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1、出会ったのは
Ⅳ
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「司祭様」
「ああ。頼んだよ」
意識がよみがえって、最初に息を吹き返したのは聴覚だった。
少女、クロエの声と、柔らかい司祭の声。
「……」
ぱたんと扉が閉まる気配と、とたとたと歩幅の小さな足音。
そこまで来て、ようやくレオンは自分がベッドに寝かせられていることに気付いた。クロエは、近くまで来て、何かを手に取ってちゃぷん、と液体に何かをつけて絞ったらしい滴る音を立てた。
「ひどい汗」
ぽつりとしたつぶやきとともに、冷たい物が首筋に当てられて反射的に体が動いていた。
「っ!」
片腕でその手を払って手首をつかむと、体をはね起こして、もう片手に作った拳を振りかぶった。
「殴りますか?」
手首を握られて顔をしかめながらも、きっとレオンをにらみあげたクロエの目を見つめ、レオンはふっと体の力を抜いた。くらり、とめまい。
ぐらっと、前のめりに倒れこもうとしたレオンをクロエはそっとため息をついて両手を広げてその体を受け止めて、肩を貸した。
「大丈夫ですか?」
「……いや……」
「とりあえず横たわりましょう」
脂汗で湿っている神官服に眉を寄せながら、クロエは支えながらレオンをベッドに横たわらせて、乱れた布団を整えてその上にかけてやる。
「少し、服を緩めますね」
「……ああ」
力ない声でうなずく彼にため息をついて、クロエは詰襟の神官服の襟をくつろげて、中に着たシャツのボタンをはずしていく。
「……すまん」
「何の謝罪ですか?」
「殴ろうとした……」
「意識を取り戻してるって気づかなかった私が悪いんです。特にこういう軍人さんはそういうのに敏感だっていうのもすっかり失念していました」
「こういう軍人さん?」
「……傷病兵。それも、心のほうに傷を負った軍人さんは、戦場、とか、武器、とかそういうものを連想する、できるような状況や、物、そういうことを避けるって」
「……お父上が?」
「ええ。お前をもらってくれる男もおそらく軍人だろうからな。って教えてくれていました」
「……そうか」
振り払われた濡れタオルで拭けるところだけ汗を拭いて、それから、汗で凝った前髪を分けて、洗いなおした濡れタオルを置く。
「……お墓で倒れたのはこういうこともあったんですか?」
しばらく、無言で、濡れタオルに目を閉じて細く息を吐いたレオンを見ていたクロエが、そっと髪を梳きながらつぶやいた。
「かもしれないな。……俺は、あいつらを助けられなかったから」
「……助けられなかった?」
「……ああ。結果部隊は全滅。俺だけが生き残った」
目を閉じたまま自嘲気味に笑ったレオンにクロエは黙って髪を撫ぜ続けていた。冷や汗で湿った髪の毛の乱れた筋を直すようにそっと撫でるクロエにレオンは少しだけ表情を緩めた。
「だから、ここにいて、いつも慰霊碑に?」
「……意味がないことはわかっているさ。帰ってくることなんてありえない。わかっている。でも、そうでもしないと、……」
言葉を詰まらせ、それ以上何も言おうとしないレオンを見おろしてクロエはゆっくりとその手のぬくもりを分けるように撫で続けていた。
「すまない……」
「いえ。お気にせずに。ゆっくり休んでくださいな。人がないほうが休めるというのであればもう……」
「いや……。そういうことはない。むしろ……」
「一人だったんですか?」
戦場で一人。という状況は不思議だ。といわんばかりのクロエの顔に、レオンは表情をこわばらせ、そして、そっとため息をついた。
「少し、機密になるんだが、連絡を通達させるときに信号弾を打ち込むのは知っているだろう?」
「ええ。通信兵はそれができなきゃ首にされると」
「でも、時には見えないこともある」
「……そうですね。戦いで大変な時にそんなことをされても対応できないわけですから……」
「そのために、返事が返ってこなかった場合に備えて中継地点を設けてそこに詰めているようにしているんだ」
「へえ! じゃあ、レオンさんは?」
「ああ。中継地点で連絡の再伝播、それと、臨機応変になるんだが、即興の暗号を作って仲間内で信号を送りあう。それと、中継地点は前線に近い場所だから、相手の信号を記録して暗号の解読を行っていた」
「忙しいんですね」
「ああ。剣は握らなかったが忙しかった。俺一人のミスが軍全体、国を揺るがすことになる。身が引き締まる思いだった」
「……」
「神経のすり減らす作業だから、休憩は多めにとらせてもらっていてな。まだ、恵まれた部隊に俺はいた」
「部隊によって扱いが?」
「ああ。武勇を好む将軍の下であれば、ないがしろにされて、つぶされる。知略に優れた将軍であれば、多すぎて今度、防衛任務がこなせなくなる。俺のいたところはバランス感覚の優れた将軍でね。とてもいい人だった」
「そうなんですか……。部隊の人数もある程度自由が?」
「ああ。上限さえ守れば、特攻特化、防御特化、知略暗殺特化とか、それぞれ役割分担がされていた。今は見事に壊れて、武功しか求めない脳筋しかいなくなっているけれどもね」
「そんな。……うーん。確かに、今いらっしゃる将軍閣下は脳筋って言っても仕方ないかもしれないけれど……。大佐まで下げれば、知略などにも手を出している閣下はいらっしゃるわ」
「レイス、大佐か?」
「ご存じ?」
「ああ。よく知っている。……あの人は。……、キレ者だ」
「……?」
首を傾げたクロエに、レオンは首を横に振ってあいまいに微笑んだ。
「もう、眠る」
「はい。おやすみなさい」
ぬるくなったタオルをまた冷やして額に置きなおしたクロエがにこり、と微笑むのをほっとした表情で見たレオンは瞼を閉じて呼吸を緩めた。
「目覚めた時、貴方をさいなむ記憶の痛みが、少しでも和らぐように」
そんなささやき声と頬にかすかな感触を感じながら、それにこたえることもできずに眠りの渦に飲みこまれてしまうのだった。
「ああ。頼んだよ」
意識がよみがえって、最初に息を吹き返したのは聴覚だった。
少女、クロエの声と、柔らかい司祭の声。
「……」
ぱたんと扉が閉まる気配と、とたとたと歩幅の小さな足音。
そこまで来て、ようやくレオンは自分がベッドに寝かせられていることに気付いた。クロエは、近くまで来て、何かを手に取ってちゃぷん、と液体に何かをつけて絞ったらしい滴る音を立てた。
「ひどい汗」
ぽつりとしたつぶやきとともに、冷たい物が首筋に当てられて反射的に体が動いていた。
「っ!」
片腕でその手を払って手首をつかむと、体をはね起こして、もう片手に作った拳を振りかぶった。
「殴りますか?」
手首を握られて顔をしかめながらも、きっとレオンをにらみあげたクロエの目を見つめ、レオンはふっと体の力を抜いた。くらり、とめまい。
ぐらっと、前のめりに倒れこもうとしたレオンをクロエはそっとため息をついて両手を広げてその体を受け止めて、肩を貸した。
「大丈夫ですか?」
「……いや……」
「とりあえず横たわりましょう」
脂汗で湿っている神官服に眉を寄せながら、クロエは支えながらレオンをベッドに横たわらせて、乱れた布団を整えてその上にかけてやる。
「少し、服を緩めますね」
「……ああ」
力ない声でうなずく彼にため息をついて、クロエは詰襟の神官服の襟をくつろげて、中に着たシャツのボタンをはずしていく。
「……すまん」
「何の謝罪ですか?」
「殴ろうとした……」
「意識を取り戻してるって気づかなかった私が悪いんです。特にこういう軍人さんはそういうのに敏感だっていうのもすっかり失念していました」
「こういう軍人さん?」
「……傷病兵。それも、心のほうに傷を負った軍人さんは、戦場、とか、武器、とかそういうものを連想する、できるような状況や、物、そういうことを避けるって」
「……お父上が?」
「ええ。お前をもらってくれる男もおそらく軍人だろうからな。って教えてくれていました」
「……そうか」
振り払われた濡れタオルで拭けるところだけ汗を拭いて、それから、汗で凝った前髪を分けて、洗いなおした濡れタオルを置く。
「……お墓で倒れたのはこういうこともあったんですか?」
しばらく、無言で、濡れタオルに目を閉じて細く息を吐いたレオンを見ていたクロエが、そっと髪を梳きながらつぶやいた。
「かもしれないな。……俺は、あいつらを助けられなかったから」
「……助けられなかった?」
「……ああ。結果部隊は全滅。俺だけが生き残った」
目を閉じたまま自嘲気味に笑ったレオンにクロエは黙って髪を撫ぜ続けていた。冷や汗で湿った髪の毛の乱れた筋を直すようにそっと撫でるクロエにレオンは少しだけ表情を緩めた。
「だから、ここにいて、いつも慰霊碑に?」
「……意味がないことはわかっているさ。帰ってくることなんてありえない。わかっている。でも、そうでもしないと、……」
言葉を詰まらせ、それ以上何も言おうとしないレオンを見おろしてクロエはゆっくりとその手のぬくもりを分けるように撫で続けていた。
「すまない……」
「いえ。お気にせずに。ゆっくり休んでくださいな。人がないほうが休めるというのであればもう……」
「いや……。そういうことはない。むしろ……」
「一人だったんですか?」
戦場で一人。という状況は不思議だ。といわんばかりのクロエの顔に、レオンは表情をこわばらせ、そして、そっとため息をついた。
「少し、機密になるんだが、連絡を通達させるときに信号弾を打ち込むのは知っているだろう?」
「ええ。通信兵はそれができなきゃ首にされると」
「でも、時には見えないこともある」
「……そうですね。戦いで大変な時にそんなことをされても対応できないわけですから……」
「そのために、返事が返ってこなかった場合に備えて中継地点を設けてそこに詰めているようにしているんだ」
「へえ! じゃあ、レオンさんは?」
「ああ。中継地点で連絡の再伝播、それと、臨機応変になるんだが、即興の暗号を作って仲間内で信号を送りあう。それと、中継地点は前線に近い場所だから、相手の信号を記録して暗号の解読を行っていた」
「忙しいんですね」
「ああ。剣は握らなかったが忙しかった。俺一人のミスが軍全体、国を揺るがすことになる。身が引き締まる思いだった」
「……」
「神経のすり減らす作業だから、休憩は多めにとらせてもらっていてな。まだ、恵まれた部隊に俺はいた」
「部隊によって扱いが?」
「ああ。武勇を好む将軍の下であれば、ないがしろにされて、つぶされる。知略に優れた将軍であれば、多すぎて今度、防衛任務がこなせなくなる。俺のいたところはバランス感覚の優れた将軍でね。とてもいい人だった」
「そうなんですか……。部隊の人数もある程度自由が?」
「ああ。上限さえ守れば、特攻特化、防御特化、知略暗殺特化とか、それぞれ役割分担がされていた。今は見事に壊れて、武功しか求めない脳筋しかいなくなっているけれどもね」
「そんな。……うーん。確かに、今いらっしゃる将軍閣下は脳筋って言っても仕方ないかもしれないけれど……。大佐まで下げれば、知略などにも手を出している閣下はいらっしゃるわ」
「レイス、大佐か?」
「ご存じ?」
「ああ。よく知っている。……あの人は。……、キレ者だ」
「……?」
首を傾げたクロエに、レオンは首を横に振ってあいまいに微笑んだ。
「もう、眠る」
「はい。おやすみなさい」
ぬるくなったタオルをまた冷やして額に置きなおしたクロエがにこり、と微笑むのをほっとした表情で見たレオンは瞼を閉じて呼吸を緩めた。
「目覚めた時、貴方をさいなむ記憶の痛みが、少しでも和らぐように」
そんなささやき声と頬にかすかな感触を感じながら、それにこたえることもできずに眠りの渦に飲みこまれてしまうのだった。
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