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第80話 親愛なる友へ

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海の水平線から姿を現し始めた太陽からの黄色混じりの白色光線が、波に反射してキラキラと不規則に光り、冷たい潮風が吹いていた。
列車内からガラス越しに外を見ると360度、水平線が見えている。
その海面に伸びていくレールの上を、次元列車は時速20kmの速度で心地良く揺れながら、まだ見えない陸地を目指し進んでいた。
列車内では、地上世界の空を周回する衛星達から送られてきたリアルタイムな情報より、黒の革ジャンを着てワイルドを演出したファッションをした、腹が出た長髪の青年、佐藤翔が幼女2人を連れて歩いている姿が、リアルタイムの立体フォログラム映像に映し出されていた。
異世界から召喚された際にチート級スキルを獲得したと思われている佐藤翔は、S王国を混乱に陥れ、そしてこれから国王を討つステップへ進もうとしていたため、神託に従い早期に佐藤翔を討伐しなければならない。
2000km離れているここから佐藤翔を狙い撃たせてもらいます。


「次元列車さん。神託に従い、ここから天空へ運命の矢を撃ち放ち、S王国を混乱に陥れている元凶である佐藤翔を狙撃させてもらいます。天井を開けて下さい。」


2000km離れていても、佐藤翔のフォログラムを視認しながら、スキル『未来視』を発動させ、発射する矢の軌道修正を行えば確実に仕留められる。
私と次元列車のスペックとは相性がいい。
だが、運命の矢をリロードしようとしたタイミングで、次元列車が佐藤翔の狙撃を考え直すように進言してきた。


「三華月様。佐藤翔を処刑することは再考してもらえないでしょうか。S王国を混乱させている元凶は、佐藤翔を操っている異界の神である信者の方ではないですか。それに、佐藤翔は『奴隷契約』により何者かに操られている可能性もあります。何者かに強制されていなかったとしても、佐藤翔も被害者なのです。無理矢理召喚されてこの世界に来たら、従うしかないと言いますか、佐藤翔の行動は仕方がない面もあったように思います。」


次元列車がややこしいことを言い始めてきた。
佐藤翔にもやむおえない事情があるのかもしれないし、それを確認しないで処刑するのも乱暴といえばそうなのかもしれない。
だが、時速20kmで走る次元列車のS王国までの到着時間は4日程度かかり、その間もS王国の状況は悪化し続けていくだろう。
やはりここから狙撃するしか選択肢はない。
次元列車からの進言を断ろうとしたタイミングで、更に訳の分からないことを言い始めてきた。


「佐藤翔は心の弱い男なのです。何でも出来る三華月様とは違うのです!三華月様には分からないかも知れませんが、努力も無しに運だけでチートスキルを取得してしまったら、自分が偉くなったような気になると言いますか、何かをやってやろうと思うものですよ。」
「次元列車さん。感情移入をしてしまうと判断を鈍らせてしまいます。それに駄目なものは、どのような理由があっても駄目です。許されるものではありません。」
「…。」


次元列車が押し黙ってしまった。
言っていることは分からないこともないが、神託に従うことが何よりも優先される。
佐藤翔を放置して、S王国の国王の身になにかあってはならないしな。
そもそも、天井を開かなくても突き破ればいいだけのことなので、次元列車の同意は必要ないのだ。
次元列車が更に訳の分からないことを重ねてきた。


「三華月様って、全て自分が正しいって思っていますよね?」
「今度は一体何ですか。」
「三華月様は駄目な者を否定して満足なのですか。三華月様は正義なのでしょうけど、じゃぁ僕達が悪なのですか。しんどい事から逃げてしまう僕達の気持なんて、何でも出来る三華月様には理解出来ないのでしょうね!」


なんだか次元列車が暴走しているな。
私へ切れている理由もよく分からない。
この不毛な議論も、佐藤翔を処刑してしまえば解決する。
太陽が現れ、青くなり始めている空には、白い姿をした月が浮かんでいた。
月の加護が満ちている間に作業を終わらせることにしましょう。


「三華月様。とにかくお待ちください。僕に1度だけチャンスを下さい!」
「次元列車さん、私は心が狭く、面倒事が嫌いで、無茶苦茶短期な聖女なのです。佐藤翔を処刑したら、抱えている悩みが解消されてスッキリすると思いますよ。早く悶々とした今の生活からサヨナラをしたくないですか。」
「とにかく僕が佐藤翔に手紙を書きますので、少し時間を下さい。」


佐藤翔へ手紙だと?
気がつくと次元列車がマジックハンドで手紙を書き始めていた。
なんて書いているのか少し気になるところではある。
マジックハンドの方へ近づき覗いて内容を確認してみた。

親愛なる友、佐藤翔様へ。
僕は次元列車のAIで、佐藤翔様の味方です。
現在、佐藤翔様を討伐するため、史上最凶の聖女様を運んでおり90時間後にはそちらへ到着する予定となっております。
どれくらい最凶かと言いますと、54話で龍王となる予定だった黒龍を瞬殺した、本当にヤバい聖女なのです。
助かりたいのなら、佐藤翔様の周りにいる異界の神に仕える信者と今すぐ縁をきって下さい。

いやいやいや、あのクソ雑魚の黒龍が龍王って誇張し過ぎだろ。
それって、広告審査機構があれば確実に指導されるような内容だぞ。
他にも気になら点がいくつかある。


「次元列車さん。そこに書かれている『最凶な聖女』というところを、『鬼可愛い聖女』という文章へ修正願えないでしょうか。」
「三華月様は確かに鬼可愛くて地上世界で最強なのでしょうが、そう書いてしまうと佐藤翔が調子にのって、『ならば、俺は鬼デブ最強だな。』と、更に駄目な方向へ舵をきる可能性がありますので、そのご要望にはお応えできません。」


鬼デブ最強って、本当に言いそうな感じがする。
硝子越しに海上を見ると、いつの間にか古代文明の配達用バイクが次元列車に並走して走っていた。
バイクって、海上を走れたのかしら。
次元列車のマジックハンドが、自ら書いた手紙をそのバイクに渡すと、急加速を開始し、一瞬で突然現れた高速トンネルに消えていった。
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