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しおりを挟むハワードさんらアッテムト家の皆さんへのご挨拶から1週間ほどが経過し、私はハワードさんやエレシアちゃんらと制服の採寸をおこないに街へ馬車で向かっていた。
この世界でまず気付いたことといえば、近代機器の類が魔法による補助にて一般的に使われているということであった。
洗濯には水の魔法が使われていたりするし、風の魔法の力を使い空を飛ぶ帆船があったりするのだ。聞けば、ガソリンは運転手や補助席の人物の魔力になるとの事だ。
念の為ハワードさんつてに聴いてよかったと本当に思ったが、ガソリンはこの世界においてはまだ発明されていないらしく、俺じゃなけりゃやばいところだったぞと言われた時には冷や汗をかいたものだ。
このように、代替エネルギーの概念はあるものの、それらは個人の力量に大きく左右されるということであり、そうなると必然的に――
「やーい、堕ち子がいたぞー!」「逃げるなー!」
このように、持たざるものは救いもないという事であった。
エレシアちゃんやマークさんらとの勉強の中で聞いた事だが、この世界には魔法を一切使えない者も数多くいるようで、そういった人々は堕者と言い、堕者から産まれた子供は堕ち子と呼ばれ、幼い頃から迫害を受けるとのことだ。
私はその光景を、馬車からの1つの景色として流し見る事しか出来なかったが、ふと棒切れをで叩かれているその子供と目が一瞬だが合う。
その目は明らかに助けを求めるような、縋るような目であったが、それも流れる街の中に消えてしまった。
「シエラ、どうしたの?」
「……いえ、何も」
エレシアちゃんの問いかけにそう答え、私にはどうすることも出来ないのだと、少し歯痒い気持ちになる。しかしそれはどうしようも出来ない自分を哀れむ悲劇のヒロインぶっていることだと私は同義に思う。
ならば、無関心であるべきなのだろうか……などと考えていると、馬車は速度をゆっくりと落とし、次第に止まっていった。
「さて、ついたな」
「え、ここは……」
ハワードさんが馬車の窓の外を一瞥してから降りると、そこにはなんてことのないレンガ造りの家が一軒ポツンと建っていた。
街中は路面がレンガでできていることもあり、まるで地面がそこだけ上に伸びているようで、少し面白いと私は思った。
しかし何故この家の両隣は、その家がまるまる一軒ずつ入りそうなスペースが空いているのだろうか?と同時に思ったが、深く考えても仕方ない理由があるのだと結論付け、続いて馬車から降りるエレシアちゃんに着いて私も降りた。
「失礼する」
「あぁん?誰だあんた」
木製の扉を開き、到底きれいとは言えない部屋の中へ入ると、そこには明らかにガラの悪そうな人物がある意味ではインテリアに合っていそうな木製の椅子に腰掛け、タバコのような物を吸いながら新聞であろう紙面を開いて読んでいた。
その中の人物にハワードさんが声をかけると、見た目通りといった感じに返答する。
「タイをなおしたいので姿見を借りたいのだが、何時にお借りしましょう?」
「……そこにある。今日の2時に山へ登れ」
「ありがとうございます」
部屋の主とハワードさんは何やら不思議な会話を交わし、その会話を終えるとハワードさんに連れられ店主が先程そこと言った部屋へ勝手に入ろうとした。
「え、あえ、勝手によろしいのでしょうか?」
「ああ大丈夫だ、ほら」
ハワードさんが部屋の扉を開けると、そこには部屋の外観や先程までのインテリアの雰囲気とはかけ離れたものが広がっていた。
壁一面が汚れひとつ無い真っ白なもので、天井と床以外の面には絵なのか文字なのかわからないものがびっしりと書かれている。
「えっと、今日の2時に山へ登れ……だったな」
部屋の異様さにあっけにとられていると、ハワードさんはボソリと呟き、壁の文字を見回していた。
「お父様、私見つけたのですけれど、私がやってもよろしいですか?1度やってみたかったので」
「お、見つけたのか。いいぞ、やってみろ」
「……?やってみるとは?お姉ちゃん」
「ふふ、よく見ててねシエラ」
そう言ってエレシアちゃんは壁の前に立ち、こほんと咳払いをしてから右手の人差し指を立てて、文字の1つにその指を置く。
「今日の」
エレシアちゃんがそういうと、壁の文字が突然光りだした。
「2時に」
指をすすすと右上の方へ動かす。よくよく文字を見ると、なぞってから止めたその文字なのか絵なのかよくわからないものは、時計の絵文字のような形をしており、それらは1時から12時までをそれぞれ同じ列に1列になって並んでいることに気付いた。
「山へ」
次に右下へ指を滑らせていくと、その先には象形文字の山のような絵があり、そこで指を止める。
すると今日、時計の絵文字、山の象形文字をそれぞれ結ぶようになぞった跡が線となって光り輝き、底辺のない三角を浮き上がらせた。
「登れ!」
エレシアちゃんは少し声を上げて、今度は素早くなぞらせていた指を左上に滑らせる。
すると、今まで立っていた部屋の地面が少し揺れ、そしてそのまま壁と天井を置いてゆっくりと地下へ沈んでいく。
現代にあらわせるのならば、ここはエレベーターの部屋であったようだ。
ふとエレシアちゃんに目を向けると、エレシアちゃんはしたり顔でこちらを見ており、とことこと歩いてきては後ろから私を抱きしめ、どうだった?と聞いてきたため、凄いですと答えておいた。
実際初めて見るものなので、少なからずともわたしの目は輝いていただろう。
ゆっくりながら確実に地面を潜っていく床は、20秒程で目的地にたどり着いたようで、眼の前の光景にまた私は驚いた。
そこには、沢山の技術者と研究員のような人物がおり、もはや映画で見たことのある軍事基地の整備状況かと思った程、複雑そうなことを沢山の人がしていた。
私達はハワードさんに連れられ、その場を真っ直ぐに歩いていく。
右側からは剣やボウガンのようなもので何らかの白い服に傷をつけようとしていたり、左側からは火炎放射器レベルの火の魔法や弾丸のような石の魔法をマネキンのような人形にその白い服を着せて試していた。
特筆すべき点は、そのどちらもが無傷であったことだった。
あんなもの、元いた世界ですら空想の逸品レベルのものだ。
戦闘などにおいては、もしかしたら元いた世界よりも上なのかもしれないと思い、少しおののく。
そうした光景を眺めながら1分ほど歩いていくと、大きな机のようなものが置いてある場所の前に立ち、ハワードさんはその机の上にある呼び鈴を鳴らした。
「はいはーい!少々お待ちをー!」
声が右側から聞こえ、そちらの方を見ると、そこには時計職人が付けていそうな眼鏡型のルーペをつけたボサボサな髪をした男性が、先程から目にしていた白い服に飾り付けなどを施していたもの……というより、学校で着るブレザーの白い生地でデザインされたものをじっくりと眺めていた。
その男性はルーペを外すとふぅとひと息ついて、それをそのままもってこちらの方に歩み寄ってきた。
「こんにちはアッテムトさん、ご依頼されていた学校指定の制服はこちらです」
「マージル先生、ありがとうございます」
「あはは、先生だなんてとんでもない、私はまだまだ未熟なので」
「はは、ちげえねえな」
少しくらい世辞というものは無いのかとボサボサ髪の男性……あらため、マージルさんはハワードさんにそう言うと、お前がアッテムトさんだなんて言うからだと、負けじと言い返してからお互いに笑いあっていた。
「こほん、お父様にマージル様、シエラが置いてけぼりですので」
「ああすまんシエラ、ここにいるのはマージルっていって、俺の古くからのツレなんだ」
「ん……?ハワード、この子は?」
「んー、簡単にいやあ、戦争孤児を養子にしたって感じだ」
「ふーん、養子に、ねえ」
そう言ってからマージルさんは私をジロジロも眺めはじめ、足先から髪の毛の一本までも見逃さんというような勢いで私の周りをくるくるとゆっくり回っていった。
「あ、あの」
「……了解、採寸終わったから作るね」
「え!」
見るだけで採寸が終わったとマージルさんは言う。
私はハワードさんに信じられないといった目線を向けると、大丈夫だと言って頭に手をポンと乗せた。少し勢いがあったので縮んでしまいそうだ。
「マージルさんは少し変た……変わった特技をお持ちでして、見た相手の採寸を計りを使わずにできる上、その人の成長も予測して制服を予め作っておけるらしいの。……少なくとも、私のサイズは全て完璧でしたわ。全て、ね」
全て、に含まれる言葉には怨嗟も混ざっているようで、何事かと一瞬考えたが、女性である私はすぐに察した。
そうか、全てなのね。まあ私は良いけど、年頃の女の子にして良い芸当ではないわね。
「そんなヤツだから、本当はとんでもない制服を作れるのに、固定の客以外からあまり依頼されない残念なヤツなんだ。俺はマージルの技術を買ってるから、騎士兵団のインナーとしてココの服を国から依頼をかけてるんだ。ここの技術においては俺からのお墨付きだぞ」
「とはいえ、ねえ?シエラ」
「まあ……そうですねお姉ちゃん。なんかこう、はい」
「流石に言わんとしてることは僕にもわかってるんだ……だけど、どうしても、技術者としての血が……!」
わなわなと両手を震わせている様を見て、流石の私も一歩引いてしまった。
「ちなみにお父様、この制服は?」
「ああこれか、これはルークの制服が前回の大会でボロボロになっちまったらしくてな」
「大会……」
あんな強度を誇る服がボロボロになる大会ってなんだろう。まだ通ってもいない学校に戦慄を覚えたが、エレシアちゃんが言うには、何でもルークさんの動きに耐えきれずに制服がボロボロになってしまったのだとか。
え、ルークさん、あんな優しそうな顔なのに意外とすんごい子なの?今度は別の所に戦慄を覚えた。
「さて、採寸も終えたし、俺らはそろそろ帰るな」
「わかった、また2週間後に取りに来てくれ。その時にシエラちゃん……だったかな?その制服のいろいろある機能を説明するから、時間は取っておいてほしい」
「わかった。またな」
「それと」
踵を返して出口の方を向いた私達に、マージルさんは声をかけた。
「……どうした?」
「……いや、なんでもない」
一瞬の間があいてから、ハワードさんは返事をする。その目つきは先程までとはうってかわって少し重々しいように感じた。
それを感じたのだろうマージルさんも、ふうとひと息吐いてからそう答えた。
そうして私達は、このとてつもなく広い所を後にした。
エレベーターで地上に上がり、馬車へ戻ろうとする刹那に、ハワードさんは私にだけ聞こえる声でコユキと呼んだ。私は何故その名を今呼ぶのかと思い、ハッとした表情でハワードさんを見る。
そしてハワードさんの言葉に私は、
「マージルに気を付けろ」
耳を疑った。
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