上 下
5 / 14
本編

良い報告

しおりを挟む
 簡単なことではない、すぐにできるはずがないとわかっていたからこそ、茉莉愛はアルベールに尋ねはしなかった。あの日のことが夢だったように友人として接し続けた。
 結局は彼の優しさに甘え続けているのだ。他に頼れる者もなく、何かができるわけでもなく、彼がそれを望んでいるから良いのだと自分に言い訳を繰り返しながら。
 何より許されなければ恋人として振る舞うことはできない。後で辛くなることはわかりきっている。
 一度学園長に呼び出されて意思を確認された時に釘を刺されたこともある。彼は何かを知っているようではあったが、尋ねることは出来なかった。

 この日も茉莉愛は早足で保健室に向かい、いつものベッドにアルベールの姿を探す。最早、勝手知ったるものだが、ルームメイトがいる自分の部屋に入ることには全く慣れられないでいる。

「そんなに急がなくても僕は逃げないよ」

 指定席とも言える窓際のベッドで体を起こした彼がふわりと笑う。クレメンスの姿もなく、先ほどまで本を読んで過ごしていたらしい。

「早くアルに会いたくて……」

 急に恥ずかしくなりながら、茉莉愛はベッドに近づき、いつものように側に置いてある椅子に座る。

「僕も少しでも長く君と一緒にいられたら嬉しいけど、転んで怪我でもしたら大変だからね。あんまり心配させないで?」

 伸びてきた手に頭を撫でられ、アルベールが呆れている様子ではないことに茉莉愛はほっとしながらも何となく切ない気持ちになる。

『僕だけの聖女になってくれないかな?』

 今でもあの言葉が耳に蘇って赤面してしまうことがあるのだ。

「今日は良い報告があるんだ」

 いつになく弾んだ声に茉莉愛はきょとんとして彼の顔を覗き込む。彼がこれほど興奮することとは何だろうか。まさか、許しが出たとでも言うのか。
 身構えてしまうのは不可能だと思っていたからなのかもしれないが、アルベールはふわりと微笑む。

「課題が出たんだ。実験が成功すれば君との結婚が認められる」
「陛下から……?」

 恐る恐る問いかければアルベールはおもむろに頷く。
 無理難題ではないのか、茉莉愛が心配になれば、彼の目も不安げに揺れる。

「嬉しくない、かな?」
「ううん……ビックリしちゃって……」

 国王の許しなどありえないと無意識に考えていたのかもしれない。それなのに、こんなにも早く訪れるとは思ってもみなかった。

「大丈夫、すぐに結婚を迫ったりしないよ。ただ証明させてほしい」

 はっとして茉莉愛はアルベールの顔を見詰めることしかできなかった。優しい彼がそんなことをするという懸念は微塵も抱いていなかったのに、言葉にできない。
 けれども、アルベールは続ける。

「それでね、その実験の助手をしてほしいんだ」
「助手……?」

 その言葉を反芻して茉莉愛は自分の眉間に皺が寄ったことにも気付いていなかった。

「大丈夫。難しいことじゃない。危なくもない」

 つんと茉莉愛の眉間を突き、アルベールは微笑む。
 彼は実験が成功して認められると信じているのだろうか。安心させようとしてくれていることはわかっていながらも重大なことが魔力もない自分に務まるのか自信がないのだ。

「君だから手伝ってほしい。マリアじゃなきゃだめなんだよ」

 真剣な眼差しでそう言われてしまえば、元来頼みを断れない茉莉愛は断る理由を見つけられずにいた。

「泊まりがけになるけど、学園長には話を通してあるから、やるかやらないかは君次第」

 優しい言葉は選択肢を与えてくれているようで違うと茉莉愛は感じていた。
 たった一人この世界にやってきた茉莉愛には家族はおらず、学園長が父親の代わりになっている。既にその学園長の許可があるならば決定事項のようなものではないのか。

「僕を支えてくれないかな?」

 縋るような眼差しに茉莉愛は今度こそ頷いていた。


***
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

女性の少ない異世界に生まれ変わったら

Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。 目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!? なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!! ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!! そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!? これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

可愛げのない令嬢は甘やかされ翻弄される

よしゆき
恋愛
両親に可愛がられず、甘え方を知らず、愛嬌のない令嬢に育ったアルマ。彼女には可愛らしく愛嬌のある自分とは正反対の腹違いの妹がいた。  父に決められた婚約者と出会い、彼に惹かれていくものの、可愛げのない自分は彼に相応しくないとアルマは思う。婚約者も、アルマよりも妹のリーゼロッテと結婚したいと望むのではないかと考え、身を引こうとするけれど、そうはならなかった話。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

日常的に罠にかかるうさぎが、とうとう逃げられない罠に絡め取られるお話

下菊みこと
恋愛
ヤンデレっていうほど病んでないけど、機を見て主人公を捕獲する彼。 そんな彼に見事に捕まる主人公。 そんなお話です。 ムーンライトノベルズ様でも投稿しています。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

最愛の番~300年後の未来は一妻多夫の逆ハーレム!!? イケメン旦那様たちに溺愛されまくる~

ちえり
恋愛
幼い頃から可愛い幼馴染と比較されてきて、自分に自信がない高坂 栞(コウサカシオリ)17歳。 ある日、学校帰りに事故に巻き込まれ目が覚めると300年後の時が経ち、女性だけ死に至る病の流行や、年々女子の出生率の低下で女は2割ほどしか存在しない世界になっていた。 一妻多夫が認められ、女性はフェロモンだして男性を虜にするのだが、栞のフェロモンは世の男性を虜にできるほどの力を持つ『α+』(アルファプラス)に認定されてイケメン達が栞に番を結んでもらおうと近寄ってくる。 目が覚めたばかりなのに、旦那候補が5人もいて初めて会うのに溺愛されまくる。さらに、自分と番になりたい男性がまだまだいっぱいいるの!!? 「恋愛経験0の私にはイケメンに愛されるなんてハードすぎるよ~」

処理中です...