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向上心
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茜の家に訪れてから時はまた数日が経ち、俺は相変わらず白峰の教育担当者として日々奮闘していた。
そしてそんな生活の中で少しずつではあるが、彼女の接客は日々着々と進歩していっていた。
「それでね、今度うちの孫たちが遊びに来ることになったから部屋の中をお洒落にしたくなって――」
三人掛けのソファに座りながら先ほどから楽しげにそんな話しをしているのは気品のある年配の女性だ。どうやらソファの買い替えを検討してこの店にやってきてくれたらしい。
そんなお客さんを対応している白峰はというと、相手の目線よりも高くならないように両膝を床について丁寧な姿勢で話しを真剣に聞いている。うむ、そういった気遣いは非常に良きことだぞ。
「ちなみにこのソファって他の色も選べるのかしら?」
「……少々お待ち下さい」
お客さんから質問をされる度に白峰はサロンのポケットから使い込まれたメモ帳を取り出して、その中身を確認してはたどたどしい言葉ながらも一生懸命に答えている。
その姿が何だか初めてよちよち歩きを始めた我が子のようにも見えてきて、俺は思わず涙腺が緩むのを感じてしまう。
「あなたのお話を聞いていたらこのソファにすごく興味が出てきたわ。家族にも一度相談して検討してみるわね」
白峰が一通りソファについて説明した後、お客さんが満足げな表情でそんな言葉を口にした。
ほほう、もしかしたら白峰は意外と年配の方に好かれるタイプなのかもしれない。
これは新しい発見だな、なんてことを一人うんうんと頷きながら思っていると再びお客さんが言う。
「そういえば、あなたのお名前を教えてくれないかしら?」
「白峰……です」
不意に自分の名前を聞かれたせいか、白峰が珍しく恥ずかしそうに答えていた。
そんな彼女を見て、お客さんは優しく微笑む。
「ふふっ、白峰ちゃんね。それじゃあ今度来た時も是非あなたにお願いするわね」
ニコリと微笑んだままお客さんはそう言うとソファからゆっくりと立ち上がる。そして満足げな様子でお店を出て行った。
「やったな白峰、さっきのお客さんすごく喜んでくれてたぞ」
ガラス越しにお客さんの後ろ姿が見えなくなった後、白峰のもとまで近づいてそんな言葉をかければ「そうね……」と相手は何故か素っ気ない口調で返事を返してきた。
「なんだよ、あんまり嬉しくなかったのか?」
どことなく納得していなさそうなその表情を見て、俺はついそんなことを聞いた。
すると白峰が小さくため息を吐き出してから言う。
「そういうわけではないけれど……ただソファのことについて色々と質問されたのにすぐに答えることができなかったから」
そう言って白峰は眉間にきゅっと眉を寄せた。 なるほど、向上心が強い彼女からすれ接客中にいちいちメモ帳を見なければいけない自分に納得がいかなかったのだろう。
こういうところはほんと真面目だよなコイツ……。
目の前で自分の反省点についてぶつぶつと独り言を呟いている白峰を見て、俺はついそんなことを思ってしまう。
ただいくら白峰が真面目で努力家とはいっても、家具の知識なんて一朝一夕にすぐに覚えられるものではない。
ソファというジャンル一つにしてもデザインや座り心地だけでなく、素材の違いやメンテナンス方法、それに細かいところまでこだわるのなら座面の高さやブランドの歴史なども把握しておく必要だってあるからだ。
とくに海外仕様の家具は日本人の体型にあっていないものも多いので、さっきみたいに年配の女性に提案する時にはそういった違いも説明することが大切だったりする。
「まあそこは働いていくうちに自然と覚えていくところだからそんなに焦る必要はないだろ。それに学校の休み時間でもメモ帳見てるような白峰ならすぐに茜ぐらいの知識には追いつくと思うしな」
「なっ」
なんでそんなことを知ってるのよ! と今度は急に顔を真っ赤にして俺のことを睨みつけてくる白峰。その勢いがあまりに凄まじかったので、俺はビンタされるじゃないかと思わず「ひっ」と悲鳴をあげてしまう。
「まさかあなた、学校でいつも私のことを見てるわけじゃないでしょうね?」
「おいお前、人をストーカーみたいに言うな! そんなわけあるはずないだろ!」
いきなりあらぬ疑いをかけてくる相手にこちらも負けじと睨み返す。
俺はただ教育担当として、こいつが学校でも他人とちゃんとコミニュケーションが取れるようになれるのかいつも気にしてるだけだ。……って、あれ? もしかして俺ってけっこう白峰のこと見ちゃってる?
知らぬ間に頭の中が白峰に侵食されていることに気づき、俺は慌てて咳払いをすると話しを誤魔化す。
「と、とりあえずだ。さっきのお客さんが白峰に接客してもらって喜んでたのは事実なんだからそこはもっと胸張っていいところなんだぞ」
俺がそんなことを言って褒めても、白峰は先ほどと同じく訝しむような瞳を向けてくる。
マズイな、無理やり話しを逸らしたことが完全にバレちゃってるよコレ。
かと言ってこのまま話しをぶり返されるとやっかいなので、ここはどうやって話題の方向転換を計るべきかと頭を悩ませている時だった。
重苦しい沈黙を消し去るかのように、カランカランと軽快な鈴の音が鳴った。
「あっ、ほんとにここで働いてたんだ!」
「「ッ!?」」
突然聞き覚えのある明るい声が店内に響き渡り、俺も白峰も驚いてガラス扉の方を見た。
するとそこに立っていたのは、金色の髪を陽光に輝かせている一人の美少女。
「み、水無瀬さんどうしてここにッ!」
思わず声が裏返る俺の視界のど真ん中に映っていたのは、クラスのアイドル水無瀬さんだった。
「ふふっ、そんなに驚かなくてもいいのに」
前にお店に行くねって約束したからね、とクスリと微笑みながら可愛いリアクションを見せてくる水無瀬さん。
けれどもその青くて綺麗な瞳は、俺の隣にいる人物を見た瞬間大きく見開かられる。
「え! もしかして白峰さんもこのお店で働いてるの!」
まさかクラスの孤高の美少女がこんなところで働いているなんて思わなかったのだろう。今度は水無瀬さんの方が驚きの声を上げる。
そしてそんな水無瀬さんに向かって、「……そうだけど」と白峰はこれまた素っ気ない態度で返事を返していた。
「すごい! 萩原くんと白峰さんって実は仲良しだったんだね!」
「「……」」
無邪気な笑顔でそんなことを言っくる水無瀬さんに、俺と白峰は互いにチラリと睨み合うと思わず黙り込む。……なんだかとんでもない勘違いをされてしまっているような気がするんですけど?
そんなことを思った俺は、これ以上ややこしい展開にならないように「いやこれは……」と白峰がいる状況についての説明をしようとした。
するとその直後、今度は店奥にあるストック部屋の扉が開く。
「なぁ翔太、ストックの整理が終わったんやけどこの雑貨どこに――」
そんな言葉と共に現れたのは一人黙々とストック整理をしていた茜だ。そして彼女はこちらを見た後、何故か不自然に話しを途切らせると訝しむような表情を浮かべる。
「……アンタ、何やってんの?」
「え?」
何やら疑いの眼差しを向けてくる幼なじみに、俺はつい間の抜けた声を漏らしてしまう。
直後隣にいる水無瀬さんが「もしかしてあの子も萩原くんのお友達?」と親しげな口調で俺に尋ねてきた瞬間、険しい顔をしている茜の片眉がピクリと動いた。
「へぇ、ウチが一生懸命ストックの掃除してる間にアンタは女の子らとイチャついとったんか」
「……」
うわぁー、なんかアイツめっちゃ面倒なこと言い出したぞ。
そんなことを思いつい引き攣った苦笑いを浮かべていると、茜が俺たちの方へとズカズカとした足取りでやってくる。
そして無邪気な笑顔を浮かべている水無瀬さんの前で立ち止まると、今度はふんっとした態度で両腕を組んできたではないか。
その姿、まさに天敵に威嚇するキングコブラのようで……って、なんでいきなりややこしい展開になってんだよオイ。
そしてそんな生活の中で少しずつではあるが、彼女の接客は日々着々と進歩していっていた。
「それでね、今度うちの孫たちが遊びに来ることになったから部屋の中をお洒落にしたくなって――」
三人掛けのソファに座りながら先ほどから楽しげにそんな話しをしているのは気品のある年配の女性だ。どうやらソファの買い替えを検討してこの店にやってきてくれたらしい。
そんなお客さんを対応している白峰はというと、相手の目線よりも高くならないように両膝を床について丁寧な姿勢で話しを真剣に聞いている。うむ、そういった気遣いは非常に良きことだぞ。
「ちなみにこのソファって他の色も選べるのかしら?」
「……少々お待ち下さい」
お客さんから質問をされる度に白峰はサロンのポケットから使い込まれたメモ帳を取り出して、その中身を確認してはたどたどしい言葉ながらも一生懸命に答えている。
その姿が何だか初めてよちよち歩きを始めた我が子のようにも見えてきて、俺は思わず涙腺が緩むのを感じてしまう。
「あなたのお話を聞いていたらこのソファにすごく興味が出てきたわ。家族にも一度相談して検討してみるわね」
白峰が一通りソファについて説明した後、お客さんが満足げな表情でそんな言葉を口にした。
ほほう、もしかしたら白峰は意外と年配の方に好かれるタイプなのかもしれない。
これは新しい発見だな、なんてことを一人うんうんと頷きながら思っていると再びお客さんが言う。
「そういえば、あなたのお名前を教えてくれないかしら?」
「白峰……です」
不意に自分の名前を聞かれたせいか、白峰が珍しく恥ずかしそうに答えていた。
そんな彼女を見て、お客さんは優しく微笑む。
「ふふっ、白峰ちゃんね。それじゃあ今度来た時も是非あなたにお願いするわね」
ニコリと微笑んだままお客さんはそう言うとソファからゆっくりと立ち上がる。そして満足げな様子でお店を出て行った。
「やったな白峰、さっきのお客さんすごく喜んでくれてたぞ」
ガラス越しにお客さんの後ろ姿が見えなくなった後、白峰のもとまで近づいてそんな言葉をかければ「そうね……」と相手は何故か素っ気ない口調で返事を返してきた。
「なんだよ、あんまり嬉しくなかったのか?」
どことなく納得していなさそうなその表情を見て、俺はついそんなことを聞いた。
すると白峰が小さくため息を吐き出してから言う。
「そういうわけではないけれど……ただソファのことについて色々と質問されたのにすぐに答えることができなかったから」
そう言って白峰は眉間にきゅっと眉を寄せた。 なるほど、向上心が強い彼女からすれ接客中にいちいちメモ帳を見なければいけない自分に納得がいかなかったのだろう。
こういうところはほんと真面目だよなコイツ……。
目の前で自分の反省点についてぶつぶつと独り言を呟いている白峰を見て、俺はついそんなことを思ってしまう。
ただいくら白峰が真面目で努力家とはいっても、家具の知識なんて一朝一夕にすぐに覚えられるものではない。
ソファというジャンル一つにしてもデザインや座り心地だけでなく、素材の違いやメンテナンス方法、それに細かいところまでこだわるのなら座面の高さやブランドの歴史なども把握しておく必要だってあるからだ。
とくに海外仕様の家具は日本人の体型にあっていないものも多いので、さっきみたいに年配の女性に提案する時にはそういった違いも説明することが大切だったりする。
「まあそこは働いていくうちに自然と覚えていくところだからそんなに焦る必要はないだろ。それに学校の休み時間でもメモ帳見てるような白峰ならすぐに茜ぐらいの知識には追いつくと思うしな」
「なっ」
なんでそんなことを知ってるのよ! と今度は急に顔を真っ赤にして俺のことを睨みつけてくる白峰。その勢いがあまりに凄まじかったので、俺はビンタされるじゃないかと思わず「ひっ」と悲鳴をあげてしまう。
「まさかあなた、学校でいつも私のことを見てるわけじゃないでしょうね?」
「おいお前、人をストーカーみたいに言うな! そんなわけあるはずないだろ!」
いきなりあらぬ疑いをかけてくる相手にこちらも負けじと睨み返す。
俺はただ教育担当として、こいつが学校でも他人とちゃんとコミニュケーションが取れるようになれるのかいつも気にしてるだけだ。……って、あれ? もしかして俺ってけっこう白峰のこと見ちゃってる?
知らぬ間に頭の中が白峰に侵食されていることに気づき、俺は慌てて咳払いをすると話しを誤魔化す。
「と、とりあえずだ。さっきのお客さんが白峰に接客してもらって喜んでたのは事実なんだからそこはもっと胸張っていいところなんだぞ」
俺がそんなことを言って褒めても、白峰は先ほどと同じく訝しむような瞳を向けてくる。
マズイな、無理やり話しを逸らしたことが完全にバレちゃってるよコレ。
かと言ってこのまま話しをぶり返されるとやっかいなので、ここはどうやって話題の方向転換を計るべきかと頭を悩ませている時だった。
重苦しい沈黙を消し去るかのように、カランカランと軽快な鈴の音が鳴った。
「あっ、ほんとにここで働いてたんだ!」
「「ッ!?」」
突然聞き覚えのある明るい声が店内に響き渡り、俺も白峰も驚いてガラス扉の方を見た。
するとそこに立っていたのは、金色の髪を陽光に輝かせている一人の美少女。
「み、水無瀬さんどうしてここにッ!」
思わず声が裏返る俺の視界のど真ん中に映っていたのは、クラスのアイドル水無瀬さんだった。
「ふふっ、そんなに驚かなくてもいいのに」
前にお店に行くねって約束したからね、とクスリと微笑みながら可愛いリアクションを見せてくる水無瀬さん。
けれどもその青くて綺麗な瞳は、俺の隣にいる人物を見た瞬間大きく見開かられる。
「え! もしかして白峰さんもこのお店で働いてるの!」
まさかクラスの孤高の美少女がこんなところで働いているなんて思わなかったのだろう。今度は水無瀬さんの方が驚きの声を上げる。
そしてそんな水無瀬さんに向かって、「……そうだけど」と白峰はこれまた素っ気ない態度で返事を返していた。
「すごい! 萩原くんと白峰さんって実は仲良しだったんだね!」
「「……」」
無邪気な笑顔でそんなことを言っくる水無瀬さんに、俺と白峰は互いにチラリと睨み合うと思わず黙り込む。……なんだかとんでもない勘違いをされてしまっているような気がするんですけど?
そんなことを思った俺は、これ以上ややこしい展開にならないように「いやこれは……」と白峰がいる状況についての説明をしようとした。
するとその直後、今度は店奥にあるストック部屋の扉が開く。
「なぁ翔太、ストックの整理が終わったんやけどこの雑貨どこに――」
そんな言葉と共に現れたのは一人黙々とストック整理をしていた茜だ。そして彼女はこちらを見た後、何故か不自然に話しを途切らせると訝しむような表情を浮かべる。
「……アンタ、何やってんの?」
「え?」
何やら疑いの眼差しを向けてくる幼なじみに、俺はつい間の抜けた声を漏らしてしまう。
直後隣にいる水無瀬さんが「もしかしてあの子も萩原くんのお友達?」と親しげな口調で俺に尋ねてきた瞬間、険しい顔をしている茜の片眉がピクリと動いた。
「へぇ、ウチが一生懸命ストックの掃除してる間にアンタは女の子らとイチャついとったんか」
「……」
うわぁー、なんかアイツめっちゃ面倒なこと言い出したぞ。
そんなことを思いつい引き攣った苦笑いを浮かべていると、茜が俺たちの方へとズカズカとした足取りでやってくる。
そして無邪気な笑顔を浮かべている水無瀬さんの前で立ち止まると、今度はふんっとした態度で両腕を組んできたではないか。
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