上 下
2 / 42

2

しおりを挟む
「マリア様!ステイ様と別れていただけませんか?」

それはある日のこと。許可をしてない私の名前を呼ぶ平民に言われたことだった。これが今はやりの平民による貴族の婚約者略奪宣言なのか……なんて思い、その意味はやはり婚約者が浮気しているからこそ起こること。

またしても裏切られたのかと思う気持ちと同時に、やっぱりと落胆するだけで終わる自分。

最近調子に乗り始めた平民によるこういったことが多く、婚約破棄が増えている。浮気をする子息たちに愛想を尽かした令嬢たちから。

この増えてきた婚約破棄により、家を勘当される子息も増え始め、それにより危機感を覚え、浮気を自らやめ、反省した子息はまだいい方だろう。しかし、相思相愛だった婚約者同士なほど自分は大丈夫だなんて思っているようで、それはステイにもまた当てはまっていた。

どこかでまた許される……なんてそう思っているからこそ同じことを繰り返すのだろう。みんながやってることだからとまたバカみたいな言い訳をして許されるつもりでいる。

ステイを信じようとした私をバカにしている自覚はあるのだろうか?何が私だけを愛しているだ。私の愛を利用しようとしている人の愛など信じ続けられると何故思えたの?

そう思うと私は最近ステイといても幸せを感じなくなったと思った。どうしてもステイの浮気がちらついて。信じたいだけで既に信じられなくなっていたんだと落胆だけで済んだ理由を悟った。

「わかりました。婚約破棄いたします」

「マリア様!ありがとうございます!」

「ええ、みんながやってることですから」

ステイとの関係を断つ言葉に震えも何もない。あるのはなんだかもやもやとした気持ちが晴れ渡るような爽やかな気持ち。

とっくに私はステイへの愛が冷めていたことに言葉にしてようやく気がついた。だって気づいたのは三度目になるかもしれないけど、気づいたのが三度というだけで、ああ、浮気かなと思うことは何度かあった。

ただ調べる気力がなかっただけで。だって明らかにあからさまで、ステイは私に浮気を気づかせようとしているように思えたから。でもそれに気づいても何かが崩れる気がして私は知らぬふりをしてきた。

でも今回は、気づいたと言う前に浮気してました!とステイの浮気相手が名乗り出てきたようなもの。もうステイとの婚約を続けたいなんて思わない。

既にぼろぼろだったステイへの愛はこの時崩れ去ったのだから。

「マリア!嘘、だよね?婚約破棄を了承したって聞いたんだけど」

「ええ、了承しました。婚約破棄はこちらからの申し出ということで書類は用意いたしますのでご安心ください。それより手を離していただけますか?」

婚約破棄を了承したその日のうちに顔を真っ青にしたステイが帰宅しようとした私の腕を掴んで現れた。ステイを見ればまた何か思いが変わる可能性を危惧していたけど、もう目の前の男は汚れきった汚いナニカにしか見れなかった。

今すぐにでもゴミに捨ててやりたいくらいの汚物にしか。一度は愛した男なのに、愛が冷めたと自覚するだけでこうも見方が変わるものなのだろうか?それとも私がおかしくなってしまったのだろうか?

…………考えるだけ無駄な気がした。

「ま、マリア……なんでそんな他人を見るような……あれは違うんだ!僕はマリア以外と結婚なんてしたくはない!愛してるのはマリアだけなんだ!」

思えば愛を囁かれることで幸せに思えたのはいつだったか。そんなことすら私は思い出せない。

「そうですか。ですが、二度としないという約束を破ってまで浮気をしたんですよね?」

「マリア、わかってほしい。みんながやってるからこれは仕方がないことなんだ。周りに合わせるのも大事なことで………」

ほら、やっぱり。みんながやってるから……そればっかり。わかってくれるだろう?と反省する様子は見られない。先程の青ざめた顔色が今は寧ろ何かを期待するような目になったのは何なのだろう。

気持ちが悪くて仕方がない。

「そうですか」

「えっと………わかってくれたのかな?その、怒ってないのか……?」

私があまりにも言葉が少ないからだろう。期待した様子から望んだ反応ではないみたいな期待はずれといった様子に変わる。ステイが何をしたいのかがまるでわからない。まあ、今更わかりたくもない。

「婚約を破棄する男性に対して怒ることは何もないかと思いますが」

「マリア………何を?わかってくれたんじゃ………」

「ええ、わかりました」

「そ、そっか。いくらなんでもその笑えない冗談は心臓に悪……」

「みんながやってることなら何でも許されるんですよね?なら、私もみんなが婚約破棄をやってるようなので、ステイと婚約破棄します」

「な………っなん、で」

なんでと言う言葉が出る方がおかしいとは思わないのだろうか?

「ステイ……いえ、ロック侯爵令息様が何度も言ってたじゃないですか。みんながやってるからと。みんながやってるから浮気するなら、みんながやってるから婚約破棄することも当然通りますよね?」

ふふっと微笑みながら言えば本気であることをようやく理解してくれたのだろう。ステイの顔色は青を通り越して血の気の引いた白になり、私の手首を握る力が強くなり痛みを感じる。

「マリア……違う!違うんだ!マリアと婚約破棄したくない!もう浮気はしないから!だから」

必死な様子は作った微笑みすら崩れてしまいそうなほど醜い。何故こんな人を愛したのだろう?と疑問すらわく始末。

「そうですね。そこまで言うならわかりました。婚約破棄は撤回します」

「マリア!本当にごめん!ありがとう!」

あまりにしつこかったのでその場は撤回を言い残して離れてもらった。

けれどもちろん撤回する気はない。浮気をしないと言って約束を先に何度も破ったのはあちらの方。なら、婚約破棄の撤回の約束を守る必要も当然ないのだから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妹に婚約者を寝取られましたが、私には不必要なのでどうぞご自由に。

酒本 アズサ
恋愛
伯爵家の長女で跡取り娘だった私。 いつもなら朝からうるさい異母妹の部屋を訪れると、そこには私の婚約者と裸で寝ている異母妹。 どうやら私から奪い取るのが目的だったようだけれど、今回の事は私にとって渡りに舟だったのよね。 婚約者という足かせから解放されて、侯爵家の母の実家へ養女として迎えられる事に。 これまで母の実家から受けていた援助も、私がいなくなれば当然なくなりますから頑張ってください。 面倒な家族から解放されて、私幸せになります!

いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と

鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。 令嬢から。子息から。婚約者の王子から。 それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。 そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。 「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」 その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。 「ああ、気持ち悪い」 「お黙りなさい! この泥棒猫が!」 「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」 飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。 謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。 ――出てくる令嬢、全員悪人。 ※小説家になろう様でも掲載しております。

【完結】そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします。

たろ
恋愛
わたしの愛する人の隣には、わたしではない人がいる。………彼の横で彼を見て微笑んでいた。 わたしはそれを遠くからそっと見て、視線を逸らした。 ううん、もう見るのも嫌だった。 結婚して1年を過ぎた。 政略結婚でも、結婚してしまえばお互い寄り添い大事にして暮らしていけるだろうと思っていた。 なのに彼は婚約してからも結婚してからもわたしを見ない。 見ようとしない。 わたしたち夫婦には子どもが出来なかった。 義両親からの期待というプレッシャーにわたしは心が折れそうになった。 わたしは彼の姿を見るのも嫌で彼との時間を拒否するようになってしまった。 そして彼は側室を迎えた。 拗れた殿下が妻のオリエを愛する話です。 ただそれがオリエに伝わることは…… とても設定はゆるいお話です。 短編から長編へ変更しました。 すみません

私はあなたの正妻にはなりません。どうぞ愛する人とお幸せに。

火野村志紀
恋愛
王家の血を引くラクール公爵家。両家の取り決めにより、男爵令嬢のアリシアは、ラクール公爵子息のダミアンと婚約した。 しかし、この国では一夫多妻制が認められている。ある伯爵令嬢に一目惚れしたダミアンは、彼女とも結婚すると言い出した。公爵の忠告に聞く耳を持たず、ダミアンは伯爵令嬢を正妻として迎える。そしてアリシアは、側室という扱いを受けることになった。 数年後、公爵が病で亡くなり、生前書き残していた遺言書が開封された。そこに書かれていたのは、ダミアンにとって信じられない内容だった。

結婚記念日をスルーされたので、離婚しても良いですか?

秋月一花
恋愛
 本日、結婚記念日を迎えた。三周年のお祝いに、料理長が腕を振るってくれた。私は夫であるマハロを待っていた。……いつまで経っても帰ってこない、彼を。  ……結婚記念日を過ぎてから帰って来た彼は、私との結婚記念日を覚えていないようだった。身体が弱いという幼馴染の見舞いに行って、そのまま食事をして戻って来たみたいだ。  彼と結婚してからずっとそう。私がデートをしてみたい、と言えば了承してくれるものの、当日幼馴染の女性が体調を崩して「後で埋め合わせするから」と彼女の元へ向かってしまう。埋め合わせなんて、この三年一度もされたことがありませんが?  もう我慢の限界というものです。 「離婚してください」 「一体何を言っているんだ、君は……そんなこと、出来るはずないだろう?」  白い結婚のため、可能ですよ? 知らないのですか?  あなたと離婚して、私は第二の人生を歩みます。 ※カクヨム様にも投稿しています。

待つわけないでしょ。新しい婚約者と幸せになります!

風見ゆうみ
恋愛
「1番愛しているのは君だ。だから、今から何が起こっても僕を信じて、僕が迎えに行くのを待っていてくれ」彼は、辺境伯の長女である私、リアラにそうお願いしたあと、パーティー会場に戻るなり「僕、タントス・ミゲルはここにいる、リアラ・フセラブルとの婚約を破棄し、公爵令嬢であるビアンカ・エッジホールとの婚約を宣言する」と叫んだ。 婚約破棄した上に公爵令嬢と婚約? 憤慨した私が婚約破棄を受けて、新しい婚約者を探していると、婚約者を奪った公爵令嬢の元婚約者であるルーザー・クレミナルが私の元へ訪ねてくる。 アグリタ国の第5王子である彼は整った顔立ちだけれど、戦好きで女性嫌い、直属の傭兵部隊を持ち、冷酷な人間だと貴族の中では有名な人物。そんな彼が私との婚約を持ちかけてくる。話してみると、そう悪い人でもなさそうだし、白い結婚を前提に婚約する事にしたのだけど、違うところから待ったがかかり…。 ※暴力表現が多いです。喧嘩が強い令嬢です。 ※史実とは関係ない異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。魔法も存在します。 格闘シーンがお好きでない方、浮気男に過剰に反応される方は読む事をお控え下さい。感想をいただけるのは大変嬉しいのですが、感想欄での感情的な批判、暴言などはご遠慮願います。

【完結】愛してました、たぶん   

たろ
恋愛
「愛してる」 「わたしも貴方を愛しているわ」 ・・・・・ 「もう少し我慢してくれ。シャノンとは別れるつもりだ」 「いつまで待っていればいいの?」 二人は、人影の少ない庭園のベンチで抱き合いながら、激しいキスをしていた。 木陰から隠れて覗いていたのは男の妻であるシャノン。  抱き合っていた女性アイリスは、シャノンの幼馴染で幼少期からお互いの家を行き来するぐらい仲の良い親友だった。 夫のラウルとシャノンは、政略結婚ではあったが、穏やかに新婚生活を過ごしていたつもりだった。 そんな二人が夜会の最中に、人気の少ない庭園で抱き合っていたのだ。 大切な二人を失って邸を出て行くことにしたシャノンはみんなに支えられてなんとか頑張って生きていく予定。 「愛してる」 「わたしも貴方を愛しているわ」 ・・・・・ 「もう少し我慢してくれ。シャノンとは別れるつもりだ」 「いつまで待っていればいいの?」 二人は、人影の少ない庭園のベンチで抱き合いながら、激しいキスをしていた。 木陰から隠れて覗いていたのは男の妻であるシャノン。  抱き合っていた女性アイリスは、シャノンの幼馴染で幼少期からお互いの家を行き来するぐらい仲の良い親友だった。 夫のラウルとシャノンは、政略結婚ではあったが、穏やかに新婚生活を過ごしていたつもりだった。 そんな二人が夜会の最中に、人気の少ない庭園で抱き合っていたのだ。 大切な二人を失って邸を出て行くことにしたシャノンはみんなに支えられてなんとか頑張って生きていく予定。

[完結]婚約破棄してください。そして私にもう関わらないで

みちこ
恋愛
妹ばかり溺愛する両親、妹は思い通りにならないと泣いて私の事を責める 婚約者も妹の味方、そんな私の味方になってくれる人はお兄様と伯父さんと伯母さんとお祖父様とお祖母様 私を愛してくれる人の為にももう自由になります

処理中です...