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2章睡眠の偉大さを知りました

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(私は何をしに来たんでしたっけ?)

そう思うほどにあれから自分ネムリンなんて足元にも及ばないほど、国の中でも位の高い身分の御方がネムリンについて言い合うそれは続いた。

相変わらずネムリンの手はルーベルトにより包まれたままであり、ネムリンがいくらルーベルトの婚約者になったとはいえ貴族位は伯爵令嬢として変わりはないため、無理に逃げ帰るなんてことはできない。

寧ろ逃げ帰るだなんて強行を力はあれど気弱なネムリンができるはずもないわけだが。

「はぁ………」

「! すまない、ネムリン。疲れたか?」

「え、いや、あの」

思わず出たため息。それに反応したのルーベルトで、まさか反応されるとは思わず何と返すべきかネムリンは混乱した。混乱したが何か言わなければと思った結果の言葉は………

「わ、私は私の家に帰りたいです!」

ただの本音だった。慣れない城にいるのも疲れ、二人の会話にも疲れ、無表情のルーベルトを実は今の時点で噂通り怖く思っているネムリンだが、言葉は自分を心底想ってくれている様子で演技なのかそうでないのかすら今日だけではわからない。緊張していたとは言っていたが本心など見たり、聞くだけではわからないものだ。

それがわからないとなれば手を離さないのも嫌がらせか本当に離したくないのかすら判断できない。

実は婚約者になったのはルドルクによる強制的なもので、ルーベルトはそれを言葉では受け入れているように見せて本当は顔が無表情になるくらいに嫌がっており、監禁と自分を怖がらせようとすることで内心笑っているのかもしれない。本当にそれが許されれば世話をされるいじめられる生活になる可能性だってある。………と、ネムリンのネガティブが発動するくらいにはネムリンは精神的に疲れていた。

正直来る前から緊張で疲れを蓄積させていたネムリン。結果的に精神面がやられるのは時間の問題だったのだ。思わず家に帰りたいと本音が出るのも仕方ないだろう。

「わかった」

「ルーベルト、ネムリン嬢が帰りたい場所は君の屋敷ではないよ?」

「わかっている。ネムリンが望むなら俺は自分の望みなど後回しだ」

「え?あの、帰っていいんですか……?」

そのネムリンの本音にあっさり了承したのはルーベルト。あれだけ持ち帰ると言っていた人物はどこへやら。ルドルクが一応とばかりに釘を刺すがルーベルトはネムリンの意思をきちんと汲んでいる様子だ。

あれだけルドルクと言い合ってる最中も離さなかった手も呆気なく離され、ネムリンは戸惑った。

「もちろんだ。ネムリンの願いは叶えられる範囲で私は叶えたい。せめてネムリンの屋敷へ送る許可をもらえないだろうか?」

ルーベルトがネムリンを屋敷まで送ろうと言えばネムリンは頷くしかない。というのにネムリンへ許しを乞う辺り、ルーベルトはまだネムリンの心に自分が寄り添えていないことを自覚した上でネムリンの意思を尊重したいと遠回しに言っているのである。

しかし、相変わらずネムリンを前に表情が無から崩れないルーベルトだからかネムリンはどうするべきかとより混乱した。

表情が無となるほどにルーベルトがネムリンを前にして、ルドルクと話している間でさえ緊張しっぱなしとはネムリンは思いもしないだろう。

ネムリンが緊張を表に出すタイプならばルーベルトはその逆だからこそ理解もしづらいわけである。そのため断れば何かあるのか、寧ろ許可すればそれこそ?と勘ぐってもしまうネムリン。

許可をじっと待ちながら内心心臓がばくばくと激しく鳴るルーベルトと、何か企んでいる?それとも本当に………?と悩み混乱しきっているネムリン。

沈黙する二人の状況を見かねて救いを出すのは『こんな時の不憫な王子』がキャッチフレーズのルドルクである。

ルーベルトが一度ネムリンを見つめれば、さっきまで言い合っていたとしても本来なら誰より存在感があるはずのルドルクは空気にされる。

さらに結局、ネムリンのためにもルーベルトの危ない思考を止めるためにも言い合っていたはずのことは、ネムリンの自分の家に帰りたいという一言で終止して、ルドルクは無駄な努力ならぬ無駄な言葉を発しただけである。

さすがは不憫王子。しかし、彼はただの不憫王子ではない。『こんな時の不憫な王子』なのだ。

「ネムリン嬢、ルーベルトは純粋に貴女が心配で送りたいだけだら許可してあげてくれないかな?」

「でも………」

「でなければ僕も心配だし、ルーベルトの代わりに送るよ?」

「それは俺が許さない」

「ラヴィン公爵様、送っていただけますか?」

ルドルクの言葉にルーベルト、ネムリンが即答した。

ルーベルトは友人とはいえ他の男にネムリンを送らせる気はないという嫉妬心から。

ネムリンは王子に自分を送らせるなんて恐れ多い、それなら王子の次に位が高い婚約者であり公爵のルーベルトに頼む方がいくらか気持ちが楽だという理由から。

「はは、そくと………」

「答えるまでもない。是非送らせていただこう」

即答だねの一言をルドルクはルーベルトに遮られ、ルーベルトの勢いにたじたじになるネムリン。

「あ、ありがとうございます………」

「………」

「で、殿下、失礼します」

「ルドルク、ネムリンは俺の婚約者だからな」

「うん、もう勝手にして」

『こんな時の不憫な王子』のキャッチフレーズ通り不憫王子ことルドルクは二人の沈黙を破り、友人が婚約者に送るのを断られることによってショックを受ける未来を変えた。

きっと彼はよき不憫な王として民に親しまれる同情されることだろう。
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