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元王妃の武勇伝物語

番外編~森の支配者英雄になる(スイレン視点)~

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「最後に聞きますが、本当に本気ですか?」

陛下に誓ったあの日から、陛下に逆らう気などひとつもないが、どうしてもそれは許されることなのかと悩んでしまう。

「うん、本人はやる気満々だから」

兄上様以外にはお馴染みの冷めた表情で遠くを見るような目をする陛下。ちらりと兄上様も見れば、珍しく真顔で、やはり、遠くを見ている。

クレット国に限らず、何年かに一度獣の大群に国は襲われる。前兆はわかりやすいが、下手に先に対処しようとすると痛い目に合うことが大体なため、襲ってくるのを待つのが暗黙の了解。

襲ってくるキリのない獣を押し退けるのは簡単だが、全滅は厳しい。しかし、単純に群れを率いる大将を撃ち取れば、それを察した獣の群れが勝手に逃げ、また何年か隠れ大将ができるその時まで襲いに来ることはない。

群れは王宮の騎士や側近候補、兵士たちで十分対応できる。しかし、大将を撃ち取らなければただの消耗戦。昔から大将狙い撃ちチームと群れ撃退チームで分かれるのは当たり前であり、大将は大抵大型でひとりでは厳しいのが定石。群れより危険度が高いことから群れ撃退チームより人数は多少多いし、それなりに腕があるものしか選ばれない。

そんな大型モンスターを陛下の母君が、ひとりで打ち倒すという。元王妃が戦力にはなるからと言われ、首を傾げそうになったものの、それを兵士たちに伝え、迎えに行かせたのは3週間も前であり、場所が場所なため、予定より1週間も早く帰ってきたことには驚いたものだ。

仮にも王宮の兵士が疲れきった表情で、一緒についてきた元陛下は顔が白くやつれていた。そんな中、何故かただひとり馬に乗らず、誰も乗せてない馬に怯えられているその人こそ元王妃で、その方だけが余裕を見せていた。

『いい運動をしましたわ』

『運動ですか?』

『馬に怯えられるから私走ってきましたの』

『・・・は?』

思わずぽかんと口を開けてしまった。馬でも一日、二日でつかない道のりを一週間も早く来たあげくに走って、と?

体力に自信はあるが私でもできる気はしない。だからこそ、体力だけは確かにあるのだろうと思うが、驚くべきは来て早々事情を話して目を輝かせるその姿は自分がとって食われそうな気分になったものだ。

びゅーんっとやつれた元陛下を置いて、風のごとく走っていったので慌てて着いていった。なるほど、馬より早い。兵士が疲れた理由を知った。元王妃関係なく元令嬢が走れる速さじゃない。

着いた先は執務室で、そこは元王妃としてか、元令嬢としてか、マナーを弁え、中で話す許可を扉越しにとろうとする。元王妃なのだから丁寧な対応は似合っているのが当たり前だと言うのに、心底似合わないと感じてしまうのは、着替えようとはしない布一枚の姿だからこそか。

『失礼します』

『どうしたんですか、母上』

『単刀直入に言います。大将は私だけで十分なので、私ひとりに狩らせてもらう許可をいただきたいの』

『はい、許可します』

『へ、陛下!?』

ありえないお願いに、即答の許可。女性ひとりにさせるべきことではないし、自殺行為だ。敵と判断すれば女性だろうと斬れるが、味方ならばひとりの紳士としては受け入れがたい。

今日はその当日。執務室に来る前、鼻唄を歌い、機嫌よさげに王宮の予算から支給されたナイフを喜ばしげに見ていたのは知っている。必死に止めなかったせいで今は地に落ちた王妃でも、命をなくせば罪悪感があるというもの。

結局陛下の許可取り消しはなく、心配なら見に行け、お前だけ許可すると言われ向かった。ちなみにリュカは、獣討伐前の最後の休みの日に、群れの獣に試したい投げ玉があると目をキラキラさせ、とても可愛かった。

大量の群れが国の王宮にある王都を狙いに定めて向かってくる。兵士たちは一斉に前に出てから門が閉まる。その中にリュカもいた。軽く手を振られたので振り返す。今日もリュカは可愛い。

元王妃は門の外に出てはいるものの、今だ移動はしない。大将の側へどう行くつもりなのか、やはり怖じ気づいたのかと視線を向けていれば、押し寄せる獣たちの音さえ消すような声。

「道を開けなさい」

ザッと人も獣も道を開けた。綺麗に左右に分かれ、綺麗な一本道をこれくらい何事でもないと歩いていく。誰ひとり動かない乱れることのない道。

なんだ、これは。まるで逆らうことを許さないかのような、音ひとつ出すことを許されないと、みんな視線が元王妃に注がれる。

皆、気づいているのか、一本道の先には大将の獣がピシッと立ち微動だにしない。

「ああっうまそうな、肉・・・!」

その言葉で全員我に帰ったのだろう。大将すらも。無詠唱の魔法が発動される。慌てる大将はもう遅い。撃ち込んだそれは大将を吹き飛ばし、瞬間移動がごとく、ナイフで捌くように切り刻む。

あっという間に人の勝利。獣が逃げ出し、誰もが喜ぼうとしたとたん。バタバタと倒れる獣たち。

「肉は逃がさねぇよ?」

ナイフの刺す箇所はそんなに血を出す場所だったのかと言うくらいに血を浴びている元王妃の悪どく、ギラついた目。恐らく無詠唱の魔法によるものだろう。

次々とひとりで捌き、あまりの一方的な殺戮に喜びではなく恐怖に染まっていく兵士たち。これはよくない。と思った瞬間。

「これで当分ここは安全よ」

また響き渡るような一声は脳を震わせる。多くの獣を逃がすことは、早い内にまた進行があるということ。それを理解した上でそれさえも片付けた。おかげで死傷者どころか怪我人すらいない。

「「「「うおぉぉぉ」」」」

快挙とも言えるそれに気づき、それを理解すれば恐怖は成りをひそめ、喜びが舞い戻る。

その後元王妃により獣の肉料理が披露され、血だらけの女性に渡される経験などあるはずもない兵士たちは後ずさりするものの、なんとか受け取り、食べればおいしさの感動で、気がつけば元王妃のことも忘れ、血だらけのことも気にされずおかわりを要求され、満足げに何やらどすの低い声を出して次々と配った。

今までにない怪我人ひとり出さず人々を救った元王妃は王都中に噂が広まり、英雄と言われ、二つ名がつけられた『血肉の獣王』と。

兵士から山付近の村で『森の支配者』と呼ばれていたことを後から聞き、苦笑した。

王都で英雄となり、新たな二つ名はもう人と認められてはいない。獣を従え、血の雨を喜び、肉だけの料理を振る舞う英雄は英雄じゃなくとも人を越えたナニカでしかないような。

それとも最近の女性はああも強いのが当たり前なのだろうか。

「あんな母上みたいな女がわんさかいたら、あっという間に野蛮民族の国にされるよ」

陛下がバカにするような視線を私に向けた。どうやら、元王妃が特別らしい。

「さあ、色んな山に寄りながら山へ帰るわよ!」

山に寄りながら山に帰るとは一体。山以外に興味はないのだろうか。見送りに来た私たちなど気にもしていない。一応陛下の御前なのだが。

「シャル・・・私は走れない」

「ふふっ貴方にセトア・・・いえ、陛下から馬のプレゼントよ!」

思わず陛下の顔を見て驚いた。陛下は元王を恨んでいたことを聞いたことがある故に。

「顔を見てみなよ、あんな母についていくんだ。憐れすぎて恨む気にもなれない」

「ああ・・・そうですね」

言われて元王の顔をじっと見れば、白かった顔が今は青い。苦労の末、早死にしそうなくらいに、いや、死んでないのがおかしなくらいに酷い顔をしている。

よたよたと乗れずに倒れてしまいそうな元王はなんとか馬に乗り、馬を走らせる。

「ふふっ競争よ!」

「む、むり、だ・・・!」

馬と競争。普通はしないし、男だって負けてもおかしくはない。なのに必死に走る馬を引き離していく英雄の元王妃は元王と違い皺が不自然なくらいに若者よりも元気だ。

見えなくなりそうなところで、陛下が複雑な表情で追いかけ出したので、兄上様とリュカと共についていく。馬を追いつかせない元王妃こと英雄は確かに人間ではなく、獣王にふさわしい。王女とされない時点で女扱いもされていないが。

「あら、ごめんあそばせ!」

「あ・・・馬車と人がぶつかると馬車の方が半壊するんですね」

「そんなわけないでしょ!何かやらかすと思った・・・!ここは山じゃないのに!人は覚えたからスイレン、黒人、後で損害賠償金用意しといてっ」

「母上、走らないでください!せめて王都出てから!」

「元王妃ならもっと落ち着き持とうよ!?」

最後までやらかす元王妃こと英雄が消え去った後、『破壊の英雄』と別名をも広げることになる。

破壊する時点で、決して英雄ではないと私は思う。それを聞いて多額の請求を見たとき以上に疲れを見せる陛下と兄上様に、思うのは私だけでないようだと、とりあえず少しでも気休めにハーブティーの入ったカップを二人に置く。

「あそこまでたくましすぎる女性はもう見ることないでしょうね」

「言わないで。あんなの二人も要らない」

「たくましいで済ませられないって」

大変な親を持つと苦労するのは子供だ。元王妃の噂と二つ名がさらに増え、王都にまで幾度と届くことになるのはまた別の話。
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