夜空のダイヤモンド

柊 明日

文字の大きさ
上 下
1 / 56

プロローグ ──夜空の大三角──

しおりを挟む
 静かな波の音が響く中、海面ではぼやけた月明りがゆっくりと揺蕩う。忙しなく揺れるコートは白い地面にうっすらと影を落とした。
 冷えた夜風が揺らす少し長めの前髪は鬱陶しいが、仄かに鼻腔をくすぐる汐の香はどうしようもなく淀んだ気持ちを少しだけ落ち着かせてくれた。それでも微かに震える体はきっとこの風のせいじゃない。それでも今この瞬間だけは、この光景を素直に綺麗だと思うことが出来た。僕はそれらをカメラに収めることも忘れてただ澄んだ空気の向こうを眺めていた。

「どう?綺麗でしょ?」

 彼はそう笑顔を浮かべた、ように見える。暗くて表情はうまく読めないけれど、さっきからずっと星も海もそっちのけでずっと僕の方を見つめているのはわかった。きっと、とても優しい表情をしている。声色がそう言っていた。

「綺麗やね」

 僕は海面に視線を落としたまま静かに返した。もしこれが“本物のカップル”なのであれば、どんな会話をするのだろう。そんなことを考えながら。
 頬を撫でる風は優しく、けれど確実に僕を凍えさせる。まるで、彼みたいだ。
 冷たい風につい目を細めると、ふいに頬をぬくもりが包む。それは最愛の人の掌だった。暖かいとか、幸せだとか、そんな恥ずかしい感情が頭に浮かぶ。しかし、それはすぐに複雑な感情に置き換えられることとなる。
次の瞬間には彼の綺麗な瞳は目の前にあって。そして彼の唇がそっと、僕の唇へ触れていた。僕はゆっくりと目を瞑る。

ぬくもりを感じたのはほんの刹那。それでも僕は、この口づけを一生忘れないだろう。
幸せだった。本気でそう思う。

「ええんやで、そういうの」

 僕は何でもない風に夜の空へ向き直り、ほんのり積もった雪を踏みしめる。冷たい柵を強く握ると冷えた指先がじんじんと痛んだ。
 僕は知っていた。このキスは嘘だった。僕が彼へ抱く恋心を彼もわかっているからこそ、気を遣ってくれたに過ぎない。
 そういうのはもういらない。最後の思い出くらい、本物の彼を見たい。

「信用されてないね、俺」

 彼は苦笑すると僕の隣に並んで、柵に体重を預けながら空を見上げる。
 当たり前だ、と僕は思う。だって、確かに隣にいる彼が今、夜空を見上げて想うのは恋人であるはずの僕ではないのだから。
 空には名も知らない星々がこっちの気も知らずに美しく輝いている。まるで、子供が金平糖でもばらまいたみたいだ、と僕は思う。

「あれはこいぬ座だよ。んで、あっちがおおいぬ座。あっちがオリオン座」

 彼は無邪気に空へ向かって身を乗り出し指をさした。もちろん、彼がどれを指さしたかなんてわからないし別に興味もない。ただ、彼が星に興味があるだなんて話は聞いたことがなかった僕は奇妙に思いながらも「ふーん?」と小首を傾げる。

「そのみっつの星座の一等星を結んだら、冬の大三角になるんだ」

 そう言う彼の表情は、星よりもずっと綺麗で輝いて見えた。
 目の前の星がぼやけてぐちゃぐちゃになる。
 何も言わない僕を不思議に思った彼は、やっと僕の方へ視線をくれる。

 いつもそうだった。彼は僕よりも他の何かに夢中だった。まるであの一等星のように輝くひなたの隣でくすんだ僕を、彼は確かに目ざとく見つけてくれた。けれど、それはいつもひなたの次で。いつだって二番目だった。でも。

 二番目でも、嬉しい。……嬉しかった。

 僕はやっと彼の瞳に映れた幸せを嚙みしめるように、ゆっくりと彼の方へ顔を向ける。それはそれは、きっと最高の笑顔だったことだろう。
 彼は、僕の顔を見て目を丸くした。

「泣いてる……?」
 もう、慰めなんていらない。余計に惨めだから。

「別れよう、詩音しおんくん」




 僕は、彼らには敵わない。一茶いっさもひなたも、詩音くんもなにか輝くものを持っているのに。
 僕は、あの輝く三角形にはふさわしくない。
 詩音くんを好きになるだなんて、ましてや付き合いたいだなんて思ってはいけなかった。
 
 風が頬を撫で上げる。涙の痕が寒かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】廃棄王子、側妃として売られる。社畜はスローライフに戻りたいが離して貰えません!

鏑木 うりこ
BL
 空前絶後の社畜マンが死んだ。   「すみませんが、断罪返しされて療養に出される元王太子の中に入ってください、お願いします!」 同じ社畜臭を感じて頷いたのに、なぜか帝国の側妃として売り渡されてしまった!  話が違うし約束も違う!男の側妃を溺愛してくるだと?!  ゆるーい設定でR18BLになります。 本編完結致しました( ´ ▽ ` )緩い番外編も完結しました。 番外編、お品書き。  〇セイリオス&クロードがイチャイチャする話  〇騎士団に謎のオブジェがある話  ○可愛いけれどムカつくあの子!  ○ビリビリ腕輪の活用法  ○進撃の双子  ○おじさん達が温泉へ行く話  ○孫が可愛いだけだなんて誰が言った?(孫に嫉妬するラムの話)  ○なんかウチの村で美人が田んぼ作ってんだが?(田んぼを耕すディエスの話)  ○ブラックラム(危なく闇落ちするラム)  ○あの二人に子供がいたならば  やっと完結表記に致しました。長い間&たくさんのご声援を頂き誠にありがとうございました~!

不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。

桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。 戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。 『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。 ※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。 時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。 一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。 番外編の方が本編よりも長いです。 気がついたら10万文字を超えていました。 随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!

謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません

柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。 父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。 あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない? 前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。 そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。 「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」 今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。 「おはようミーシャ、今日も元気だね」 あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない? 義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け 9/2以降不定期更新

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

彼氏に身体を捧げると言ったけど騙されて人形にされた!

ジャン・幸田
SF
 あたし姶良夏海。コスプレが趣味の役者志望のフリーターで、あるとき付き合っていた彼氏の八郎丸匡に頼まれたのよ。十日間連続してコスプレしてくれって。    それで応じたのは良いけど、彼ったらこともあろうにあたしを改造したのよ生きたラブドールに! そりゃムツミゴトの最中にあなたに身体を捧げるなんていったこともあるけど、実行する意味が違うってば! こんな状態で本当に元に戻るのか教えてよ! 匡! *いわゆる人形化(人体改造)作品です。空想の科学技術による作品ですが、そのような作品は倫理的に問題のある描写と思われる方は閲覧をパスしてください。

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

愛されていないはずの婚約者に「貴方に愛されることなど望んでいませんわ」と申し上げたら溺愛されました

海咲雪
恋愛
「セレア、もう一度言う。私はセレアを愛している」 「どうやら、私の愛は伝わっていなかったらしい。これからは思う存分セレアを愛でることにしよう」 「他の男を愛することは婚約者の私が一切認めない。君が愛を注いでいいのも愛を注がれていいのも私だけだ」 貴方が愛しているのはあの男爵令嬢でしょう・・・? 何故、私を愛するふりをするのですか? [登場人物] セレア・シャルロット・・・伯爵令嬢。ノア・ヴィアーズの婚約者。ノアのことを建前ではなく本当に愛している。  × ノア・ヴィアーズ・・・王族。セレア・シャルロットの婚約者。 リア・セルナード・・・男爵令嬢。ノア・ヴィアーズと恋仲であると噂が立っている。 アレン・シールベルト・・・伯爵家の一人息子。セレアとは幼い頃から仲が良い友達。実はセレアのことを・・・?

推しを擁護したくて何が悪い!

人生1919回血迷った人
BL
所謂王道学園と呼ばれる東雲学園で風紀委員副委員長として活動している彩凪知晴には学園内に推しがいる。 その推しである鈴谷凛は我儘でぶりっ子な性格の悪いお坊ちゃんだという噂が流れており、実際の性格はともかく学園中の嫌われ者だ。 理不尽な悪意を受ける凛を知晴は陰ながら支えたいと思っており、バレないように後をつけたり知らない所で凛への悪意を排除していたりしてした。 そんな中、学園の人気者たちに何故か好かれる転校生が転入してきて学園は荒れに荒れる。ある日、転校生に嫉妬した生徒会長親衛隊員である生徒が転校生を呼び出して──────────。 「凛に危害を加えるやつは許さない。」 ※王道学園モノですがBLかと言われるとL要素が少なすぎます。BLよりも王道学園の設定が好きなだけの腐った奴による小説です。 ※簡潔にこの話を書くと嫌われからの総愛され系親衛隊隊長のことが推しとして大好きなクールビューティで寡黙な主人公が制裁現場を上手く推しを擁護して解決する話です。

処理中です...