上 下
24 / 46
3章(元)アークス国は占いの国

7

しおりを挟む
「リン!」

「うう………っ」

「り、リン?」

ネムリンが逃げた先は祭りの賑やかさと無縁な路地裏。人気が静まってネムリンは走るのをやめて座り込んだ。

すると、泣き声のようなものが。それに動揺するのはルーベルトで、ネムリンに近寄り座り込むネムリンの隣に座り込んで顔を覗きこもうとしたがネムリンは下に俯き体を丸める形で顔を隠してしまったので見えない。

「また、またやってしまいました………っ」

耐えるようなくぐもった声で言うネムリン。

「クッキーを投げたことか?確かに食べ物を粗末にするのはいけないことだが………」

「そ、それもですが違います!私はまた人を殴ってしまいました!これで3度目ですっ!わたし、わたしは………っうう」

「それほどに許せなかったというだけだろう?婦人を傷物にというのはわからなかったが………」

「鞄をとられる際に抵抗しようとして足を捻らせていました」

「よく見ていたな。それで座り込んでいたのか」

ようやく傷物の意味がわかったルーベルト。しかし、別の意味の理解もとれる発言だっただけにルーベルト以外はそういった勘違いのもとで窃盗犯を最低なやつと見ているかもしれないが。

「婦人の近くに医者を見かけたので恐らく大丈夫だとは思います………けど」

「本当によく見ているな。だが、そんなあからさまに医者らしき人が祭りにいたか?」

「医者はもしものときのためにありとあらゆる医者の方を頭に入れています。必ずしも国に認められた人が優秀とは限りませんから………あ、王家を、その、疑っているわけでは………!」

つい溢れ出た言葉にばっと顔をあげるネムリン。泣きじゃくるとまではいかないが少しばかり涙の跡がある。

「いや、それは間違いではない。時に多くのものを救いたいという医者は優秀でもあえて王家に目立つことのないやり方を貫く医者もいる。それでも噂などで判明することはあるが、本人の意思次第では認めないまま放置ということもある。王家に認められれば貴族の相手が増え、民すべてによい医者が与えられなくなるからな。王家が認めてない優秀な医者を貴族が私欲で独占しようとして煩わしくなった場合は、平民優先の医者ということで特例の王家公認を認められるよう願い出ることもできる。代わりに王家公認の礼として税が少しばかり増えるために大した差はないとしても、治療費を高くしなければ今まで通りの稼ぎはできなくなるが。気にしないものは高くせずとも稼ぎが少し減るだけで問題ないと言えばそれまでだが。だから王家公認以外の医者を知ろうとするのはいいことだ。高位貴族の名を覚えるより遥かに賢い」

「そう、なんですか………」

責められる言葉ひとつないそれに、そういうものなのかとネムリンの方が驚いている。

「時にリン、俺は暴力がいいとは言わない。だが、決してリンは好きでしているわけじゃないのは俺がわかっている」

するりとルーベルトの手がネムリンの頬を撫でる。

「好きでしてないからと言って許されるわけでは………!」

ぎゅっと拳を握り、それくらいわかっているだからなんだとばかりにネムリンがルーベルトを見る。

「ああ、だが俺は許したし、あの窃盗犯も自業自得みたいなものだ」

そしてその瞳をルーベルトも見つめて逸らすことはしない。まるで我慢比べのような見つめ合いだ。

「それでも私の力は普通の方ではならない大きな損害を与えますっ」

「それだけ普通じゃないなら何からでも人を守るために使えるな」

「嫌だと思って振り払う力すら人を傷つけます」

「本人の嫌がることをするその者に過失がある」

「それでも振り払うだけで誰も大怪我するなんて考えないでしょう!?」

「しつこい者は痛い目に合うのいい教訓だろう」

どう言ってもいいように返すルーベルトに、ネムリンの本当の本音が言葉にされる。

「こんな怪力………っ女性らしく、ない………!」

「女性らしくない?何故?」

心底わからないとルーベルトが首を傾げれば、ネムリンらしくなくキッとルーベルトを睨んで言った。

「力ある令嬢を誰が守りたいと思いますか?誰が大事にしたいなんて………っえ?」

睨みながらもネムリンが苦しそうに言う姿を見てルーベルトが体を丸めてしゃがむネムリンを抱き締める。予想しなかった行動にネムリンは驚きの声をあげ、目を見開いた。

「俺は守りたい。ネムリン………リンを誰より大切に、大事にして慈しみたい。俺はリンに会ってどうにもおかしい自覚がある。あの時、殴られた窃盗犯よりも殴ったリンが心底心配だった。窃盗犯からリンに殴らせたんだとバカなことを思ってリンに触れるなと頓珍漢なことを口に出してしまうほどにリンに触れるもの全てが憎たらしいくらいにリンを愛している」

「………本気ですか?」

「ああ、殴られたあの日から貴女に惹かれている。寝てスッキリして世界を明るく照らして見えるようになったのはリンのおかげだ。殴られて惚れたなど頭がおかしいかもしれない。だが、おかしいと言われようとそれでもリンを愛する気持ちを持てたことは誇らしくさえ思う」

「ありがとう、ございます」

とくんとくんと互いに鳴る鼓動に二人は自分の鼓動ばかり気にして気づきはしない。路地裏で育まれる愛………そう見てとれるが、二人はこの時から互いにすれ違っていくことを今は知らない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者の態度が悪いので婚約破棄を申し出たら、えらいことになりました

神村 月子
恋愛
 貴族令嬢アリスの婚約者は、毒舌家のラウル。  彼と会うたびに、冷たい言葉を投げつけられるし、自分よりも妹のソフィといるほうが楽しそうな様子を見て、アリスはとうとう心が折れてしまう。  「それならば、自分と妹が婚約者を変わればいいのよ」と思い付いたところから、えらいことになってしまうお話です。  登場人物たちの不可解な言動の裏に何があるのか、謎解き感覚でお付き合いください。   ※当作品は、「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています

【完結】元強面騎士団長様は可愛いものがお好き〜虐げられた元聖女は、お腹と心が満たされて幸せになる〜

水都 ミナト
恋愛
女神の祝福を受けた聖女が尊ばれるサミュリア王国で、癒しの力を失った『元』聖女のミラベル。 『現』聖女である実妹のトロメアをはじめとして、家族から冷遇されて生きてきた。 すっかり痩せ細り、空腹が常となったミラベルは、ある日とうとう国外追放されてしまう。 隣国で力尽き果て倒れた時、助けてくれたのは――フリルとハートがたくさんついたラブリーピンクなエプロンをつけた筋骨隆々の男性!? そんな元強面騎士団長のアインスロッドは、魔物の呪い蝕まれ余命一年だという。残りの人生を大好きな可愛いものと甘いものに捧げるのだと言うアインスロッドに救われたミラベルは、彼の夢の手伝いをすることとなる。 認めとくれる人、温かい居場所を見つけたミラベルは、お腹も心も幸せに満ちていく。 そんなミラベルが飾り付けをしたお菓子を食べた常連客たちが、こぞってとあることを口にするようになる。 「『アインスロッド洋菓子店』のお菓子を食べるようになってから、すこぶる体調がいい」と。 一方その頃、ミラベルを追いやった実妹のトロメアからは、女神の力が失われつつあった。 ◇全15話、5万字弱のお話です ◇他サイトにも掲載予定です

転生したら伯爵令嬢でした(ただし婚約者殺しの嫌疑付き)。容疑を晴らすため、イケメン年下騎士と偽装恋愛を始めます!

花房ジュリー②
恋愛
現代日本のOL・忍は、不慮の事故で死亡。 目覚めたら、モルフォア王国の伯爵令嬢モニクになっていた。   ……と思ったら、自分の婚約披露パーティーの最中だった。 そして目の前には何と、婚約者とその愛人の死体が。 このままでは、容疑者第一号になってしまうのは間違い無い!   そんな私に、思わぬ救いの手が差し伸べられる。 三歳年下のイケメン騎士、アルベール様だ。  「アリバイを作ればいい。今夜、ずっとあなたと一緒にいたと、証言しましょう……」   前世でも現世でも、自己主張ができなかった私。 運命は自分で切り開こうと、私は彼の提案に乗る。 こうして、アルベール様との偽装恋愛を始めた私。 が、彼は偽装とは思えないほどの情熱で迫ってきて。 私を容疑者扱いする人々から、あの手この手で守ってくれる彼に、私は次第に惹かれていく。 でもアルベール様は、私にこう告げた。 「俺は、あなたにはふさわしくない人間なのです」 そんな折、アルベール様こそが犯人ではという疑いが浮上する。 最愛の男性は、果たして殺人鬼だったのか……!? ※6/13~14 番外編追加(アルベール視点)。 ※小説家になろう様、ムーンライトノベルズ様、エブリスタ様にも掲載中。

7年ぶりに私を嫌う婚約者と目が合ったら自分好みで驚いた

小本手だるふ
恋愛
真実の愛に気づいたと、7年間目も合わせない婚約者の国の第二王子ライトに言われた公爵令嬢アリシア。 7年ぶりに目を合わせたライトはアリシアのどストライクなイケメンだったが、真実の愛に憧れを抱くアリシアはライトのためにと自ら婚約解消を提案するがのだが・・・・・・。 ライトとアリシアとその友人たちのほのぼの恋愛話。 ※よくある話で設定はゆるいです。 誤字脱字色々突っ込みどころがあるかもしれませんが温かい目でご覧ください。

その婚約破棄、校則違反です!〜貴族学園の風紀委員長は見過ごさない〜

水都 ミナト
恋愛
 華の貴族学園にて、突如婚約破棄劇場が――始まらなかった。  不当な婚約破棄に異議を申し立てたのは、学園の風紀を守る風紀委員長エリクシーラであった。 「相手が誰であろうと学園規則の前では皆平等。校則違反は等しく処分を下しますわ!」 ◇5000字程度のSSです ◇他サイトにも掲載予定です

妹が私の婚約者を奪うのはこれで九度目のことですが、父も私も特に気にしていません。なぜならば……

オコムラナオ
恋愛
「お前なんてもういらないから。別れてくれ。 代わりに俺は、レピアさんと婚約する」 妹のレピアに婚約者を奪われたレフィー侯爵令嬢は、「ああ、またか」と思った。 これまでにも、何度も妹に婚約者を奪われてきた。 しかしレフィー侯爵令嬢が、そのことを深く思い悩む様子はない。 彼女は胸のうちに、ある秘密を抱えていた。

【完結】次期聖女として育てられてきましたが、異父妹の出現で全てが終わりました。史上最高の聖女を追放した代償は高くつきます!

林 真帆
恋愛
マリアは聖女の血を受け継ぐ家系に生まれ、次期聖女として大切に育てられてきた。  マリア自身も、自分が聖女になり、全てを国と民に捧げるものと信じて疑わなかった。  そんなマリアの前に、異父妹のカタリナが突然現れる。  そして、カタリナが現れたことで、マリアの生活は一変する。  どうやら現聖女である母親のエリザベートが、マリアを追い出し、カタリナを次期聖女にしようと企んでいるようで……。 2022.6.22 第一章完結しました。 2022.7.5 第二章完結しました。 第一章は、主人公が理不尽な目に遭い、追放されるまでのお話です。 第二章は、主人公が国を追放された後の生活。まだまだ不幸は続きます。 第三章から徐々に主人公が報われる展開となる予定です。

【本編完結】捨てられ聖女は契約結婚を満喫中。後悔してる?だから何?

miniko
恋愛
「孤児の癖に筆頭聖女を名乗るとは、何様のつもりだ? お前のような女は、王太子であるこの僕の婚約者として相応しくないっっ!」 私を罵った婚約者は、その腕に美しい女性を抱き寄せていた。 別に自分から筆頭聖女を名乗った事など無いのだけれど……。 夜会の最中に婚約破棄を宣言されてしまった私は、王命によって『好色侯爵』と呼ばれる男の元へ嫁ぐ事になってしまう。 しかし、夫となるはずの侯爵は、私に視線を向ける事さえせずに、こう宣った。 「王命だから仕方なく結婚するが、お前を愛する事は無い」 「気が合いますね。私も王命だから仕方無くここに来ました」 「……は?」 愛して欲しいなんて思っていなかった私は、これ幸いと自由な生活を謳歌する。 懐いてくれた可愛い義理の息子や使用人達と、毎日楽しく過ごしていると……おや? 『お前を愛する事は無い』と宣った旦那様が、仲間になりたそうにこちらを見ている!? 一方、私を捨てた元婚約者には、婚約破棄を後悔するような出来事が次々と襲い掛かっていた。 ※完結しましたが、今後も番外編を不定期で更新予定です。 ※ご都合主義な部分は、笑って許して頂けると有難いです。 ※予告無く他者視点が入ります。主人公視点は一人称、他視点は三人称で書いています。読みにくかったら申し訳ありません。 ※感想欄はネタバレ配慮をしていませんのでご注意下さい。

処理中です...