいいのよ。」
「凍結…。」
「あ、なるほど! 水魔法か火魔法か風魔法しか思いつかなかった…! 流石魔道具士さんですね…!!」
フレスカの答えに、マリールは手を叩いて喜んだ。
「え、どゆこと?」
「どうして凍らせると水分取れるの?」
「凍っても溶けたら水でびしょびしょになるじゃん。」
「昇華させるんです。えーと、何か真空状態に出来る入れ物があれば良いんでいけど…。」
「空気入らないようにすればいいの?」
「「俺達出来るよ。」」
土魔法が得意なホビット達は、土さえあれば自在に形を操る事が出来る。室内には流石に土が無いので、冒険者ギルドの中庭で実検することになった。
マリールは皿の上に乾燥させたローズマリーを置き、水を入れた鍋の上に設置する。
「じゃ、まずこのローズマリーを鍋ごと、上部だけ少し開くように囲うように御願いします。」
「ほいよー。」
ラルムが言われた通りに鍋ごと土で囲む。
「それでは、旦那様。この鍋の中の水が沸騰するまで加熱してください。」
「あ、ああ。」
バルドも言われるままに火魔法を起こし、鍋を加熱する。沸騰しだした水がぼこぼこと気泡を出し始めた。
「はい! ではこの周りを少し間を開けて囲ってください。今度は密封で!」
「はいよー。」
今度はサルムが土魔法を操った。完璧に真空状態のドームだ。
「はい! では次はアエラウェさん! 冷たい視線を御願いします!!」
「「「「「は?」」」」」
「え、なんで?」
「…え? だってアエラウェさん、いつも怒ると空気冷たくなるから…氷魔法が使えるのかなって。」
「…ごめんなさい、マリーちゃん…水魔法が使えるのに氷魔法が使えない不甲斐ないエルフで…。」
「使えないの?」と無垢な瞳で小首を傾げて見上げてくるマリールに、アエラウェも使えない事が悪いような気になってきた。マリールが必要なら氷魔法の修行でも何でもしようかと思うが、今この時に役に立てない。
「…あのー、私、氷魔法使えます。」
無言で形を潜めていたエレンが、申し訳なさそうに小さく手を上げる。
「「「まじで!」」」
「はい。食品を長持ちさせるのに氷って必要なので。必要に迫られて覚えたんです。」
「…。」
地味で存在感が薄かったエレンに重大な出番を持っていかれてしまったアエラウェは、レースのハンカチを噛みしめる。殺気で気温を下げられるのならば、氷魔法もきっとすぐに使えるようになるだろう。がんばってほしい。
「ではエレンさん! この土の周りをカッチカチに凍らせてください!」
「わ、わかりました…。」
エレンはアエラウェの悔しそうな視線に怯えながら、言われる通りに土のドームを凍らせた。
「これをまあ、うーん、既に乾燥させてある葉っぱだから、2時間くらい放置すれば多分、水分が取れたものが出てくると思います。多分ですが。」
「に、2時間!?」
「2時間魔法かけっぱなし!?」
「無理無理。魔力欠乏しちゃう!」
「エレン、氷の魔石があるだろう? 魔力に余裕がある時に作り貯めてる。」
「あ…。ええ、あるわエドナ叔母さん。」
エドナに言われて、エレンガ鞄から魔石をいくつも取り出す。2時間凍らせ続けるとなると、なかなかの量が必要だ。
「スープストックを作る際には、一度凍らせてから真空にして、回りを凍らせてください。時間は…液体なので半日以上はかかると思います。」
「「「半日…!」」」
「これは…流石にしんどいねぇ…。」
「氷・火・水・土の魔石が必要になるわね…。」
「風もあれば時間短縮出来るわ。」
マリール達が実検しているのを眺めていたフレスカの発言に、一同が注目する。
フレスカはだるそうに肘掛け椅子で頬杖を付いていた。
「それと、無魔法があれば火と水と土魔法が無くても密封出来る。…魔道具を商品化したら、共同開発者としてこのアイディアの使用料は、どれくらい払えばいい? 」
「出来そうなのかい!?」
「ええ。大型になるから魔道具の価格は大金貨30枚。燃料の魔石は別売り。」
「「「高っ」」」
「いや、そんなもんなんだよ。魔道具ってのは…。」
「アイディアって言っても、フレスカさんが殆ど考えてるじゃないですか。作るのもフレスカさんだし、別にいらないですよ? 私の居た世界では元々あったものですし…。」
「駄目。違う世界にあったとしても、この世界で作成する方法を考えた根本の発案はお嬢ちゃんでしょう? その世界では魔法はあったの?」
「…ないです。」
魔法は無かったけれど、仕組みを考えたのは先人だ。凄く頭の良い人達が何年もかけて努力して、研究と実検を重ねて作り上げたものなのに。魔法で応用を考えたくらいで開発を名乗って良いのだろうか。マリールは納得いかない表情で、困ったように眉を寄せる。
「魔法に置き換えて作り方を考えたのはお嬢ちゃんじゃない。それにね、例えほんの一部だっとしても他人のアイディアを盗んでたら、盗む事しか出来なくなって、自分のアイディアが全く浮かばなくなるの。楽な方法を見つけると努力しなくなるから。だからきちんと対価を支払いたいのよ。お嬢ちゃんは納得出来ないみたいだけど、私の為でもあるんだから、きちんと受け取って。」
「…は、はい…。」
「いいじゃない、マリーちゃん。この国じゃ薬が売れないから、路銀稼げなくて困っていたんでしょう? 3割は貰っても罰は当たらないわ。」
「…や、やだ…! 急にお金持ちになると知らない親戚とかボランティア団体とかから精神病むくらい連絡来るようになっちゃうじゃないですか…!」
「一体何の話だ。」
「小金持ちになると金目当ての亡者共にしゃぶり尽されるってことじゃね?」
「異世界でもあるんだなぁ。」
「俺ちょっと異世界憧れてたけど、考えちゃうな…。」
結局押しに負けて共同開発者としての名前だけは伏せてもらい、魔道具が売れたら1割の報酬を受け取る事で落ち着いた。
それにフレスカとアエラウェは至極不服そうな顔をしていたのだった。
気が合わなそうだったのに、意外と気が合いそうである。
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