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第20章 魔国を観光しながら生きていこう

幕間の物語201.賢者たちは急いで移動した

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 ドラゴニア王国の南に広がる不毛の大地にあるファマリーという町の一角に、今代の勇者たちが寝泊まりしている宿がある。
 子猫の宿という名の宿屋は、一階に併設されている食事処がメインの店だったが、二階よりも上は一応宿泊できる環境が整っていた。
 室内にはベッドと机と椅子、それから収納棚くらいしかないが、今泊っている二人はそれで十分だったようだ。
 一カ月経っても継続して利用し続けているからにはきっと気に入ってもらえているのだろう、と女主人である猫人族の少女は思っていた。
 これをきっかけに、どんどん泊まる人が増えるかも!? なんて妄想を繰り広げていた彼女だったが、泊まっている勇者たちのドラゴニアでの評判はそこまでよくはなかった。
 それもあるからか、二人以外の新しいお客さんはなかなか訪れない。
 それでも、今日も女店主は黒い猫の尻尾をゆらゆらと揺らめかせながら、女の子のようにも見える黒髪の少年と茶髪の少女を見送った。

「今日から新しい所に進むんだっけ」
「そうですね。事前情報が全くないので、いつでも回復魔法を使う事ができるように魔力管理を徹底してくださいね」
「分かってるわよ。そういう明こそ、ピンチの時に一発逆転できるような魔法をいつでも打てるようにしときなよ」

 明と呼んだのは茶色の髪をポニーテールにしている明るそうな雰囲気の少女だ。
 幼さの残る顔立ちで、可愛らしい容姿をしている。
 彼女の名前は茶木姫花。神様から加護を授かり、冒険者としてだけではなく、治癒魔法使いとしても活躍している少女だった。最近の治癒の使い道はこけた子の治療とかだが……。
 そんな彼女とお揃いのコートを着て、スタスタと世界樹ファマリーに向けて歩みを進めているのは黒川明だ。
 中性的な顔立ちで女性に間違われる事もあるが、れっきとした男性だ。同性とすら一緒の風呂に入りたがらないため他者から確認されてはいないが……。
 姫花と同様に神様から加護を授かり、『賢者』と呼ばれている彼は、冒険者としての活動に専念していた。
 ここ一カ月の間に、一部の貴族から家庭教師などのお誘いがあったにも関わらず、だ。
 エンジェリア帝国での出来事から、極力自由に動けるように、と考えて冒険者を続けているのだろう。
 大通りを歩き続けていた明だったが、見知った人物たちを見つけると、駆け足で彼らに近づいた。

「カレンさん、シルダーさん、おはようございます」
「おはようございます」

 カレンと呼ばれた女性は挨拶を返したが、シルダーは静かに頷いただけだった。
 姫花はそんなシルダーに気軽に「おはよ!」と言いつつ肩に触れたが、やっぱりシルダーは頷くだけだ。
 呆れた様子で明は姫花を見ていたが「もうすぐ定刻になります。急ぎましょう」とカレンに促されて歩き始めた。
 そうして彼らが向かった先は、一般人は立ち入りが許されない畑だ。
 ファマリアの中心に拡がるその畑には、ドラゴニア王国の第一王女が丹精込めて育てている作物が生えていた。

(いつ見ても季節感も生息域もばらばらですね)

 そんな事を思いつつ、明は街から畑へと一歩足を踏み入れた。とたんに視線を感じるが、慣れた様子ですたすたと歩き続ける。
 その後を、カレンも真っすぐに前を向いて追いかけた。
 姫花はシルダーに話しかけ続けていて、それとなく体に触れている。ただ、シルダーの表情は変わっていない。

「……ほら、転移陣に前に来たんですから、遊んでないで最後の確認をしてください」
「別にいいじゃない。どうせ陽太たちは遅れてくるんだから」
「だからこそ、最終確認を終わらせておくんですよ。陽太が遅れているのにさらに遅れる訳には行かないんですから」
「はぁ、めんどくさいなぁ。ねぇ、シルダー。ちょっと姫花の代わりに持ち物チェックしてくれない?」
「………」
「ちょっとだけでいいからさぁ」
「ほら、そこ! ちょっかいかけてないですぐに確認してください! 今回は全くの未知の領域に足を踏み入れるんですからね! ほんの少しの慢心が大損害に繋がりかねないんですよ! 分かってるんですか!」
「分かったわよ! やればいいんでしょ、やれば」

 姫花は諦めて、ポーチの中身を確認し始めた。明も自分の背負い袋の中を探る。
 二人が探っているのはアイテムバッグという魔道具だ。
 容量を増やす事ができるが、中の時間が止まる物ではない。
 それを知ったこの場にはいないもう一人の仲間が「アニメだったらそういう機能付いてるのが普通だろ」なんて、文句を言っていた事もあったが、ついていないものは仕方がない。
 明のアイテムバッグの中には時間経過しても大丈夫なように、冷めても美味しく食べられる料理を詰め込んである。
 姫花のアイテムバッグの中には化粧品等小物系が入っていた。それよりも少ないが、ポーションなど、万が一の時に備えた薬品も各種揃っている。
 姫花も明も魔法が使えない状態にならない限りは出番はなさそうだが、大容量の鞄があるのだからと、明が買い出しを終える度に姫花のポーチの中に突っ込んでいたのだ。

「定刻となりましたが、まだ隊長……ラックたちは来ませんね」
「今回はどっちが原因でしょうね」
「もういっその事お昼からでいいんじゃない?」
「夜遅くまで探索をしていいんだったらそうしますけど?」
「夜更かしは美容の敵って知らないの!? カレンさんも嫌だよね?」
「はぁ……私としてはどちらでもいいのですが」
「あの二人をセットにした事が間違いだと俺は思う」

 あまりしゃべらないシルダーがため息交じりに呟くと、三人共何とも言えない顔になった。

「相乗効果でその内どっちか女の人に刺されるんじゃない?」
「それは不運とは言わないような……あ、でも巻き込まれてラックが刺されると不運ですね」
「あの女癖の悪さ、何とかした方が良いんじゃないの?」
「アレはもう何ともできませんよ。文句ならエンジェリアに言ってください」
「隊長は悪運だけは強い。刺されても死ぬ事はない」
「刺される前提で話すのやめてくれませんかねぇ!!」

 転移陣を使ってドランから転移してきた男の一人が話に割って入った。
 先程から話題に上がっていたラックだ。年季の入った片手剣と盾を装備している。
 もう一人の金色の髪の少年は金田陽太だ。眠たそうに大きな欠伸をしていた。

「今回は俺のせいじゃねぇから」
「普段の行いが悪いからこういう時に疑われるんですよ」
「まーラックさんなら仕方ないけど、今日はどうしたの?」
「大方トラブルに巻き込まれてたんでしょう。いつもの事です」
「話は歩きながらでもできますから、とりあえず移動しますよ。いつまでもいたら追い出されるかもしれませんし」

 明が周りに視線を向けてそう言うと、陽太以外が同じように周りを見た。
 いつの間にか周囲を取り囲むようにしながら六人を見ているのは、ドライアドと呼ばれる種族の者たちだった。
 人間の幼児くらいのサイズしかない彼女たちだが、ファマリアでは怒らせると恐ろしい事で有名だった。
 通行の許可は貰っているが、何が彼女たちの逆鱗に触れるかは分からないため、明たちは陽太を引っ張って目的地へ向かう転移陣を使ってその場から転移するのだった。
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