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第127話 闇商人の使い②

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ここは、土竜が掘り進めている次元回廊内。
半円形状のトンネル内にある住設機器は停止し、工事現場独特の音は消えていた。
私が座るテーブルの上には、土竜の連帯保証人になるための用紙が置かれている。
連帯保証人とは、主債務者が何らかの理由で返済できなくなったときに主債務者の代わりに返済義務を負わなければならない。
藍倫が素知らぬ顔をしながら少年神官が出したお茶をすすっており、その背後に黒マントで全身を隠した死霊王がボディーガードのように立っていた。
安全第一と書かれたヘルメットを被っている土竜は、土下座していた体勢から顔を上げ、少年神官は空気のように存在を消している。
そして、肥満体型が加速しつつある純白の聖衣をきた聖女が、反社会的勢力が口にするような言葉を吐いてきた。


「三華月様。うち達は、その用紙にサインをしてもられば、気持ちよく帰るつもりでおります。」
「私が連帯保証人になったとしても、土竜さんが更生されるわけではないでしょう。」
「確かにそうですね。でも、連帯保証人にならなければ、最も神格の高い聖女様が、眷属の一人を見殺しにしてしまうことになってしまいます。」
「土竜さんには破産宣告をさせようかと思っております。」
「破産宣告ですか。三華月様は、借金が免責される法的手段をとるつもりなのですか?」
「はい。破産宣告にて借金を踏み倒したら、私が連帯保証人になる必要はないわけです。」
「残念ながら、ギャンブルによる借金は破産宣告をしたとしても、免責を受けることは出来ません。そもそも、借りたものは返す。それって人として当然のことですよ!」
「それでは、土竜さんを鮪漁船にでも乗せてやって下さい。」
「マグロ漁船ですか。うちが言うのもどうかと思いますが、マジで血も涙もない聖女なんですね。」
「本当に、藍倫がその言葉を言うのは、いかがなものかと思います。」
「もう観念したらどうですか。土竜さんの雇用主である三華月様がここに名前を書いてくれたら、全てが丸く収まるんです。」
「どうしても連帯保証人にならないと駄目ですか。」
「駄目だと言っているじゃないですか。マジで往生際が悪い聖女なんですね。聖女とは慈愛の気持ちが大事なんですよ!」
「その理屈で言えば、同じ聖女である藍倫が慈愛に満ちた対応をとってもいいではないですか。」
「うちは慈愛に満ちた対応をしていますよ。考えてみて下さい。借金を踏み倒そうとしている聖女に対し、ちゃんと返済するように説得しているじゃないですか!」
「私が借金をしているような言い方はしないで下さい。」
「そもそもですが、うちは聖女を辞めようかと考えておりまして。」
「え。藍倫が聖女を辞める?」
「うちが聖女になった動機とは、働かなくてもいいこと。楽が出来ると思ったわけなのです。それが、偉くなっていくにつれて、人に頼られていく悪循環に陥ってしまっている今日この頃なんです。」
「毎日が激務になって辛いということですか。」
「はい。自由に生きている三華月様が羨ましいです。破壊衝動にかられてしまうその気持ち、今は理解しております。」


少女が大きくため息をはき、憂鬱そうな顔をした。
藍倫からすると私という者は、自由に生きると言いながら、チート級スキルで気に入らない者を殺しまくる定型ヒロインに見えているのかしら。
横に立ち異様な気配を放っていた死霊王が、絶妙な間合いで話しを続けてきた。


「藍倫様は現在世界に影響を与える人物の10傑に選ばれております。つまり、三華月様とは異なり、半端なく忙しい聖女様なのです。」


何気に死霊王も私をディスってくるのかよ。
とはいうものの、言っていることは正しい。
藍倫は不良聖女ではあるが、次期最高司祭の最有力候補である。
私は神に愛されているが、藍倫には人望があるのだ。
聖女を辞めたいというが、何かやりたいことでもあるのだろうか。


「藍倫。聖女以外に何かやりたいことがあるのでしょうか。」
「田舎でスローライフを送るのもいいかなと考えています。」


その定型ルートなら知っている。
仕事をし過ぎて疲れたのでだからもう働きませんと田舎に引っ込むものの、教会の幹部が藍倫を追いかけてくるのだろう。
そして、何故か近くで現れるS級の魔物を、藍倫の指示で護衛役の死霊王が討伐してしまう。
結局のところ、『うちは静かに暮らしたいのに、周りがそれを許してくれない!』となる。
そう。スローライフなど送ることができないのだ。


「藍倫。スローライフを送ろうとしても、聖女の時よりも忙しくなってしまいます。」
「どういうことですか。なぜ忙しくなるのですか。」
「それが、あなたの運命だからです。」
「とにかくですね。雇用主である三華月様には土竜さんの借金を何とかする義務があるわけです。」
「雇用主に借金を返済する義務があるって、乱暴すぎませんか。」
「労働基準法第二十五条の定めにも『従業員に急を要する理由がある場合は、雇用主は前払いに応じる義務がある』という規定があるじゃないですか。」
「そもそも土竜さんは奉仕されているわけでして、私は雇用主ではありません。」
「三華月様。労働基準法37条で定められているとおり、ただ働きの強制は違反ですよ!」


藍倫が目を見開き鋭く言葉を言い放ってきた。
言っていることは分かる。
だが土竜から私のお手伝いをしたいという申し出があり、お願いしたのであって、強制をしているのではない。
土竜に視線を送ると、我に返ったように、ようやく藍倫へ自らの口で説明を開始した。


「藍倫様。私は三華月様の元で働いているのは強制されたものではありません。」
「うむ。ここは生き延びるための賢い選択をするところだぞ。」
「賢い選択ですか。」
「一生、マグロ漁船に乗りたいのか?」
「一生ですか!」
「ここは、三華月様に連帯保証人へなってもらった方がいいんじゃないのか。」


土竜は藍倫の言葉を断るどころか、私へ助けを求めてくるような視線を送ってきている。
おいおいおい。連帯保証人になってしまうと、私に土竜が負った債務に対し返済義務が生じてしまうではないか。
土竜と視線が重なった刹那、死霊王が割り込むように体を入れ、視線を切ってきた。
更に藍倫が、甘言を仕掛けてくる。


「三華月様が連帯保証人になったとしても、誰も史上最凶の鬼聖女からは、取り立てなんて出来ませんよ。そもそも三華月様って、お金に興味がないし、持っていないので、取り立てなんかされないでしょう。だから連帯保証人になっても問題ありませんし、気に入らなかったら、取り立て屋を処刑したらいいじゃないですか。闇商人なんぞ、しょせんクズなので、処刑したも世界が綺麗になるだけです。」


死霊王が私へペンを差し出している。
藍倫の言っていることは間違っていないのかもしれないが、ここで連帯保証人になっては駄目な気がしていた。
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