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しおりを挟むその証拠に兄ちゃんは、乱暴に外したネクタイで俺の頭をベシッと叩いてきた上に、そのまま脱ぎ捨てたスーツを俺に投げ掛けてきたのだ。ほんの少しミントのような匂いがする兄ちゃんの脱ぎたてホヤホヤのスーツを掛けられた俺は理不尽な行動に内心少し苛立つ。だけどきっと今の俺の怒りを含んだ表情はスーツのせいで見えないだろう。
「…………ねえ、俺は洋服掛けじゃないんだけど?」
「あー、そうなのか?知らなかった」
「……まったく、もうっ」
身長は190センチもあり、ヒョロヒョロの俺とは違って筋骨隆々で、あらゆる武道で黒帯を会得するほどお強いお兄様に力で勝てるわけもなく、……また大企業に勤めて社会的にも遥か上の立場であるお兄様には強く言い返すこともできず、俺はただ不満を口にした。
「なんだ?一丁前に不満だけは募っているのか?」
「そりゃあもう。だ・れ・か・さんのせいでね!」
「へー。誰だろうな」
「ねぇー。誰だろうねぇ」
兄ちゃんのスーツを握り締めて、俺はニコニコと笑顔を見せる。
そうすれば手洗いうがいを済ませたのであろう母さんが、玄関先で不穏な雰囲気を醸し出す俺たち兄弟を見て助け舟を出してくれた。
「こーら、勇斗。またゆず君を苛めて」
「苛めてねえよ」
「ゆず君が可愛いからって変な構い方しないの」
「………………、可愛くねえよ、こんなヤツ」
「いでっ!?」
「こら、勇斗!」
流石の兄ちゃんも母さんには強く言い返すことはできないようだ。これ以上は分が悪いと判断したのか、兄ちゃんは最後に俺の額にデコピンを食らわすと、そのまま部屋に入って行った。
「まーったく、もうっ。相変わらず愛情表現が下手なんだから。大丈夫ゆずる?」
「……う、うん。大丈夫だよ。そこまで強くなかったし」
「たまには反撃しちゃってもいいんだからね」
「…………母さん……。俺なんかが兄ちゃんに反撃したら最後、俺殺されちゃうよ」
身長差も体重差も違い過ぎる。それに口でだって勝てる気がしない。勝ち目なんてどう足掻いてもあるはずがないのだ。
「だーいじょうぶ、大丈夫。勇斗はゆず君のこと大好きだからあれ以上下手なことはしてこないから」
「………そう思ってるのは多分母さんだけだよ」
完璧な兄ちゃんからすると、出来損ないの俺なんかただのストレス発散道具でしかないだろう。もしくは『可愛くない弟』くらいの認識だと思う。
「ふふっ。さあ、どうでしょうね」
「……?」
しかし、それでも面白そうにクスクスと笑う母さんに、俺はただ首を傾げることしかできなかったのだった。
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