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2、尋ねてきたのは
Ⅰ
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その後も、二人は逢瀬を続けていた。
ある日は追悼の石碑の前で。ある日は、回診のために予定を合わせて。
「この服を脱ぐ日も近いですか?」
とにやにやと笑う司祭にレオンは視線だけそらして無視し、いつものようにハーブのブーケと水筒と、煙草をひと箱持って教会を出ていった。
「毎日毎日石参りとは、ご苦労なことだな」
教会を出てすぐ、墓守の小屋の陰に隠れるように立っていた男に声をかけられて、石碑へ向けていた視線をそこに戻す。
「……」
金髪碧眼の冷たい目をした、三十代ぐらいの軍人がそこに立っていることを見、そして、その後ろに、さるぐつわをかまされ、後ろに手を拘束された、クロエがいることに、レオンの表情は冷えた。
「とても、陸軍中佐がやることとは思えないな」
クロエからは見えないだろうが、相対した二人の表情はよく似ている。そのことに気づいたクロエの後ろに立つ軍人の一人が目を見開いて、隣にいる同僚に何かを囁く。
「そうじゃないと、お前は話を聞いてくれないだろう」
「そのお嬢さんが将官のご令嬢であることも知っての狼藉か?」
「なに?」
はっと後ろを振り返った男が見たのは、自分の手を拘束していたロープをどこかに仕込んでいた小さなナイフで解いて後ろにいた軍人の一人の下あごの柔らかいところに突きつけているクロエの姿だった。そのまま斜めに突き上げれば喉を潰すことはたやすい場所だ。
「部下さん、どうしてもいい?」
あっけにとられていたもう一人の軍人はクロエの言葉に腕をつかもうとするが、飛び込んできたレオンに、あっという間に引き倒されてしまう。あっという間に二人連れてきた護衛が無力化されてしまったその光景に、あきれたような顔をした男は、レオンの下に倒れた軍人を見て眉を寄せた。下半身に出来た染みが広がっていくさまが見えたのだ。レオンもそれに気付いて慌てて離れ、八つ当たり気味に思いっきりその腹を蹴り上げた。
「なんとまあ、物騒なお嬢さんだな」
「非力な女性にいきなり男二人で襲い掛かって縄で拘束し、騒いだらどうなるか、と脅すように命令する大佐には言われたくはありませんね」
ぐっと突き上げて刃先を下あごに少し沈ませたクロエが据わった目をして男を見た。男の正体を正確に見抜くその目に、男は驚いているようだった。
「レイス大佐」
「……はあ」
クロエの畳みかけるような言葉に、ため息をついたのはレオンだった。もう、無力化に成功したらしく、膝の下にはピクリとも動かなくなった軍人が一人伸びている。腹に一発入れた後に、後ろに回って頸動脈を絞めたのだ。失神している。
「どうせ、俺を連れ戻してこい。という将軍の言葉でしょう」
「様子を見に来ただけだ」
「様子を見に来るのに、どうして、俺と関係が噂される令嬢をさらって縛って脅す必要がある?」
クロエの手から脅されている軍人を受け取って一発で地面と友達にさせたレオンに、レイスが嫌そうな顔をした。
「変わってないな」
「変わるものか」
と、短い言葉を交わして、レオンはクロエの手にあるナイフを引き取って、縛られて赤くなった手首を擦る。
「教会に行ってなさい」
「でも」
「司祭様に言いつけてきてくれ」
「……」
まるで父親に言いつけに行って来いといわんばかりの言い方に、クロエは何も言い返さずに深くため息をついて、レイスの隣を通って教会への道を往った。
「表に出よう」
「ああ」
静かなレイスの声に、レオンは抑揚なく答え、そして、歩き出した。
「元気にしていたか」
「見ればわかるだろ」
「つれないな」
「いつもいつも飽きずに部下を連れてきてぶっ殺されても懲りずにつれてくるクソみたいな上官に親しくするやつがいると思うか」
「……」
あんまりのいいようにレイスが閉口するのにレオンは鼻を鳴らして石碑へと向かう。
「彼女とはここで?」
「どうでもいいだろう」
ブーケを手向け、水筒を備え、煙草に火をつけて散らす。
「……」
神妙な顔つきになったレイスを横目で見ながらレオンは祈りのために膝をついた。
「後ろを見せてくれるとはな」
「部下に卑劣なことを申しつけても、自分ではできないやつだって知っているからな」
しばらく祈ったレオンが立ち上がり、石碑を背に、レイスと正対する。
「帰ってこい」
「断る」
「……母上に関しては」
「あいつの顔もみたくない」
静かな声にレイスの表情がすっと何かをはらむ。
「あんたに下された命令は何だ? 何を迷っている?」
手はナイフに伸びている。そのまま胸につきさして、がけから突き落とせば不慮の事故で事足りるだろう。
そういって殺せといわんばかりに両手を広げて見せたレオンに、レイスはナイフに伸びていた手を離して、代わりにこぶしを握って、無防備にさらされた腹に、その拳をめり込ませた。
「あまりふざけたことを言うな。……私が見た目ほど気が長くないのはわかっているだろう」
「……」
どっと重たい音を立てて入った拳に息を詰まらせて顔をゆがめたレオンが、ぐらりと揺れる体を立て直してレイスの胸ぐらをつかんだ。
「どうせ、母上から言われてきたんだろう。木偶の棒の穀潰しを海に沈めて来いと。そうしないと、あんた、首飛ぶんじゃないのか?」
「だからと言って、お前の首と引き換えに得る名誉など興味ない」
「おべんちゃら言うな。馬鹿じゃねえのか」
「馬鹿はお前だろう」
背後に近づいていた司祭とクロエを後ろ手で指さして胸倉をつかむレオンの手を離す。
ある日は追悼の石碑の前で。ある日は、回診のために予定を合わせて。
「この服を脱ぐ日も近いですか?」
とにやにやと笑う司祭にレオンは視線だけそらして無視し、いつものようにハーブのブーケと水筒と、煙草をひと箱持って教会を出ていった。
「毎日毎日石参りとは、ご苦労なことだな」
教会を出てすぐ、墓守の小屋の陰に隠れるように立っていた男に声をかけられて、石碑へ向けていた視線をそこに戻す。
「……」
金髪碧眼の冷たい目をした、三十代ぐらいの軍人がそこに立っていることを見、そして、その後ろに、さるぐつわをかまされ、後ろに手を拘束された、クロエがいることに、レオンの表情は冷えた。
「とても、陸軍中佐がやることとは思えないな」
クロエからは見えないだろうが、相対した二人の表情はよく似ている。そのことに気づいたクロエの後ろに立つ軍人の一人が目を見開いて、隣にいる同僚に何かを囁く。
「そうじゃないと、お前は話を聞いてくれないだろう」
「そのお嬢さんが将官のご令嬢であることも知っての狼藉か?」
「なに?」
はっと後ろを振り返った男が見たのは、自分の手を拘束していたロープをどこかに仕込んでいた小さなナイフで解いて後ろにいた軍人の一人の下あごの柔らかいところに突きつけているクロエの姿だった。そのまま斜めに突き上げれば喉を潰すことはたやすい場所だ。
「部下さん、どうしてもいい?」
あっけにとられていたもう一人の軍人はクロエの言葉に腕をつかもうとするが、飛び込んできたレオンに、あっという間に引き倒されてしまう。あっという間に二人連れてきた護衛が無力化されてしまったその光景に、あきれたような顔をした男は、レオンの下に倒れた軍人を見て眉を寄せた。下半身に出来た染みが広がっていくさまが見えたのだ。レオンもそれに気付いて慌てて離れ、八つ当たり気味に思いっきりその腹を蹴り上げた。
「なんとまあ、物騒なお嬢さんだな」
「非力な女性にいきなり男二人で襲い掛かって縄で拘束し、騒いだらどうなるか、と脅すように命令する大佐には言われたくはありませんね」
ぐっと突き上げて刃先を下あごに少し沈ませたクロエが据わった目をして男を見た。男の正体を正確に見抜くその目に、男は驚いているようだった。
「レイス大佐」
「……はあ」
クロエの畳みかけるような言葉に、ため息をついたのはレオンだった。もう、無力化に成功したらしく、膝の下にはピクリとも動かなくなった軍人が一人伸びている。腹に一発入れた後に、後ろに回って頸動脈を絞めたのだ。失神している。
「どうせ、俺を連れ戻してこい。という将軍の言葉でしょう」
「様子を見に来ただけだ」
「様子を見に来るのに、どうして、俺と関係が噂される令嬢をさらって縛って脅す必要がある?」
クロエの手から脅されている軍人を受け取って一発で地面と友達にさせたレオンに、レイスが嫌そうな顔をした。
「変わってないな」
「変わるものか」
と、短い言葉を交わして、レオンはクロエの手にあるナイフを引き取って、縛られて赤くなった手首を擦る。
「教会に行ってなさい」
「でも」
「司祭様に言いつけてきてくれ」
「……」
まるで父親に言いつけに行って来いといわんばかりの言い方に、クロエは何も言い返さずに深くため息をついて、レイスの隣を通って教会への道を往った。
「表に出よう」
「ああ」
静かなレイスの声に、レオンは抑揚なく答え、そして、歩き出した。
「元気にしていたか」
「見ればわかるだろ」
「つれないな」
「いつもいつも飽きずに部下を連れてきてぶっ殺されても懲りずにつれてくるクソみたいな上官に親しくするやつがいると思うか」
「……」
あんまりのいいようにレイスが閉口するのにレオンは鼻を鳴らして石碑へと向かう。
「彼女とはここで?」
「どうでもいいだろう」
ブーケを手向け、水筒を備え、煙草に火をつけて散らす。
「……」
神妙な顔つきになったレイスを横目で見ながらレオンは祈りのために膝をついた。
「後ろを見せてくれるとはな」
「部下に卑劣なことを申しつけても、自分ではできないやつだって知っているからな」
しばらく祈ったレオンが立ち上がり、石碑を背に、レイスと正対する。
「帰ってこい」
「断る」
「……母上に関しては」
「あいつの顔もみたくない」
静かな声にレイスの表情がすっと何かをはらむ。
「あんたに下された命令は何だ? 何を迷っている?」
手はナイフに伸びている。そのまま胸につきさして、がけから突き落とせば不慮の事故で事足りるだろう。
そういって殺せといわんばかりに両手を広げて見せたレオンに、レイスはナイフに伸びていた手を離して、代わりにこぶしを握って、無防備にさらされた腹に、その拳をめり込ませた。
「あまりふざけたことを言うな。……私が見た目ほど気が長くないのはわかっているだろう」
「……」
どっと重たい音を立てて入った拳に息を詰まらせて顔をゆがめたレオンが、ぐらりと揺れる体を立て直してレイスの胸ぐらをつかんだ。
「どうせ、母上から言われてきたんだろう。木偶の棒の穀潰しを海に沈めて来いと。そうしないと、あんた、首飛ぶんじゃないのか?」
「だからと言って、お前の首と引き換えに得る名誉など興味ない」
「おべんちゃら言うな。馬鹿じゃねえのか」
「馬鹿はお前だろう」
背後に近づいていた司祭とクロエを後ろ手で指さして胸倉をつかむレオンの手を離す。
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