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来訪者
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親父と一緒に清郷さんの家に訪れた次の日。
昼下がりのコンシェルジュの店内で、俺はいつものように仕事をしていた。
日曜日ではあるが珍しく今はお客さんもおらず、静かで落ち着いた時間が流れている。
「ほんならウチはそろそろ上がらせてもらうわ。はよ帰らなお母さんがうるさいし」
レジカウンターに立つ茜が腰に巻いているサロンをほどきながらそんなことを言った。
なんでも今日はチビすけ達の誕生日らしく、姉である彼女は可愛い弟のために夕食の準備を手伝うらしい。
今日は白峰と二人で話す機会を伺っていたのでこれは都合が良いなと思っていたら、何やら茜が訝しむようにこちらを睨みつけてきた。
「わかってると思うけど、二人っきりになるからって仕事サボったらアカンねんで」
「バカなこと言うなよ。この俺がサボるわけないだろ」
いつものように小言を言ってくる茜とそんな言い合いをするも、店奥にいる白峰はというと聞こえているのかいないのか、先ほどから一人黙ったままハタキを片手に棚の掃除を続けている。
そんな彼女の姿を見てから再び視線を戻せば、茜が「ぜったいやで」と何の念押しなのかよくわからないことを言ってからそのまま背を向けてお店を出て行ってしまった。
「……」
そして残されたのは、ここのところ冷戦状態の俺たちだけ。
早くも訪れてしまった勝負の時に、俺は思わずゴクリと唾を飲み込んでしまう。
普段から話しかけづらいオーラを醸し出している白峰だが、今は俺と二人っきりだからだろうか、先ほどよりもさらに声をかけづらい雰囲気を纏っている。……って、頼むからお客さんに対してはそんな雰囲気出しちゃダメだからな。
などと一応教育担当者として真面目にそんなことを考えてみるも、そもそも俺が白峰に声をかけられないのでこればっかりはどうしようもない。
なので俺は黙ったまま白峰に声を掛けるタイミングを伺っていたのだが、こうやって改めて彼女のことを観察していると気づくこともある。
俺が苦手とする観葉植物には茜から教わった通りのやり方で水やりをしてくれているし、テーブルのほこりをふき取ってくれる時は、その上にディスプレイされているお皿やフラワーベースなんかも丁寧な手つきで一緒に磨いてくれている。
アイツ、やっぱり根は真面目なんだよな……。
普段ならこちらが一方的に口うるさくしていただけだったが、こうやって白峰の仕事っぷりを観察していると、白峰は白峰で色々と気遣いながら仕事をしてくれているということがわかる。
そして俺はそんな白峰を見てぐっと指先に力を込めると、覚悟を決めて彼女の方へと近づいていく。
「あのさ白峰」
後ろから急に声をかけたからか、白峰の肩が一瞬ピクリと動いたのがわかった。
けれども彼女はこちらを振り返ることもなく、「何よ?」と冷たい言葉だけを返してくる。
「いやその……」
いつも以上に素っ気なく拒絶の態度を示してくる相手に、俺はついビビって言葉を濁してしまう。
しかしこのままではいつまで経っても彼女との関係が良好になることはない。
そう思い、再び小さく息を吸ってから言葉を続けようとした時だった。
静かな店内で、カランカランと鈴の音が鳴り響く。
「――いらっしゃいませ」
俺は反射的に入り口の方を振り返ると笑顔で挨拶をした。
タイミングが悪かったとはいえ、せっかく来てくれたお客さんを無碍にすることはできない。
そんなことを思いながらもう一度目の前に意識を向けてみると、入り口に立っていたのはピシッとしたスーツを着た40代ぐらいの男性だった。
端正な顔立ちだが、眼鏡のレンズ越しに見える瞳は鋭く、そしてどこか冷たい雰囲気を纏っているせいで俺は無意識に緊張してしまう。
見たところこのお店にはあまりやってこないようなタイプのお客さんだけれども、ここはコンシェルジュのスタッフとして何かお声がけをしなければいけないと思った時だった。
隣にいる白峰が、何故か狼狽えたような表情を浮かべていることに気づいた。
「……白峰?」
異変を感じて声を掛けるも、白峰は目を見開いたまま言葉を返してくる様子はない。
どうしたんだよ? と訝しむ俺がもう一度声を掛けた直後だった。
黙っていた白峰が、その唇を僅かに震わせながら言った。
「お父……さん?」
昼下がりのコンシェルジュの店内で、俺はいつものように仕事をしていた。
日曜日ではあるが珍しく今はお客さんもおらず、静かで落ち着いた時間が流れている。
「ほんならウチはそろそろ上がらせてもらうわ。はよ帰らなお母さんがうるさいし」
レジカウンターに立つ茜が腰に巻いているサロンをほどきながらそんなことを言った。
なんでも今日はチビすけ達の誕生日らしく、姉である彼女は可愛い弟のために夕食の準備を手伝うらしい。
今日は白峰と二人で話す機会を伺っていたのでこれは都合が良いなと思っていたら、何やら茜が訝しむようにこちらを睨みつけてきた。
「わかってると思うけど、二人っきりになるからって仕事サボったらアカンねんで」
「バカなこと言うなよ。この俺がサボるわけないだろ」
いつものように小言を言ってくる茜とそんな言い合いをするも、店奥にいる白峰はというと聞こえているのかいないのか、先ほどから一人黙ったままハタキを片手に棚の掃除を続けている。
そんな彼女の姿を見てから再び視線を戻せば、茜が「ぜったいやで」と何の念押しなのかよくわからないことを言ってからそのまま背を向けてお店を出て行ってしまった。
「……」
そして残されたのは、ここのところ冷戦状態の俺たちだけ。
早くも訪れてしまった勝負の時に、俺は思わずゴクリと唾を飲み込んでしまう。
普段から話しかけづらいオーラを醸し出している白峰だが、今は俺と二人っきりだからだろうか、先ほどよりもさらに声をかけづらい雰囲気を纏っている。……って、頼むからお客さんに対してはそんな雰囲気出しちゃダメだからな。
などと一応教育担当者として真面目にそんなことを考えてみるも、そもそも俺が白峰に声をかけられないのでこればっかりはどうしようもない。
なので俺は黙ったまま白峰に声を掛けるタイミングを伺っていたのだが、こうやって改めて彼女のことを観察していると気づくこともある。
俺が苦手とする観葉植物には茜から教わった通りのやり方で水やりをしてくれているし、テーブルのほこりをふき取ってくれる時は、その上にディスプレイされているお皿やフラワーベースなんかも丁寧な手つきで一緒に磨いてくれている。
アイツ、やっぱり根は真面目なんだよな……。
普段ならこちらが一方的に口うるさくしていただけだったが、こうやって白峰の仕事っぷりを観察していると、白峰は白峰で色々と気遣いながら仕事をしてくれているということがわかる。
そして俺はそんな白峰を見てぐっと指先に力を込めると、覚悟を決めて彼女の方へと近づいていく。
「あのさ白峰」
後ろから急に声をかけたからか、白峰の肩が一瞬ピクリと動いたのがわかった。
けれども彼女はこちらを振り返ることもなく、「何よ?」と冷たい言葉だけを返してくる。
「いやその……」
いつも以上に素っ気なく拒絶の態度を示してくる相手に、俺はついビビって言葉を濁してしまう。
しかしこのままではいつまで経っても彼女との関係が良好になることはない。
そう思い、再び小さく息を吸ってから言葉を続けようとした時だった。
静かな店内で、カランカランと鈴の音が鳴り響く。
「――いらっしゃいませ」
俺は反射的に入り口の方を振り返ると笑顔で挨拶をした。
タイミングが悪かったとはいえ、せっかく来てくれたお客さんを無碍にすることはできない。
そんなことを思いながらもう一度目の前に意識を向けてみると、入り口に立っていたのはピシッとしたスーツを着た40代ぐらいの男性だった。
端正な顔立ちだが、眼鏡のレンズ越しに見える瞳は鋭く、そしてどこか冷たい雰囲気を纏っているせいで俺は無意識に緊張してしまう。
見たところこのお店にはあまりやってこないようなタイプのお客さんだけれども、ここはコンシェルジュのスタッフとして何かお声がけをしなければいけないと思った時だった。
隣にいる白峰が、何故か狼狽えたような表情を浮かべていることに気づいた。
「……白峰?」
異変を感じて声を掛けるも、白峰は目を見開いたまま言葉を返してくる様子はない。
どうしたんだよ? と訝しむ俺がもう一度声を掛けた直後だった。
黙っていた白峰が、その唇を僅かに震わせながら言った。
「お父……さん?」
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