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しおりを挟む連れられてきた場所は、いかにも食事や会議を行いそうな、かなり広い食堂のようだった。
天井には絢爛と言っても良いほど立派なシャンデリアが吊るされており、どのようにして灯したのかはわからないけれど、太いロウソクが幾本も火を揺らめかせていた。
そうか、世界が違えば電気も無いのかと、少しそのギャップに感動をおぼえていると、主人に促され長机の上座と思わしき席へ座る事となり、主人は元いた世界での会社の会議で言うところの議長席に腰掛ける。
主人はさてと、と一言発してから、続ける。
「お嬢ちゃんがここに居る経緯やお嬢ちゃん自身の事など、色々話し合う事があるが、どこから話していくべきだろうか……まずは自己紹介の方がいいか」
「よろしくお願いいたします」
まず、この家の主人が自己紹介をしてくれて、彼の名はハワードさんと言うことがわかった。
また、ここにはハワードさんの他に、14歳の娘のエレシアさんと、17歳の息子のマークさんがいらっしゃるようで、その他使用人については先程の侍女さんのノエルさんを一旦紹介された。
他の使用人さんはおいおい説明していくと話され、話しを区切る。
ここで奥様の説明がないというのは、おそらくそういう事であると判断し、言及はしないでおいた。
「まあ一旦こちら側の話しはここまでにして、次はお嬢ちゃんの話しを聴いてもいいか?」
「そう、ですね……」
いざ自分の話となると、かなり困った。
今あなたの目の前にいるのは、本当は85のおばあちゃんで、日本人で、何故今ここにいるのか自分でもわかっていないからだ。
あれやこれやと思案していると、ハワードさんはふーむと私が話しづらそうであるのかを察したかのように声を漏らし、私を見る。
「まあ、なんだ。あんな事もあって色々話しづらいのかもしれんが、落ち着いて話せる時に話してほしい」
「え、いえ、そう言うことではないんです……ただ」
「ただ?」
私は意を決して、ハワードさんに向き直る。
「今から話す内容は、おそらく荒唐無稽で正気を疑う内容かもしれませんが、偽りは一切ありません。……そのことを先にご理解いただきたいです」
「……そうか、わかった。ちゃんと聞こう」
私の言葉にハワードさんは座り直し、私の言葉にそう返してから真剣な眼差しで私を見据える。
その姿に私もまた姿勢を正してハワードさんの目を見て、口を開く。
「まず、私はお嬢ちゃんではありません。……今は間違いなく少女の姿なのですが、本当は85歳のおばあちゃんで、日本人で、おそらくこの世とは違うところから来ています」
そこから、私はありのままを話しだした。
私の名前は金森小雪で、気を失う前に私は病院にて命が尽きたこと、大きな音で目を覚ますと別の場所にいたこと、本でしか聞いたことも見たことない生物とハワードさんらが戦っていて、その時に使っていた火の玉や氷の塊に目を疑った事、明らかに国が違うのに言葉が通じていて驚いていることなど。
ハワードさんは全ての話しを真剣な面持ちで聴いてくださり、ひとしきり私が話したあと考え込み、ぼそりと呟く。
「なにかの文献でよく似た状況が……ああ、思い出した。おそらくコユキは憑依者、ということか」
「ひょういしゃ……?」
聞き馴染みのない言葉に首をかしげると、ハワードさんは続ける。
「ああそうだ、憑依者……今は便宜上こちらの世界と題つけさせてもらうが、こちらの世界では憑依者が現れ導き共にする人間には、莫大な幸福が訪れるとされている、神に遣われし使者とされている人物の事だ」
「まあ、そんなたいそれた……」
「まだ話がある……こちらの世界で生贄を捧げた際に、神の遣いとドラゴンが現れ、遣いはその依代に魂を宿してその癒やしの力で人々を癒やし、ドラゴンは破滅を招くとされている……確かに、コユキがいた場所に、ドラゴンが現れ暴れていたな。今のコユキの身体は本来、生贄に差し出された遺体なのかもしれん」
「そ、それは大丈夫なのかしら?その、ドラゴンっていうのは」
私の不安からもれた言葉に、ハワードさんはニヒルに笑ってみせ、我が騎士団がしっかり討伐したから安心しろと言ってくれて、私は胸を撫で下ろす。
「けれども、大事なのはこっからだ。この世界の人々は大きく2つの神のゼグラス神とアムダル神をそれぞれ信奉していて、片方は俺達ゼグラス派。さっき言った憑依者を歓迎しているんだが……問題なのはもう1つの派閥、アムダル派だ」
「その様子だと、歓迎はされていない、ということですか?」
「歓迎されていないどころではない」
ハワードさんは大きく溜息を吐き、首を横に振る。
「アムダル派での憑依者に対しての話では、先程言ったドラゴンを使役し、破滅の限りを尽させて世を混沌に訪れる悪魔の生まれ変わりとされていて、その存在を始末することで世に幸せがもたらされるという話なんだ」
「え、そ、それじゃあ」
ハワードさんはまた真剣な面持ちで私に正対し、頷く。
「多分コユキの思っている通りだ。俺がアムダル派であったら、コユキはこの場で殺されていただろう」
私は血の気が引く思いをしながら、生唾を飲むと、ハワードさんはその様子を見てか、ガハハと笑う。
「まあ大丈夫だ、ここに居てくれれば俺の養子ということにできる。しかし、この話は俺とコユキ二人だけの秘密にしておこう。それ故に、コユキのことは見た目相応の扱いをさせてもらうが、我慢してほしい」
「え、ええ。それは私にとっては問題無い事ですし、願ってもないご提案です……しかし、いきなり見ず知らずで素性もわからない私を匿っていただけるなんて……」
申し訳ない、という言葉を遮り、ハワードさんは続ける。
「確かにコユキの言っている言葉を全て信じて、という前提から成り立っているが、先も言ったろ?コユキは俺らゼグラス派にとっては幸運の証なんだ。むしろ世話させてくださいと頭を下げないといけないのは、こっちの方だからな」
「いえ、そんなことは……」
「それに、だ。中身が俺よりも年上とあれど、その身体は10ほどの若い身だ。そんな少女の、かつ身寄りもない子供を放おっておくなんて、騎士団長として名折れなんだ。……コユキ、我が体裁のためとなって申し訳ないが、利用させてくれないか?」
ハワードさんは私に気を遣わせないよう、自分の体裁のために利用したいなどと、あえて自分を落としてそう話してくださった。
ここまでの立派な人物が、かくも男としての品位をあえて下げてまでこう提案してくださっているのに、こんなところで否と答えられるはずもない。
私は是が非でもと頭を下げ、この立派な家長に付き従うことを決めたのだった。
「あー、それとコユキ、名前を変えることとしよう」
「え、名前……ですか?」
「ああそうだ。カナモリコユキという名前は、この世界ほぼ全てを回ってきた俺にも聞き馴染みの無い名前なんだ。もしアムダル派で俺と同じような経歴を持つ者がコユキのその名を聞いた際、なんて考えてしまうか想像に難くないんだ」
「……確かに、考えただけでも恐ろしいです」
お互いに腕を組んで、名前について思案していると、ふと食堂の入口の方からとたとたと足音が聞こえた。
「コユキ、念の為だが、子供や使用人達にも君の本来の出自は秘密にしておく。コユキも話を合わしてくれ」
「ええ、承知しましたわ」
足音の主が食堂に入る前に、お互いにボソリとそう会話をすると、赤毛でもふもふとしていそうな長い髪をたなびかせた、おそらく寝巻きであろう服を纏った少女が大きくあくびをしながら食堂に入ってきた。
「ふぁー、よーく寝たー。ん?この子だあれ!?可愛いい!」
その声の持ち主、名前をたしかエレシアさんといったか。そのエレシアさんは私を見ると、何故か目を輝かせて私の方へ早足で歩み寄り、こじんまりとした私の目線に合うように片膝を立てて私の手を取った。
いきなりのことに私も少々面食らったが、おはようございますと挨拶をする。
「立派にご挨拶してえらいわね!私はエレシア、貴女のお名前はなあに?」
「あ、えっと、その」
「こらエレシア、まずは席に座りなさい。マークも来たその時に紹介する」
「ええー、はあーい」
エレシアさんは少しがっかりした様子で私の斜め前の席に座り、テーブルの上のナイフとフォークを右手側に揃え、目を閉じ胸の前に両手を組んで何かを呟いた。
それと同時にまた食堂の入口の方からトントンと足音が聞こえ、青年が入ってきた。
「おはようございます父さん、エレシア……と、んん?」
「これから説明するから、まずは席に座ってくれ、お祈りをしよう」
「ああ、はい、わかりました」
ハワードさんに促されたマークさんも私の正面側の席に座り、先程のエレシアさんと同じように胸の前に手を組んでつぶやき始めた。
「君はこの文化に慣れていないかもしれないから、こう手を組んで、俺に続いて言ってくれ」
「承知しました」
そういうとハワードさんも同じように手を組んでいたので、私も見様見真似でそうする。
「さて……天におわす恵みの神ゼグラス様、地を統べる偉なる神アムダル様。本日も無事朝を迎えられた事を感謝いたします。また、我らアッテムト家の皆々をお導き賜りますようお祈り申し上げます……セルラス・アムト」
「セルラス・アムト」
「せ、せるらすあむと……」
せるらすあむと?ってなんだろう?と思ったが、多分こちらの世界でのアーメンみたいな意味だろう。というか、2つの神に対して同時に祈祷するのも、異なる世界だからこそなのだろう。
日本では複数の神に信奉すると、神どうしが喧嘩するなどと言われたりするので、こんなところでもギャップのようなものを感じた。
しどろもどろに祈祷を終えると、それに合わせてかどうかはわからないが、先程の侍女さんや他の侍女さんに、おそらく料理人さんらも食堂に入ってきて、それぞれの席の前に料理を並べていった。
料理自体はべつにそこまで珍しいものでもなく、卵とベーコン、サラダ、ミニクロワッサンのようなパンが2個、コーンポタージュのようなスープといった、ホテルで洋食の朝ごはんを頼めば出てきそうなメニューであった。
もしかしたらこの世界では高級食なのかもしれないので、これをスタンダードだとは思わないでおこうと考えを改め、ハワードさんの方を見る。
「メイドもコックもみんな座ったな、さあ!みんな食べよう!」
ふとテーブルを見ると、侍女さんも料理人さんらもみんな座っていた。ほほう、これは多分この世界でも異質なのだろうが、使用人も含めて皆で同じご飯を同じ時に食べるのか!と感嘆した。
口々にいただきますと言って食事にありついているさまを見て、私も遅れていただきますと言って、食事をとり始めた。
「さて、食事中にすまないが、話しを聴いてほしい。皆のものも気付いているだろうが、ここに見ない顔が居るだろう?この子を皆に紹介する」
食事を食べ始めて少しした時に、ハワードさんがそう言って全員にそう言うと、皆さんは食事の手を止め私を見る。
一斉に視線が集まりドキリとしていると、ハワードさんは続けた。
「この子の名前はシエラ……任務中に出会ったのだが、故郷をドラゴンに焼かれ、家族も家も失い、ショックで名前以外のほぼ全ての記憶を失ってしまった境遇の子だ」
おお、私の本来の境遇にすり合わせた設定だなと、私は素直に感心した。これなら、本来知らないといけないこの世の常識も今後心配なく勉強していけるだろう。……よっぽど感の良い人物がいたらその限りではないかもしれないが。
「故に、この子の身を我がアッテムト家が預かることとした。知らぬ事で様々な困難が彼女に降りかかると思うが、皆も彼女に協力してほしい……シエラ、挨拶を」
「ご挨拶をいただきました、シエラと申します!……皆様には散々ご迷惑をおかけ致しますかと存じますが、今後ともよろしくお願いいたします!」
私は席を立ってそう言って深々と頭を下げると、一瞬の静寂のあとに拍手が沸き起こる。
家族や親戚以外にこんな大人数の前で挨拶をすることなんて、幾年ぶりだろう。
ひとしきりの挨拶を終えると、私もまた席に座り、ハワードさんが皆に食事を促したので再び食事に戻ることにした。
次にハワードさんが声を発したのは、皆が食事を終え、侍女さんと料理人さんらが皿を片付け始めた時だった。
「シエラ、ちょっと俺についてきてくれ。エレシアとマークも一緒に書斎に来なさい」
「はーい、お父様」「わかりました父さん」
私はハワードさんに促されるまま、また彼とその子供達と一緒について歩いていく。
ハワードさんの書斎につくと、彼は大きな机の前に置かれている椅子に座り、いくつかの紙を机の上に置く。
「シエラ、この紙の文字が読めるか?」
「えっと、お預かりしますね……ルーカス学園について……学園?」
「おおよかった、文字は読めるんだな。10歳ほどで文字が読めるのなんて、よほど良いご家庭だったのだろう」
「えっ、お父様?もしかして」
置いてある書類に目を通すと、そこには明らかにルーカス学園とやらに入学するためのあれこれが書かれていた。しかも日本語でだ。
もしかしたら字の概念はこの世界においては、日本と同じなのかもしれない。これは僥倖である。
……私は日本にいた頃、中学生までは経験したが、女の身で高校や大学といった学校は上級国民でしか到底入れないような環境であった為、この年にして学校というものに多少あこがれがあったことから、少し期待の眼差しでハワードさんを見た。
ハワードさんはまたニヤリと笑い、エレシアさんにその通りと言ってから続ける。
「そもそもこの見目の子供が字を読める事自体、本来はかなり珍しいんだ。そんな子が学園に行ったら、とても良い相乗効果が出ると思わないか?記憶を取り戻すのも含め、だ」
「シエラちゃん、文字が読めるの?」
「は、はい。エレシアお姉ちゃん」
「!?!?もう一回言ってシエラちゃん!」
「え、エレシアお姉……ちゃん」
私がふとエレシアさんに対してお姉ちゃんと言うと、ものすごい形相でわたしの肩を掴み、私はおののきながらももう一度呼んで見ると、今度は自身の頬を両手ではさみ、くねくねしながらお姉ちゃんかあ……と呟いていた。いくら年を重ねていようとも、これは流石に少し怖い。
「シエラ、エレシアは妹に憧れがあったみたいでね、なんかこう、ごめんね」
「あ、いえ、ルークお兄ちゃん」
申し訳無さそうな顔をしているルークさんにそう答えると、ハワードさんはこほんと咳払いをしたので、視線を再びハワードさんに戻した。
「それでだ、シエラはエレシアのいる学園に初等生として入学させたいなと考えているんだが、それには」
「ああ、記憶がない……ですか」
「そう、そこなんだ。この国についての記憶が拙いから、何かしらの不都合があるやもしれん」
ルークさんの回答にそうハワードさんは答える。
「つまりここにわたしたちを呼んだ理由としては、再来月の入学までに、この国の常識を一緒に学ばせてほしい、ということかしら?お父様」
「ああ、まさにその通りだ。シエラ、どうだ?2人と協力して、学園にいってみないか?もちろん俺も協力するが」
たった一日ですこぶる早足に色々と話が進んでいるが、もうこの世に生を受けている以上、私は日本人ではなくこの世界の人間だ。
ならば、教養はほしいし、なによりも復学できるのはこれ以上無いほどの幸運だ。
何故ここまでしてくれるのか、と問うても、彼は食事の前に聞いたことをそのまま言うのだろう。
ならば――
「是非とも、よろしくお願いします!」
私はふたつ返事でそう返したのだった。
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