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オーディンと別れのアースガルド

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「お、オーディン…様?」


 俺の間抜けな声が部屋に響く。酔いがどんどん醒めていき、冷静になっていく。


(俺…めっちゃ失礼な事しなかったか!?てか、おっさんって呼んじゃってるし)



「おぅ、おっさんでいいぞ!坊主」



 おっさんなんて呼べる奴がこの世界にどれだけいるのだろうか…主神はやはり1番偉いのか。適当そうなおっさんにしか見えないが、それでもこのアースガルドの頂点に立つ男なのだ。


『じゃあ、おっさんで』


『おっさんは自分で言ったんだから、ユシルを叱りませんよね?』


(いたよ。すぐ近くに二人も。でも…)


「すいませんでしたっ!」


 俺は全力で頭を下げた。


「お前ら面白いなぁ~!もちろん、お前らもおっさんでいいぞ?ロキにクソジジイ呼ばわりされるよりよっぽどいい。それと坊主…名前をボヤかしてたのは俺だ。だから、おっさんでいい。いや、坊主くらいはおっさんと呼んでくれ。ソウルメイトだろ?」


「…おっさん」


 俺は少し感動したのだが


『オーディン様はこの世界に5人しか存在しない主神の一柱なのですよ?…言葉を謹みなさい』


 ワルキューレが射殺すくらいの視線をぶつけてきた。そう、この反応が普通なのだ。俺の周りが変なのだ。
 叱られたが、常識を持ってる人がいて俺は少しホッとした。


(やっぱりダメだよな…)


 そう思い、謝ろうとすると


「お前が言葉を謹め。俺のソウルメイトだと、俺が言ってんだ」


 ブワッ!


 部屋に広がる神気…鳥肌が立つほどの濃密さに俺は背筋が凍る。ワルキューレはいつの間にか俺の目の前の床に膝をつき、頭を下げていた。



『ユシル様…この度の大変失礼な発言をお許し下さい…』


「え!?ゆ、許します!許しますから、頭を上げてください!」


 ヒヤヒヤした。正直ワルキューレに襲われたくはない。


「まぁ、そんなことはどうでもいいんだよ。話は戻るが、坊主は世界を見て回りたいのか?」


「正直、見て回りたい。せっかく転生したんだし」


「じゃあ、行ってこいっ!坊主をアースガルド代表の留学生にしてやるからよ!」


 バンッ!と叩かれる背中、でも…


「ん?ロキたちが心配か?安心しろ、ロキも風天も一緒に留学生にしてやるから」


 バンッ!


『ちょっとっ!勝手に決めないでよ!?私たちは七魔導なのよ?二人もいなくなっていいわけ!?』


 ロキがテーブルを叩く。


「ロキ…ちょっとこっちこい」


 オーディンがロキを部屋の隅に連れて行き、コソコソ話し始めた。内容が聞き取れないので、俺はリーシュに話し掛けた。


「あのリーシュ?なんかとんでもない話になってきたよな」


『…そうだね。まさかこんなことになるとは思わなかったよね』



 ・・・・・



「…リーシュはさ、もし俺が行くって言ったら…どうする?」



『…ユシルが行くって言うなら…あたしも行きたいかも』



 リーシュが頬を赤く染め、視線を泳がせながら言う。



「え!?本当に!?」


『うん…ユシルがいいならだけど』


「いいよ!是非お願いしたいくらいだよ!」


『私も行くわ!』


「お、ロキも来てくれるのか?よかった~…二人がきてくれるなら楽しくなりそうだな!」


『別にあんたのためとかじゃないんだから、勘違いするんじゃないわよ?世界を見て回ったら、いい研究材料が見つかるかもしれないからだからよ?決して、ちょっと旅行みたいで楽しそうとか、私を知らない人しかいない土地に行ってみたいとか、そんなんじゃないんだからね?』


 早口で捲し立てるロキの姿は、まさに照れ隠しそのものだった。


「じゃあ、決定でいいな?出発は…明日だな」


「え!?はやっ!?」


『ユシルいいのよ。リーシュ、悪いんだけど今日で準備してもらっていい?』


 ロキが神妙そうな顔で反応する。いつもならロキが最初に反論しそうなのに、納得しているようだ。

(…さっきのヒソヒソ話に関係あるのか?)


 リーシュもそれに気付いたのか

『…わかったよ。ローちゃんがそういうなら今日中に』


『助かるわ。さて、じゃあ、どこに行きましょうか!』


「オゥ、どこでもいいぞ?5柱のとこならシヴァのとこ以外ならどこでも紹介できるからな。」


『シヴァのとこは絶対にイヤです!』



 リーシュの声が響いた。



「あぁ、風天はそっち出身だもんな。まぁ、あいつ適当だから紹介できねぇけどな。他はどこでも大丈夫だぞ?」


 気になって聞いてみたのだが、5柱とは各神話の主神クラスの力を持つ神々の事を指すらしい。

 北欧神話の主神オーディン

 ギリシャ神話の主神ゼウス

 インド神話の破壊神シヴァ

 エジプト神話の太陽神ラー

 日本神話の天照大御神


 この5柱の国が神界の大半を領地として持っているらしい。
 どこでもいいとは言われたが興味があるのはやはり天照大御神の大和の国だろう。


(まぁ、母国みたいなものだしな)


  「俺は大和の国が気になるけど、二人はどう?」


『いいね♪あたしも最初は大和の国がいいなぁ~♪第2の故郷みたいな感じだし♪』


『私も大和でいいわよ?なんか食べ物も美味しそうだし、オリンポスには顔知られちゃってるし』


「じゃあ、大和に決定でいいな?ワルキューレ!高天原の天照に後で連絡するからアポ取っとけ!」


『承知いたしました、オーディン様』


 ・・・・・


 なんかあっさり決まってしまった。自分で言っといてなんだが…旅行とかってどこ行くか相談してる時が1番楽しいんじゃないだろうか。


「じゃあ、明日の早朝にレテ川の畔から舟を出す。寝坊厳禁な!坊主」


 そう言ってニカッと笑うオーディン。


(おっさん…めっちゃいい人なんじゃ) 


「おっさん、ありがとう!俺、この世界を見てくるよ!」


「オゥ、色々見てこい。ただな坊主、1つ忠告だ。坊主はもしかしたら、この世界の争いに巻き込まれるかもしれん。ここは神界だ。誰が正しいとか間違ってるとかはねぇんだ。だからな?ロキや風天の意見ばかり聞かず、自分で判断する力を付けろ。人に流されるな。坊主の進む道は坊主だけの道だ。自分の道を自分で守れるようになったら、お前は一人前の男だ。それができるようになるまでは、隣のベッピンさんたちが助けてくれるはずだ。難しくなっちまったな…まぁ、要は坊主らしくやれって事だ」


「おっさん…」


 俺は涙が溢れるのを我慢した。今日会ったばかりなのだが、おっさんの言葉は俺の知らない[親父]の言葉のようで…俺にとっては心に刻もうと思えるほどの言葉だった。


「帰ってきたら…また一緒に飲んでもらってもいいかな?」


「当たり前だっ!だって俺らは…ソウルメイトだろ?ガハハ、土産は各地の旨い酒やツマミを買ってきてくれや。また飲もうぜ、坊主」



「ありがとう…ありがとう!おっさん!」


 俺とおっさんは堅い握手をした。その瞬間だった。


{ポーン!主神オーディンとの友情値が50%を越えました。 スキル[精神一到《せいしんいっとう》]の借用が可能です。借用登録しますか?}


(え!?何これ…何のスキルか全くわからないんだけど。さすがはおっさん…とりあえず、はい。)


{登録承認を確認しました。登録しました。}


「さて、じゃあ俺は仕事に戻るとするか。元気でな、坊主。いつでも帰ってきていいが、帰ってくる時は連絡しろよ?」


 そういっておっさんは、行ってしまった。案外素っ気ない別れに肩透かしを食らった気分だが、おっさんの背中が「グダグダした別れは嫌いだ」と言わんばかりだったので、俺はおっさんの背中に頭を下げるだけに留めた。


 そして実はそれからが忙しかった。ロキとリーシュの買い物である。
 いきなり明日出発と決まったので本当にバタバタだった。俺もいくら入れても膨らまないバッグを買ってもらい、色々買って回った。ちなみに俺の買ってもらったバッグは、ベルトのループに引っ掛けるシザーバッグ型で、軽くて邪魔にならずよかったが、オリハルコン金貨15枚もした。


 …もちろん、ロキに買ってもらったが


 ちなみにロキの家は留守の間は誰にも見えず、誰も入れないような封印を施していた。
 リーシュは風の精霊に頼んだそうだ。
 リーシュの家もロキの家も俺にとって、この世界の実家のようなものだ。寂しくないかと聞かれれば、寂しいに決まっている。だが、その寂しさよりもこれからこの世界を見て回る旅に対するワクワク感が上回っていた。


 そして出発の朝を迎えた俺たちはレテ川という忘却の川の畔で船を待っていた。



 ゴゴゴゴゴ…



 急に暗くなったので、まさか出発の日に雨かと思い見上げてみると


「…うわ-」


 顔から表情が消えた。人は想像を遥かに越えると驚くのではなく、無表情になる事を俺は初めて知った。



『あぁ、これで行くんだね。ユシル…オーディン様に本当に気に入られちゃったみたいだね』


『まさかとは思ったけど…目立つなんてもんじゃないじゃないっ!バカなの!?レテ川下るわけじゃないなら、何でレテ川集合にしたのよっ!…絶対笑ってるわ、あのおっさんフリズスキャルヴで大笑いしてるわ!』


 それはまるで山が空を飛んでいるようなもので、一説にはその船はすべての神族を乗せる事ができると言われる伝説の天空船…


『…[スキーズブラズニル]…おっさんがあんたの門出を派手に祝ってくれたわよ、感謝なさいユシル』


「俺…おっさんが本当に偉い人だったんだって、今実感したわ…」


 短かったアースガルドでの生活を終え、俺たちは高天原のある大和の国へと向かう。
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