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第6章 亡者の巣窟を探索して生きていこう

幕間の物語38.引きこもり王女が見られたいのは一人だけ

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 ドラゴニア王国の南に位置するダンジョン都市ドランには多くの貴族の別邸がある区画がある。ドラン公爵領を通らなければ陸路で他国に行く事ができないため、それぞれの中継地点として活用していたからだ。
 普段は使われていない別邸だったが、一週間ほど前から状況が変わっていた。
 ドラゴニア国王が出した声明により、世界樹の存在を知った貴族たちは我先にと使いを出して状況の把握をしようとしていた。
 また、使用人だけではなく私兵を引き連れて自らドラン公爵領に赴く者たちも居たし、そのついでに娘や息子をドランに留まらせたものもいた。
 その事もあって、ドランでは通常時よりも多くの警備兵が巡回をしていた。理由は貴族だけではなかったが。
 そんな事を気にした様子もなく、元愛妾屋敷の一つである場所の庭で畑作に精を出しているこの国の第一王女のレヴィアは、今日も魔法のじょうろで水やりをしていた。
 金色の縦ロールが楽し気にゆらゆらと揺れている。目深に被った麦わら帽子に、長袖長ズボンという格好だった。
 鼻歌を歌いながら、口元には笑みを刻み、すくすくと育っているイモたちに水を与えていく。自分の畑だけではなく、ダンジョンに行ってしまっている同居人たちの畑にも順番に水を与えていた。
 それが終わると今度は雑草を抜き始めた。たい肥の影響か、『生育』の加護の余波なのかはわからないが、育てている物とは異なる草を一つ一つ丁寧に抜いていく。シズトが作った魔道具ではすべて刈り取ってしまうので手作業でするしかなかったが、彼女は不平を少しも言う事無く、むしろ先程よりも楽し気に抜いていく。

「にょきにょきにょきにょきにょっきにょき~」
「レヴィア様」
「にょき?」
「にょき? じゃないです、レヴィア様。そろそろご準備し始めなければ遅れてしまいます」
「もうそんな時間経ったのですわ? あともう少しでシズトの畑が終わるからそれまで待っててほしいのですわ」
「かしこまりました」

 側に控えていたメイドのセシリアは先程よりも素早く雑草を抜いていくレヴィアを見ながら、困ったように眉を八の字にしていたが、口元は綻んでいた。
 結局セシリアもメイド服のまま雑草を抜くのを手伝い、すぐに終わったので外に出かけるための準備をし始める二人。
 テキパキと入浴を済ませ、簡易的だが上質なものだと一目でわかるドレスに着替え、化粧を軽く済ませるとどこからどう見ても農家には見えない美少女がそこにはいた。
 青く澄んだ瞳は今から戦に赴く戦士たちの様な雰囲気を漂わせながら、優雅に歩を進めていく。
 豪華な馬車に乗り込むと、魔道具である指輪を外し、そっと懐にしまい込むとレヴィアは目を瞑って深呼吸を繰り返した。
 そんなレヴィアに話しかける事もせず、静かに控えるセシリア。
 彼女らが向かう先にはドラン公爵の屋敷があった。



 ドラン公爵の屋敷ではお茶会が開かれていた。ドラン公爵夫人が開いたそれに参加したレヴィアは、ドラン公爵夫人に熱烈な歓迎を受けた後、のんびりと魔力マシマシ飴を舐めながら過ごしていた。
 用意された豪華なケーキや、甘い匂いを漂わせるデザートの数々を気にした様子もなく、物思いに耽っていた。

(次はこういって、ああいって、そういって雑草を根こそぎに引っこ抜いてやるのですわ!)

 雑音が聞こえてはいたが、敢えて無視をし続けていた彼女だったが、流石にドラン公爵夫人から話しかけられたら返事をするしかない。

「王女殿下、お聞きしたい事があるのですが、よろしいですか?」
「よろしいですわ。何の用かしら?」
「王女殿下もお人が悪い。周りのご令嬢たちがすごく気にされているのですよ? そろそろその美貌を手に入れた秘密を少しだけでも教えて差し上げたらいかかでしょう?」

 そのために来たのでしょう?
 そう公爵夫人が心の中で問いかけてきて、そう言えば宣伝のためにわざわざ顔を出したんだった、と思い出したレヴィアは鷹揚に頷くと視線を周囲でこちらを窺っていた令嬢たちを見た。
 ここに来るまでにもレヴィアは貴族たちの令息たちから視線を感じていた。今までの様な嫌悪感や侮蔑の意味合いはなく、彼女の豊満な胸部や、細く引き締まった腰、程よい肉付きの腕や足にそそがれていた事を知っていた。
 同性とはいえ――いや、同性だからこそ、あの状態からどうしたらこの短期間でここまで変貌を遂げる事が出来たのか気になるだろう。
 レヴィアはその方法を隠す気もなかったが、あまり教えすぎる気もなかった。そんな事をしたらシズトが大変な思いをするのを知っていたからだ。どこまで話したものか、と悩みつつ彼女は口を開いた。

「ある魔道具師が作ったと言われる魔道具を複数使ったらこうなったのですわ。ドラン公爵から贈り物としていただいた脂肪燃焼腹巻と魔力マシマシ飴を使い続けた事によってある程度痩せたのですわ。そこからは自分自身で魔道具を買ったのですわ。その中には育乳ブラという物があったのですわ。痩せると小さくなると言われる事が多いですが、この通り……」

 視線をちらっと下に向けると、令嬢たちの視線もそれを追って胸部に集中した。殿方に見られるのは嫌な気持ちが芽生えていたが、同性であれば我慢できなくもない。

(シズトに見られるのは嫌ではないのですわ)

 また帰ってきた時に一緒に風呂に入ろう。もしかしたらもう帰ってきているかもしれない。
 そう考えたらさっさと話す事を話して戻りたくなってきた彼女の様子を察して、ドラン公爵夫人が口を開いた。

「それはさぞお高いものなのでしょうね」
「そうですわね。私が持っている物は自分で使いたいから差し上げられないですけれど、これから少しずつ増えるかもしれないのですわ。サイレンスという魔道具店で取り扱う事になると思うのですわ。ただ、くれぐれも魔道具師とそのお店に迷惑をかけないように。もしその事が判明したら、お父様が黙っていないと思うのですわ。何せ、その魔道具師を『友』と呼んで親しくしているのですわ」



「疲れたのですわ~~~」
「お疲れ様です、レヴィア様」
「帰ったらいつもの服にさっさと着替えるのですわ!」
「アレを普段着と捉えていらっしゃるのは少し困ります」
「シズトたちはもう帰っているのですわ?」
「どうでしょう。……戻って見ない事には分かりません。シズト様に本日の事をお話しますか?」
「特に必要はないのですわ。シズトは好きな時に好きなものを作りたいようですし、たくさん同じ魔道具を作ってもらう必要性も今は感じていないのですわ」
「馬鹿な事を考える者が出てこないといいのですが……」
「その時は、どんな手段を使ってでも叩き潰してやるのですわ!」

 レヴィアはフンスッと鼻息荒くやる気に満ちた表情で懐から取り出した指輪を薬指に嵌める。
 それからレヴィアは愛妾屋敷へと帰る道すがら、馬車に揺られつつ愛おしそうに指輪を優しくなで続けた。
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