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雷神トール

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 俺は今、あの雷神トールと対峙している。

 まぁ、俺の知ってる事いえば雷鎚を持ち強いのだろうというミドガルド時代の情報しかないのだけれど。


「…こいつを無力化できれば」


 全力で体に魔力を通し、地面を蹴る! 一瞬でトールの横に移動し、右足に魔力を集めて太股を狙って蹴りを放つ!


 ビシィッ!ビリリッ!! 


「っいっつ…!」


 (防がれた! 全力で蹴ったのに!)


 防がれただけでなく蹴った右足が痺れ、動きが鈍る。蹴った右足部分のズボンは焼け焦げていた。


「魔力を込めた程度の攻撃では我を倒せんぞ? 無力化するのだろう?」


「…くっ!…なら!!」


 再びトールに接近する。動く気配がないのは自分の障壁に相当な自信があるからだろうが。

(油断してる今のうちに何とかしないと)

 俺は両手に魔力を集める。リーシュから借り受けた風属性の魔力を左拳に纏い、トールの雷壁を殴りつけた。


 ガッ!ビシィッ!


 また防がれたが、さっきのような痺れは来ない。おそらく属性同士が相殺したのだろう。


「…ほぅ? 風魔法か。しかも、武器を持たずに拳とは。面白い、効かんがなっ!」


 トールがハンマーを横に振ってきた。しかし、俺が近接にいるため振りづらいのか、さっきよりも少し遅く見える。
 その一振りを後ろにステップで避け、もう一度風属性の左拳でトールを殴りつけた。


「何度も同じ手を! 効かんと言ってるだろう…[雷壁]!」


「…何度も同じ手で行くわけないだろっ!!」


 俺はたった今殴りつけ、雷壁が薄くなっているであろう場所にありったけの火属性《・・・》の魔力を込めていた右拳をぶつけた。


 バリッ!…ドゴォーーン!!


 視界が炎と砂埃で遮られ、俺は殴った瞬間の衝撃で吹き飛ばされたが、直ぐに起き上がりトールのいた場所を見ると、まだ20メートルほど火柱が上がっていた。初めて使ってみたがフェニの火魔法[途]の威力がここまで大きいとは。正直手応えはあった。     
 右拳をぶつけた瞬間何かを突き抜け、肉体のようなものを殴った感覚があったからだ。さすがにあの威力ならトールも直ぐには立って来れないだろう。


「…ハァ…ハァ…!今のうちに、逃げないと…」


 俺は魔力の抜けた重い体を引きづりながら扉にむかっていると


「…今のが貴様の全力か? 火魔法を隠していたのには驚いたがその程度では我の神気を抜くことなどできぬぞ?」


 炎の向こうから歩いてきたトールには傷どころか煤《すす》すら付いておらず、先程と全く変わりがなかった。


「無傷かよ……クソッ!…もう一回やっ…」


「もうよい」


 ダンッ!…バキボキッ!バリィィー!ドゴォーーン!!


「うっ!!!」


 いつの間にか後ろにいたトールが横から振り抜いたハンマーに俺は対応できず、直撃を食らい壁へ叩きつけられた。食らった瞬間、骨の折れる感覚と雷鎚による衝撃と雷撃に意識が一瞬飛んだがあまりの痛みで気絶することもできなかった。胸の奥から何かがせり上がってきて思わず吐き出す。

「…うぇっ!!ゲホッ、ゲホ!!」


 血だった。


 折れたのはあばら骨のようで、多分…内臓のどこかに刺さっているかもしれない。


(体が動かない…)


「その程度でヴァルハラ城に侵入するとは、身の程を知れ!!…せめてもの慈悲だ。苦しまぬよう次は頭を潰してやる」


 トールが雷鎚を頭目掛けて振り降ろした。


(あぁ…、こりゃ死んだかな? せっかく転生して可愛い女神に出会って、なんか前世よりよっぽど楽しくなりそうな予感がしてたのに…リーシュ、ごめん…)



 ・・・・・



(…いや、何考えてんだ俺っ! 運命に抗ってここにいるんだろ!?    こんなとこで死んでいいのかよ!? まだリーシュに何も返せてないのに)



「…死ん…で…たま…る…かよ…」


 俺は動かない体を無理矢理動かし、ハンマーを避けようと転がった。しかし、その巨大なハンマーの射程から、その程度で逃げられる訳もなく……目の前にハンマーが見えた。









 ヒュッ、バシィッ!!







 ハンマーが目の前で何かに弾かれたように止まっていた。




 ピチュ~!!



(…フェニ? あいつ…今まで…どこ…行って…?)



『間に合った。何で勝手にいなくなるの?』



 声の主を見ると、目に涙を浮かべた…俺の女神だった。




『酷い怪我…ユシル? あなたが死ぬなんてあたしが許さない。今から言うことをよく聞きなさい。今からあたしの魔力をあなたに流すから、あなたはその魔力を体の治癒に使いなさい。体の組織が活性化しているように、出血が止まるように、傷が塞がるようにイメージしなさい。それだけでいいから』



 そう声が聞こえ…唇に何か触れる感触がし、暖かい何かが体に入ってきている感じがした。俺はほとんど働かなくなった頭でさっきの言葉を咀嚼し、イメージした。

 死にかけた組織が活性化するように…
 止めどなく流れる血が止まるように…
 体中にある無数の傷が塞がるように…


 ポゥ… 


(あぁ…なんか気持ちいい。あったかい、リーシュと一緒にいる時みたいだ…)


『…いい子ね。これでとりあえず今は大丈夫。まだ動けないでしょうから、ゆっくり休んでいてね? …あたしはちょっと、アイツぶっ飛ばしてくるから!』


 そう言って俺の頭を軽く撫で、リーシュは立ち上がりトールを睨み付ける。



『…トール、あんた何してんの?…ユシルが何かしたの? ここまでする理由は何?』



「ま、待てっ!風天よ。此奴はヴァルハラ城の結界を破壊し、城内に侵入し、衛兵たちを攻撃したのだ!」



『…ヴァルハラ城の結界を破る? そんな事ができるのは今のアースガルドに何人いると思ってんの? 戦ったんでしょう? この子がそんな事できるかどうかは戦ってる最中に気付いたでしょう?』



「そ、それはそうだが、城内に侵入したのだ! 我らの使命はオーディ…」



『んなこと聞いてねぇんだよ!!!!』



 バーーーンッ!!! パリンッ、ガシャ、ガシャン!!!




 城壁にヒビが入り、周囲の窓がすべて割れた。



「…ぐぬっ…調子に乗るなよ!! この女ぁ!!」



 トールが一瞬でリーシュと距離を詰め、雷鎚を振り下ろす。


『…[風爆]』



 ドンッ!!



 雷鎚の目の前で爆発が起き、トールが後ろに吹き飛んだ。




『…来なさい…[劈風刀《へきふうとう》]』


 リーシュの伸ばした手に翠の光が集まっていき、薙刀に近い形の綺麗な緑色の槍が現れた。これが神気というのか…劈風刀を持ったリーシュから抗い難いオーラが出ており、今まで一緒にいたリーシュとは別人の気がした。


「神器まで持ち出すか! ただでは済まんぞ!?」



『お前に言われる筋合いは…ない!』


 ガキィーン!!ドーーン!!


 リーシュが切り込む。神器と呼ばれた槍を巧みに操り、トールのハンマーと何度も打ち合うがさっきの俺のように雷撃で動けなくなることもなく、息を切らすこともなくトールのハンマーを流しているように見える。
 しかし、驚くべきはその衝撃…リーシュたちが打ち合うたびに物凄い衝撃が周囲に発生し、城壁や城の壁が崩れ始めていた。


「…くっ…やはり|同じ七魔導が相手だと、そう簡単には行かぬか…」



『お前らが勝手に呼んでるだけだろ? 喧嘩売ったのは、お前だからな? 死んで後悔しろ。…[極風斬]』



 劈風刀の刃が輝き、リーシュがトールに向けて少し離れた位置から振り下ろすと巨大な緑色の斬撃がトールに襲いかかる。


「ぐっ…舐めるなァーー!!…[雷剛撃]!」



 トールのハンマーが黄色く光り、周囲に紫電が走る。そして、緑の斬撃と黄色のハンマーがぶつかり、先程とは比べられないくらいの衝撃が周囲に広がり、中庭の城壁が消し飛んだ。
 俺もあまりの衝撃に吹き飛ぶかと思ったが、俺の周りにはリーシュの風結界が張ってあるようでなんとか助かった。
 砂埃が薄くなり、二人の状況が見えるようになると俺はホッとした。なぜなら、リーシュは無傷であり、トールは傷こそないが片膝を地につけていたからだ。しかし、トールはすぐ立ち上がり、また二人が構えた瞬間だった。





「待てっ!」

『待ちなさいっ!』


 城の中から白いローブの男と城壁の方からロザリーが現れた。





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