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炎釘

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 砂煙の中を土埃を払いながらヘパイストスが現れる。


「…おめぇ、どうやってここがわかった?ここは魔力を遮断する鉱物で囲ってんだぞ。偶然か?」


 訝しむヘパイストスに俺は答えを教えてやることにした。さぞ自信があったのだろう。邪魔された怒りよりも俺がここを見つけた事への疑問の方が大きいようだ。


「視ただけだ。どこにいるかわからなかったからな。魔力の流れがおかしいところを探してたら、鍛冶場の床の一部だけ大気に混ざる魔力が避けてる場所を見つけた。そこをブチ抜いてきた」


 ヘパイストスの歪んだ目が見開かれる。だが、俺がつい先日アテナに付いて来た男だとわかると途端に表情に余裕が戻った。


「へへっ、この前のガキかよ。兄ちゃん、俺ぁ、これからそこの女を抱くんだよ。帰れとは言わねぇからよ?邪魔しねぇでくれねぇか?好きに見てっていいからよぉ」



 頭に血が昇るのを感じたが耐える。ここで感情に身を任せたら奴の思うがままだ。俺は血がにじむほどの力で拳を握り込み、感じる痛みでなんとか堪えた。



「断る。お前はとりあえずぶっ飛ばす。今すぐ土下座するんなら許してやってもいい。まぁ、それでもぶん殴るけどな」



 こちらも軽く挑発してやれば面白いように表情に怒りの感情が現れる。

 そうか、こうゆう風にロキは主導権を取っているのか。


「若いってのは罪なもんだ。おめぇ、死ぬぜ?十二神舐めんじゃねぇぞ?クソガキが!!」


 ヘパイストスが怒り出した事で次第に冷静さを取り戻していく。


「やってみろよ、ジジイ。後悔させてやるから掛かってこい」


 青筋を浮かべたヘパイストスが叫ぶ。


「ぶっ殺してやぁるよぉ![ラブリュス]!!」


 ヘパイストスの目の前に大きな斧が現れる。その斧はまるでマグマのようにドロドロに溶け、床に滴り真っ赤なシミを作る。


「行け!あのガキを飲み込んじまえ!」


 ヘパイストスが指差すと同時に赤いシミは俺目掛けて移動し、シミから2メートルほどのマグマの塊が覆い被さるように降り掛かる。
 速さはさほどでもなく、俺は疾風迅雷を使う事なくアテナを抱えて部屋の隅へ移動した。そして迅速果断を発動し、処理速度を上げて状況と作戦を考える。


(この熱量だと本物のマグマだと思って対処した方がいいか?でも、最初は斧だったしな…。流体金属の神器か?
 動きは遅いが何か有りそうだな。幸い俺のスキルを奴は知らない。使いどころを間違えなければ一泡吹かせられる!)


 そこまで考えて、ふとアテナを抱えたままだったのを思い出す。
 アテナは俺の考えが纏まるのを待ってくれていたようだ。


「すみません。今、下ろしますね」


『せっかくの逃げられる機会だったのに…この馬鹿者。しかも、あれだけ挑発して勝機はあるんだろうな?』


 俺は静かに頷いた。すると抱えたアテナが顔を寄せ、耳元で囁いた。


『…奴の血溜りのような神器[ラブリュス]は厄介だぞ。鍛冶を司るだけあってあの神器は攻守ともに優れている。形は自由自在、強度もかなりのものだ。何より触れただけでもただでは済まない。狙うなら奴自身を狙え。私の事は気にしなくていい。こうしてお前が助けに来てくれただけでも私は救われている』



 そう告げて微笑んだ。それを見た俺はアテナという女神の心の強さが垣間見えた気がした。

 今にも泣き出しそうな顔をしていたのに。

 俺が後数分でも遅れていたなら取り返しがつかない事になっていたかもしれないのに。

 それでもアテナは俺がヘパイストスをどうにか出来なかった時の事まで考えて微笑んだのだ。


 だから、来てくれただけで救われたと。


 俺がアテナを救えなかった時、自分を責めないように。


 だが、アテナは勘違いしている。俺はアテナを静かに下ろし、外した手錠と足の鎖を拾い上げた。


「俺を気遣ってくれるのは嬉しいですけど、本当に辛いのはアテナさんでしょ。強がらなくても、我慢しなくてもいい。アテナさんは俺を信じてくれればいいんです。まぁ、見ててください」



 アテナの目からスッと一筋の雫が流れたように見えたが、それが流れ切る頃には、ヘパイストスへ向き直っていた。


 外された手錠と鎖にヘパイストスは激しく動揺していた。


「お、お前!何で外せんだ!?そう易々と外せるようには作ってねぇぞ!!」


「お前の作ったものなんてこんなもんだ。自分の欲望の為に下らない物作りやがって」



 俺の言葉にまたも激昂するヘパイストス。



「俺ぁ一流の鍛冶師なんだよ!!十二神の神器はほとんど俺が作ってんだ!その俺が作るものが下らねぇだと!?ガキが!てめぇに何がわかるってんだ!![ラブリュス]!!やっちまえ!」


 襲い掛かるマグマの横を走り抜けると俺を追い掛けるようにマグマもまた踵を返す。
 それを見て、俺だけを狙っている事にホッとする。これで位置取りさえ間違わなければアテナに被害が及ぶことはないだろう。アテナはまだ手錠の影響か、魔力を1割も取り戻せていない。

 魔丸に軽く風魔法を込めて迫り来るラブリュスにぶつけてみたが一瞬動きが止まる程度で弾くまでには至らない。レーヴァテインを装着してはいるが、直接殴りつけるのにはリスクが大きい。


(こうゆう時に水魔法が欲しくなるな)


 無い物ねだりだが、水魔法をレーヴァテインに込めれば直接殴るくらいは行けそうな気がする。今はあるものでなんとかするしかない。俺には遠距離攻撃も今はないので工夫でなんとかしなければならない。

 次にラブリュスを誘導しヘパイストスと距離を空け、疾風迅雷を発動しヘパイストスの後ろを取る。首元へ蹴りを放つ。
 かなり距離を取ったはずだが、何のトリックかラブリュスは一瞬でヘパイストスと俺の間に現れた。


「油断したな、ガキ!![ラブリュス]、弾けろ!」


 ヘパイストスの声に応えるようにラブリュスが膨らみ、破裂した。真横へ雨のように飛び散るラブリュスを首元を狙った蹴りの前に魔丸を作り、それを蹴りつけた衝撃を利用して空へと避ける。
 何か嫌な予感がしていたので考えていた緊急避難策だ。流体金属のようなラブリュスは形態変化も自由自在だろうと頭の片隅にあったのが良かった。

 さぁ、ここからだ。取ったと思った瞬間に油断は始まる。

 俺は疾風迅雷を発動し、空中で魔丸を蹴る。
 途中地面に触れ、側転の要領でヘパイストスの目の前まで移動し、わざとらしく拳を振り上げる。


「ラブリュス!!」


 ヘパイストスは思った通りラブリュスを呼び寄せた。俺とヘパイストスの間にラブリュスが現れたその時だった。


「んなぁ!?!」


 ヘパイストスの立つ地面が崩れて大穴ができ、俺とヘパイストスは自由落下に身を任せる。慌てるヘパイストスを見て口角が上がる。



「さて、お前は飛べるのか?このままだと結構深いところまで行くけど?」


 俺の挑発にヘパイストスは平静を装って不敵に笑う。


「へっ、この程度、俺のラブリュスならどうってこたぁねぇ!きっちり俺を守ってくれるだろうよ。お前ぇこそ狭い穴ん中でさっきみてぇに逃げ切れると思うなよ?」


「そんなのわかってる。…コンプレッション」


 俺は大気を漂う魔力に手を伸ばし圧縮する。今の俺なら…この[捉炯眼]ならできるはずだ。
 漂う魔力に自らの火属性の魔力も流し込み交ぜる。

 俺が作り上げたのは4つの円錐。

[エクストラリミット]には遠く及ばないが、それでも俺自身の魔力だけでは作り出せないほど濃密で硬い。火属性の魔力も交ぜたせいで赤く染まり、その切先はヘパイストスを向いている。


「落下して激突か、手足を無くすか、選べよ」


 ラブリュスなら体全体を包むことは可能だろうが、それでは全体的に薄くなってしまい、俺の攻撃は止められない。
 それを理解したのかヘパイストスは下との距離を確認し顔を歪めた。



「そうだな…炎釘バーンネイル]とでも名付けようか、なっ!!」


 4つの円錐を蹴り抜く。疾風迅雷と蹴り抜く部分に風の魔丸を挟んだ事で円錐の火と相まって、蹴り抜く瞬間に擬似的な風爆を作り出す。
 その擬似風爆に弾き出された炎の円錐の威力と言えば…容易く四肢など貫くだろう。


 そして落下する穴の中で俺とヘパイストスは轟音と共に炎に包まれた。
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