口付けたるは実らざる恋

柊 明日

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1章 覚悟のとき

11話 プレゼント

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「どー、楽しかった?」

 園を出た帰り道、もうすっかり暗くなった空の下で、彼は僕を見ることなく真っ直ぐに歩きながら尋ねた。

「はい、とっても」

 彼の背を見つめながら、噛み締めるように彼へ返す。やっぱり、今日のお出かけは僕を元気づけるためのものだったのだろう。支えると言った手前気を遣わせたのはなんだか申し訳ないけれど。でも。
 今まで1度もそれらしいデートなんてしてなかったから、思い出として最高なものになったと思う。

「また、連れてきてね」

 彼は相変わらず振り向くことも立ち止まることもなく、淡々と僕にそう強請った。それはまるで、本当に忘れないことを約束してくれているようで。

「もちろん」

 僕はいつぶりかの満面の笑みを浮かべて大きく頷き、明るい声で返す。
 なんとなくだけど。でも、きっと大丈夫な気がする。きっと、叶えられる。と、そう思った。



 ふと、彼が立ち止まる。不思議な彼の行動にも慣れた僕は、少し遅れて彼の隣に立ち止まり、彼の視線を追う。
 そこには大手メーカーの看板を掲げてる割にこじんまりとした楽器屋さんがあった。
 なるほど。どうやら楽器が気になるらしい。

「入ってみますか?」

 と彼へ声をかける。
 彼は口角こそ上げなかったが、馬を目の前にした時のように目を輝かせてこくんと大きく首を縦に振り、僕の方も見ずに早速扉の取ってへ手をかけた。

 店内は見た目に反して小奇麗で、やっぱり大手であることを思わせる。入ってすぐにはカラフルなキーボードやギター。そして、申し訳程度のCDが並んでいた。
 その中でも彼の目を引いたのは目の前にあった真っ黒なギター。細部には金色がちりばめられていて、高級感がある。彼は珍しく小走りになって向かうとしゃがみこみ、覗き込むようにして興味津々にそれをじっと見つめた。

「かっこいい」

 と、彼は言った。
 確かに、彼の今持っている赤色のものとは違い落ち着いた色合いで、大人っぽい気がする。しかし。彼の持っているものと比べるとこのお値段は、寧ろ安価に思えた。

「聖也くんの持ってるやつの方が、いい物じゃないですか?」
 と、僕は言う。
「そうなんだよね」

 彼はそう言ってよいしょとその場を立ち上がった。



 そうして楽譜やらピックやら、色々興味深そうに眺める聖也くんの後をつける。少し前までは僕には縁もゆかりも無いものだったけれど、気がつくと興味を持って手に取る僕がいた。

「買ってやるよ」と彼が言う。
「いいですいいです。まだろくにギターも弾けないんで」と僕は首を振った。

 でも。あわよくばいつか弾けるようになって、聖也くんと並んで一緒に作ったあの曲を弾いてみたいとか、そんなことを考えた。

 そうして色々なものを見て回って。しばらくして満足してお店を後にする時。聖也くんは名残惜しそうにちらと振り向いて呟いた。

「やっぱりカッコイイ。俺、黒好き」

 こっそり買ってプレゼントしたら喜んでくれるだろうかとか、そう考えて1人ふふとほくそ笑むのだった。
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