花と散る空の果て

真川紅美

文字の大きさ
上 下
11 / 16
2章

暗に示される。

しおりを挟む
 表情を暗くさせた二人に花水木は少しだけ表情を緩め、ちらりと連翹を見てゆっくりと口を開いた。

「まだ撃墜命令は出ていない。……まあ、出したところで山桜桃梅を落とせる奴なんていないだろうと考えているんだろう。だからと言って野放しにするわけにはいかない」
「最低でも弁明を行わせるために……?」
「ああ。自首でもなんでもしてもらわないといけない。まあ、あいつのことだからいろいろ逃げ場所はあるんだろうけどな」
「あいつのことだから? どういう意味だ? 司令」

 聞き捨てならないその言葉に連翹が反応すると、花水木は得意気に笑って肩をそびやかす。

「簡単なことだ。今まであいつはキメラや人間たちの用心棒みたいなことをしてたのさ。離島警備まで私たちの手では回らないからね」
「……だから、今まで山桜桃梅の機体の所持を黙認していたんですか?」
「ああ。そういうところだ。そうしているうちは害がない。あわよくば正義感に目覚めて戻ってきてくれって言う集団が八割。危険すぎると叫ぶ者は一割。どうでもいいって言うのが一割。ってところだな。議会では」
「あー、その一割が今うるせえのな」
「その通り。おかげで私も忙しい」
「口封じに」
「そうそう。って何を言わせているのかな?」
「言ったのはおっさんじゃあないか。花水木司令」

 相変わらずの花水木にほっとしたらしい連翹がケラケラと笑い、うつむいたままの杏の頭をガシガシ撫でた。

「ってことで、俺たちは本体に所属するふりをして山桜桃梅に近づいていろいろ聞きだしてくるってことでいいんですかいね?」
「え? 連翹さん?」
「そんなことは一言も言っていない!」
「言っていないからこそ、ですよねー?」

 立ち上がりかける梅擬を気にせずに笑う連翹に花水木も肩をすくめて何も言わずに笑った。

「それがお前だ」
「ん。じゃあ、今発つってことでいいん?」
「いや、こちらの責任者に少しオイタを与えなければならないからね。まだ待っていてくれ。じゃあ、梅擬」
「はい」

 立ち上がった花水木に梅擬も続き部屋を出ていく。

「支度を済ませておくように」
「は」

 そう見送った連翹は唖然とする杏を振り返るとにっと笑った。

「これで司令のお墨付きは貰ったわけだ。心置きなく山桜桃梅を追えるぞ」
「えっ? ……それが目的だった?」
「嬢ちゃんだって気になるだろうが。あいつがなんで俺たちをぶん殴ってまで上昇剤を奪ったのか。……というか、まあ内部もずいぶんとキナ臭くなっているのは間違いないんだが」
「……?」

 首を傾げた杏に連翹はまあみれてばわかると言って、ブレーカーを落とすとコンセントをこじ開けて中に仕込まれた盗聴器を次々と取り外し始めた。

「っ」

 声を上げそうになった杏に人差し指を一本立てて見せた連翹はニヤッと笑って一所に集められた盗聴器を一つのコンセントにつないでいきそして、銃を手にとるとそこに一発お見舞いしてやるのだった。

「……」

 盗聴する方も悪いが、おそらく爆音を食らっただろう向こう側の人に同情しながら杏は連翹から銃を取り上げた。

「こんなところで撃ったら人きますよ」
「いや、来ねえよ。花水木司令にしっぽ振るのに大忙しだ」

 外を歩く花水木につき従う白衣の群れたち。

「……権力ってそんなに魅力的なんですか?」

 ポツリとした杏のつぶやきに連翹は白衣の群れを見ながらそっとため息をついた。

「人によるな。俺や山桜桃梅は権力なんてめんどくせえだけだって思う。……責任が付きまとうからしがらみが多くなる。奴らも権力自体がほしいわけじゃない。奴らのために権力を振るってくれる親分がほしいんだ」
「……コバンザメ」
「そ。食いカスばかり狙っている卑しい奴らだ。人間もキメラも同じだよ。そう言う思考回路は」

 それなのに奴らと来たら人が上等種だと思い込んでやがる。

 そう吐き捨てるようにつぶやいた連翹に杏はそっと視線を下げてため息をついた。

「山桜桃梅さんも同じこと言ってました」
「……あいつはいうだろうな」
「ええ」
「もともとキメラも人も区別しないようなやつだからな。まあ、そう言う劣等種下等種上等種だのなんだのってうるさい奴らにはかなり突っかかってた」
「昔も?」
「ああ。そう言うのは変わらないだろうな。変わるわけない」
「……」

 梅擬が胡麻をする白衣の一人に蹴りを入れるのを見ながら、連翹の裾を握った。

「どうした嬢ちゃん?」
「……どうして、山桜桃梅さんは私たちの邪魔をしたんでしょうか」
「……」

 根本的なその疑問に連翹は杏を見て窓の外に目を向けた。

「これは俺のただの妄想だ」
「……」
「一つに、ここの組織自体が少しキナくせえ。さっきの盗聴器にしろ、何があるかわからない状態に陥っている」
「というと?」
「躑躅に聞いたんだが、非公開事案として、一つキメラを隔離しておくための島から決起したって言うのが合ったんだな」
「決起?」
「そう。キメラが俺たちの保護を抜け出して奴らの国へ向かう。それだけだったら別に好きにすりゃあいいんだが、わざわざ友好的な人間まで殺して出ていったんだ。喧嘩事案だろう」
「……喧嘩というかそれは……」
「ああ。立派なクーデターだな。外に漏れたらほかのキメラも同じ行動を起こすかもしれないから非公開に鎮圧したみたいだが、不思議なのはキメラの死傷者の数だ」
「……というと?」
「行方不明が多数の、死者が少数。躑躅の見立てでは拿捕という形をとった送還かもしれない。だそうだ」
「……殺さないであちらに放した?」
「ああ。間違いなくクーデターの鎮圧は射殺なのにな。決起キメラに組する連中がいるかもしれない」
「……でも躑躅さんはあんまり信用できません」

 ポツリとつぶやいた杏がそううなるのに連翹が片眉を吊り上げ、ああと苦笑した。

「あいつは秘密主義者だからなあ」
「でも……」
「山桜桃梅とホットラインがあるのを隠していたからか?」

 静かな声に杏はうなずいてうつむいた。その様子に連翹は少しだけ視線を泳がせ、腕を組む。

「例えば、嬢ちゃんについての秘密、もしかしたら山桜桃梅が掴んだのかもしれないなあ」
「秘密?」
「ああ。例えば記憶の鍵とか」
「……っ!」
「その確証には危険が伴うから俺たちにあずけた。とかかなあ、あいつで考えられる置いてけぼりの可能性は」
「そんなの」
「それか、それを知ったことであいつ自身の命が狙われることになった。とか?」
「……」
「案外そういうの多いんだぜ? 石檀の時もそうだ。楡を作ったから結局組織を追われ楡と石檀を仲間と思う人間とキメラを引き抜いてある島に集落を作った。それが俺の一族の言い伝えだ。そのあと、楡と石檀はどこかに消えたらしいが」
「どこかに消えた?」
「組織の追っ手を引き付けるために派手にぶちかまして島から消えたと。とまあ、どこかの島にまだ楡は生きていると聞いているがねえ」

 肩をすくめた連翹がそうつぶやいたのに杏は静かにうつむく。

「あいつは極端に人を頼ろうとはしない。自分でどうにかしてしまおう、一人のほうが何かあったときに自分の命だけで済ますことができると、自分の命を軽んじるやつだからなあ。そう考えたとしてもおかしくない。となると、あいつが狙った上昇剤のピースがかみ合わない」
「……そうですね」
「躑躅が信用ならない、と言っても、現状ではあいつが開示する情報に頼らざるを行けない状態だ。わかるね」
「はい」
「無条件に与えられることに疑問を持つ事は大事だ。でもそれにとらわれてはいけないぞ。嬢ちゃん」

 そういってガシガシと頭を撫でた連翹は切り替えるように大きく息を吸って、さて、それじゃあ飛ぶための支度を始めるとするか、窓際から離れて、打ち抜かれた盗聴器の破片を踏みつぶしながら部屋の奥へ入っていき、杏も何かを考え込むような顔をしながらも、しぶしぶそれに従うのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妹を見捨てた私 ~魅了の力を持っていた可愛い妹は愛されていたのでしょうか?~

紗綺
ファンタジー
何故妹ばかり愛されるの? その答えは私の10歳の誕生日に判明した。 誕生日パーティで私の婚約者候補の一人が妹に魅了されてしまったことでわかった妹の能力。 『魅了の力』 無自覚のその力で周囲の人間を魅了していた。 お父様お母様が妹を溺愛していたのも魅了の力に一因があったと。 魅了の力を制御できない妹は魔法省の管理下に置かれることが決まり、私は祖母の実家に引き取られることになった。 新しい家族はとても優しく、私は妹と比べられることのない穏やかな日々を得ていた。 ―――妹のことを忘れて。 私が嫁いだ頃、妹の噂が流れてきた。 魅了の力を制御できるようになり、制限つきだが自由を得た。 しかし実家は没落し、頼る者もなく娼婦になったと。 なぜこれまであの子へ連絡ひとつしなかったのかと、後悔と罪悪感が私を襲う。 それでもこの安寧を捨てられない私はただ祈るしかできない。 どうかあの子が救われますようにと。

欲しいのならば、全部あげましょう

杜野秋人
ファンタジー
「お姉様!わたしに頂戴!」 今日も妹はわたくしの私物を強請って持ち去ります。 「この空色のドレス素敵!ねえわたしに頂戴!」 それは今月末のわたくしの誕生日パーティーのためにお祖父様が仕立てて下さったドレスなのだけど? 「いいじゃないか、妹のお願いくらい聞いてあげなさい」 とお父様。 「誕生日のドレスくらいなんですか。また仕立てればいいでしょう?」 とお義母様。 「ワガママを言って、『妹を虐めている』と噂になって困るのはお嬢様ですよ?」 と専属侍女。 この邸にはわたくしの味方などひとりもおりません。 挙げ句の果てに。 「お姉様!貴女の素敵な婚約者さまが欲しいの!頂戴!」 妹はそう言って、わたくしの婚約者までも奪いさりました。 そうですか。 欲しいのならば、あげましょう。 ですがもう、こちらも遠慮しませんよ? ◆例によって設定ほぼ無しなので固有名詞はほとんど出ません。 「欲しがる」妹に「あげる」だけの単純な話。 恋愛要素がないのでジャンルはファンタジーで。 一発ネタですが後悔はありません。 テンプレ詰め合わせですがよろしければ。 ◆全4話+補足。この話は小説家になろうでも公開します。あちらは短編で一気読みできます。 カクヨムでも公開しました。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

妹だけを可愛がるなら私はいらないでしょう。だから消えます……。何でもねだる妹と溺愛する両親に私は見切りをつける。

しげむろ ゆうき
ファンタジー
誕生日に買ってもらったドレスを欲しがる妹 そんな妹を溺愛する両親は、笑顔であげなさいと言ってくる もう限界がきた私はあることを決心するのだった

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

貴方に側室を決める権利はございません

章槻雅希
ファンタジー
婚約者がいきなり『側室を迎える』と言い出しました。まだ、結婚もしていないのに。そしてよくよく聞いてみると、婚約者は根本的な勘違いをしているようです。あなたに側室を決める権利はありませんし、迎える権利もございません。 思い付きによるショートショート。 国の背景やらの設定はふんわり。なんちゃって近世ヨーロッパ風な異世界。 『小説家になろう』様・『アルファポリス』様に重複投稿。

「……あなた誰?」自殺を図った妻が目覚めた時、彼女は夫である僕を見てそう言った

Kouei
恋愛
大量の睡眠薬を飲んで自殺を図った妻。 侍女の発見が早かったため一命を取り留めたが、 4日間意識不明の状態が続いた。 5日目に意識を取り戻し、安心したのもつかの間。 「……あなた誰?」 目覚めた妻は僕と過ごした三年間の記憶を全て忘れていた。 僕との事だけを…… ※この作品は、他投稿サイトにも公開しています。

処理中です...