眠たげな月が沈むころ

真川紅美

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回想:シングルベル

1、

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 半年前のクリスマス。私は、三年付き合っていた彼氏に好きになった子がいるから。とさらりと振られ、やけ酒をかまして酔いつぶれた。たぶん、そのあと皆川さんになぜかあって、拾われて、皆川さんの家に招かれたんだと思う。その記憶がないから何とも言えないけれども、目覚めは最悪だった。
 なんだか、体が暖かくてふわふわする。
「……」
 背中はあったかくて、時折冷えた肩に暖かいものがかけられては滑り落ちていく。
 たまに、確認するように首筋に指が触れて、探るようにぐりぐりとされてから離れて、おなかに手が回る。なんだろう。どうしたんだろう。
 ぬくもりの気持ちよさに浸りながら、私はぼーと目を開いた。
 暖色系の明かりに照らされた白いタイルが見えた。ちゃぷんちゃぷん、と水音が聞こえて、大きな手がお湯をすくっては私の肩にかけて、そして、温度を確かめるように肩を抱かれる。
 誰だろう。
 寝起きのぼんやりした頭で考えながら私は眉を寄せた。
「もしかして、起きましたか?」
 背中から穏やかな、聞き覚えのある男の声。
 思わずぎょっとして振り返ると、なぜか後ろにヒョロ川がいた。というかなんで私こいつと一緒にいるの。
 飛び退るように彼の体を突き飛ばして離れようとすると、壁にぶち当たった。お風呂狭い。幸いにも体は隠れている。タオルでぐるぐる巻きにされて、出てるのは肩と足だけ。
「いっててて……」
「……大丈夫ですか?」
 したたか打った肩をさすると、手を伸ばしたヒョロ川が驚いた顔をして、私の肩をなでた。
「大丈夫ってか、なんでっ!」
「あー、やっぱり覚えてないか」
「あんたっ」
「違いますよ。昨日正体失うほど飲んだのは覚えてますか?」
 とりあえずコレ、とタオルを渡されて慌てて肩にも巻くと、ほうとヒョロ川は息を吐いた。相当困った顔をしている。何やらかしたんだろう。
「ええと、うん」
「それで、電柱に向かって土下座してたのは?」
「……電柱に向かって正座してたのは覚えてる」
「そこで僕が見つけて電車に乗せたんです」
「……なんとなく覚えてる」
「そのあと、相当酔いが回ったみたいで、僕もあなたの家なんてわからなかったので、あと、あんな状態でホテルに放り込むなんてできなかったので、うちにつれてきちゃいました」
「……で、なんで私あんたと一緒にお風呂なんて入ってるのさ?」
 これがなければ本当に土下座レベルでお礼を言わなきゃならない。けれど、この状況がすべてを台無しにしている。
「あー、それですけどね?」
「うん」
「貴女から言い始めたんですよ」
「そんなことはいそうですかって信じられる?」
「でしょうねえ。でも、僕も節操なしに酔った女性とお風呂に入る軽いチ●コだと思われるの嫌なので、撮っておいたんですよ」
「え?」
 そういって、お風呂から出て、近くにおいてあったらしいスマホを取って濡れ手で操作し始めた。
「大丈夫なの?」
「防水性、耐衝撃性ですから大丈夫ですよ」
 そういって、彼は、動画を立ち上げて私に渡した。途中からあわてて回したらしい。声とともにガチャガチャと画面が揺れて暗くなる。伏せておいたらしい。
『酔っ払いのまま入っちゃダメです。ほら、お水飲んで、一回寝て、酔い覚めてから入ってください!』
『やだ!』
『やだじゃありません! 溺れるでしょうが』
『じゃあいっしょにはいるじゃだめ?』
『はぁっ?』
『いっしょにはいればおぼれない! いいでしょ!』
 見るに堪えない。
 入る入らないの話からだんだん一緒に入る入らないの話に脱線して、最終的に面倒になって折れたヒョロ川で動画は終わった。
「……まあ、屈したのは僕ですが、このまま酔っ払いの機嫌を損ねても面倒だったので」
 極力見ないようには努力しました。と、私にぐるぐる巻きにされたタオルを指さして言う彼に、私は、無言で動画を返すしかできなかった。なぜ動画を撮ったのかと聞くと、この前から面倒な絡みをしていたらしく、証拠として残すためにわざとやったという。そして、反省を促そうと思ったらしいが効果てきめん。
「なんかごめんなさい」
「いえ。わかってもらえればいいんです。動画、消しますね」
 そういって、私の見えるように操作して動画を消して見せたヒョロ川は、腰元のずり落ちるタオルを押さえながら背中を向けた。
 着やせする性質だったのか、無駄のない見事な逆三角形のラインが惜しげもなくさらされる。
「皆川さん……」
「あー? べつにヒョロ川でもいいですよ?」
「えっ」
 口に出してなかったつもり、だったんだけど、これはもしかして。
「酔っ払いさんは僕のことをそう呼んでくれてましたよ」
「ごめんなさいっ!」
 思いっきり頭を下げたら水面に顔面をぶつけた。
「ちょっ」
 慌てた皆川は声を詰まらせて私の肩を起こしてびしょびしょになった私の顔をみてぷっと吹き出した。
「まったく……。化粧も変な風に落ちて大変なことになってますよ?」
 穏やかに笑って目元を拭ってくれた彼の手は優しかった。
「ま、多少酔いが残っていても、素面に近い状態に戻ったのであれば、僕は上がりますね。近くにコンビニがあるので、化粧落としシートとかを買ってきますから、ちょっと待っててください」
 おぼれないでくださいね。と冗談交じりに言う彼は、どこか機嫌よさそうにお風呂から出ていった。
 一人でぼうっとそれを見ていた私は、コンビニに行くために出ていく玄関の音と、しばらくして帰ってきた玄関の音と、そして控えめに声をかけ、ショーツと化粧落としシート、それと乳液などのもろもろをお風呂の扉の前に置いときましたという彼の声を聞くまで、そのままの状態でいた。
「ヒョロ川のくせに」
 なんで、こんなかっこいいのよ。卑怯。
 お湯の中でつぶやいて、私は、彼の好意に甘えて、律儀に紙袋に入った下着と化粧落としシートなどの中身を改めて必要なものを中にいれて使ってさっぱりとした。
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