花と散る空の果て

真川紅美

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1章

向かう先は

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 そして、杏が動けるようになったのはそれから二日後のことだった。

「杏……」

 見事にしてやられた連翹が顔をしかめて見せるのに杏は首を横に振って、上官でもある躑躅が待つ部屋へ入る。

「躑躅」

 連翹がぶしつけに声をかけるのに、中にいた護衛官が顔をしかめて扉を開けた。

「入れとは言っていないぞ」
「どうせ俺らは叱られに来たんだ。とっととやってくれ」
「……」

 はあとため息をついた躑躅に杏は顔をこわばらせる。

「まずお前たちの処遇だが、首は吹っ飛ばなかった」
「……処遇?」
「連中ではなかったが、山桜桃梅には盗られたんだろ。だから、任務失敗。僕は減俸、お前たちは左遷だ」
「は?」
「どこにですか?」
「ほかの研究所の護衛だ。まあ、閑職だな」
「おい、……俺はともかく、こいつまで一回のミスでそんなところに……」
「一回のミスだからだ」
「……っ」
「これが飛空戦だったらどうだ? 巻き込み事故を起こすかもしれない。……まあ、杏の戦闘能力について、すこし厄介なところに目をつけられた……」
「躑躅さん」
「なんだ?」
「左遷先は?」
「杏」

 受け入れると言いたげな杏の態度に連翹が思わず肩を引いて杏を振り返る。それを見上げ、そのあと、躑躅をまっすぐ見た杏は口を開いた。

「躑躅さんが決めたことじゃないんでしょ? 左遷先は?」

 ここでごねても意味がない。と言いたげな杏に連翹は息を呑み、大きくため息をつくと躑躅を見た。

「どこだ?」
「リンジュの孤島群、8つ目のリョウン」
「……。薄ら気味悪いところか」
「ああ」

 顔をしかめる連翹と躑躅に杏はそっとため息をついて踵を返した。

「期日はいつからですか?」
「……おい……。はあ、明後日だ。今日明日中に荷物をまとめておけ」
「はい」

 片手を上げて部屋を出ていった杏に連翹と躑躅は目で会話をしてそろって肩をすくめるのだった。

 そして、連翹、杏、その他の面々は今いる砦であるトトネの都市から補給船で一時間のところにある、リョウンの島にある研究施設へ入った。

「あ、連翹と杏だ」

 ひょいっと顔をのぞかせたのは薊で、楽しそうに白衣を汚して何かを作っていた。

「薊……」
「俺も左遷されちった。この陰気臭い島の中で今度は抑制剤の研究しろだって」
「……節操ねえ連中だ」
「全くだよ。体を何だと思っているんだろうね」
「お前が言うな。作り主が!」
「……ふふふ」

 ふっと笑った薊が杏を見てすっと目を細めた。

「杏ちゃん」
「……な、なんですか?」

 さすがに気味の悪さを覚えて一歩下がると、一つのゴム栓のされたサンプル菅を手渡された。

「この島で、危ない目にあったらこれを投げつけて逃げるんだよ?」
「……この中身は?」
「……教えなーい」

 ニヤッと笑った薊に連翹が杏から取り上げて付き返す。

「変なもの渡すな」
「……そだね」

 肩をすくめた薊がそれを受け取ってまた白衣のポケットの中にしまう。それを見ながら杏は触れた時に感じた感触を反芻して眉を顰めた。

「アッパー?」

 ポツリとつぶやいた杏に薊が無言で正解という様に片目を器用につむって見せて先を行く連翹に見えないように杏の手の中に返す。

「いいね。それは人間の皮膚も通って体細胞を変えることができる。んでもってそのダメージで死ぬ。始祖にしか使えないというのは、人間の割合が少ないから。君ぐらい力が強い子なら鱗に触れさせたらそのままドラゴン化するかもしれないから絶対に触れさせないように」

 真剣な声音で耳打ちする薊にうなずく代わりに手の甲をトントンと叩くと薊の表情が緩んだ。

「うちのと違っていい個体だなあ……」
「うちの?」
「まあ、今にわかる。サンプル菅の栓に鎖を通す金具をつけてある。肌身離さず持って。使う時は風で割って飛散させるといい」
「はい」

 それだけ言った薊がさりげなく杏から離れて連翹のそばにいる。

「んでヤニくせえ混じり物はどうしてここに?」
「簡単さ。施設の警備の責任とらされて。って言う名目で、ここで研究されている抑制剤の最終フェーズの監督をしろだって」
「最終フェーズって、なにに試すんだ?」
「培養細胞。あっちから適当な個体連れてきたいけど、さすがにばれたら王国に何を言われるかわからないからねえ」
「……外道が」
「科学の進歩には犠牲が付きものなんだよ。その犠牲によって俺たちや、あんたたちは生きているんだ。それがわかっていない素人にそんな言葉は言われたくないね」

 科学者らしい言葉を吐いて顔をしかめた薊に連翹が驚いたように片眉を上げて薊を見る。

「そりゃすまなんだ」
「期待してない。培養細胞でうまくいったからっていっても、本番、体のどこに機能してどんな暴走をしでかすかわからない。やっぱり治験は生データでとるしかないんだよ」
「……暴走されて困るのは俺たちか」
「そゆこと」

 肩をすくめた薊に連翹が舌打ちをしてそっぽを向く。

「ま、実戦部隊に判れっていうのがまず無理な話だと思っているから」
「……」

 言って納得してくれるだけあんたは奴らより高等な脳みそだよ。と慰めるように言った薊に連翹はしばらく静かにしていた。
 そして、先に来ていた薊によってこの施設の案内は終わり、この施設の責任者に挨拶する運びになった。

「空木。連れてきたよ」
「敬称をつけろと何度言ったらわかる」
「どうせ研究にしか能のないキメラだし」

 飄々と肩をすくめる薊に空木と呼ばれた神経質そうな蛇のような印象を持たせるスーツ姿の男は連翹と杏を見て目を細めた。

「薄汚いキメラが」
「……」

 ポツリと漏れた言葉に、連翹の気配が膨れ上がった。

「今、なんていった? 若造」
「薄汚いキメラだ。なんだ貴様。名乗りもせんで、ぶしつけだと思わないのか」
「てめえの言葉のほうがよっぽど初対面の人間にゃあ失礼だと思うがね。若造が」

 うなるような連翹の声に、そして、薄汚いといいながらも舐めるように杏の体を見る空木の目線に、杏は視線を配り、薊がうなずくのを見て連翹の影に隠れた。

「俺のキメラに何て言い草だ? 躑躅も認めているキメラに対して、何言ってるんだ? これはお前のおもちゃじゃねえ」
「じゃあ何のために来たんだ? お前らは」
「ここの護りのためだろう。それ以上でも以下でもない。玩具なら前線で自分でとってこい。腐れ外道」

 中指を立ててそう宣言する連翹に杏はさすがに言いすぎだと服の裾を引っ張るが連翹は意を介した様子もなく空木と正対する。

「どんなバックがいるのかわからんが、その発言は査問にかけることができる、撤回しろ」
「ふん……。私に脅しか?」
「ああ。俺のこともわからないような若造が偉そうにふんぞり返ってんじゃねえな。喧嘩なら相手を選べよ」
「……ならば名乗れ」
「連翹だ」
「……は?」
「連翹」

 目を見開いた男に連翹は裾を引っ張り続ける杏の手をつかんで離させるとそのまま頭を撫でた。

「さすがにこの組織にいて俺の名前を聞いたことがない奴はいないだろう。それを知ったうえでも俺に喧嘩売るか? あ?」

 思い切り眼を飛ばしながら一歩空木に近づいた連翹に、薊がため息をついて二人の間に立った。

「はい、そこまで」
「てめえ」
「お前」
「ここに検査機材だのなんだのおいてあること忘れてねえか? 空木さん・・よう? こいつらぶっ壊したらあんたもさすがに左遷は免れない。そうだろう?」
「……っち」
「連翹も向きになるな。ここは基本的におもちゃとしてしかキメラを見れないかわいそうな頭でっかちな連中だ。いちいちキレてちゃ脳みそいかれるぞ」
「……」
「ただでさえ、滞空でイかれてるんだから、無理は禁物だ」
「……うるせえな」
「まあ、とりあえず顔は嫌でも覚えただろ。行きな。俺の部下が部屋に案内する」

 そう言った薊が二人を部屋から出ていかせて、まだお話があるからと、一人部屋に残ってしまった。
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