ブラックな聖女『終わっことは仕方がないという言葉を考えた者は天才ですね』

第102話 目には目を歯には歯を

色むらのない暗く灰色の雲が、低い位置に広がり、空全体を覆い隠していた。
降り続けている雨足は糸のように柔らかく、肌に当たっても痛いと言う感触はない。
漂流者達を見ると、少し体温を奪ってくれるの雨を歓迎しているようだ。
鉄くずを継ぎ接ぎして造られた全長が５０ｍほどある浮島は、緋色のスキル『フロート』の効果により浮力を得ていた。
地上世界に戻るための準備をしている３００人を超える数の漂流者達から活気ある声や笑い声が聞こえ、生きようとするエネルギーが浮島全体に満ち溢れている。

明るいムードが漂う中、私の周りだけが別世界のように重苦しい空気が流れており、石の彫刻で造られたような人の姿をした者と対峙していた。
主神ホルスに仕える神、イムセティである。
地面へ片膝を付き石像は頭を垂れていたが、緋色を強制連行しようとする私を阻む行動をとってきた。
重く苦しい空気が、殺気だったものへ変わっている。
無機質な石のような顔が、人のものから獣のような姿へ変化し、背中からは真っ白な翼が生え始めていた。
敵意を隠すことなくこちらを睨みつけなかがら、緋色を置いていくように告げてきた。


「三華月様。緋色という者を連れていかれては困ります。」
「どんな事情があるか分かりませんが、私としてもその者を見殺しにするわけにはいきません。」
「どうしても連れていくおつもりですか。」
「はい。最後通告です。邪魔する者は排除させて頂きます。」
「我々が戦わなければならない理由が分かりません。人間ごとき下等生物など、どうでもいいではありませんか。」
「あなたからしたらそうかもしれませんが、その者は私の同族です。見捨てるわけにはいかないのです。」
「我には、主神ホルス様を復活させるための使命があるのです。ご理解頂けないでしょうか。」
「ホルス神を復活させたいのなら、別の手段をお探し下さい。私があなたに譲歩することはありません。」


異界の主神であるホルス神を復活させるために緋色が必要だと言っているようだが、私にとってはどうでもいい事だし、あなた達には関わりたくはない。
『ＳＫＩＬＬ_ＶＩＲＵＳ』の効果により、緋色が獲得しているスキル『フロート』は現在進行形で崩壊中であり、７日後には完全消滅してしまう。
緋色を置いていくことも、イムセティに渡すことも、重罪となる同族殺しに繋がる行為と判断されてしまうだろう。
ここで退くわけにはいかない。
たとえ相手が神であろうとも、邪魔をするならば排除させてもらいます。
イムセティは深く息を吐くと、石象の顔を人のものへ戻し、落ち着き払った低い声で物騒な事を言ってきた。


「三華月様。我は、天空が雲により閉じられているこの状況下では、本来の力を発揮することは出来ません。だがそれでも、この浮島にいる人間達でしたら、一瞬で殺すくらい簡単なのですよ。」
「何が言いたいのでしょうか。緋色を譲らなければ漂流者達を皆殺しにすると、私を脅しているのですか。」
「そうです。三華月様にとって、同族である浮島にいる人間達は殺されたら困るのではないですか。」


表情は読み取れないが、どす黒い感情は伝わってくる。
浮島にいる漂流者達の全員を殺さない代わりに、緋色を置いていけと言っているのか。
１人の命を犠牲にする代わりに大勢を助けてやると提案されたら、判断に戸惑う者もいるのだろうが、私の場合は一切の迷いが無い。
その１人である緋色を犠牲にし、その引き換えに大勢の者を救ったとしても、それは同族殺しに変わりない。
私には命をかけて緋色を含めた全員の命を助ける覚悟があり、それを必ずやり遂げられるので、選択肢に迷うことはないのだ。


「人の命の重さは数で決まるものではありません。つまり、あなたからの提案は到底受け入れられるものではないということです。」
「クックック。神の前では、人の命など虫ケラではありませんか。虫ケラの命に重さなど無いでしょう。何でしたら今すぐ、ここにいる虫ケラ達を一瞬で抹殺してやりましょうか。」


石の素材で出来ているようなイムセティの表情がグシャリと崩れ、悪魔のような様相をしながら笑い声を上げ始めた。
イムセティとは生きる世界が違うので価値観が違うのは仕方がないと言えばそうなのだろう。
石像の者には、私という者を少しだけ教えてあげましょう。


「イムセティ。あなたは『目には目を歯には歯を』ということわざをご存知でしょうか。」
「それは、相手に同等の報復を行うという例えですね。」
「はい。あなたが漂流者達を殺してしまったら、私も同等の報復を与えることを宣言致します。」
「同等の報復。我に同等の報復をするとは、どういうことですか。」
「漂流者達を殺したら、あなたが復活させようとしている主神ホルスを、２度と復活出来ないように冥府へ送り届けてあげましょう。」
「ホルス様を冥府へ送るだと！！」


楽しそうに卑猥に歪めていたイムセティが、鬼の形相へ変わった。
空気が張り詰め殺伐なものへ変わり始め、生暖かい気温が一気に下がっていく。
殺気に耐えられなくなった漂流者達が次々と気絶をして倒れていった。
イムセティが怒声を響かせてきた。


「今、主神ホルス様と、虫ケラの命が同等だと言ったか！」


大気が震え、波が逆立ち、浮島が激しく揺れる。
天空からの加護が受けていないとはいえ、結構なプレッシャーだ。
相当の力を失っているとはいえ、さすが神であるといった感じかしら。
何にして私がやることは変わらない。
ここでイムセティを仕留めさせてもらいます。
間合いをとるために後方にジャンプしながら、召喚していた運命の弓へ矢のリロードを開始した。
イムセティは純白の翼をゆっくりと羽ばたかせながら、空へ昇り始め出ていく。
神というよりガーゴイルの姿に見える。
石像の者は、私を睨みつけながら大きな翼を優雅に動かし空へ上がっていくと、勝利宣言をしてきた。


「足場の無い海域で、我に戦いを挑むとは愚かとしかいいようがありません。空を飛ぶ我に勝てないことを教えてあげましょう。」