上 下
39 / 142

第39話 貴重な存在

しおりを挟む
東に見える水平線の空が深い藍色から朱色に変わり始めていた。
まもなく夜が明けようとしている。
大海を浮遊する陸地は、草原地帯が海へ落ち、古城だけの姿になっていた。
古城内へ繋がる門から眼下を見下ろすと、陸地が着水した影響により海面が荒れている。
移動都市の核であるペンギンが、足元からこちらの様子を伺いながら現状について報告してきた。


「三華月様。移動都市は進路を反転させ、時速50kmの速度で大陸へ戻っております。」
「ペンギンさん。念のために確認したいことがあるのですが、聞いてもよろしいでしょうか。」
「はい。何なりとお答えさせて頂きます。」
「37話でペンギンさんは、移動都市を守れなかった時は死ぬ時だと言っていたと記憶しております。」
「確かにそう言っておりました。それが、どうかされたのでしょうか。」
「だが実際のところは、自害するつもりなんて全く無かったという認識で、間違いないでしょうか。」
「はい。間違いありません。死ぬことなど微塵も考えたことがありません。」
「つまり、移動都市を守る使命感なんて、初めから無かったという事でしょうか。」
「はい。ありません。この際なので三華月様に教えて差し上げますが、言葉の揚げ足をとってその物を追い詰めるような態度をとるような陰湿な女に、男は寄ってきませんよ。そもそも37話で、プライドを捨てろと言ったのは三華月様ではないですか。成り行きですが、私は三華月様のいうとおりプライドを捨てたわけですよ!」
「そうですか。ペンギンさんは絶対に自害しないのですか…。」
「残念そうな言い方はやめてください。そもそもですが、私がいなくなってしまうと、三華月様にとって大きな損失になってしまうじゃないですか!」
「いきなり何ですか。私にとって大きな損失になるって、どういう事ですか。」
「周りをイエスマンで固めてしまう者は、自身を堕落させてしまうと言います。三華月様に対して毅然とした態度で誤りを指摘する行為が出来る『臣下』である私こそが、三華月様にとって貴重な存在だと考えらませんか!」


今、どさくさ紛れに『私の臣下』であると言っていたな。
陰湿な女って、臣下が言う言葉ではないだろ。
それに男が寄ってこなくても何ら問題なしだ。
ペンギンが臣下になろうが、信仰心には何ら影響がないだろうし、どうでもいいか。
この話しはここまでにし、そろそろ最高司祭からのクエストを完遂させてもらいましょう。


「ペンギンさん。それでは古城内にいる奴隷達を解放して下さい。」
「三華月様。現在、移動都市には奴隷はおりません。」
「なぬ。どういう事でしょう。ここは奴隷商人の街なのではないのですか。」
「はい。この移動都市には、特に人気となる可愛らしい女の子ばかりが集まってきます。」
「その可愛い女の子達は、どこへ行ったのでしょうか。」
「先程ここへやってきた一級商人がおりまして、その者が全ての女子を購入し降りて行きました。」
「全ての女の子を購入したのですか。」
「はい。ハーレム王にでもなるつもりなのでしょうか。おっと、お子さまの三華月様には刺激がキツイ話しでしたね。」


今しがた命乞いをしていたペンギンが、私を見下しているような視線を送ってきている。
話しに出てきた一級商人とは星運のことだろう。
砂漠地帯では北冬辺からの邪魔が入り、仕留め損ねた奴だ。
あの時の怒りが思いだされてくる。


「その奴隷を全員購入した一級商人とは、星運という者でしょうか。」
「三華月様。個人情報の漏洩は禁止されておりますので、その質問にはお答え出来ませんが、とある少年についての話しをさせて頂きましょう。」
「とある少年の話しですか。」
「ある日、奴隷商人がお得意様である少年を連れてグラングランにやってきました。その後、移動都市グラングランで気に入った奴隷を買いあさり常連枠となった少年は調子にのって、絶対に揉めてはいけない最凶な聖女とトラブルを起こして、命を狙われてしまうことになったのです。イージーモードで送っていた人生に絶対絶命の危機がやってきました。そこで少年は、自身の護衛を増やす為に有り金をはたいて奴隷を買っていったのです。」
「ペンギンさん。その話しに出てきた聖女について、少しよろしいでしょうか。」
「はい。なんでしょう。」
「最凶な聖女という表現から、世界で最も可愛い聖女という設定に変えてもらえませんか。」
「はい。それは構いませんが、その申し入れを受けてしまうと、私は三華月様のイエスマンになってしまいます。」


つまりそれは、私からのお願いにNOを突き付けてきたということなのか。
それほいいとして、やはり人を金で買う話しを聞くのは気分がいいものではない。
星運と一緒にいた、万里と水落の二人もやはり星運の奴隷だったのかしら。
奴隷契約とは、奴隷となる者へ『契約の鎖』を巻く行為であり、主人となる者の気分次第でいつでも殺すことが出来てしまう。
奴隷が自由になるには、契約時に定められた対価を払い終えれば、その『契約の鎖』が解かれる仕組みとなっているのだ。
万里と水落が星運の楯となり私に戦いを挑んできたのだが、用心棒として雇われていたわけでは無くて、命を握られていたせいだったのか。
星運は本物のクズかもしれない。
その時である、アルテミス神から神託が降りてきた。


―――――――星運を処刑せよ。


YES_MY_GOD
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

それなら、あなたは要りません!

じじ
恋愛
カレン=クーガーは元伯爵家令嬢。2年前に二つ上のホワン子爵家の長男ダレスに嫁いでいる。ホワン子爵家は財政難で、クーガー伯爵家に金銭的な援助を頼っている。それにも関わらず、夫のホワンはカレンを裏切り、義母のダイナはカレンに辛く当たる日々。 ある日、娘のヨーシャのことを夫に罵倒されカレンはついに反撃する。 1話完結で基本的に毎話、主人公が変わるオムニバス形式です。 夫や恋人への、ざまぁが多いですが、それ以外の場合もあります。 不定期更新です

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?

猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」 「え?なんて?」 私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。 彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。 私が聖女であることが、どれほど重要なことか。 聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。 ―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。 前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...